【古代史】天孫降臨の地・日向は宮崎ではなく福岡?古代氏族研究50年の集大成★2

1名前:記憶たどり。 ★2019/03/31(日)16:23:36.16ID:2N0Ue4m29
https://dot.asahi.com/wa/2019032800022.html?page=1

ノンフィクション作家の足立倫行氏が選んだ“今週の一冊”は『古代氏族の研究(13) 天皇氏族 天孫族の来た道』(宝賀寿男著、青垣出版 2000円※税別)。

*  *  *

日本国の成立は天皇家の歴史と切り離せない。従って、代替わりを機に天皇家のルーツを振り返ることにはそれなりの意味があるはずだ。

多くの説があるが、氏族研究に基づいた本書の結論をまず示す。

天皇家の父系源流は殷王朝の流れを汲むツングース系で、鳥トーテミズム・太陽神信仰・鍛冶技術などを持ち、
平壌あたりの箕子(きし)朝鮮、半島南部の洛東江流域を経て、紀元1世紀前半頃に九州北部に渡来した。

『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』や『斎部宿祢本系帳(いんべのすくねほんけいちょう)』など古今の系図類を参考にすると、
始祖・五十猛(いたける)神(スサノヲに相当)以降の動向も追うことができる。

松浦半島から筑後川中流域の御井(みい)郡(福岡県久留米市)に移り、そこが高天原(邪馬台国の前身)。
4代目のニニギは筑前怡土(いと)郡(福岡県糸島市)に移り支分国を作る(天孫降臨)。その孫・神武は庶子だったので、
2世紀後半に新天地を求めて小部隊と大和へ向かう(神武東征)……。

と、ここまで書くと「待った」の声が聞こえてきそうだ。「左翼なのか」とか、「皇国史観か」とか。

著者も断っている通り、この仮説は左右のイデオロギーとは無縁だ。

ついでに言えば、現代の国家や政治とも直接関係はない。古代の東アジアで多数の王朝が興亡盛衰していた頃の倭地(日本)の状況を、
あくまで歴史検証の立場で合理的・総合的に再構成しようとしたものだ。

私が著者の説に注目したのは、取材で伊都(いと)国(糸島市)を訪れたからだ。そこには日の出の方角に日向(ひなた)峠や日向山、クジフル山があった。

峠の向こうの福岡市西区には、吉武高木(よしたけたかぎ)遺跡があり、その中の「最古の王墓」から日本で最初の三種の神器(鏡・剣・玉)が出土していた。

ということは、記紀の天孫降臨(北東アジアでは始祖の地域移遷を指す)の地「日向」は、南九州の日向(ひゅうが=宮崎県)ではなく、
北九州の日向(ひなた=福岡県)ではないかと思った。

著者の説に従って神武を伊都国王家出身とし、本書が強調するトーテム(祖霊の動植物)に改めて目を向けると、
これまでの「神話」の謎や奇異な記述も理解可能となる。

基盤は3層の集団である。倭地に最初に定着した犬狼トーテム種族(山祇=やまづみ族)。次に稲作・青銅器を伴った竜蛇トーテム種族
(海神族)。最後に鉄器を持ち太陽神祭祀の鳥トーテム種族(天孫族=天皇家一族)。

伊都国が天孫族なら、「国譲り」した葦原中(あしはらなかつ)国は隣接の奴国になるが、奴国王は後漢から金印を授与され印鈕(いんちゅう)は蛇(竜蛇トーテム)だった。

神話では、神武の母・祖母とも海神の娘。祖母は父を産む時に「鰐(わに)」の姿になったと伝える。トーテム動物は一族の神話に頻出し、このワニ(サメ)も海神族のトーテムだ。

そして神武は大和にやって来る。

古代史界の大勢は、「(神武東征などの)神話自体が天皇の権威の正当化で信用できない」とする。

しかしそうなら、なぜ正史『日本書紀』は、神武の前に同じ天孫族のニギハヤヒがすでに大和にいたと記したのか。しかも神武は緒戦で破れ、兄(五瀬命)を亡くし、
ニギハヤヒが敵将長髄(ながすね)彦を裏切った末の薄氷の勝利(八咫烏=やたがらす・金鵄=きんしは天孫族の鳥トーテム)だった。

この話に本当に史実はないのか。

他に、神武など初期天皇の異常な長寿や長期在位は4倍暦や2倍暦で解消すること▽三種の神器の習俗は朝鮮半島・中国東北部を経て
黒海沿岸のスキタイ族まで続くこと▽応仁の乱頃まで宮中に「帝王鎮護の神」として韓神(からかみ)と園神(そのかみ)が祭られていたこと
(両神は始祖神の五十猛神夫婦)──なども加えよう。

すると、一見荒唐無稽に見えていた冒頭の本書の結論部分が、次第に信憑性を帯びてこないだろうか。

本書は、著者の古代氏族研究50年の集大成。私はこの一石が、斯界に波紋を広げるような気がする。

前スレ
http://asahi.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1553992732/
1が建った時刻:2019/03/31(日) 09:38:52.73

4名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)16:32:23.13ID:N8O92iOj0
>>1
というより、半島の人間が九州に進出して、半島と九州にまたがる海洋国家の倭国を作った。

その後、半島での勢力が衰えた代わりに、近畿にも勢力を伸ばし(神武東征)、九州倭国が
白村江の戦いで勢力を弱めると、近畿の倭国が日本書紀をでっち上げ、大和朝廷を名乗った。

https://twitter.com/kojikinihonsyok/status/1094776937455603712

.
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

477名前:名無しさん@1周年ID:
>>470,>>472
日本人のDNAが他のアジアから離れているのは、沖縄、アイヌなどの縄文系に引っ張られているから。本州は韓国に一番近い。>>4
https://pbs.twimg.com/media/D2aAhzmVAAIjR8B.jpg
https://i.imgur.com/TpG1F9g.jpg
821名前:名無しさん@1周年ID:
>>769,>>800
稲作の伝来が、必ずしも人を伴ったものとは限らない。

稲作の伝来は、中国から、刈り取った稲穂とともに遭難して流れ着いた可能性はある。
中国人が何人か生きていたとしても、それは、文化や言語、人種に影響を与える、渡来人とは言えないレベルの人数だった。>>5,>>4

5名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)16:32:49.00ID:N8O92iOj0
>>1

(1)渡来人の特徴として確定しているのは以下の事項

  ・寒冷地適応済みの民族だった (https://i.imgur.com/n602AIw.jpg )
  ・文字(漢字)を持たない民族だった
  ・中国語とは違う(今の朝鮮語と同じ)文法の言葉をしゃべる民族だった

6名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)16:33:52.23ID:N8O92iOj0
>>1
稲作の伝来は、数人の中国人が、刈り取った稲穂とともに遭難して流れ着いたのだろう。
でもそれは、文化や言語、人種に影響を与える、渡来人とは言えないレベルの人数だった。>>5
615名前:名無しさん@1周年ID:
>>6
稲作を日本に伝えた人達がいたとしたら、少なくとも稲作に関する語彙は、その人達の出身地と同じ言葉になるだろうね。
だけど、稲作に関連した同じ単語を共有する民族は世界中どこを探してもいない。
410名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)22:11:56.02ID:+6qUf3lC0
>>5
韓国語の由来、系統が分かってないのに、何故古中国語が今の韓国語と同じだと分かるんだ?
文献も殆ど無いので発音すら分からない筈だろ。
412名前:名無しさん@1周年ID:
>>410
>>文献も殆ど無いので発音すら分からない筈だろ。

万葉仮名

あと、文法が同じと言っているだけで、同一の言語だとは主張していない

437名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)22:47:58.05ID:+6qUf3lC0
>>412
万葉集に韓国語が載ってるの?
440名前:名無しさん@1周年ID:
>>437
今の朝鮮語の文法は今の韓国語を調べればわかるし、当時の日本語の文法は万葉仮名でわかる
483名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:17:49.84ID:+6qUf3lC0
>>440
渡来人が何語を話していたか、何処に出てるの?万葉集?
625名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)01:57:41.28ID:g2sjoAx40
>>440
エベンキ語と古代朝鮮語が同じだという証拠は?
456名前:名無しさん@1周年ID:
>>444
稲作の伝来が、必ずしも人を伴ったものとは限らない。

稲作の伝来は、中国から、刈り取った稲穂とともに遭難して流れ着いた可能性はある。
中国人が何人か生きていたとしても、それは、文化や言語、人種に影響を与える、渡来人とは言えないレベルの人数だった。>>5

470名前:名無しさん@1周年ID:
>>456
去年の齊藤成也の本だと結構中国系遺伝子が多いのが分かったらしい
477名前:名無しさん@1周年ID:
>>470,>>472
日本人のDNAが他のアジアから離れているのは、沖縄、アイヌなどの縄文系に引っ張られているから。本州は韓国に一番近い。>>4
https://pbs.twimg.com/media/D2aAhzmVAAIjR8B.jpg
https://i.imgur.com/TpG1F9g.jpg
646名前:名無しさん@1周年ID:
>>5
在京の朝鮮韓国人さんはわからないと思うが
関西の本来の顔は彫りが深くて濃い顔なんだよ
821名前:名無しさん@1周年ID:
>>769,>>800
稲作の伝来が、必ずしも人を伴ったものとは限らない。

稲作の伝来は、中国から、刈り取った稲穂とともに遭難して流れ着いた可能性はある。
中国人が何人か生きていたとしても、それは、文化や言語、人種に影響を与える、渡来人とは言えないレベルの人数だった。>>5,>>4

6名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)16:33:52.23ID:N8O92iOj0
>>1
稲作の伝来は、数人の中国人が、刈り取った稲穂とともに遭難して流れ着いたのだろう。
でもそれは、文化や言語、人種に影響を与える、渡来人とは言えないレベルの人数だった。>>5
615名前:名無しさん@1周年ID:
>>6
稲作を日本に伝えた人達がいたとしたら、少なくとも稲作に関する語彙は、その人達の出身地と同じ言葉になるだろうね。
だけど、稲作に関連した同じ単語を共有する民族は世界中どこを探してもいない。
8名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)16:34:28.40ID:N8O92iOj0
>>1
倭国 新羅国 百済国
https://i.imgur.com/edOuHNQ.jpg

日本人のDNAを他のアジアから離れているのは、沖縄、アイヌなどの縄文系に引っ張られているから。本州は韓国に一番近い。
https://i.imgur.com/TpG1F9g.jpg

9名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)16:35:35.54ID:N8O92iOj0
>>1
下戸遺伝子は寒冷地適応の一つ。寒冷地で誕生したもので、江南で誕生したものではない。
寒冷地適応した人が同心円状に広がって、あとはそこの環境によって生き残ったり死んだりした。
したがって、下戸遺伝子が共通するからと言って、両地域で人の交流があったことを意味しない。

https://i.imgur.com/HOadXyH.jpg

36名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:02:06.19ID:N8O92iOj0
>>1
神武東征の話は、天皇家が、天孫降臨の地である九州から来た、天孫の子孫であるということを主張する重要な部分。
わざわざ記紀にそう書いたということは、倭国の正当な支配者を名乗るには、九州から来たとする必要があったということ。
40名前:名無しさん@1周年ID:
>>36
神武東征の話は大筋は本当なんだろうな
でも覚えてるくらいだから8世紀の少し前なんだろうな。
384名前:名無しさん@1周年ID:
>>309,>>299,>>316,>>330
そこには、それまでの歴史をある程度記憶している国内向けの言い訳と、後世や外国向けの見栄の綱引きをしている様子が伺える>>36
438名前:名無しさん@1周年ID:
>>346
そう、国内的には中国王朝のお墨付きをもらったことを誇示しつつ、後世や国外向けには朝貢はなかったことにしたい >>132,>>36
582名前:名無しさん@1周年ID:
>>36
天皇家の宗廟は宇佐神宮
995名前:名無しさん@1周年ID:
>>959
>>974
>>975
国内的には中国王朝のお墨付きをもらったことを誇示しつつ、後世や国外向けには朝貢はなかったことにしたい >>132,>>36
54名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
あるわけないもの かけるか
86名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
【天孫降臨】
・於是詔而此地者向韓國真来通笠紗之御前而朝日之直刺國夕日之日照國也

・ここで仰られたことには、「ここは韓の国に向き合い、探し求めて笠紗の岬に通り来て、朝日のまっすぐに射す国、夕日の照り輝く国である」

97名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:50:24.42ID:Lm4x1QDK0
>>1
おいこのうえ宮崎から観光資源を奪わないでくさいwww
98名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
本の宣伝だな
魏志倭人伝には間違いが多いからそのまま取るのは危険
むしろ日本書紀の方が正しい
神武天皇に関しては大分、福岡、北九州が出てくるが
そこでは宴会ばかり
101名前:名無しさん@1周年ID:
>>98
宮崎や鹿児島は船で関西や関東と繋がっていた
実際に神武天皇の東征も船で行っている
107名前:名無しさん@1周年ID:
>>52
>>1
神話の中の天孫族(天皇家の先祖)は、国譲り神話以降、一貫してインベーダー(侵略者)として描かれている。
つまり、俺達は、お前ら土着の民族と違って、朝鮮半島から来たから偉いんだ、と終始主張している
196名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:15:27.25ID:aS8kD16H0
>>107
朝鮮から来たとは主張してない
スサノヲを朝鮮に罪人として流して帰ってきたことがあると主張している。
高天原からスサノヲを流刑した先が朝鮮である。
198名前:名無しさん@1周年ID:
>>196
じゃあ、なぜ、大和朝廷はあれほど半島に拘ったんだ?
本籍地を取り戻そうと必死だったからだろ
208名前:名無しさん@1周年ID:
>>198
少なくとも神功皇后の頃には半島のことは忘れ去られてたよ。
213名前:名無しさん@1周年ID:
>>208
白村江があるじゃん、全然忘れてない
229名前:名無しさん@1周年ID:
>>213
いや、だから神功皇后の時には「海を越えたところに人が住んでいる」という神功皇后の話を
夫の仲哀天皇は信じなかったのよ。んで、その仲哀天皇が何故か急に死んで(笑)神功皇后が
三韓征伐に向かったのよ。白村江はそのずーっと後。
230名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:32:16.10ID:aS8kD16H0
>>198
本拠地じゃない。
鉄の産出地を取り返そうとしただけだよ。
757名前:名無しさん@1周年ID:
>>198

大和朝廷が朝鮮半島を意識せざるを得なかったのは、中国で漢などの統一王朝が
成立して特に唐王朝などは対外的膨張政略が明白だったので、その脅威に対抗する
ためにも、朝鮮半島に防衛の拠点を確保するためだったんだよ。

759名前:名無しさん@1周年ID:
>>757
唐の成立がいつだと思ってんだよw
201名前:名無しさん@1周年ID:
>>196
まず朝鮮半島(高天原)で、負けた扶余の一部族(スサノオ)が、日本列島に追放された。
その後、どうも日本列島の方が稲作に向いている(豊葦原瑞穂国)ということで、天孫族が半島から日本にやってきた。
283名前:名無しさん@1周年ID:
>>201
で扶余族だという証拠は出たの?
289名前:名無しさん@1周年ID:
>>283
弥生人は、遺伝子的には、縄文人と韓国人の中間に位置する
https://pbs.twimg.com/media/D2aAhzmVAAIjR8B.jpg
729名前:名無しさん@1周年ID:
>>201
>>283
>>289
縄文男と古代半島女の組合わせ
コレで確定
その混血が弥生時代

扶余族なんか古代日本に全く関係無し
騎馬渡来説も可能性ゼロ

去年から今年の遺伝子科学のDNA解析で決定的になった

縄文が強かったから半島に出向き
半島女が大量に連れて来られた

729名前:名無しさん@1周年ID:
>>201
>>283
>>289
縄文男と古代半島女の組合わせ
コレで確定
その混血が弥生時代

扶余族なんか古代日本に全く関係無し
騎馬渡来説も可能性ゼロ

去年から今年の遺伝子科学のDNA解析で決定的になった

縄文が強かったから半島に出向き
半島女が大量に連れて来られた

729名前:名無しさん@1周年ID:
>>201
>>283
>>289
縄文男と古代半島女の組合わせ
コレで確定
その混血が弥生時代

扶余族なんか古代日本に全く関係無し
騎馬渡来説も可能性ゼロ

去年から今年の遺伝子科学のDNA解析で決定的になった

縄文が強かったから半島に出向き
半島女が大量に連れて来られた

240名前:名無しさん@1周年ID:
>>107
シュメール神話でも読め

ちなみに
シュメールの神々の会議の決定に背いて
土着したの神の名は ニギギ

112名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
日本書紀には卑弥呼の時の事も書かれている
それは神功皇后の時代でそれでほぼ間違い無し

ついでにいうと魏志倭人伝には数多くの間違いがあり
まだ日本書紀のほうがかなり正しい

133名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
海人族を無視
140名前:名無しさん@1周年ID:
>>136,>>1
「旧唐書」には、『倭国伝』と、『日本国伝』のふたつがある

ひどいのは日本に対する評価で
「日本人はすぐ話を大きくしてホラばかりふくから中国人は誰も信じてない」とあり、倭国に対する扱いとまったく異なる

民族性がよく現れている。どこかの民族とそっくり

148名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)18:38:32.59ID:5WujALSV0
>>1
とりあえず誰か図解でオナシャス
154名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
たしかに渡来集団を3層にわけるとわかりやすい。
3層というか、出発地も時期も違う3波。

常染色体分析の齋藤成也氏も、渡来人は2種と言っていることとも
記紀の物語とも
渡来集団が一度に一種だと考えると、符合しない。

164名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)18:57:08.81ID:Gyt3Oc2t0
>>154
俺は、古い仮説だけども
 岡正雄,1958:日本文化の基礎構造. 日本民俗学大系2 日本民俗学の歴史と課題,平凡社.
の5層説を支持している(「信仰している」というのが正しい気もするがw)

 (1)母系的・秘密結社的・芋栽培=狩猟民文化
 (2)母系的・陸稲栽培=狩猟民文化
 (3)父系的・「ハラ」氏族的・畑作=狩猟民文化
 (4)男性的・年齢階梯制的・水稲栽培=漁労民文化
 (5)父権的・「ウジ」氏族的・支配者的文化
 
(1)の「秘密結社」というのは、ナマハゲ祭祀などを担う組織。
(2)は北太平洋の焼畑イモ栽培の民。オホゲツ姫のようなハイヌウェレ神話を持って来た。
(3)の「ハラ」氏族は、「ヤカラ」「ハラカラ」などの語源となったツングースの外婚的父系同族集団を持ち込んだ人々。
(4)と(5)はもともと長江河口部の同系同族の種族だったが、
(5)の方は日本列島に至る過程でユーラシアステップ地域の騎馬遊牧民の文化の影響を受けたもの。

>>1との対比で言えば、(4)が竜蛇トーテム族で、(5)が鳥トーテム族となる。
犬狼トーテム族は知らんw

169名前:名無しさん@1周年ID:
>>164
そんなに古いか。
おもしろいね。

縄文土器には色塗りがないから、気づかんかった。
あれを美しいと思ったか……、ご先祖様たち。

306名前:名無しさん@1周年ID:
>>169
韓国でお歯黒出土って騒ぎにならんといいが。。。
313名前:名無しさん@1周年ID:
>>306
近隣諸国でお歯黒が出るならおもしろい。
171名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)18:59:38.11ID:Gyt3Oc2t0
>>164
ありゃ、(2)の説明を間違えた。イモは(1)だな。
まあいいや。
181名前:名無しさん@1周年ID:
>>165
そんなに古いか。
おもしろいね。

縄文土器には色塗りがないから、気づかんかった。
あれを美しいと思ったか……、ご先祖様たち。

>>164
5層でも説明できるな。
いずれにせよ、渡来は何波もあり、伝説を記紀に伝えることができた集団は3~5派だったのだろう。
記紀からして、”いまでこそ別部族だが実は同祖”的なストーリー展開だし。

164名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)18:57:08.81ID:Gyt3Oc2t0
>>154
俺は、古い仮説だけども
 岡正雄,1958:日本文化の基礎構造. 日本民俗学大系2 日本民俗学の歴史と課題,平凡社.
の5層説を支持している(「信仰している」というのが正しい気もするがw)

 (1)母系的・秘密結社的・芋栽培=狩猟民文化
 (2)母系的・陸稲栽培=狩猟民文化
 (3)父系的・「ハラ」氏族的・畑作=狩猟民文化
 (4)男性的・年齢階梯制的・水稲栽培=漁労民文化
 (5)父権的・「ウジ」氏族的・支配者的文化
 
(1)の「秘密結社」というのは、ナマハゲ祭祀などを担う組織。
(2)は北太平洋の焼畑イモ栽培の民。オホゲツ姫のようなハイヌウェレ神話を持って来た。
(3)の「ハラ」氏族は、「ヤカラ」「ハラカラ」などの語源となったツングースの外婚的父系同族集団を持ち込んだ人々。
(4)と(5)はもともと長江河口部の同系同族の種族だったが、
(5)の方は日本列島に至る過程でユーラシアステップ地域の騎馬遊牧民の文化の影響を受けたもの。

>>1との対比で言えば、(4)が竜蛇トーテム族で、(5)が鳥トーテム族となる。
犬狼トーテム族は知らんw

169名前:名無しさん@1周年ID:
>>164
そんなに古いか。
おもしろいね。

縄文土器には色塗りがないから、気づかんかった。
あれを美しいと思ったか……、ご先祖様たち。

306名前:名無しさん@1周年ID:
>>169
韓国でお歯黒出土って騒ぎにならんといいが。。。
313名前:名無しさん@1周年ID:
>>306
近隣諸国でお歯黒が出るならおもしろい。
171名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)18:59:38.11ID:Gyt3Oc2t0
>>164
ありゃ、(2)の説明を間違えた。イモは(1)だな。
まあいいや。
181名前:名無しさん@1周年ID:
>>165
そんなに古いか。
おもしろいね。

縄文土器には色塗りがないから、気づかんかった。
あれを美しいと思ったか……、ご先祖様たち。

>>164
5層でも説明できるな。
いずれにせよ、渡来は何波もあり、伝説を記紀に伝えることができた集団は3~5派だったのだろう。
記紀からして、”いまでこそ別部族だが実は同祖”的なストーリー展開だし。

170名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
宗像教授に調べてもらうしかないなw
205名前:名無しさん@1周年ID:
>>1

とりあえず、言っておくが
この説、事実では無い
あくまでも説
しかも著者の意向で

207名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
まぁ、何事も「定説」と「真実」は違うからなぁ

空想の産物が史実になってる可能性は普通にあるだろうし

273名前:名無しさん@1周年ID:
>>207
日本の考古学・史学は非常にレベルが低い、
例えば40年位前は出雲神話は出鱈目だ、山陰にめぼしい遺跡は無いと言うのが定説だったが、
荒神谷に大量の銅剣・銅矛・銅鐸が出土した事で彼等の説は瓦解した。
逆に、三角縁神獣鏡は卑弥呼が下賜された鏡だと長い事言われていたが、
現在は三角縁神獣鏡は全て国産とみなされている。
222名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
邪馬台国との位置関係

【もっと北】 (朝鮮半島)狗邪韓国
【北】    (九州北部)  対馬国、一大国、末盧国、伊都国、奴国、不弥国、投馬国
【女王国】    邪馬台国     
【南】       狗奴国

231名前:名無しさん@1周年ID:
>>222
邪馬台国との位置関係
【朝鮮半島】投馬国 (狗邪韓国)
【九州北部】邪馬台国(対馬国、一大国、末盧国、伊都国、奴国、不弥国、傍国20か国)
【九州南部】狗奴国
241名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
バカバカしい、記紀を読め(怒)。
249名前:名無しさん@1周年ID:
>>241
日本書紀、古事記から明らかなのは、倭人の本拠地(高天原)は、もともと朝鮮半島の南部にあった倭人地帯。
半島南部の高天原から、対島や北九州を眺めて、早くあの稲作の豊かな国(豊葦原瑞穂国)を征服しなさいと命令していた。
それが天照大神。神話の中の天孫族(天皇家の先祖)は、国譲り神話以降、一貫して侵略者として描かれている。
253名前:名無しさん@1周年ID:
>>241
【天孫降臨】
・於是詔而此地者向韓國真来通笠紗之御前而朝日之直刺國夕日之日照國也 >>249

・ここで仰られたことには、「ここは韓の国に向き合い、探し求めて笠紗の岬に通り来て、朝日のまっすぐに射す国、夕日の照り輝く国である」

253名前:名無しさん@1周年ID:
>>241
【天孫降臨】
・於是詔而此地者向韓國真来通笠紗之御前而朝日之直刺國夕日之日照國也 >>249

・ここで仰られたことには、「ここは韓の国に向き合い、探し求めて笠紗の岬に通り来て、朝日のまっすぐに射す国、夕日の照り輝く国である」

457名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
遺伝学からわかってるけど福岡平野の中心に居た弥生期の支配層ですら
今の東京の日本人より縄文の血が濃いんだよ。
もし福岡人が天孫ならそれより東はより縄文度が高くならなければならないのにそうなってない。
つまり、実際は今の本土日本人の殆どは出雲あたりから入った朝鮮人の末裔が大増殖 藤原したと考えるのが自然です。
472名前:名無しさん@1周年ID:
>>457
こないだEテレかなんかでやってたのとは全然違うみたいだけど
福岡なんかは日本人と韓国の間みたいな感じで言われてたぞ
474名前:名無しさん@1周年ID:
>>472
よくみないからだよ。
あれは当時の福岡の支配層が現代日本人並に縄文人と混血してるってこと。庶民層はもっと縄文度が高いと考えられる。
現代本州人は全体的に朝鮮人と混血してる。
478名前:名無しさん@1周年ID:
>>474
それはとても半島中心主義的な考え方だと思うけどね
半島の人はずっと同じ連中がそこにいるっていう考えだろう?
遺伝子を分析するなら半島古代の遺跡から発掘した遺伝子と比べないと
意味がないじゃん?
半島なんてのは、何十年間も日本だったんだから
混血が進んでるといって、それは明治以降の日本人があっちにいった
結果の人と比べてる場合もあるわけじゃん
731名前:名無しさん@1周年ID:
>>474
>>151
沿岸部を征伐され孕まされたのが
朝鮮・韓なんだよ

縄文が男で韓女鮮女が母系

477名前:名無しさん@1周年ID:
>>470,>>472
日本人のDNAが他のアジアから離れているのは、沖縄、アイヌなどの縄文系に引っ張られているから。本州は韓国に一番近い。>>4
https://pbs.twimg.com/media/D2aAhzmVAAIjR8B.jpg
https://i.imgur.com/TpG1F9g.jpg
503名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
だいたい天皇とか藤原スズキの子孫が最初に居たのは出雲とか大分らへんなんよ。
大分とか出雲は基本的に先住民が根絶やしにされて渡来人だけしか住んで無かった場所だと判明してるし。
遺伝学、遺跡で
512名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
天孫降臨が起こった時すでに北部九州福岡は独自の文化と王権があり、本州とは全く違う文化が繁栄していた。
であるから天皇家は福岡から発したととは考えにくい。そうであるなら天皇家は福岡に敬意を払う筈だ。
実際にはその後福岡の遺物は出てこない、敵対関係に入る訳だから。
結局、関西から藤原送って福岡支配固めるわけだし。
544名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
NHKは核心的なことは言わないよね。
日本人の2割、東日本人の5割は中臣鎌足の子孫だという真実について絶対に触れない。
545名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:13:52.19ID:C+B5Bwea0
>>544
なぜ、東日本人の5割が藤原の子孫だとわかるの?
720名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)06:43:17.39ID:v5I2hNWB0
>>544
鎌足しか持ってなかったDNAでもあんのかよwwwww
558名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
とにかく山陰の弥生人は九州の弥生人と違って
直接半島から来て集団で純粋半島人だけでコロニー作ってたんだよ。
鳥取青谷上寺遺跡 山口土井ヶ浜遺跡
大分とかもそう。だいたい出雲山陰と大分瀬戸内に半島人のネットワークがあって
それが後に秦氏と呼ばれる一団となってる。本州四国の弥生人はだいたいこの近辺の人たちの末裔。
561名前:名無しさん@1周年ID:
>>558
根拠なくよく嘘をつくなぁ
565名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:38:59.44ID:zBgyW8yx0
>>561
どこが嘘なの?
576名前:名無しさん@1周年ID:
>>558
青谷上寺地とかおそらく出雲に滅ぼされとるやんけ
土井ヶ浜はどちらかというと半島じゃなくて中学本土の連中じゃんか
587名前:名無しさん@1周年ID:
>>576
http://www.museum.kyushu-u.ac.jp/publications/special_exhibitions/WAJIN/154.html
出雲古浦が一番眼窩が高くて顔が彫りが浅い朝鮮人系の顔立ち
583名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
邇邇芸命が天界から使命を帯びて天孫として降臨した場所は
所謂、天孫降臨ですね
『古事記』と『日本書紀』の記述に大差がないのですが

皇孫は乃ち天磐座を離ち、且天八重雲を排分けて、稜威の道別に道別きて
日向の襲の高千穂の峯に天降る。

古事記には天孫降臨地を「日向の高千穂のくじふるたけ」とありましたが
日本書紀には「日向の襲の高千穂の峯」とありまして
日向と高千穂の間に 襲 を入れております。

何故こうなるかと言うと日本書紀の方が古事記よりも
精微に正確に詳しく記録されているとされるてるからです
日本書紀は日本初の正式な歴史書として
古事記よりも何十年も早く編纂を開始されたのですが
大まかな部分を簡略し省いたものが古事記だったのです

日本書紀には天孫降臨を地を記述されておりますが以下がそうです
本文が「日向の襲の高千穂の峰」
1書第1が「日向の高千穂くじふるの峰」
1書第2が「日向のくじひの高千穂の峰」
1書第4が「日向の襲の高千穂くじひ二上峰」
そして1書第6が「日向の襲の高千穂そほりの山峰」と詳しく記述されていますね

599名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
半島人は福岡に上陸しても主導権は取れないだろう袋叩きにあうから。
おそらく僻地に移動してそこでお山の大将してたんだろう。
610名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
> 天皇家の父系源流は殷王朝の流れを汲むツングース系で、鳥トーテミズム・太陽神信仰・鍛冶技術などを持ち、
> 平壌あたりの箕子(きし)朝鮮、半島南部の洛東江流域を経て、紀元1世紀前半頃に九州北部に渡来した。

いきなりトンデモw

628名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
出雲神話が半島を重要拠点としてるように
出雲と平和的連合政権作った畿内ヤマトも
半島に敬意を示してたことは確かだろう
http://kitabatake.world.coocan.jp/tennouichiran.html
http://www.iokikai.or.jp/doigahama.html
土井ヶ浜の朝鮮系弥生人と出雲の四角突出墓は同じだしな。
652名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
古代日向は現在の宮崎県+鹿児島県
で、日本最古クラス最大規模の定住集落跡の巨大縄文遺跡は、霧島(天孫降臨伝説高千穂峰の一帯)近くの
霧島市上野原遺跡
ここは南方系の黒潮に乗ってやってきた民族の名残と解釈されている
古事記日向神話には明らかに南方系神話の痕跡がある

北九州ではなく南九州が神話発祥の地であることはまちがいない

869名前:名無しさん@1周年ID:
>>652
黒潮で漂着するとかあるわけないだろうどこのボートピープルだよw
沖縄人のDNAですら本土から渡ってきたことは割れてんだよ
669名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
法律の仕事をしながらの研究は立派だけどDNA次元の最新の知見などは全く入ってない
お祖父さんたちは読みやすいのかもしれない
670名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
日本書紀、古事記の天孫降臨のところをもう一度良く読んで欲しい。
そこには明らかに朝鮮半島から降臨する。ニニギの姿が描かれてる。
http://www.iokikai.or.jp/doigahama.html
それは山口土井ヶ浜、鳥取青谷上寺地遺跡の典型的朝鮮系渡来人の姿にしかみえない。
既に土着化した福岡の甕棺弥生人とは違い過ぎる。
881名前:名無しさん@1周年ID:
戦後左翼のバカ共が洗脳しようとしてきたがいろいろ科学の証拠が出てきて望ましい。
>>1みたいなマスコミ洗脳バカは死んでて良い。
902名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
この人、歴史は独学で勉強したのかな?

> 日本及び北東アジアの古代史・系譜の研究者。日本家系図学会及び家系研究協議会の会長。
> 元大蔵省(現財務省)の官僚で、現在は弁護士。

宝賀寿男 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E8%B3%80%E5%AF%BF%E7%94%B7

903名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)19:36:30.48ID:CPEA7O2F0
>>902
どこかで見た名前と思ったら古代氏族系譜集成を書いた人か
記事を読まずに書き込んでたわ
990名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
最終的に西北部の九州は関西大分人の藤原に牛耳られる訳だから東征は有り得ないんだよな。
島津は関東の朝鮮人
縄文時代から大分は関西圏と考えられてきた。
993名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
記紀の神武の父方のニニギは渡来系だとわかるが母系は隼人海人系だということが見て取れる。
倭人伝そのままの倭人だろうか。
1000名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
古墳時代以降は関西大分人の全国格差で東北なんかは佐藤伊藤鈴木菊池ばかりで関西大分人だらけになってしまう。

縄文時代、弥生期の墓制、古墳時代の仲哀神功、江戸の黒田、現代のニッサントヨタ、一貫して大分は関西朝鮮人の文化圏。瀬戸内繋がりだろう。

10名前:名無しさん@1周年ID:
中国の記録「倭国大乱!」
日本の遺跡「高地性集落!環濠集落!」
日本の記紀「日本は天皇家によって平和に統治されておりました」

どこかがうそをついている…ッ!

12名前:名無しさん@1周年ID:
>>10
まぁ記紀なんて所詮は勝者が作った歴史だからな
まったくのデタラメであってもおかしくはない
706名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)04:53:23.45ID:TqTmzFh70
>>12
七支刀や大彦命のような、嘘っぱちで済まされていた記述が史実だった
勝者の歴史なのは事実だが、韓国人じゃあるまいし、おとぎ話で済ますのは無理がある
742名前:名無しさん@1周年ID:
>>706
韓国に都合が悪いから左派学者としてはおとぎ話にするしかない
日本が偉大であってはならないというイデオロギーがありき
910名前:名無しさん@1周年ID:
>>10
大乱の「大」かな
19名前:名無しさん@1周年ID:
中国の三国志の時代では、そうとう多くのことが記録されているから、
AD200年の卑弥呼の時代は合っている
AD450年に大和朝廷が出来る・・・これも正しい

神武天皇は、BC400年 ← これは嘘
AD450年以前の天皇の記載はすべて神話で、実在はしない

日本書紀と魏志倭人伝は年号が一致しないことから、
日本書紀はすべてウソ

●日本の天皇家はAD450年が紀元

45名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:10:53.98ID:kdrtqY9s0
>>19
少しだけその手の話を読んだことが有るな
卑弥呼の子供だか孫だかが曹操の孫に贈り物をして返礼に化粧品を送ったんだとかだっけ?
中国の歴史書が正しいと言う前提なら貴方の言うことに信憑性が出るね
あ、もうひとつの前提なんだけど天皇家が卑弥呼の子孫だと言うことが証明されなければ話が繋がらないよね?
50名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:15:48.00ID:2b1UvUE20
>>45
卑弥呼は一生独身だったから天皇家は卑弥呼の子孫ではない
邪馬台国と天皇家は直接の繋がりは無い
53名前:名無しさん@1周年ID:
>>50
魏志倭人伝に「親魏倭王・卑弥呼」の役人は

官有 伊支馬(いきま)
垂仁天皇「伊久米入日子伊佐知命」イクメ・イリビコイサチノミコト

次曰 彌馬升(みます)
皇后「氷羽州比賣命」ヒバス・ヒメノミコト

次曰 彌馬獲支(みまかし)
皇太子(後の第12代景行天皇)妃「美波迦斯毘賣命」ミカハシ・ビメノミコト

次曰 奴佳醍(ぬはだい)
皇妃「沼羽田入毘賣命」ヌバタノ・イリビメノミコト

と記載されている

卑弥呼が【現人神】で、
天皇家が【政府】で、
天皇が【内閣総理大臣】

58名前:名無しさん@1周年ID:
>>50
天皇家はどちらかと言うと倭国の族長の末裔っぽいな

日本書紀のAD400年以前の記録はすべて捏造だ

日本の部族、バラバラ 最大派閥・倭国

AD200 卑弥呼による統一

AD230 台与(単に地位を受け継いだ巫女)

また日本はバラパラに

AD400 倭国

AD450 大和朝廷

66名前:名無しさん@1周年ID:
>>58
大和朝廷の成立は大宝元年の701年からだよ
それ以前は奈良の地方豪族。
61名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:24:56.00ID:kdrtqY9s0
>>50
娘とされてるイヨは何者?
63名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:27:02.71ID:kCgNmFDp0
>>61
鬼道に優れた子を引き取ったのかも
65名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:27:32.57ID:2b1UvUE20
>>61
台与もしくは豊与は娘じゃない
魏志倭人伝に書いてあるから読み直してくれたまえ
68名前:名無しさん@1周年ID:
>>61
卑弥呼に仕える巫女軍団の代表
56名前:名無しさん@1周年ID:
>>45
AD450年ぐらいが神武東征の時期だろうな
大和朝廷の成立が701年。
578名前:名無しさん@1周年ID:
>>45
卑弥呼は鬼道だからスサノオで天皇はアマテラスだからそれはないでしょ
370名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)21:24:07.38ID:nP57MiL10
>>19
三韓征伐がなければ白村江に歴史が繋がらない
4世紀の倭の半島進出は中華にも朝鮮半島にも日本にも記録がある
大和のAD350年は確定よ
24名前:名無しさん@1周年ID:
自国の歴史の証明に他国の文化や歴史書に登場してくることを挙げて証拠とするのはわかるが
自国の歴史を自国で証明するものが少なすぎるのは謎だよな?
まるで意図的に誰かが証拠を消そうとしない限り普通は残るものだが?
25名前:名無しさん@1周年ID:
>>24
天武天皇「すまんなwww」
26名前:名無しさん@1周年ID:
>>24
>まるで意図的に誰かが証拠を消そうとしない限り普通は残るものだが?

残念だが、当時は日本に文字がなかった

29名前:名無しさん@1周年ID:
>>26
近年、弥生時代の硯が北部九州地域では数多く出土してるのに文字が無い訳ないだろ。
31名前:名無しさん@1周年ID:
>>26
ネ卜ウヨ「文字は日本が作って輸出した」

もはや誰も信じないか…

32名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)16:58:35.94ID:N8O92iOj0
>>26
蘇我馬子や厩戸皇子らによって編纂されたとされる国記・天皇記は焚書されている
33名前:名無しさん@1周年ID:
>>32
天武天皇「…と、わしが設定した」
48名前:名無しさん@1周年ID:
>>32
そりゃあAD630年にはあったはwww

天心降臨の時代は、BCだろw

57名前:名無しさん@1周年ID:
>>48
これは、国記と天皇記の焚書のことを言ってるのでは

>>まるで意図的に誰かが証拠を消そうとしない限り普通は残るものだが?>>24

776名前:名無しさん@1周年ID:
>>26

卑弥呼の時代で中国と既に500年も交流してるから無いと断言し難い。

783名前:名無しさん@1周年ID:
>>26
神代文字があったよ
偽造との声も大きいけど
27名前:名無しさん@1周年ID:
>>24
日本でも8世紀に大規模な焚書があったようだ
それで8世紀に書かれた記紀の書物が残ってない
7世紀以前の日本史は闇の中。
57名前:名無しさん@1周年ID:
>>48
これは、国記と天皇記の焚書のことを言ってるのでは

>>まるで意図的に誰かが証拠を消そうとしない限り普通は残るものだが?>>24

43名前:名無しさん@1周年ID:
邪馬台国時代は少なくても九州一帯の豪族連合程度だろ?
100余国あるうちの20~30程度の連合国家なんだから
畿内から九州一帯迄治めるには少なすぎるだろ
55名前:名無しさん@1周年ID:
>>43
狗奴国 九州(稲作・青銅器伴った海神族)
王【卑弥弓呼】
後漢(25年 - 220年)から「漢委奴国王」に任じられた

邪馬台国 奈良(犬狼信仰の山祇)
王【卑弥呼(天照大御神)】
魏(220年 - 265年)から「親魏倭王」に任じられた

葦原中国 出雲 (たたら製鉄が盛んだった地祇)
王【卑弥呼(天照大御神)の弟スサノオの息子である大国主(オホナムチ)】
のちに国土を天孫ニニギ(天照大御神の孫「邇邇芸命」)に譲り
長官が爾支で、王や一大率がいる伊都国となる

70名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:31:24.44ID:2b1UvUE20
>>55
邪馬台国の南側は狗奴国と接していたと魏志倭人伝に書いてあるのに嘘はいかんわ
174名前:名無しさん@1周年ID:
>>70
んなこたぁ書かれてねーわ

その南に狗奴国あり

183名前:名無しさん@1周年ID:
>>174
「此女王境界所盡 其南有狗奴國」
だから邪馬台国の南側は狗奴国と接していたんだよ
接してたから争いがおきんだよ、離れてたら争いにならない。 
193名前:名無しさん@1周年ID:
>>183
接していたとはかかれてねーよ

女王国の南には狗奴国がある。
男子を王と為し、其の官に狗古智卑狗(くこちひく)が有る。
女王に属せず。

212名前:名無しさん@1周年ID:
>>193
離れてるとも書かれてない
その南だから接してると解釈した方が自然だろ
離れてたら争いは起きないだろ。
247名前:名無しさん@1周年ID:
>>212
狗奴国 九州(稲作・青銅器伴った海神族)
王【卑弥弓呼】
後漢(25年 - 220年)から「漢委奴国王」に任じられた

邪馬台国 奈良(犬狼信仰の山祇)
王【卑弥呼(天照大御神)】

このときはまだ、両者は離れており争いはおきていない

しかし

葦原中国 出雲 (たたら製鉄が盛んだった地祇)
王【卑弥呼(天照大御神)の弟スサノオの息子である大国主(オホナムチ)】
のちに国土を天孫ニニギ(天照大御神の孫「邇邇芸命」)に譲り
長官が爾支で、王や一大率がいる伊都国となり

出雲伊都国の宗像氏と、松江末廬国の港を

邪馬台国 奈良(犬狼信仰の山祇)
王【卑弥呼(天照大御神)】
が使用して大陸との交易の海路を開き

北九州・狗奴国勢力に「漢委奴國王」の金印を授けた後漢が権力を禅譲した魏(220年 - 265年)から「親魏倭王」に任じられて

戦争となった

258名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:53:05.49ID:2b1UvUE20
>>247
邪馬台国は帯方郡から1万2千里だから九州
魏志倭人伝を読み直してから出直してこい
248名前:名無しさん@1周年ID:
>>212
狗奴国 九州(稲作・青銅器伴った海神族)
王【卑弥弓呼】
後漢(25年 - 220年)から「漢委奴国王」に任じられた

邪馬台国 奈良(犬狼信仰の山祇)
王【卑弥呼(天照大御神)】

このときはまだ、両者は離れており争いはおきていない
力も後漢(25年 - 220年)から「漢委奴国王」に任じられた狗奴国 九州のほうが圧倒的に強い

しかし

葦原中国 出雲 (たたら製鉄が盛んだった地祇)
王【卑弥呼(天照大御神)の弟スサノオの息子である大国主(オホナムチ)】
のちに国土を天孫ニニギ(天照大御神の孫「邇邇芸命」)に譲り
長官が爾支で、王や一大率がいる伊都国となり

出雲伊都国の宗像氏と、松江末廬国の港を

邪馬台国 奈良(犬狼信仰の山祇)
王【卑弥呼(天照大御神)】
が使用して大陸との交易の海路を開き

北九州・狗奴国勢力に「漢委奴國王」の金印を授けた後漢が権力を禅譲した魏(220年 - 265年)から「親魏倭王」に任じられて

後漢(25年 - 220年)から「漢委奴国王」に任じられた狗奴国よりも
魏(220年 - 265年)から「親魏倭王」に任じられた邪馬台国 奈良のほうが強くなり

戦争となった

52名前:名無しさん@1周年ID:
天から神が降臨するなんてただのお話にかすぎないのに
その場所をまじめに考察してどうするよ
俺の家の裏庭に降りてきたんだ、それでOK
99名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:50:46.16ID:kT7kU+nkO
>>52
そもそも天孫降臨(天下り)は空から降ってこない
雲の上の存在も実際に雲の上には住んでない
甲斐の虎の武田信玄は虎じゃなく人間
こういう事がわからない人間は神話や歴史を語っては駄目
109名前:名無しさん@1周年ID:
>>99
そんなことは此所に居らしてます方々は百も承知してますから御心配なくwww
107名前:名無しさん@1周年ID:
>>52
>>1
神話の中の天孫族(天皇家の先祖)は、国譲り神話以降、一貫してインベーダー(侵略者)として描かれている。
つまり、俺達は、お前ら土着の民族と違って、朝鮮半島から来たから偉いんだ、と終始主張している
196名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:15:27.25ID:aS8kD16H0
>>107
朝鮮から来たとは主張してない
スサノヲを朝鮮に罪人として流して帰ってきたことがあると主張している。
高天原からスサノヲを流刑した先が朝鮮である。
198名前:名無しさん@1周年ID:
>>196
じゃあ、なぜ、大和朝廷はあれほど半島に拘ったんだ?
本籍地を取り戻そうと必死だったからだろ
208名前:名無しさん@1周年ID:
>>198
少なくとも神功皇后の頃には半島のことは忘れ去られてたよ。
213名前:名無しさん@1周年ID:
>>208
白村江があるじゃん、全然忘れてない
229名前:名無しさん@1周年ID:
>>213
いや、だから神功皇后の時には「海を越えたところに人が住んでいる」という神功皇后の話を
夫の仲哀天皇は信じなかったのよ。んで、その仲哀天皇が何故か急に死んで(笑)神功皇后が
三韓征伐に向かったのよ。白村江はそのずーっと後。
230名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:32:16.10ID:aS8kD16H0
>>198
本拠地じゃない。
鉄の産出地を取り返そうとしただけだよ。
757名前:名無しさん@1周年ID:
>>198

大和朝廷が朝鮮半島を意識せざるを得なかったのは、中国で漢などの統一王朝が
成立して特に唐王朝などは対外的膨張政略が明白だったので、その脅威に対抗する
ためにも、朝鮮半島に防衛の拠点を確保するためだったんだよ。

759名前:名無しさん@1周年ID:
>>757
唐の成立がいつだと思ってんだよw
201名前:名無しさん@1周年ID:
>>196
まず朝鮮半島(高天原)で、負けた扶余の一部族(スサノオ)が、日本列島に追放された。
その後、どうも日本列島の方が稲作に向いている(豊葦原瑞穂国)ということで、天孫族が半島から日本にやってきた。
283名前:名無しさん@1周年ID:
>>201
で扶余族だという証拠は出たの?
289名前:名無しさん@1周年ID:
>>283
弥生人は、遺伝子的には、縄文人と韓国人の中間に位置する
https://pbs.twimg.com/media/D2aAhzmVAAIjR8B.jpg
729名前:名無しさん@1周年ID:
>>201
>>283
>>289
縄文男と古代半島女の組合わせ
コレで確定
その混血が弥生時代

扶余族なんか古代日本に全く関係無し
騎馬渡来説も可能性ゼロ

去年から今年の遺伝子科学のDNA解析で決定的になった

縄文が強かったから半島に出向き
半島女が大量に連れて来られた

729名前:名無しさん@1周年ID:
>>201
>>283
>>289
縄文男と古代半島女の組合わせ
コレで確定
その混血が弥生時代

扶余族なんか古代日本に全く関係無し
騎馬渡来説も可能性ゼロ

去年から今年の遺伝子科学のDNA解析で決定的になった

縄文が強かったから半島に出向き
半島女が大量に連れて来られた

729名前:名無しさん@1周年ID:
>>201
>>283
>>289
縄文男と古代半島女の組合わせ
コレで確定
その混血が弥生時代

扶余族なんか古代日本に全く関係無し
騎馬渡来説も可能性ゼロ

去年から今年の遺伝子科学のDNA解析で決定的になった

縄文が強かったから半島に出向き
半島女が大量に連れて来られた

240名前:名無しさん@1周年ID:
>>107
シュメール神話でも読め

ちなみに
シュメールの神々の会議の決定に背いて
土着したの神の名は ニギギ

62名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:24:57.42ID:2b1UvUE20
ぶっちゃけ天孫降臨の地が霧島になったのは明治維新の頃に薩摩が勝手に決め坂本龍馬が新婚旅行に行って有名になった
歴史とはそんなものだ
710名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)06:09:35.08ID:IrDpFcFC0
>>62
霧島は天孫降臨じゃないけど。
713名前:名無しさん@1周年ID:
>>710
天の逆鉾はワシが鋳造した
803名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)12:23:41.73ID:OyzLlxVA0
>>713
それ、霧島じゃないけどね
69名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:28:48.29ID:k5ywo/Lz0
高千穂が天孫降臨って宇佐神社のごり押しってマジ?
74名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:33:52.36ID:2b1UvUE20
>>69
宇佐神宮は宮司争いでそれどころじゃない
82名前:名無しさん@1周年ID:
>>69
てゆうか、本来の意味で降臨した“久留米から見て”日の昇る方向だったに過ぎないなんじゃない?
71名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:31:39.06ID:EwtCVq1C0
九州がなぜ古代中国の名称である九州とよばれているのか知らんのか
77名前:名無しさん@1周年ID:
>>71
それな。九州=天下全土
117名前:名無しさん@1周年ID:
>>71
中国を追い出された負け組があの島に住みついて
「この地こそが真の九州(全中国)よ!」と言ったからかな?
121名前:名無しさん@1周年ID:
>>117
九州がなぜ?九州なのか?
殷の時代から日本と殷王朝は深く関わっているからな
75名前:名無しさん@1周年ID:
確実に存在した最古の天皇って誰さ ?
78名前:名無しさん@1周年ID:
>>75
持統天皇くらいからだろ。
105名前:名無しさん@1周年ID:
>>78
実は記紀を書かせた天武天皇すら架空の存在だったら凄いな
持統天皇の脳内夫
143名前:名無しさん@1周年ID:
>>92
大化の改新・壬申の乱も前後してるな
大化元年は695年が本当。
>>105
天武天皇は合成して作られてるぽいな
持統天皇の夫天皇+α
79名前:名無しさん@1周年ID:
ひとつ疑問なんだが
なぜ?文字や記録が残ってないのに
日本書紀や古事記以前の天皇の系譜が解るの?
当然それを裏付けたり参考にした文献もあるはずだよね?

これらを編成した人たちは「いったい何を見てこれを記してたの?」
イタコ?w

81名前:名無しさん@1周年ID:
>>80
>>79
84名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:42:08.00ID:2b1UvUE20
>>79
魏志倭人伝が有るということは記録したものが有ったはずだけど、天皇家に都合の良い歴史にする為に抹消したんだろ
85名前:名無しさん@1周年ID:
>>79
記紀が編纂される以前には他にも多くの文献資料が残ってたんだよ
記紀の内容が史実と大幅に異なるから廃棄されたんだよ。
106名前:名無しさん@1周年ID:
>>85
そうなんだよ
日本人は紀元前から文字を使っていた

正確に言うと殷の時代の甲骨文字
なんせ殷王朝の末裔が今の弥生人日本人そのものだから

188名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:11:14.83ID:aS8kD16H0
>>85
風土記は記紀と内容が合致してないけど
ヤマトタケルを天皇と書いてたり
91名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)17:46:17.99ID:EJDlZqW20
>>79
【古代】「倭人が使っていたとしか言いようがない」 北部九州に紀元前の硯製作跡 国内の文字使用開始、300年以上さかのぼる可能性
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1550649478/
94名前:名無しさん@1周年ID:
>>91
ただの石ころにしか見えないw
108名前:名無しさん@1周年ID:
逆に、なぜ天皇家の祖先を卑弥呼に設定しなかったのか
そこが不思議よ

どう考えてもそっちのほうが美味しいが

126名前:名無しさん@1周年ID:
>>108
天照大神=卑弥呼+豊与だよ。
132名前:名無しさん@1周年ID:
>>108
ヤマト(倭)が朝見していた過去は全て消し去られている。倭の五王の朝見の記載も削られている。
137名前:名無しさん@1周年ID:
>>132
卑弥呼と台与から推古まで、”倭国王のお墨付きをもらいたいがために中国歴代王朝にご機嫌伺に出かけた”あたりが、
まったく書かれていないところがほほえましい。対等の関係として引用してしまうあたりが。
438名前:名無しさん@1周年ID:
>>346
そう、国内的には中国王朝のお墨付きをもらったことを誇示しつつ、後世や国外向けには朝貢はなかったことにしたい >>132,>>36
995名前:名無しさん@1周年ID:
>>959
>>974
>>975
国内的には中国王朝のお墨付きをもらったことを誇示しつつ、後世や国外向けには朝貢はなかったことにしたい >>132,>>36
591名前:名無しさん@1周年ID:
>>108
天皇はアマテラスで卑弥呼は鬼道だからスサノオだからね、
ヤマトタケルノミコトにしても名前からすると真逆になる出雲サイドの英雄だった可能性が濃厚なんだよね
116名前:名無しさん@1周年ID:
弥生人の遺伝子調べてみ
漢人以前に中国に住んでいた人間の弥生人だから
つまり殷王朝=弥生人
197名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:17:19.75ID:aS8kD16H0
>>116
邪馬台国の風習は似ているが、天皇は生き埋めを止めさせた。
だから天皇は別民族だと思う。
203名前:名無しさん@1周年ID:
>>197
どうだろう同じ民族でも時代の変化や縄文人が眉をひそめたせいとかも考えられる
963名前:名無しさん@1周年ID:
>>116
今の研究成果では、弥生人の遺伝子は男は縄文系、女は渡来系が混じってるらしい
渡来系の遺伝子は江南人で、だけど青銅や用具は半島式のようだ
農具や生活品の伝来がばらばらに時間差つきで来てるから渡来系が纏まって来たとは言えないとか
973名前:名無しさん@1周年ID:
>>963
江南から直接もあるだろうけど、小舟で江南→山東半島→朝鮮南部と移動してきたのが多いんだろう
古代朝鮮は中国の戦乱を逃れた人達が多かったようで
119名前:名無しさん@1周年ID:
>118
引用だらけだから
日本書紀読んでみな
122名前:名無しさん@1周年ID:
>>119
いやその引用元の文献はいっさい残ってないのか?てこと
調べようがないじゃん
149名前:名無しさん@1周年ID:
黄泉国から帰ったイザナギは筑紫日向の橘の小門(おど)の阿波岐原(あはきはら、檍原)で禊をするが
博多の住吉神社から西に約10キロメートルには日向峠
北東に約10キロメートルには古賀市青柳(阿波岐?)がある
また立花山(橘?)、その北の尾東山麓(小戸?)といった地名がある。
>>122
引用元の文献が全て処分されてるんだよな。
155名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)18:47:25.16ID:Gyt3Oc2t0
>>149
うむ。
たとえばホメロスのオデュッセイアは10年に渡る壮大な放浪のサーガだけど、
その舞台は日本海のわずか1/5程度で、波の穏やかなエーゲ海だったのだ。
神話ってのは本来そういうもんかも知れんw
923名前:名無しさん@1周年ID:
>>149
宮崎の住吉神社の近くにみそぎ池あるよ
130名前:名無しさん@1周年ID:
>>119
たとえば、卑弥呼が登場する「魏志倭人伝」も引用されており、
中国・朝鮮・日本のさまざまの文献からこれでもかってくらい引用だらけ。
残っている文献もあり、消えた文献もある。
そんなわけで、「日本書紀」は官僚による手堅く遊び心のない仕事臭がする。

>>124
中国風の天皇名が付けられたのは、平安期に入ってから。
オリジナルの日本書紀では、たとえば初代神武は、ヒコホホデミという名で登場している。

124名前:名無しさん@1周年ID:
不思議なのは日本に文字はなかったとしながら
初代天皇から名前にちゃんとした漢字が当てられてること

まあ後の天皇の子孫がかってにそれらしい当て字を考えてつけただけ
とも言えなくもないが

なんか昔の倭人らしくない名前なんだよな
今風というか大和朝廷大和政権以降っぽいていうか

128名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)18:23:19.07ID:Gyt3Oc2t0
>>124
神武とか応神とかの漢風諡号は奈良時代以降の人が考えたもんだしな。
当時の史観によったものだ。
130名前:名無しさん@1周年ID:
>>119
たとえば、卑弥呼が登場する「魏志倭人伝」も引用されており、
中国・朝鮮・日本のさまざまの文献からこれでもかってくらい引用だらけ。
残っている文献もあり、消えた文献もある。
そんなわけで、「日本書紀」は官僚による手堅く遊び心のない仕事臭がする。

>>124
中国風の天皇名が付けられたのは、平安期に入ってから。
オリジナルの日本書紀では、たとえば初代神武は、ヒコホホデミという名で登場している。

129名前:名無しさん@1周年ID:
とにかく、
初期歴代天皇の年齢

この年齢問題を
サッサと解決して

135名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)18:29:05.68ID:Gyt3Oc2t0
>>129
解決もへったくれも、「長生きだったんだなあ」でいいじゃんw
147名前:名無しさん@1周年ID:
>>135
その魏志倭人伝にさえも日本人は長生きで100才くらいの人がいると書かれているのにな
これは無視するわけな
209名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:22:29.48ID:aS8kD16H0
>>129
100歳以上の年齢の天皇は、全部60才(干支一回り分)差っ引いて計算すればほんとの年代がわかる。
神功皇后は300年代朝鮮に葛城蘇津彦を遣わした時にピッタリあう。
崇神が200年代くらいの纏向の天皇にピッタリ合う。
224名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:27:31.36ID:BmpW/T2dO
>>209 一年に2歳づつ歳を数えてたんだろ、
228名前:名無しさん@1周年ID:
>>224
新嘗祭んときと早苗の頃かな、正月なんて観念有ったのだろうか
235名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:36:56.47ID:aS8kD16H0
>>224
それだと寿命の短すぎる天皇がでてきてしまう。
242名前:名無しさん@1周年ID:
>>235
数えかたがどっちも有りの時代が有るのでは?地方によってとか
214名前:名無しさん@1周年ID:
>>129
初期の天皇の年齢問題をなんとかしようとすると、皇紀がめちゃくちゃになってしまうジレンマがある
221名前:名無しさん@1周年ID:
>>214
ジレンマっていうか皇紀を未だに信じてる男の人って……
225名前:名無しさん@1周年ID:
>>214
別にいいのに
西暦と皇紀と一緒ぐらいでどってこと無いよ
どうせかなり古い国には違いないんだし
136名前:名無しさん@1周年ID:
たぶん日本書紀や古事記が編成された時期に
当然大陸との交流があったわけで
自国の歴史が相手の歴史よりも古い(偉い)と考えたい人たちによって
自分たちは歴史ある支配者一族であるとしたいことは簡単に想像できる

がそのウソをすぐ大陸の人は見抜いてるんだよな
なにせ根拠というものがないから

140名前:名無しさん@1周年ID:
>>136,>>1
「旧唐書」には、『倭国伝』と、『日本国伝』のふたつがある

ひどいのは日本に対する評価で
「日本人はすぐ話を大きくしてホラばかりふくから中国人は誰も信じてない」とあり、倭国に対する扱いとまったく異なる

民族性がよく現れている。どこかの民族とそっくり

144名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)18:35:35.83ID:Gyt3Oc2t0
>>136
> たぶん日本書紀や古事記が編成された時期に
> 当然大陸との交流があったわけで

うんうん。
天の岩戸でウズメが踊ったとき、裳を「ずり下げて」
陰毛を見せたという記述があるが、あれは記紀編纂の持統帝の頃に
ピンポイントで流行した唐風の衣装だよね。近世以前の日本の
女性の衣装では、この時代の後にも先にも「たくし上げて」陰毛を
見せるしかない。

138名前:名無しさん@1周年ID:
中国と韓国の遺伝子は近いけど日本人は離れてなかったか?
141名前:名無しさん@1周年ID:
>>138
日本人のDNAが他のアジアから離れているのは、沖縄、アイヌなどの縄文系に引っ張られているから。本州は韓国に一番近い。
https://pbs.twimg.com/media/D2aAhzmVAAIjR8B.jpg
https://i.imgur.com/TpG1F9g.jpg
152名前:名無しさん@1周年ID:
>>141
>>142

中国と韓国そして日本を比べた時の遺伝子は日本は両者より離れてる とTVで観たがガセか!?

国が近いのに朝鮮には日本文化の一部は伝わらなかったようだが

156名前:名無しさん@1周年ID:
>>152
テレビ?
誰の研究をもとにした番組かわからんので、なんとも……。

>中国と韓国そして日本を比べた時の遺伝子は日本は両者より離れてる とTVで観たがガセか!?
一般論としては、縄文がいる分、中韓との違いがでる。
とくに東北北海道と南九州沖縄が、中韓と離れる。
本州、とくに関西は中韓と近い。

中韓と関西の距離<関西と東北・南九州・沖縄の距離

>国が近いのに朝鮮には日本文化の一部は伝わらなかったようだが
どの文化のことなのか、わからんので……。なんとも。

158名前:名無しさん@1周年ID:
>>156
お歯黒
163名前:名無しさん@1周年ID:
>>158
お歯黒って、日本の文化で、朝鮮にはないことを、今知った。
サンクス。
いつ頃からはじめたのだろうな。
165名前:名無しさん@1周年ID:
>>163
縄文の辺りのはず wiki調べだけどな
181名前:名無しさん@1周年ID:
>>165
そんなに古いか。
おもしろいね。

縄文土器には色塗りがないから、気づかんかった。
あれを美しいと思ったか……、ご先祖様たち。

>>164
5層でも説明できるな。
いずれにせよ、渡来は何波もあり、伝説を記紀に伝えることができた集団は3~5派だったのだろう。
記紀からして、”いまでこそ別部族だが実は同祖”的なストーリー展開だし。

142名前:名無しさん@1周年ID:
>>138
現代朝鮮と現代関西も近いよ。
古来から人の流れがあった証拠だろう。
人は移動し混じるもの。
152名前:名無しさん@1周年ID:
>>141
>>142

中国と韓国そして日本を比べた時の遺伝子は日本は両者より離れてる とTVで観たがガセか!?

国が近いのに朝鮮には日本文化の一部は伝わらなかったようだが

156名前:名無しさん@1周年ID:
>>152
テレビ?
誰の研究をもとにした番組かわからんので、なんとも……。

>中国と韓国そして日本を比べた時の遺伝子は日本は両者より離れてる とTVで観たがガセか!?
一般論としては、縄文がいる分、中韓との違いがでる。
とくに東北北海道と南九州沖縄が、中韓と離れる。
本州、とくに関西は中韓と近い。

中韓と関西の距離<関西と東北・南九州・沖縄の距離

>国が近いのに朝鮮には日本文化の一部は伝わらなかったようだが
どの文化のことなのか、わからんので……。なんとも。

158名前:名無しさん@1周年ID:
>>156
お歯黒
163名前:名無しさん@1周年ID:
>>158
お歯黒って、日本の文化で、朝鮮にはないことを、今知った。
サンクス。
いつ頃からはじめたのだろうな。
165名前:名無しさん@1周年ID:
>>163
縄文の辺りのはず wiki調べだけどな
181名前:名無しさん@1周年ID:
>>165
そんなに古いか。
おもしろいね。

縄文土器には色塗りがないから、気づかんかった。
あれを美しいと思ったか……、ご先祖様たち。

>>164
5層でも説明できるな。
いずれにせよ、渡来は何波もあり、伝説を記紀に伝えることができた集団は3~5派だったのだろう。
記紀からして、”いまでこそ別部族だが実は同祖”的なストーリー展開だし。

145名前:名無しさん@1周年ID:
だいたい宮崎が大々的に神話の国キャンペーンを始めたのは紀元2600年から
つまり昭和だ
まったく昔宇佐神宮、今宮崎県庁と迷惑限りない

日向国だから天孫降臨の地と言い出したのは宇佐神宮
宇佐神宮は自分の領地があった場所を高めようと色々捏造をしている
今の宮崎県民は神話の国というのを信じているが細かく調べればおかしな事ばかり
はっきり言って起源を主張するどこかの国のいうことと変わらん
これからは間違いは間違いと認めることが大事だと思う

続日本紀によれば昔の日向国は鹿児島宮崎を含む地域だった
記紀ではともに天皇家と隼人族は同族出身としている
日本書紀では特に阿多(薩摩半島南部)と特定している
ちゃんと調べれば分かることばかり

木花咲耶姫の本名である神阿多都比売
海幸彦の子孫は隼人族の阿多君
神武天皇の妃である阿比良比売は阿多小椅の妹
代々阿多(薩摩半島南部)の人間だらけ

おまけに鹿児島県南さつま市の上加世田遺跡からは久米と墨書された遺物が出土している
これは神武天皇の部下である大久米命との関連を思わせる

よって神武天皇の出身地は鹿児島県の薩摩半島
旧加世田市から旧金峰町にかけてと思われる

なお天孫降臨が現実にあったと考えるのは無理がある
それに山上に神が降り立つというのは北方系の神話

高千穂地名の変遷
日向風土記逸文(713、引用は続日本紀797)知鋪の郷(ちほと読めるから高千穂と言い出す。本当に原本にあったか?)
宇佐八幡宮託宣(765)高智保(たかちほと言ってるのが神主だと分かる。)
和名類聚抄(925)   智保(一般には広まっていないようで、辞書にはまだ高千穂は載らず。)
大日本史(1657~)  日向国臼杵の郡、智保、今は高千穂の庄(虚仮の一念、岩をも通す。でも正式には智保。)
(参考)1889年(明治22年)三田井村、押方村、向山村が合併し高千穂村となる。(ようやく正式に高千穂)

220名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)19:26:00.74ID:Gyt3Oc2t0
>>202
>>145が責めてる西臼杵郡の高千穂町は、実はすごいんだぞ。
天孫降臨の地どころか、高天原の天岩戸も神々が集まって相談した
天の安河の川原もそろっている。
303名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)20:27:10.32ID:Gyt3Oc2t0
>>294
たしかにあの光景は賽の河原だよな。ちょっと鳥肌が立ったw
「いつから」という問いに正確には答えられないけど、たとえば同じ宮崎の
美々津にある神武東征の出発地の伝承では、天皇が船出を待つ間に腰かけた
岩の碑は文政12年の建立だそうで、>>145が言うように何でもかんでも昭和でもない。

>>288
当時は、整備された客観情報をもとに行き先を決めるんじゃなくて、
イチかバチか海を渡る移民だもんな。着いた先で生存が可能なら、
そこは「約束の地」になる。

407名前:名無しさん@1周年ID:
>>303
何でもかんでも昭和とは言っていないでしょ
宮崎の神話の国キャンペーンは江戸時代の5藩から1つの県になり
初代知事がまとまりの無さを嘆いたことから大本は始まっている
大々的に始めたのが紀元2600年
418名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)22:27:34.54ID:Gyt3Oc2t0
>>407
おお、これはすまん。
どうも最近、神武東征関係の遺物がひっくるめて
昭和15年の紀元2600年に「創作」された、という論調を見かけるので、
元となる伝承があったことは強調しておきたいなと。
597名前:名無しさん@1周年ID:
>>145
隼人族はイケメン軍団だし縄文系と考えるのが自然だろ
151名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)18:42:54.08ID:OSTzBxjJ0
韓国からやってきた渡来人に、俺らの臭い祖先の縄文原人が征伐されたんだよなw
それを天孫降臨とか抜かして国粋主義でホルホルしてるんだから救えない。
190名前:名無しさん@1周年ID:
>>151
お前の自虐趣味のほうが救えない
他人から見たら痛いだけで健全さが無いよ
195名前:名無しさん@1周年ID:
>>151
生きてて辛いだろ?
神社でも参拝してこい
360名前:名無しさん@1周年ID:
>>151
古事記や日本書紀に天皇が韓神を祀ってる旨の話は出てくるな
380名前:名無しさん@1周年ID:
>>360
それとは別だと思う
731名前:名無しさん@1周年ID:
>>474
>>151
沿岸部を征伐され孕まされたのが
朝鮮・韓なんだよ

縄文が男で韓女鮮女が母系

157名前:名無しさん@1周年ID:
天孫降臨の地がだいたいあの辺なら、その地が高天原で
それならそれでええわ、というのが大和の民。
255名前:名無しさん@1周年ID:
>>157
ちょっと間違えた。
その地が高天原→その地が日向
高天原は海の向こうのあっちよりもっとあっちの方。
そこから海流に乗って渡ってくれば日向にたどりつく。その地で高い山を
見つけて登り天然の要塞を築き、そこに稲を植えて時を待つ・・・。そこが高千穂。
いろいろあって、いよいよ「海道東征」となる。
https://www.youtube.com/watch?v=8UqGPJA0PHA
320名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:45:12.04ID:uhRFcEnx0
>>302
場所なんかわかるわけない。当時の人は世界がどうなってるかなんて
知らないし>>255のような感じだよ。
ただ、あくまで個人的には、中国にある伝承をヒントにしたあれかなと
とは思っている。紀元的には一致するからな。
331名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:52:17.88ID:aS8kD16H0
>>320
神武東征を高天原から支援してるわけなんで、どこかから指示が出てるはずなんだが
それが分からんのかなあ
333名前:名無しさん@1周年ID:
>>331
先祖の導きの伝説ではなく、具体的な支援とみるのは、おもしろい。
ヤタガラスならば、中原ど真ん中だ。
629名前:名無しさん@1周年ID:
>>333
天孫族=八咫烏=烏孫=中央アジアキルギス=失われた10氏族、全部繋がるんだよな
161名前:名無しさん@1周年ID:
日本人が考えた架空の天皇の降臨地なんだから
当然日本国内の何処か?に設定するわけだけど
もしかしたら中国と対等にお付き合いしたいために
中国の何処か?という設定を持ち出す可能性もある
199名前:名無しさん@1周年ID:
>>161
倭人はあれは呉の河伯の子孫とか言い出したのは向こうじゃないの?
314名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:37:37.75ID:U1a1H5/+0
>>199
河童かよw
322名前:名無しさん@1周年ID:
>>314
そーでーす。って忘れちゃったから確認して来るわ
でも沙悟浄は河童やないんやで
328名前:名無しさん@1周年ID:
>>314 太伯です、スマソw
338名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:55:14.34ID:U1a1H5/+0
>>328
呉の太伯の子孫とか姫姓説は有名だな
351名前:名無しさん@1周年ID:
>>338
そうそう
今上の御学友がくわーしく書いてるけど、怪しい
やっぱり天皇家は縄文人だろうと思う
そのほうが有り難みが湧く
168名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)18:58:34.67ID:Za19vvJ20
渡来系集団が3つ九州に上陸
一番最後に来た集団が天皇家の祖にあたる
そして場所が福岡だと

なら何で宮崎の方に関連する逸話や神社が沢山あんの?

179名前:名無しさん@1周年ID:
>>168
日向(ひなた)を日向(ひゅうが)と間違って解釈した後世の奴らが宮崎に建てたんだろ
184名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:08:01.90ID:xGgKQcyl0
>>179
そう解釈したい人も少数いるけど違う
192名前:名無しさん@1周年ID:
>>184
どう違うんだ?
鉄器を携えた天皇一族が海から渡ってきて宮崎に着くのは不自然だと気づくべき
206名前:名無しさん@1周年ID:
>>192
鉄器が重要要素か?

そりゃそーと出雲の神さまが熊野大社の神様から
一晩中、叱られ説教される神事お祀りがあるの知ってるか?

215名前:名無しさん@1周年ID:
>>206
熊野の神様ってスサノオさんか、凄いな
226名前:名無しさん@1周年ID:
>>215
出雲(杵築)地方で鉄器製造に明け暮れて木材が無くなり
杵薄が作れずお供えのお餅が作れないいいい
と泣き言を言う出雲と叱る熊野

そーとー古い神事のようで。。。

238名前:名無しさん@1周年ID:
>>226
へえぇ、凄い古そう、実際有った昔話劇場ってかんじだな
スサノオは半島に木が無くなって嫌で帰って来てあちこちに木を植えた神だし
出雲のオオクニヌシは娘婿だっけ
木を植える大切さを伝えてるようで実にいい話だなあ
現代に続くお手植え行事もそこら起源かな
211名前:名無しさん@1周年ID:
>>192
でも温暖で良いところだし厭世気分で住みたくなっても不思議は無い
250名前:名無しさん@1周年ID:
>>192
記紀には海を渡るとは書いて無いぞ。
256名前:名無しさん@1周年ID:
>>250
じゃあ、空を飛んできたの?
260名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)19:55:41.93ID:Gyt3Oc2t0
>>250
そうなんだよなあ。
同じ天孫族のニギハヤイは船(天磐船)に乗って奈良に着いたけど、
本家筋のニニギは布団(真床追衾)にくるまって降りたんだよね。
663名前:名無しさん@1周年ID:
>>643
有名な応神天皇が大隅を名を取った
難波大隅宮(皇宮)を造営してる経緯からま
天孫族は由緒がデタラメな渡来系ではないでしょう

200日本@名無史さん2019/03/26(火) 23:18:47.03
>>192
大隅神社は合祀した神社かもしれないけど
応神天皇が難波大隅宮(皇宮)を
大坂上町台地を中心とする古代の難波の地に
大隅宮を造営してから難波の地が開けたと書かれてるよ

665名前:名無しさん@1周年ID:
>>663
難波宮か、近所だわ
今はなーんにもない草っ原
あそこ、これからもあのままなのかな?
671名前:名無しさん@1周年ID:
>>665
古代の大阪と現代の大阪は地形は
調べればわかりますが海岸線自体変わってしまっいるから
応神天皇の難波大隅宮があった場所を推定しかきないでしょうね
218名前:名無しさん@1周年ID:
>>179
惜しい。「日向」は「ヒミカ」、つまり卑弥呼がいた場所。
宮崎は後付けなのはその通り。
175名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:01:32.69ID:t2l3S2P00
やって来た場所はそうなんだろうけど
旗揚げした土地となるとどうなんだろうなぁ。
177名前:名無しさん@1周年ID:
>>175
新唐書によれば、皇室は神武天皇の代までは筑紫城に住んでいたことになってる

新唐書日本伝
 其俗多女少男、有文字、尚浮屠法。其官十有二等。其王姓阿毎氏、自言初主號天御中主、至彦瀲、凡三十二世、
 皆以「尊」為號、居筑紫城。

(訳)そこの俗は女が多く男が少なく、文字があり、仏教の教えを尊ぶ。その官には十二等級がある。王姓は阿毎氏、自ら言うには、
   初めの主は天御中主と号し、彦瀲に至り、およそ三十二世、皆が「尊」を号として、筑紫城に居住する。

608名前:名無しさん@1周年ID:
>>175
日向族は一番最初に天孫族に寝返った縄文人だよね、最後まで抵抗して追い詰められたのは隼人族
612名前:名無しさん@1周年ID:
>>608
隼人の寝返りは早い。
むしろ熊襲が最後まで抵抗してるし
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:0G682liD2lwJ:www.geocities.jp/mb1527/N3-23-11jinguukumaso.html+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=opera
194名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:15:23.22ID:Za19vvJ20
渡来系が福岡を拠点にするのは位置的には自然ではあるよね
200名前:名無しさん@1周年ID:
>>194
半島との関係を維持したいなら、まずは福岡をおさえるよな。
216名前:名無しさん@1周年ID:
>>194
それがな。
阿多隼人や熊襲は
決闘して勝者は相手の肝を食う風習があって
古来中国には魂は肝に宿るとの概念があり
九州南部や西側をたいへん恐れをいだいていた。

だから昔から交易そてたのは中国地方の日本海

232名前:名無しさん@1周年ID:
>>216
へえ、中国人は肉は羹にするくせ肝は喰わんのか、よく分からんなあ
210名前:名無しさん@1周年ID:
天皇は海幸の子孫だから、南方系だろう。
カヌーでポリネシアから流れて来たんだ。
227名前:名無しさん@1周年ID:
>>210
初代天皇は山幸の孫だよ。
俺も、なぜ最初から天皇の祖を「海」にしとかないのか不思議だと思うんだが。

海幸に無理難題をおしつけられ、故郷にいられなくなった山幸が海神の娘(実態はワニ)に助けられて結婚し、
海の一族の力を背景に生き延びるというややこしいストーリー。

234名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)19:36:07.99ID:Gyt3Oc2t0
>>227
言われてみれば不思議だな。
実は兄弟対立よりも前に、山の男と海の娘が結ばれる神話があったのかも知れん。
高千穂の峰に天下ったニニギが、ワタツミの神の娘のコノハナサクヤヒメと
結婚するモチーフの繰り返し的な感じで。
257名前:名無しさん@1周年ID:
>>234
中国系の海人の倭人と
縄文の土着海人と土着山人が居るんで二回やりました的に
275名前:名無しさん@1周年ID:
>>234
そう、不思議な神話なんだよ。
天皇家の偉大さを語るために書かれたと思うと、不思議。
そんな書き方はよせばいいと思うエピだらけだ。

だが、編纂当時のありのまま(降臨や東征の前に大勢力がいくつもあり、天皇の祖は田舎出の流れ者だった)を
描いたものだと思うと納得がいく。
偉大でなくてよかったわけだ。
むしろ、立身出世物語を伝えたかったのだと。

280名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:09:18.00ID:aS8kD16H0
>>275
まあまあ誠実さはうかがえるわなあ
一書によるとってのが何個も書いてあるわけで
自分たちを誇示しようという感じは受けない。むしろ天皇家に相当悪い印象を受けるくらいで
287名前:名無しさん@1周年ID:
>>280
血筋の正当性を主張したいなら、書くべきでないエピソードだらけだからw
編纂当時は皇統だどうとか、万世一系がどうとか、まったく重視していない。
降臨から数えて二代目誕生エピでは、いきなり「俺の子じゃないかも」疑惑エピソード。

おっしゃるとおり、一書に曰くのしつこさからは、誠実さを感じる。

323名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:46:34.21ID:U1a1H5/+0
>>287
後の人が神格化しようとして解釈を変えたんで今の人には分からなくなってるんだろうな
382名前:名無しさん@1周年ID:
>>234
コノハナサクヤヒメとイワナガヒメは大山祗神の娘
イワナガヒメを連れて行かなかったから呪われたんだよー
259名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)19:53:40.67ID:8Rqh7Xq90
豊葦原瑞穂国は稲作なんかじゃなく葦で褐鉄鉱が取れることから名付けられてる
266名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)19:58:45.07ID:Gyt3Oc2t0
>>259
もしそうだったら、「瑞穂の国」じゃなくて「スズ成りの国」になってたんじゃなかろうか。
やはり「豊葦原瑞穂国」は稲作民にとっての約束の地だったと思う。
270名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:00:38.50ID:6x1bJggz0
>>266
高師小僧以外に葦原を国名にする理由なんかないだろ
277名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)20:05:13.06ID:Gyt3Oc2t0
>>270
葦の根元に付く褐鉄鉱のスズ(高師小僧)は、1年草の稲(瑞穂)に
置換されたら取れなくなる。国名に「瑞穂」が入っているということは
製鉄民の命名じゃない気がするのだ。
278名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:07:54.79ID:j8TskdTv0
>>277
鈴を飾り鈴を鳴らすことですずが集まるのを祈願する神社ばかりの国でそんなこと言われてもな
288名前:名無しさん@1周年ID:
>>266
あのう、東南アジアに行ったほうが三毛作も出来るよ
303名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)20:27:10.32ID:Gyt3Oc2t0
>>294
たしかにあの光景は賽の河原だよな。ちょっと鳥肌が立ったw
「いつから」という問いに正確には答えられないけど、たとえば同じ宮崎の
美々津にある神武東征の出発地の伝承では、天皇が船出を待つ間に腰かけた
岩の碑は文政12年の建立だそうで、>>145が言うように何でもかんでも昭和でもない。

>>288
当時は、整備された客観情報をもとに行き先を決めるんじゃなくて、
イチかバチか海を渡る移民だもんな。着いた先で生存が可能なら、
そこは「約束の地」になる。

407名前:名無しさん@1周年ID:
>>303
何でもかんでも昭和とは言っていないでしょ
宮崎の神話の国キャンペーンは江戸時代の5藩から1つの県になり
初代知事がまとまりの無さを嘆いたことから大本は始まっている
大々的に始めたのが紀元2600年
418名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)22:27:34.54ID:Gyt3Oc2t0
>>407
おお、これはすまん。
どうも最近、神武東征関係の遺物がひっくるめて
昭和15年の紀元2600年に「創作」された、という論調を見かけるので、
元となる伝承があったことは強調しておきたいなと。
308名前:名無しさん@1周年ID:
>>266
3行目が滅茶苦茶だな、縄文人は青銅器を持ってないぞ。
272名前:名無しさん@1周年ID:
ニギハヤヒ

大和国の最初の王は三河県豊橋市出身の可能性が高い

三河→伊勢→熊野→河内→大和(纒向)のルートだ

290名前:名無しさん@1周年ID:
>>272
三河とかどこの田舎だよ
292名前:名無しさん@1周年ID:
>>290
日本の選ばれた地だが

日本の歴史(中世~近世)

◆鎌倉幕府(1185~1333年)◆
【勝者】源頼朝:藤姓熱田大宮司一族(本貫地/三河国額田郡乙見)
・藤原季兼(別号:三河四郎大夫、三河国額田郡に居住)→藤原季範(別号:額田冠者、三河国額田郡に居住、初代藤姓熱田大宮宮司)→由良御前(源義朝の室)→源頼朝

◆室町幕府(1338~1576年)◆
【勝者】足利尊氏:三河守護
・足利将軍家以外では、足利一門として吉良氏(本貫地/三河国幡豆郡吉良)、今川氏(本貫地/三河国碧海郡今川)、石橋氏(本貫地/三河国設楽郡石橋)が将軍継承権を有した
・守護職は本貫地を三河国にする者が最大人数
・奉公衆(江戸幕府の旗本に相当)は、本貫地を三河国にする者が最大人数、又三河国の奉公衆も最大人数

◆応仁の乱(1467~1477年)◆
【勝者】細川政元:細川京兆家(本貫地/三河国額田郡細川)
・ ”東博本洛中洛外図”には当時の権力者として細川氏邸、額田氏邸(細川氏被官)が描かれている

◆明応の政変(1493年)◆
【勝者】細川政元:細川京兆家(本貫地/三河国額田郡細川)
・半将軍と呼ばれ、幕政を完全に掌握、事実上日本のトップに立つ

◆関ヶ原の戦い(1600年)◆
【勝者】徳川家康:本貫地/三河国加茂郡松平

◆江戸幕府(1603~1868年)◆
【勝者】徳川家康:本貫地/三河国加茂郡松平
・大名の5割が三河国出身
・附家老の8割が三河国出身
・旗本の4割が三河国出身、高家筆頭は吉良氏(本貫地/三河国幡豆郡吉良)

◆大坂の役(1614~1615年)◆
【勝者】徳川家康、徳川秀忠:清和源氏、本貫地/三河国加茂郡松平

623名前:名無しさん@1周年ID:
>>272
手薄の日本海側ルートか諏訪まで進軍して更に三河から首都の大和を取り囲む様にしたのかね
294名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:20:56.39ID:ySoAApPv0
>220
でも天の安河原(とよんでる)場所、いつから呼ばれてたの?
普通に賽の河原状態の場所じゃん…地蔵信仰のほうが相応しそうだけど?
303名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)20:27:10.32ID:Gyt3Oc2t0
>>294
たしかにあの光景は賽の河原だよな。ちょっと鳥肌が立ったw
「いつから」という問いに正確には答えられないけど、たとえば同じ宮崎の
美々津にある神武東征の出発地の伝承では、天皇が船出を待つ間に腰かけた
岩の碑は文政12年の建立だそうで、>>145が言うように何でもかんでも昭和でもない。

>>288
当時は、整備された客観情報をもとに行き先を決めるんじゃなくて、
イチかバチか海を渡る移民だもんな。着いた先で生存が可能なら、
そこは「約束の地」になる。

407名前:名無しさん@1周年ID:
>>303
何でもかんでも昭和とは言っていないでしょ
宮崎の神話の国キャンペーンは江戸時代の5藩から1つの県になり
初代知事がまとまりの無さを嘆いたことから大本は始まっている
大々的に始めたのが紀元2600年
418名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)22:27:34.54ID:Gyt3Oc2t0
>>407
おお、これはすまん。
どうも最近、神武東征関係の遺物がひっくるめて
昭和15年の紀元2600年に「創作」された、という論調を見かけるので、
元となる伝承があったことは強調しておきたいなと。
304名前:名無しさん@1周年ID:
>>294
あれは後世の人が勘違いしちゃった気がするなあ
大体仏教の霊場って縄文の霊場に上書きしてるって言うよ
高野山も丹生の女神がもともと居たし比叡山も元は神社
310名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:34:08.01ID:j8TskdTv0
>>304
丹生、つまり水銀が出る土地だったから密教学んできた空海が乗っ取ったんだな

土地を十年借りるって証文にノを足して千年にしたって逸話が残る程度に悪辣な手段だったんだろう

318名前:名無しさん@1周年ID:
>>310
あの人はほんとに山師よなあ
772名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)09:52:24.78ID:cfCyI3Uy0
>>310
乗っ取るってのはちと違うな
今でも高野山は丹生都比売神社改修に金出したりしてるし
丹生都比売神社境内には仏像もあるよ
295名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:22:43.96ID:aS8kD16H0
記紀がごまかしているのは事績の年代であって
何をもってして事績を遡らせたのかが最大の謎であって
何をしたいのか分からない。
事績の誠実さに対して年代の不誠実さが異様だと言える。
298名前:名無しさん@1周年ID:
>>295
「旧唐書」には、『倭国伝』と、『日本国伝』のふたつがある

ひどいのは日本に対する評価で
 「日本人はすぐ話を大きくしてホラばかりふくから中国人は誰も信じてない」とあり、倭国に対する扱いとまったく異なる

民族性がよく現れている。どこかの民族とそっくり

324名前:名無しさん@1周年ID:
>>298
九州に在った倭国の歴史を奈良の大和朝廷の歴史として改竄して書き加えたんだ
本来の大和朝廷の歴史は神武から欠史八代、その後に天武
欠史八代と天武の間に倭国の歴史を盗用して挿入した
崇神からは九州の倭国の歴史で
倭国は7世紀まで大和朝廷とは別に九州にあった。
339名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:55:29.03ID:KwTIQIxH0
>>324

残念ながら3~7世紀の九州に大和朝廷に該当する遺跡がないんよ

347名前:名無しさん@1周年ID:
>>339
7世紀までの倭国の都は太宰府なんだ。
399名前:名無しさん@1周年ID:
>>347
太宰府を真面目に発掘調査すればイロイロなものが出てきそうだけどね
409名前:名無しさん@1周年ID:
>>399
宇佐はどう?
408名前:名無しさん@1周年ID:
>>339
7世紀まで入れちゃうと九州も結構あるんじゃないか?
西都原古墳とかも古いところは3~4世紀じゃなかったっけ
3世紀前半以前にある程度デカい町があることが重要
385名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)21:50:09.12ID:kT7kU+nkO
>>295
単純に古代の日本人は今が何年何月で今年何歳になったとか気にしてなかった
だから古代天皇の事績は伝わっていてもそれが何年何月の事かわからない
しかし国の正史を編纂するに当たって建国日時や年齢を記載する必要が出来た
なので推定でそれっぽい日時や年齢を当てはめたのが真相だと思うが
299名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:24:20.41ID:aS8kD16H0
記紀の事績自体はある程度、遺跡などの発掘物や外国の書物の事績と矛盾してない。
年代の改ざんだけが異様である。
309名前:名無しさん@1周年ID:
>>299
同意。
編纂方針そのものが謎という部分に。

意志の力を感じるのは、
異様に長いオオキミたちの寿命
そして、中国歴代王朝に朝貢していた事実を書かなかったこと
(『魏志』をはじめとした正史を読んでいることは隠さず引用までしているのに)
この2点だな。

皇統の正当性を主張する気がない、正史を参考にしていることを隠す気もない、
しかし、古さと独立性は気にしている感。

316名前:名無しさん@1周年ID:
>>309
結局卑弥呼と皇統は関係無い、うちのが古いし言い伝えもいっぱいって言いたいのじゃ?
安東将軍の位をくれと言って貰ったことは書いてるんだし朝貢を書いても大した傷にもならないだろう
清にイギリスが朝貢したようなもので
317名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)20:44:05.54ID:Gyt3Oc2t0
>>316
「食」には日食や月食のような「欠ける・そこなう」という意味もあるな。
虫食いの葉っぱからの連想だろうけど。
330名前:名無しさん@1周年ID:
>>316
卑弥呼のくだりは、非常にあいまい。
関係あると言いたいのか、なしといいたいのか、煮え切らない引用ぶり。

朝貢に関しては、倭の5王や第一回遣隋使をスキップしてはいるが、
すべてを隠蔽したいわけではない。

誠実な人々が伝えられたままを慎重に書き記し、適当な人が赤入れしたかのような

337名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:55:10.04ID:aS8kD16H0
>>330
卑弥呼のことは天皇家も知らなかった可能性が高い。
史記の言ってるのは神功皇后の事やろか??
みたいな書き方だ。
345名前:名無しさん@1周年ID:
>>337
解釈なしに単に引用しているのが謎を謎を呼んでしまっている。
神功皇后だと思うならそう書けばいいし、思わないならそもそも引用しなければいい。
倭の名の国王は引用してないんだし、卑弥呼もふれないという選択肢があったはず。
349名前:名無しさん@1周年ID:
>>345
記紀の編纂者は卑弥呼に付いても知っていたんだけど書けなかったんだ
卑弥呼の事を書くと大和朝廷の歴史が恐ろしく短い事がバレルから。
346名前:名無しさん@1周年ID:
>>330
対外的には卑弥呼の後継と言いたいが事情を知ってる国内に対しては嘘言えないややこしさか
350名前:名無しさん@1周年ID:
>>346
なるほど。
そうかもな。
対外読者向け方針と国内読者向け方針が衝突し妙な本ができあがったが、
解消方法を思いつく前に納期がやってきた
357名前:名無しさん@1周年ID:
>>350
納期〜w!その発想無かったわ
あんな本ネバーエンディングに書き続ける予定かと思ってた
364名前:名無しさん@1周年ID:
>>357
納期あったと思うよw
構想時は飛鳥で、奈良までひっぱって官僚集団が書き上げたことまではわかっているわけよ。
何かのイベント、たとえば唐への使者に持たせるとか、誰かの記念式典に公表するとか、
細かいことはもういいから、しあげろ!と
353名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)21:03:21.20ID:aS8kD16H0
>>346
卑弥呼の後継と言いたいなら、神功皇后をもっと卑弥呼みたいな人物としてかかないとあまりにもかけ離れた人物像すぎるので
そもそも卑弥呼の事も朝貢の事も全く知らないで書いてると思える。
438名前:名無しさん@1周年ID:
>>346
そう、国内的には中国王朝のお墨付きをもらったことを誇示しつつ、後世や国外向けには朝貢はなかったことにしたい >>132,>>36
384名前:名無しさん@1周年ID:
>>309,>>299,>>316,>>330
そこには、それまでの歴史をある程度記憶している国内向けの言い訳と、後世や外国向けの見栄の綱引きをしている様子が伺える>>36
384名前:名無しさん@1周年ID:
>>309,>>299,>>316,>>330
そこには、それまでの歴史をある程度記憶している国内向けの言い訳と、後世や外国向けの見栄の綱引きをしている様子が伺える>>36
371名前:名無しさん@1周年ID:
>>309
天皇家の前に王朝があったけど、無かった事にしたかったからじゃね?
372名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)21:26:48.48ID:aS8kD16H0
>>371
饒速日の事はちらっと書いてるけど
饒速日系の事績を天皇家が知らないので書けないのかもしれない。
卑弥呼とかの朝貢とかも饒速日系がやったことなのかも
375名前:名無しさん@1周年ID:
>>371
出雲系に配慮しまくりの記述が気になるなあ。
崇神期には、アマテラスを大和からどかしても大物主の意に沿いたいとか。

前王朝の存在を隠す意志も感じられないんだ。

384名前:名無しさん@1周年ID:
>>309,>>299,>>316,>>330
そこには、それまでの歴史をある程度記憶している国内向けの言い訳と、後世や外国向けの見栄の綱引きをしている様子が伺える>>36
384名前:名無しさん@1周年ID:
>>309,>>299,>>316,>>330
そこには、それまでの歴史をある程度記憶している国内向けの言い訳と、後世や外国向けの見栄の綱引きをしている様子が伺える>>36
302名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:25:22.80ID:aS8kD16H0
それと、高天原の場所を言わない事も異様である。
320名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:45:12.04ID:uhRFcEnx0
>>302
場所なんかわかるわけない。当時の人は世界がどうなってるかなんて
知らないし>>255のような感じだよ。
ただ、あくまで個人的には、中国にある伝承をヒントにしたあれかなと
とは思っている。紀元的には一致するからな。
331名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:52:17.88ID:aS8kD16H0
>>320
神武東征を高天原から支援してるわけなんで、どこかから指示が出てるはずなんだが
それが分からんのかなあ
333名前:名無しさん@1周年ID:
>>331
先祖の導きの伝説ではなく、具体的な支援とみるのは、おもしろい。
ヤタガラスならば、中原ど真ん中だ。
629名前:名無しさん@1周年ID:
>>333
天孫族=八咫烏=烏孫=中央アジアキルギス=失われた10氏族、全部繋がるんだよな
388名前:名無しさん@1周年ID:
>>302
うちのじいちゃんの田舎には
ニニギの母ちゃんの住んでた所があるから
多分その辺が高天原だったんじゃないかなー
390名前:名無しさん@1周年ID:
>>388
ニニギのカーチャン、栲幡千千姫命

織物の神

305名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:28:40.39ID:aS8kD16H0
もし自分らの偉大さを誇示するのが目的なら朝鮮みたいに反万年もさかのぼらなきゃ紀元前660年じゃ外国に対してなんの誇示にもならない。
312名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)20:36:22.83ID:Gyt3Oc2t0
>>305
神武天皇が即位したのは2600年前だけど、
その前の日向三代は179万年だぞ。
半万年と可愛いもんだw
321名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)20:45:39.03ID:aS8kD16H0
>>312
日向三代の事績に関しては天皇家も伝説くらいでしかわからなかったんやろなあ
356名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)21:05:16.58ID:KwTIQIxH0
天皇家は卑弥呼から続く邪馬台国の王位を受け継いだと正当化するために卑弥呼をアマテラスの
神話に仕立て血を受け継いでいることにした。
365名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)21:11:34.88ID:aS8kD16H0
>>356
卑弥呼ってそんな古い人じゃないんだけどなあ
同時代の崇神天皇の事績は結構細かく書いてるわけで記録には残ってた時代の話だとおもうのだが
377名前:名無しさん@1周年ID:
>>367
>>365だそうだが、
卑弥呼とトヨ姫は断絶してて実は卑弥呼の前も代々トヨ姫は居たのだ、とかかもな
359名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)21:07:14.22ID:KwTIQIxH0
台与(トヨ)の台をトと読むとするなら、邪馬台国の台もトと読めば邪馬台国はヤマト国と読むことになり
邪馬台国=ヤマトでなんの問題もない。
367名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)21:14:54.25ID:Gyt3Oc2t0
>>359
トヨだと思う。
日向神話でニニギの妻になったワタツミ神の娘のトヨタマ姫であり、トヨ(豊)の国の女王。
そのトヨの国が面する周防灘には、海幸山幸神話に出てくる潮満珠・潮涸珠の
伝承が色濃く残っているのだ。
377名前:名無しさん@1周年ID:
>>367
>>365だそうだが、
卑弥呼とトヨ姫は断絶してて実は卑弥呼の前も代々トヨ姫は居たのだ、とかかもな
361名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)21:09:59.88ID:KwTIQIxH0
ヤマトには元々出雲族が住んでいた。そのご神体が三輪山。大物主(大国主)が祀られている。
つまり、西日本を統一したのは奈良を起点とした出雲族であったのだ。
511名前:名無しさん@1周年ID:
>>361
その出雲(三輪)から、政略結婚を経て、国を奪った(国譲り)?
517名前:名無しさん@1周年ID:
>>361
そこヤマトに居たのはニギハヤヒではなかったけ?
神武が我々と同じ天孫族だと言った。神武はニニギ
ニギワイ
641名前:名無しさん@1周年ID:
>>361
蛇は古代の世界宗教だった大地母神だからね
683名前:名無しさん@1周年ID:
>>361
三輪山の三輪は三河の神山(三輪山)由来

大神神社の社伝曰く、三河国石巻山は大和国三輪山の奥の院

日本の秘密は三河に隠されている

379名前:名無しさん@1周年ID:
記紀、先代旧事本紀
特に先代旧事本紀は鳥や出雲大臣への憎しみに溢れているからね
記紀を作った天武朝でも鳥や月は嫌われていたみたいだな
桜井市のホームページにも載っている万葉集の歌
ひさかたの天行く月を網に刺し我が大君は蓋にせり
大空をわたる月を、鳥でも刺すように網でからめとり、大君はその月を蓋になさっている。

記紀や先代旧事本紀では、銅鐸とか鳥とかは省かれたり蔑ろにされている
現代は違う
鳥居を潜り、井戸の水で身を清め、鈴【鐸】を鳴らし、神に祈る

389名前:名無しさん@1周年ID:
>>379
鳥や月を神と崇める王朝が先に日本にあって後から太陽を崇める天皇家がその王朝を倒したなら辻褄が合うな
391名前:名無しさん@1周年ID:
>>379
うーん、
蘇我(出雲)と物部(旧事本紀)は仏教戦争したからかなあ
でも結局神仏は習合することになり神道も変容していき、
藤原の世になったら昔の戦争どうでもよくなったのかも
392名前:名無しさん@1周年ID:
ちょっと前TVで昔の宮中の習わしについてやっていた

子宝を祈願する時、
餅に日の丸のような赤い丸を描き、その赤い部分をくり抜いて、その穴から月を見るという風習があったらしい

高御座には鳳凰が飾れているし、月や鳥は大切にされていると思うけどなー

398名前:名無しさん@1周年ID:
>>392
月と鳥ってセットなのが分からないね、鳥と日のセットが普通
鳥は夜はあまり飛ばないしさ
414名前:名無しさん@1周年ID:
>>398
万葉集では結構セットになっていて、
奈良時代後半、月(夜見)とホトトギス時鳥の来訪を期待する歌が急激に増えている

月夜吉み鳴く霍公鳥見まく欲り我れ草取れり見む人もがも
霍公鳥鳴く声聞くや卯の花の咲き散る岡に葛引く娘女

421名前:名無しさん@1周年ID:
>>414
死出の田長:死出の山から飛び来るところからともいうホトトギスの別名
とか縁起の悪い鳥だけど特殊では?他の鳥も有るの?
426名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)22:34:07.90ID:Myudu/as0
>>421
フクロウなんかは母親を食って成長するということから親不孝の代名詞
429名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)22:37:12.41ID:Myudu/as0
>>421
カラスは神武を先導したけど用済みになって殺された怨霊の代名詞
トビもそうじゃなかったかな?
434名前:名無しさん@1周年ID:
>>429
なるほど
けど雲雀はのどかやし白鳥は目出度いし鶴は千年やで、一概に言えんわやっぱし
436名前:名無しさん@1周年ID:
>>434
鳥は気にせずw
452名前:名無しさん@1周年ID:
>>436
月夜だと人が来て嬉しいとか、全然嫌われてないと判明
445名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)22:55:49.90ID:Myudu/as0
>>434
白鳥は白が鉄を指し、鉄を取る(奪う)という意味になるそうだ
ヤマトタケルが最期に白鳥になったのは鉄を奪ったことの喩え
431名前:婆 ◆HKZsYRUkck 2019/03/31(日)22:38:47.64ID:Gyt3Oc2t0
>>421
浮世絵では月に雁だよなあ、と思って「万葉集 雁 月」で検索したら
いろいろ出て来た。

さ夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空ゆ月渡る見ゆ
さを鹿の妻どふ時に月をよみ雁が音聞こゆ今し来らしも
この夜らはさ夜更けぬらし雁が音の聞こゆる空ゆ月立ち渡る
我が宿に鳴きし雁がね雲の上に今夜鳴くなり国へかも行く

443名前:名無しさん@1周年ID:
>>431
えー、別に嫌われてないように見えるわ
鳥とか蝶々も飛ぶものは霊魂に繋がるってぐらいのもので
夕方の月は鳥はただの風物詩やな
401名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)22:06:20.46ID:tcfrEwD00
アマテルを殺し黄泉に送って居着く黄泉として月読として封印
アマテルの神の地位をアマテラスが乗っ取った
天岩戸はアマテルからアマテラスへの交代劇

源氏物語でも竹取物語でも月を見るのは不吉とされてる

413名前:名無しさん@1周年ID:
>>401
えー、その割りには奈良朝平安朝のみんな月見が好きじゃない
昔は不吉とされたっていう言い伝え程度なんじゃないの?
415名前:名無しさん@1周年ID:
>>401
庶民でも毎年中秋の名月にお月見するやろ
428名前:名無しさん@1周年ID:
>>415
今はそうでもないだろ
当時なら今と違い夜に出歩くって事もなかったはず
月って言うより夜は不吉って事かも
日中でも月は見えるし
442名前:名無しさん@1周年ID:
>>415
日本語は文法の面では中国語ではなく、朝鮮、満洲、モンゴルあたりの系統だ
417名前:名無しさん@1周年ID:
天孫降臨って韓国から来たって意味なのにね
430名前:名無しさん@1周年ID:
>>417
韓国から来たと言うより韓国を通って来たんじゃないかな?
461名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:06:56.98ID:uhRFcEnx0
>>430
わざわざ遠回りしてかい? 
485名前:名無しさん@1周年ID:
>>461
天気が良ければ目の前に日本が見えるからな
近いと考えるだろ
419名前:名無しさん@1周年ID:
日本のルーツは縄文

天皇じゃない

それに本家は出雲だよ

今の天皇家はクーデターで皇位簒奪した一家

424名前:名無しさん@1周年ID:
>>419
それは無い
出雲はスサノオの娘婿の血筋で、実の息子の血筋より落ちる
451名前:名無しさん@1周年ID:
>>424
天照は男で天照の姉と結婚したのがスサノオ
って神代文字で書かれてた
463名前:名無しさん@1周年ID:
>>451
だから何?
444名前:名無しさん@1周年ID:
天孫てのが稲をもってきた弥生系の事を指すなら
福岡より南、九州の南端宮崎に南の方から来たってのは
妥当なんじゃないのかね
江戸時代とかには日本の東北でさえ寒くてあまり米がとれてないわけだし
水田を伝えるには暖かい地域からってのが自然だろう
半島なんてイモくってんだろ?
456名前:名無しさん@1周年ID:
>>444
稲作の伝来が、必ずしも人を伴ったものとは限らない。

稲作の伝来は、中国から、刈り取った稲穂とともに遭難して流れ着いた可能性はある。
中国人が何人か生きていたとしても、それは、文化や言語、人種に影響を与える、渡来人とは言えないレベルの人数だった。>>5

470名前:名無しさん@1周年ID:
>>456
去年の齊藤成也の本だと結構中国系遺伝子が多いのが分かったらしい
477名前:名無しさん@1周年ID:
>>470,>>472
日本人のDNAが他のアジアから離れているのは、沖縄、アイヌなどの縄文系に引っ張られているから。本州は韓国に一番近い。>>4
https://pbs.twimg.com/media/D2aAhzmVAAIjR8B.jpg
https://i.imgur.com/TpG1F9g.jpg
446名前:名無しさん@1周年ID:
天皇は縄文系って判明してるし

倭 → 大きい倭 → 大きい和 →大和 だから

449名前:名無しさん@1周年ID:
>>446
天皇家は縄文系なの?
へー
骨格的に全然違うみたいだけどな
455名前:名無しさん@1周年ID:
>>449
住友氏など20人の天皇男系子孫の遺伝子は全て縄文系だったよ
源氏かどうか怪しい徳川宗家の当代も縄文系
458名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:06:03.42ID:kVp6bdn70
>>455
縄文系の判断はどうやったの?
480名前:名無しさん@1周年ID:
>>458
口腔より体液を拭ってDNA鑑定結果D2と判明
皇室典範に関する有識者会議の参考資料用としてお願いした

非公開だったがオブザーバーで参加した八木教授が漏らした

それからだよチャンネル桜を始め右よりの人達が縄文ガーって縄文上げしだしたの

490名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:21:22.43ID:kVp6bdn70
>>480
へええ、そんなことがあったのか
D2ってことはY染色体だね
有識者会議って、よくそんな検査を許したな
墳墓すら調査禁止なのに
仮に実行したとしても、結果を漏らした八木にお咎めなしとか
492名前:名無しさん@1周年ID:
>>480
だって自国が征服王朝でないってのは良いことじゃないか
揚げるわ
495名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:25:09.44ID:abB+Z3WU0
>>480
こんなのいくらでも捏造できるからな
捏造するために検査したとも言える
508名前:名無しさん@1周年ID:
>>495
それでも天皇が地元民でなければならないことを皇室が理解しているってことが大事だ
ずっとその筋に沿って行動して頂ければしれで良いので
569名前:名無しさん@1周年ID:
>>480,>>455,>>540
日本人固有のハプログループはD1b。東日本や沖縄等に多い。
D1b系統と他のハプログループDのサブクレードとは概ね4万年以上の隔絶がある

縄文人の遺伝子の割合
https://pbs.twimg.com/media/D2_zYLhVAAM_2RO.jpg

569名前:名無しさん@1周年ID:
>>480,>>455,>>540
日本人固有のハプログループはD1b。東日本や沖縄等に多い。
D1b系統と他のハプログループDのサブクレードとは概ね4万年以上の隔絶がある

縄文人の遺伝子の割合
https://pbs.twimg.com/media/D2_zYLhVAAM_2RO.jpg

459名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:06:06.16ID:nP57MiL10
>>449
香淳皇后の血が強すぎてなあ
465名前:名無しさん@1周年ID:
>>459
その人は藤原の末裔
479名前:名無しさん@1周年ID:
>>465
いや江戸の八百屋と島津の末裔
484名前:名無しさん@1周年ID:
>>479
島津は元々朝鮮人の末裔だと言うからな
488名前:名無しさん@1周年ID:
>>484
いつか誰か一人来たとかいってもそれだけの事だろう?
遺伝子なんてのは埋もれちゃうよ
男だって女だってメンデル的に分散していくだけの事だ
494名前:名無しさん@1周年ID:
>>484
ちゃうでシルクロードの月氏の末裔やで
496名前:名無しさん@1周年ID:
>>484
源頼朝の御落胤じゃなかったっけ?
6歳で官職についてるし嘘でも無さそう
450名前:名無しさん@1周年ID:
>>446
縄文であろうが渡来系であろうが、中国が倭と呼ぶので、あぁ倭ですよ、和ですよと言ってただけ
489名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:20:53.53ID:+6qUf3lC0
>>450
倭は我々の「わ」だよ。
一人称は「あ(吾)」だね。
453名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:01:29.26ID:cfwe3Up10
>>446
正確には古代イスラエルの末裔と縄文系の混血家系ですけどね
462名前:名無しさん@1周年ID:
>>446
倭国 新羅国 百済国
https://i.imgur.com/edOuHNQ.jpg
467名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:09:36.28ID:zGyCupSR0
>>462
新羅の古代人イケメンで色気あるなー
468名前:名無しさん@1周年ID:
>>462
ご先祖様ワイルドすぎる
471名前:名無しさん@1周年ID:
>>468
たぶん、九州人そのまんまだろ色黒の
677名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)03:11:45.08ID:B0QigHpV0
>>462
倭人はどこ風ともつかない妙な服をきてるな
469名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:10:01.86ID:abB+Z3WU0
コロンブスみたいなもんだろ
侵略者が最初に降り立つ場所は沿岸部
476名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:14:22.61ID:kVp6bdn70
>>469
後発組なら奥地に入植するしかない
沿岸部の土地は、先発組の子孫ですでに満員だから

日本書紀のニニギ降臨は、後発っぽい

481名前:名無しさん@1周年ID:
>>476>>1
北部九州は弥生後期には満帆になってて縄文から続く甕棺墓がそのままのこり
支配層が縄文系が結構強い半々だったらしいから。
本州は断続的に出雲とかから入ってきて奥地の方に朝鮮人が入植して
さらに渡来人藤原の爆発的な発展で日本の朝鮮人度が高まった。
685名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)03:22:39.54ID:B0QigHpV0
>>481
甕棺とか北部九州弥生人とか中国人か朝鮮人その物と思ってたのが縄文人に近かったので衝撃が走ったわけでしょ
688名前:名無しさん@1周年ID:
>>685
縄文屈葬などの発見時の相当前から関係性や指摘されていたがなぜか無視されていましたな
715名前:名無しさん@1周年ID:
>>688
当時は今より韓国に対する忖度が激しかったからねえ
491名前:名無しさん@1周年ID:
倭地は温暖にして、冬夏生菜を食す。
皆、徒跣。屋室有り。
父母、兄弟は異所に臥息す。
朱丹を以ってその身体に塗る。
中国の紛を用いるが如し。

男子は大小無く、皆、黥面文身す。
古より以来、その使中国に詣(いた)るや、皆、自ら大夫と称す。
夏后少康の子は会稽に封ぜられ、断髪文身して、以って蛟龍の害を避く。
今、倭の水人は沈没して魚、蛤を捕るを好み
文身は、亦、以って大魚、水禽を厭(はら)う。
後、稍に以って飾と為る。諸国の文身は各に異なり
或いは左し、或いは右し、或いは大に、或いは小に。尊卑差有り。
その道里を計るに、まさに会稽東冶(”現中国の浙江省”) の東に在るべし。

女王国より以北は、特に一大率を置き検察し、諸国はこれを畏憚す。
常に伊都国に治す。国中に於ける刺史の如く有り。
王が使を遣わし、京都、帯方郡、諸韓国に詣らす、及び郡が
倭国に使するに、皆、津に臨みて捜露す。
文書、賜遺の物を伝送し女王に詣らすに、差錯するを得ず。

「魏書」第30巻『 魏志倭人伝 』 普平陽侯相 陳寿撰

神々からの日本最古の天皇家の歴史とされる古事記や日本書紀には記述されてないが
致密かつ高度な中華文明を生み出した古代中華帝国漢人官僚には正確に記述されてた
神々しい伝説の邪馬台国や女王卑弥呼、倭人達の倭国群は日本の何処にあったんだろう?

499名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:26:47.89ID:kVp6bdn70
>>491
全員がD2ってことは、住友氏など調査対象の共通の男系先祖が確実にD2ってことだな。
誰だろう
509名前:名無しさん@1周年ID:
>>499
清和、東山、後醍醐じゃなかったかな?
忘れたけど

竹内むっちゃんもD2って言ってたな
ヤクザみたいな なんとかという武道家のジジイも

514名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:41:10.83ID:kVp6bdn70
>>509
清和天皇ならば平安初期か
519名前:名無しさん@1周年ID:
>>514
単純に源氏
524名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:47:57.77ID:kVp6bdn70
>>519
源氏がD2で、天皇家の男系子孫を主張する現代人が全員D2
という極秘調査が存在し、その結果を全国にばら撒く八木氏の外見がD2からかけ離れる
シュールだな
527名前:名無しさん@1周年ID:
>>524
日本人の約2割、東日本人の5割を
占める藤原氏は
何系なの?
529名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:50:58.10ID:kVp6bdn70
>>527
知らん
そんな調査があるんかい
537名前:名無しさん@1周年ID:
>>527
昭和の頃に中臣鎌足と思われるミイラが見つかったときは警察総動員で古墳を包囲してあわてて埋め直したんだよね
見つかるとやばいものがあったって話よ
540名前:名無しさん@1周年ID:
>>537
天皇陵の掘り返しは宮内庁が文句言うかもだけど
藤原ならいいよね。掘り返して徹底研究して欲しいわ。
日本人の2割、東日本人の5割の祖先なんだから!
569名前:名無しさん@1周年ID:
>>480,>>455,>>540
日本人固有のハプログループはD1b。東日本や沖縄等に多い。
D1b系統と他のハプログループDのサブクレードとは概ね4万年以上の隔絶がある

縄文人の遺伝子の割合
https://pbs.twimg.com/media/D2_zYLhVAAM_2RO.jpg

546名前:名無しさん@1周年ID:
>>537
wikiみたけどそんな陰謀論として書かなくても良い内容だったわ
なんでも陰謀論に結びつけるの良くないわ
880名前:名無しさん@1周年ID:
アンカー間違えた
>>491
魏志倭人伝にこだわって日本書紀や古事記は記述されてるでしょ
日本列島初の大国である邪馬台国や卑弥呼は書かれないのに
倭に執着して天皇家は大倭国と自ら誇らしげに名乗ってたからね
倭という名にこだわり過ぎて天皇一族の系図を見ても使いまくりで笑える
魏志倭人伝を読んでよほど劣等感持ってたとしか思えるない事実
497名前:名無しさん@1周年ID:
その男系とかいうのだってさ
どっかから降臨したといってる一族がこの国の男の血は一滴もいれていません
女だけは繁殖用に使いましたみたいな最近のあっちの連中みたいな事を
自慢げに言ってる事を、この国の男がありがたかるってのは
ちょっと意味がわからないけどな
昔ならあっちから来た連中は有り難いのかね
この国はそもそも母系だよね
532名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:55:14.71ID:cfwe3Up10
>>497
皇統の元になった古代イスラエル人と縄文人はY染色体D系統のYAP遺伝子が共通しているのだから別にいいじゃない
539名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:05:45.07ID:C+B5Bwea0
>>497
29代欽明天皇あたりまで通い婚だよね
皇室も
記紀を信じるなら通い婚
505名前:名無しさん@1周年ID:
天皇家の持ってきた名字ってなんなんだろうか
名字なんかない時代ってわけでもないだろう?
中国は5千年の歴史だってーから
それより前ってこともないんじゃね?
実は秘密の何かに書いてあったり
一子相伝で口伝したりしてんのかな
507名前:名無しさん@1周年ID:
>>505
天皇家よりも天皇の子分が日本人の遺伝子に及ぼした影響の方が圧倒的に大きい。
特に東日本は天皇の子分しか住んでないぞw
510名前:名無しさん@1周年ID:
>>505
王姓は阿毎氏、天武とか中国風の名前を名乗り出すのはもっと後
689名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)03:30:26.01ID:B0QigHpV0
>>505
天皇に苗字が無いという事は、天皇は縄文系なのかも
693名前:名無しさん@1周年ID:
>>505
苗字があるとしたら姫(き)だと思う
725名前:名無しさん@1周年ID:
>>505
キッズに質問された陛下は
私たちには苗字というものが無いんですよ
と はっきり否定されてたよ
726名前:名無しさん@1周年ID:
>>505
天皇は名字を付けてあげる側だから、自分のは持ってないんだよ。
天皇に名字を付けてあげられるとしたら昔の中国の皇帝くらいだけど、
もういなくなっちゃったからね。
513名前:名無しさん@1周年ID:
もう~何度言えば分かるんだよ?

字でみんな有るんだよ地名が
宮崎から韓国が見えるかバカ
韓国岳を無理くりこじつけるバカ学者も居るけど
北九州なんだよ

520名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:43:45.61ID:zGyCupSR0
>>513
北九州って地名が無知の証拠
541名前:名無しさん@1周年ID:
>>513
距離から考えると宮崎に着いたと言うより別な場所に着いたと考えられる 着いた場所から宮崎を目指したのなら宮崎に倭国の本拠地があったと考えられるが
542名前:名無しさん@1周年ID:
>>541
記紀に最初福岡目指したけど熊襲の大群に負けて南下したって無かったけ?
550名前:名無しさん@1周年ID:
>>542
すまぬ勉強不足でわからん
もし倭国を目指すなら蒙古が通った道を来ると思う
当時なら航路は簡単には変えないと思う
552名前:名無しさん@1周年ID:
>>550
倭国って概念がそもそも間違い。
出雲は直接朝鮮半島と交易してたし。
554名前:名無しさん@1周年ID:
>>552
確かに島根なら朝鮮見えるな
553名前:名無しさん@1周年ID:
>>550
山口土井ヶ浜の弥生人は頭を朝鮮半島に向けて眠ってた。
521名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:44:14.04ID:JPD2ln2e0
普通に考えてそうだろう
朝鮮半島から渡ってきた天孫族が列島の蛮族を教化・討伐しながら日本を作っていったわけだから
上陸地は福岡ってのが妥当
522名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:45:03.44ID:zGyCupSR0
>>521
丸暗記力という点ではな
525名前:名無しさん@1周年ID:
>>521
本州と九州は海があるから九州から本州へは直接いけないんだよ
九州は独自の文化をずっと弥生末期まで保ってたのは亀管等からわかってる。
本州四国とは全く違う文化だった。
531名前:名無しさん@1周年ID:
>>521
と 嘘っぱちを刷り込まれてたんだよな

普通に考えれば縄文末裔でも推定7万人以上縄文人がいて
チャイナから数人規模で海を渡ってきて支配者になれるわけがない

飛び道具でもあれば別だけどな
一人が鉄の武器ふりまわしても数人がかりで殺られるわ

533名前:名無しさん@1周年ID:
>>531
だが東日本東北は確実に弥生系一色になってしまった。
これはどう説明する?
543名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:11:21.55ID:j9bROTTi0
>>533
高句麗滅亡で亡命者を関東に入植させた影響はある?
547名前:名無しさん@1周年ID:
>>543>>1
菊池とか高橋とか福岡とか九州に居た渡来系の子孫だけど
彼らが一番広がったのは実は入植した東日本であるという。
九州生まれの菊池、高橋は九州には殆ど居ない。
534名前:名無しさん@1周年2019/03/31(日)23:56:18.79ID:kVp6bdn70
>>531
日本書紀では、兄弟4人の勢力が大和に入り、
大和の支配者になっとる
535名前:名無しさん@1周年ID:
>>534
約1500年掛けて東北東日本は弥生人だらけになった
536名前:名無しさん@1周年ID:
>>531
まるで蒙古襲来だな
526名前:名無しさん@1周年ID:
九州の狗奴国(稲作・青銅器伴った海神族)王【卑弥弓呼】は
後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」に任じられた

一方、奈良の邪馬台国王【卑弥呼(天照大御神)】は、犬狼信仰の山祇で、このときはまだ、両者は離れており争いはおきていない
力も「漢委奴国王」に任じられた九州の狗奴国のほうが圧倒的に強い

しかし、両者の間の出雲に、葦原中国(たたら製鉄が盛んだった地祇)王【卑弥呼(天照大御神)の弟スサノオの息子である大国主(オホナムチ)】が生まれ

のちに国土を天孫ニニギ(天照大御神の孫「邇邇芸命」)に譲り
長官が爾支で、王や一大率がいる、奈良の邪馬台国(犬狼信仰の山祇)の伊都国となり

奈良の邪馬台国王【卑弥呼(天照大御神)】が、伊都国(出雲)の宗像氏と、末廬国(松江)の港を使用して大陸との交易の海路を開き

九州の狗奴国に「漢委奴國王」の金印を授けた後漢が権力を禅譲した魏(220年 - 265年)から正始元年(240)「親魏倭王」に任じられ

「漢委奴国王」の九州狗奴国よりも「親魏倭王」の奈良邪馬台国のほうが強くなったところで、事態は急変、戦争となった

それを、邪馬台国の伊都國(出雲)末廬国(松江)からではなく、
狗奴国の竹斯国(筑紫)から、密かに海神(魏)に赴いて事態を告げたのが
過去に「海幸彦」との争いに負け、邪馬台国(奈良)から狗奴国(九州)に逃げた天皇家の反主流派「山幸彦」

倭国からの使者が、連絡もなく誰にも知られずに、帯方郡にこつ然と現れたことに、魏はとても驚くが、

正始八年(247年)に倭国に張政を派遣し、張政は詔書、黄幢をもたらして難升米に授け、檄文をつくり、これを邪馬台国(奈良)と狗奴国(九州)に告げて諭した

528名前:名無しさん@1周年ID:
>>526 つづき
しかしその最中、邪馬台国王でもあり「親魏倭王」でもある【卑弥呼(天照大御神)】が死亡し、事態はますます混乱する

パニックとなった【卑弥呼(天照大御神)】の官たちは、狗奴国の逆襲に怯え
かつて出雲の国譲りの時に自分達と闘った大国主の次男のタケミナカタの子孫の男子を、諏訪から呼び寄せて男王としようとするも

大国主の長男のコトシロヌシの子孫である伊都国(出雲)の王に正統制を疑問視されて猛反対され、国中が不服で互いに殺しあう最悪の事態に発展

その後、卑弥呼の宗女、十三歳の壱与(イヨ)を立てて王と為し、国中が遂に安定するも、張政たちは檄をもって壱与に教え諭した

しかし、今がチャンスとみた狗奴国は、

狗奴国の竹斯国(筑紫)から、密かに海神(魏)に赴いて事態を告げた後
狗奴国(九州)の日向の高千穂の宮にとどまっていた
【卑弥呼(天照大御神)】の官の反主流派「山幸彦」の孫の神武を担ぎだし
狗奴国(九州)から邪馬台国(奈良)に向けて東征を開始

大国主の次男のタケミナカタの子孫の男子を、諏訪から呼び寄せて男王としようとした【卑弥呼(天照大御神)】の官に不信感を募らせて
邪馬台国(奈良)から寝返った
大国主の長男のコトシロヌシの子孫である伊都国(出雲)の王も
途中から東征に加わって

ついには【卑弥呼(天照大御神)】の官の主流派「饒速日命」を倒して
邪馬台国(奈良)を制圧してしまう

626名前:名無しさん@1周年ID:
>>528 つづき
日向にいた「山幸彦」の孫の神武を担ぎだし、まんまと邪馬台国(奈良)の制圧成功した狗奴国(九州)は、神武を傀儡として邪馬台国(奈良)に残すため、
新たに「天皇」という官職を設け、神武をその新しい官職「天皇」とする

暫くは神武を天皇として迎えた邪馬台国(奈良)と、狗奴国(九州)の関係は良かったものの、初代の天皇「神武」の死後、次の天皇を誰にするかで、また一気に関係が悪化する

もともとは邪馬台国の流れを汲む新しい天皇勢は
初代天皇が軍事クーデターを成功させてから、邪馬台国で出雲のコトシロヌシの娘「イスケヨリヒメ」との間に作った子カムヌナカワミミを推し、

初代天皇と一緒に軍事クーデターを起した九州・狗奴国勢は
初代天皇が九州狗奴国日向の高千穂の宮にいたときに日向の吾田邑(むら)の小椅(おはし)の娘「アヒラツヒメ」との間に作った子タギシミミを推した

ことで意見が分かれ、両者の蜜月は終了

結局、奈良の妾の子である弟カムヌナカワミミが、日向の正室の子である長男タギシミミを殺害排除する・・かたちで邪馬台国の次の天皇「綏靖天皇」となる

しかし『天皇』を巡る混乱はおさまらず、それ以降『天皇』は

出雲・邪馬台国の流れを汲む妾系統と、北九州狗奴国の流れを汲む正室系統の間での、血なまぐさい政争が8代続き(欠史8代)、

その後『天皇』が、出雲・邪馬台国の流れを汲む妾系統から、恒常的に代々輩出されていくようになって、ここにやっと邪馬台国は安定

邪馬台国は「大和国」となって、現在の日本とほぼ同じ領土を統一する大国となる

538名前:名無しさん@1周年ID:
北部九州は甕棺墓が残ってるから基本的には地元民からの発展だろう。
大分と出雲は確実に渡来系に住民入れ替わてるけど。
本州四国人はだいたい大分と出雲から広がってる。
559名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:36:04.96ID:XrTS6i5q0
>>538

甕棺墓や支石墓は朝鮮半島南部と北九州にしかみられない墓制。近畿などではみなれない。
北九州は朝鮮人が移住したもの。

564名前:名無しさん@1周年ID:
>>559
https://ja.wikipedia.org/wiki/甕棺墓
畿内人と九州人は元々全くの別人種だろう。
距離もだいぶあるし
566名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:40:47.78ID:C+B5Bwea0
>>559
ないよ
ニニギはすんなり降臨している
568名前:名無しさん@1周年ID:
>>559
朝鮮人って概念がおかしいだろ
朝鮮半島南部は倭人が住んでるんだし
584名前:名無しさん@1周年ID:
>>559
■支石墓の弥生人■
 大きな上石を用いる支石墓は、縄文時代の終わりから弥生時代にかけて朝鮮半島からもたらされた墓制であるが、
糸島半島の新町遺跡では、その支石墓の下から、縄文人的な形態と抜歯風習をもった弥生前期初頭の人骨が
出土した。いわば渡来系の墓に土着系の人が埋葬されていたわけで、
その解釈を巡って色々な意見が出されている。
560名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:37:20.88ID:trNe/Zhf0
天孫降臨って、徐福?
567名前:名無しさん@1周年ID:
>>560
子孫が海苔屋っ本当か?
572名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:47:46.98ID:j+pcTQBu0
>>560
それただの渡来人、皇室と神道にはチャイナコリアは無関係
562名前:名無しさん@1周年ID:
「縄文系」というのは、ほぼ確実にY-DNAのD系統。
良く紹介されてる約10年前のY-DNAデータ https://i.imgur.com/PQBSyFZ.jpg
だと、黄色のヒマラヤ山脈と日本だけに大きく存在する非常に古いタイプ。
現代人でもアイヌ筆頭に日本各域に残されている。

問題は青い方の2色、紺と青紫の2つのO系統だ。
これが現代人では韓国人と日本人とを非常に近いDNAグループにしている。
O系統は、タイからマレーシアの南方系で
さらには去年の論文によると、シナ南部(海岸地域)にも多く
いわゆる「百越族」(の一つ)と思える。しかしそのルートが謎。
×日本→韓国 ・・ だったら韓国にもっと黄色が多い
×韓国→日本 ・・ だったら日本にもっと他の色が多い
○ ? →韓国と日本
シナ「江南」から渡来したとしてもその経路が不明
(渡来人はY-DNA資料だと日本を支配したのではなく加わっただけ)

570名前:名無しさん@1周年ID:
>>562
そりゃ半島はモンゴルとか清に蹂躙されてるからな
580名前:名無しさん@1周年ID:
>>570
それも古代人骨から知りたいことの一つ。(現代でも小さな割合で残ってるが)
575名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)00:52:16.83ID:RADhswZb0
なんでお前らそんなに詳しいのw
577名前:名無しさん@1周年ID:
>>575
Wikipedia
579名前:名無しさん@1周年ID:
>>575>>1
http://www.iokikai.or.jp/doigahama.html
基本的には山陰の弥生人は海の向こうの高天原に対して大きな畏敬の念を抱いてた。
おそらくこれが高天原の正体だろう。
590名前:名無しさん@1周年ID:
出雲の王族?の末裔って存在してたりするの?
592名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)01:12:37.61ID:qMJypmp60
>>590
有名どころだと諏訪神社のほうの子孫が結構いるはず
593名前:名無しさん@1周年ID:
>>590
鈴木は違うのかな
601名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)01:22:00.25ID:C+B5Bwea0
>>590
男系でいうと、諏訪がそうだったが、戦国時代に武田に滅ぼされた。
女系だと、初代天皇から三代目まで連続で大物主の娘婿になリ、
それ以降は、皇女(皇后候補)の血統は出雲という時代が続いたな。
しかし、蘇我の登場で皇后は蘇我系に、さらに藤原の登場で皇后は藤原になったので、母系も途絶えた。
618名前:名無しさん@1周年ID:
>>601
表舞台からは消えたが大神氏の直系の高宮家は存続してる。
594名前:名無しさん@1周年ID:
天孫降臨神話の原型は七世紀後半に生まれた
596名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)01:16:47.14ID:zBgyW8yx0
>>594
戦後官僚を派遣システムも天孫降臨と言われた
598名前:名無しさん@1周年ID:
>>596
ですね天降り(天下り)
595名前:名無しさん@1周年ID:
なんか知らんけど、日向灘もあるので日向は宮崎でいい
とういか宮崎は日向しか特色がないのでそれまで奪うな
613名前:名無しさん@1周年ID:
>>595
福岡にも日向峠ってあるよ
で、日の御子を御祭りしてある英彦山神宮のトップは高千穂さんって言うんじゃなかったかな
英彦山からは糸島半島や福岡平野が良く見えるし宇佐神宮も近い
614名前:名無しさん@1周年ID:
>>613
英彦山は神功皇后の拠点だろう。
基本的に豊前邪馬台国のシンボル的な山
657名前:名無しさん@1周年ID:
>>613
でも何だろう
宮崎のはさ、海(太平洋)からアマテラスの太陽が昇ってくるから神々しさがあるよな
まさに日向って土地って感じ
昔の人が神様を感じる舞台としては宮崎の方がいいなぁ
600名前:名無しさん@1周年ID:
記紀神話の主要な舞台は、高天原と出雲と日向
そのあとで神武東征があり、初代天皇てことになってる神武天皇は日向から大和に攻め入り橿原の地で即位
地図を見るとわかるように、出雲と日向の間にあるのは北部九州。ここが高天原だと出雲の国譲りも天孫の日向降臨も説明できる
逆に、出雲や日向が主要な舞台なのに、その間にあって古代最も進んでいたと考えられている北部九州が無視されているのはおかしい

という

602名前:名無しさん@1周年ID:
>>600
甕棺墓に埋葬されてた人たちが日本の支配層になる筈はないという考え
605名前:名無しさん@1周年ID:
>>602
蘇我が本来の天皇だった
603名前:名無しさん@1周年ID:
>>600
途中送信した
ということは、九州北西部あたりが高天原ではないかな
606名前:名無しさん@1周年ID:
>>603
http://www.iokikai.or.jp/doigahama.html
アホ!この人達が向いてる方向にある。
記紀でも書いてる通りタカムスビノカミが住んでる半島が高天原だよ
607名前:名無しさん@1周年ID:
>>606
なるほど、鎌足も天智も百済人だからな
673名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)02:55:06.19ID:QXjVgNSo0
>>607
真夜中にチョンw

百済からきた藤原天智www

616名前:名無しさん@1周年ID:
この手の渡来→倭国→大和の流れも面白いけど、
その前の最初の日本列島人になる縄文人が
誰がどこから渡ってきたかが更に深くて気になる。

DNA鑑定は文字に書かれた歴史を越えて凄い。

620名前:名無しさん@1周年ID:
>>616
九州から沖縄に大量の縄文人が移住してるけど
当時はまだ甕棺墓が発展してなかったから殆ど遺骨が出てこない。
いったいどういう生活してたか全く掴めてない。
633名前:名無しさん@1周年ID:
>>620

九州から沖縄に縄文人が流れたってのは興味深いですね。
天孫族が九州に渡ってきたからってのもありそうな気が…。

当時の関東が縄文人の中心で文化も人口も圧倒的だったのも不思議で。
今でも縄文系とアマテラス族系のDNAが濃く混じった関東人は興味深いす。

636名前:名無しさん@1周年ID:
>>633>>1
福岡の安徳台遺跡の支配者が既に現代日本人並の混血だから
福岡の庶民層はもっと縄文度が高い。
それに福岡人が本州に移動したら本州四国人はもっと縄文度が高くならないと論理的に
おかしいけどむしろ今の本州四国人の方が弥生系が強いわけで。
背理法から行くと本州四国人は九州人の末裔ではないという結論になる。
沖縄人は長崎周辺から渡ってることがわかってる。
643名前:名無しさん@1周年ID:
>>636
じゃあ渡来系の天孫族は九州から押し出される形で畿内に進んで行ったんですかね。

それが神武東征にあたる気がしてきました。

663名前:名無しさん@1周年ID:
>>643
有名な応神天皇が大隅を名を取った
難波大隅宮(皇宮)を造営してる経緯からま
天孫族は由緒がデタラメな渡来系ではないでしょう

200日本@名無史さん2019/03/26(火) 23:18:47.03
>>192
大隅神社は合祀した神社かもしれないけど
応神天皇が難波大隅宮(皇宮)を
大坂上町台地を中心とする古代の難波の地に
大隅宮を造営してから難波の地が開けたと書かれてるよ

665名前:名無しさん@1周年ID:
>>663
難波宮か、近所だわ
今はなーんにもない草っ原
あそこ、これからもあのままなのかな?
671名前:名無しさん@1周年ID:
>>665
古代の大阪と現代の大阪は地形は
調べればわかりますが海岸線自体変わってしまっいるから
応神天皇の難波大隅宮があった場所を推定しかきないでしょうね
735名前:名無しさん@1周年ID:
>>643
>>636
ちがう違う

古代縄文人の勢力拠点だった九州沿岸部や瀬戸内海や畿内に
半島女が大量に輸入されたから混血が進んだ

半島がずっと古代半万年異常昔から卑しくて
格下で劣等で隷属してた情けない悔しいチョンだったんだよ

735名前:名無しさん@1周年ID:
>>643
>>636
ちがう違う

古代縄文人の勢力拠点だった九州沿岸部や瀬戸内海や畿内に
半島女が大量に輸入されたから混血が進んだ

半島がずっと古代半万年異常昔から卑しくて
格下で劣等で隷属してた情けない悔しいチョンだったんだよ

617名前:名無しさん@1周年ID:
現代の苗族
米食を主食とし、塩や酢で味付けした魚などの副食とともに1日3食
日本の納豆菌と遺伝的に同種の納豆、赤飯、餅、なれ鮨、味噌、醤油がある
さらに高床式倉庫、鳥居、鵜飼など極めて日本の風習に近い
632名前:名無しさん@1周年ID:
>>617
飛鳥時代には醍醐(バター?チーズ?)が伝えられたらしいけど日本には定着しなかったね。
味噌は中国から遣唐使で伝えられたんだっけ。
645名前:名無しさん@1周年ID:
>>632
醍醐味て言葉は残ってるね
味噌は飛鳥時代に遣唐使で伝わったて説と縄文時代からあるという説があるよ
619名前:名無しさん@1周年ID:
聖徳太子が建てた四天王寺は創建当初から木造の鳥居があった
659名前:名無しさん@1周年ID:
>>619
寺なのに?
668名前:名無しさん@1周年ID:
>>659
何度も焼けた四天王寺
長い歴史の中で四天王寺は何度か焼失しています
石鳥居は西門の外にあり、1294年にそれまであった木造の鳥居を石造りのものに変えた
寺なのに鳥居があるのに違和感を覚えるかもしれませんが維新政府が廃仏棄釈するまでは神仏習合なんだよ
621名前:名無しさん@1周年ID:
華南からきた古い層と、百済からきた藤原天智が大化の改新で交代したのでは?
624名前:名無しさん@1周年ID:
>>621
面白い説だけど
http://kitabatake.world.coocan.jp/tennouichiran.html
背理法になるが蘇我王国がもしあったとしたら
藤原がわざわざこんな出雲支配の系譜をわざわざ作る必要ある?
635名前:名無しさん@1周年ID:
>>624
現存してる古事記日本書記なんて、天智を押し立てた藤原の都合の神話。そもそも実在の神武なんているわけがない。当時の人達に隠しきれないとこはそのまま書くだろうけど
638名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)02:10:42.87ID:zBgyW8yx0
>>635
俺は神武はいると思ってるが?なんで居ないと決めつけるんだよ?
654名前:名無しさん@1周年ID:
>>638
日本書記が信用できない。そもそも日本書記古事記の原本が、ない
656名前:名無しさん@1周年ID:
>>654
貴様が戦後左翼に洗脳サれすぎてるだけだよ
ジャップは馬鹿なのですぐ洗脳される
660名前:名無しさん@1周年ID:
>>656
最近も大本営してたじゃん。信用できない
662名前:名無しさん@1周年ID:
>>660
っていうか戦後左翼はテレビの請売りだから更に信用出来ない
627名前:名無しさん@1周年ID:
遺跡や書物が戦争で消失して古代の資料が少なくなったのかねぇ
634名前:名無しさん@1周年ID:
>>627
大化の改新で名門豪族の蘇我氏が保有してた国書を中臣氏とかのクーデター組が全て燃やしたんだろ
637名前:名無しさん@1周年ID:
>>634
燃やした可能性はあるがそれほど陰謀は無かったと思うわ。
あるなら証拠出せよ!
651名前:名無しさん@1周年ID:
>>637
燃やしそこねた『国記』は中大兄皇子へ献上されたが、その後、歴史の表舞台に現れることはなかった。何でだろうね?
649名前:名無しさん@1周年ID:
>>627
八月己亥朔辛亥、詔十八氏、【大三輪・雀部・石上・藤原・石川・巨勢・膳部・春日・上毛野・
大伴・紀伊・平群・羽田・阿倍・佐伯・釆女・穂積・阿曇】上進其祖等墓記。

日本書紀編纂の際に、有力豪族の記録は没収されてる。

644名前:名無しさん@1周年ID:
日本人は馬鹿だから戦後左翼が作った古代史勘を崇拝してる権威バカが多い。
記紀は捏造だらけ、神武天皇は居ない、欠史八代、騎馬民族征服説www
648名前:名無しさん@1周年ID:
>>644

そんなトンデモなんかとっくに見抜いてる日本人はきっと沢山いるよ。
そこまで馬鹿じゃないよ。

802名前:名無しさん@1周年ID:
>>644
武田の騎馬隊なんて何処が起源なのかね、樺太経由でなんか騎馬民族でも入ったとかさ
650名前:名無しさん@1周年ID:
蘇我が天皇だったから蘇我邸に天皇記と国記があったんだよ。失われたことは記録にしてる。蘇我が燃やしたとか言ってるが、国を奪還した天智側が燃やしたんだろ
653名前:名無しさん@1周年ID:
>>650
そしたら出雲の后は蘇我の后?
ヤマトタケルは蘇我の祖先だった訳?w
皇別もたくさんいるけどそれも蘇我の親戚な訳?w
871名前:名無しさん@1周年ID:
>>653
用済みのヤマトタケルノミコトは煙たがれて追放されたようなものだけど、
その名声は本物だから出雲人のタケル亡き後にヤマトの名前を付けて歴史に残したのだろう
913名前:名無しさん@1周年ID:
>>871
何度も書くけど大和は大きい和(倭)だから
672名前:名無しさん@1周年ID:
そもそもの大前提として
日本民族の起源である縄文人のDNAは南方起源
黒潮に乗って南方からやってきた民族が現在の霧島市や宮崎県・鹿児島県に定住し
集落を作った
これの痕跡が日向神話で海彦山彦伝説は、100%南方系神話の名残
ここをちゃんと反証(科学的根拠があるのでできるわけないが)できないと
北九州説はただのノイズだよ
675名前:名無しさん@1周年ID:
>>672
喜界島カルデラ大爆発ってのがあってだな北部に移住した集団はいると思う
750名前:名無しさん@1周年ID:
>>672
鬼界カルデラを皮切りに縄文人は手付かずの漁場を求めて海へまで進出した。
縄文時代になって初めて本土の人間が黒潮本流を北から横断して沖縄へ出現したのもこの頃である。

鬼界カルデラ後の主な縄文土器分布
https://i.imgur.com/Nny4FfS.png
https://i.imgur.com/FV4TVw4.png

鬼界カルデラ後に隆起文土器を作る集団が無人の半島南部に現れる。
これが朝鮮本土(12000~7000年前の遺跡が見つからない)の最古の土器であるが、元は九州の縄文人である。

次に鬼界カルデラ以前に轟A式土器を作っていた集団が、轟B式土器を伴って半島南岸に来た。
同じ時期に櫛目文土器を作るウラル系の人々がフィンランドを中心とするユーラシア大陸の遠く西から半島南部へやってきた。

時代が下ると轟B式土器の分布の範囲で、曽畑式土器が作られるようになるが櫛目文土器の影響を受けているのは間違いない。

縄文時代前期に九州縄文人は山陰地方から半島南部、沖縄にまで活動範囲を広げた。

680名前:名無しさん@1周年ID:
ここでややこしいのが大多数の庶民と支配層のルーツが同じなのかという問題
692名前:名無しさん@1周年ID:
>>680
律令時代に入り律令で祭祀が規定されてからも引き続いて宮廷への獣肉の貢ぎ物禁止の徹底が複数回あったから
満蒙人やその踏襲の半島人が支配層だった可能性は皆無

もしそうだったら朝廷内は日常食も祭祀の奉げ物も神との共食も獣肉宴げだらけだったであろう
答えは神への奉げ物で明らか

696名前:名無しさん@1周年ID:
>>692
理由にはならない。当時の皇室は仏教徒だろ
719名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)06:41:32.46ID:FHqpZqlk0
万系一世とはいえ、おそらく

崇神朝
応神朝
天武朝
継体朝

という王朝交代があった感じなんだよな。で、アマテラス=卑弥呼は応神朝の神様。

727名前:名無しさん@1周年ID:
>>719
天照が卑弥呼ってデタラメの井沢説かよ

天照は称号であって男性もいたって説が段々有力になってきてる

745名前:名無しさん@1周年ID:
>>727
江戸時代とかはそう思ってたみたいだな
遡ると記紀の編纂者も
751名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)08:29:44.27ID:K8uAKnwS0
>>719
そもそもそういう王朝交代って概念がもう何十年前の古臭い話
738名前:名無しさん@1周年ID:
最近の炭素年代特定によって日本の考古学にも新発見が相次いでいるが
その大きな特徴の一つは、これまで北九州が南九州よりも文化的に先進地帯で
あったというのは、勝手な思い込みではないのかということを証明するような
新しい遺跡や遺物が鹿児島や宮崎で見つかっている。
ところが従来の考え方である「文化は大陸から朝鮮半島経由で九州北部に伝えられた」
という従来の自分たちの学説を守りたい学者連中が、発見された遺物の炭素年代測定
などに反対して邪魔をしているらしい。
実におかしな話です。学者を名乗りながら自分たちの主張を守るために、客観的で
科学的な調査をすることを妨害している学者(ほとんどは名誉教授などという肩書)
が大勢いるんですから。
740名前:名無しさん@1周年ID:
>>738
その辺の世代は赤いからなあ
どうしても中国朝鮮様万歳としたい
744名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)08:21:14.34ID:Ip/iYbC90
>>738
単なる邪推でしょ?>邪魔をしているらしい

あと、妨害している学者の名前を2~3人挙げてみ?

746名前:名無しさん@1周年ID:
 >>744

これは俺の意見ではなくて考古学の若手学者の多くが言っていることだ。
 内倉武久という人の書いた面白い本が多数あるから読んでみな。
 かなり説得力がある。

762名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)08:55:50.79ID:Ip/iYbC90
>>746
もとアカヒの新聞記者ごときが書いてるトンデモ本を信頼している時点で笑えるなw
結局、「考古学の若手学者の多くが言っている。学者が邪魔をしている」と内倉武久とやら
が邪推して、それをさも自分の意見であるかのように受け売りしてるだけじゃないかw
違うというのなら若手考古学者の誰が言って、誰が妨害してるか具体的に説明してみろ

>>748
二行目は意味不明だが、九州の考古学者、行政の技師全員の報告書や論文を読んだ
うえで書いてるのか?違うだろ?結局、それも勝手な邪推じゃんw

763名前:名無しさん@1周年ID:
 >>762

この内倉という人は朝日新聞の記者をしていたことは知っているが
 ただ本の内容はまともだよ。それに朝日新聞に籍を置いたことのある人間が
 すべて反日であるとは限らない。

798名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)11:17:17.26ID:+OOeYXDn0
>>763
考古学を通して歴史学を学びたいのであれば、学者の論文、学会の雑誌、遺跡報告書などから
学ぶべきであって、こんな学術的薫陶を受けていないオカルトレベルのトンデモ本から学んでも何の意味もないよ
誤った方向に進み続けるだけのこと
まさに古田某のトンデモ本と同じ
817名前:名無しさん@1周年ID:
>>738,>>746
若手考古学者が思うように発掘させてもらえないとぼやくのはわかる。
日本人の殆どは、なぜ古墳をもっと積極的に発掘調査しないのかと思っている。

ただ、学会で力を持っているのは、畿内派で、九州派に妨害する力などない

841名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)13:17:45.87ID:TJQ0UrwR0
>>817
学問のためといっても、やっていいことかわるいことかは、
わきまえろ。
748名前:名無しさん@1周年ID:
>>744
それ以前に九州の考古学界隈って
自分らが畿内で中原だって妄想と思お込みに憑りつかれてて
それにチョン渡来の妄想盲信が加わってるのが標準装備だから
762名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)08:55:50.79ID:Ip/iYbC90
>>746
もとアカヒの新聞記者ごときが書いてるトンデモ本を信頼している時点で笑えるなw
結局、「考古学の若手学者の多くが言っている。学者が邪魔をしている」と内倉武久とやら
が邪推して、それをさも自分の意見であるかのように受け売りしてるだけじゃないかw
違うというのなら若手考古学者の誰が言って、誰が妨害してるか具体的に説明してみろ

>>748
二行目は意味不明だが、九州の考古学者、行政の技師全員の報告書や論文を読んだ
うえで書いてるのか?違うだろ?結局、それも勝手な邪推じゃんw

763名前:名無しさん@1周年ID:
 >>762

この内倉という人は朝日新聞の記者をしていたことは知っているが
 ただ本の内容はまともだよ。それに朝日新聞に籍を置いたことのある人間が
 すべて反日であるとは限らない。

798名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)11:17:17.26ID:+OOeYXDn0
>>763
考古学を通して歴史学を学びたいのであれば、学者の論文、学会の雑誌、遺跡報告書などから
学ぶべきであって、こんな学術的薫陶を受けていないオカルトレベルのトンデモ本から学んでも何の意味もないよ
誤った方向に進み続けるだけのこと
まさに古田某のトンデモ本と同じ
747名前:名無しさん@1周年ID:
>>738
ビルの下に遺跡がある場所もあるからそれはわからんよ
昔は今ほどうるさくなくて遺跡見つけても工事止まるからってそのまんまビル立てたりしてる
804名前:名無しさん@1周年ID:
>>738
藤原氏の祖である中臣鎌足と思われるミイラのDNA解析を妨害しているのは誰なの?
808名前:名無しさん@1周年ID:
>>804
妨害も何も鎌足の墓って別の人の墓って説があるし
意味無いよ
仁徳天皇陵も別人説があるくらい

せいぜい江戸時代以降じゃないと信頼出来ない

812名前:名無しさん@1周年ID:
>>808
別な人という説があることが、発掘を妨害する理由にはならないよね
むしろ発掘してDNA鑑定をしてどういう人物が埋葬されているのか明らかにする必要があるんじゃない
815名前:名無しさん@1周年ID:
>>812
日本人の2割、東日本人の5割のルーツである藤原のルーツがバレるとまずいからだろう
820名前:名無しさん@1周年ID:
>>815
苗字が藤原系、姓が藤原、遺伝形質が藤原、文化的に藤原、
すべて別の話だから。
バレるとかない。

東北は苗字が藤原系で外見がアイヌがゴロゴロしている土地だよ。

823名前:名無しさん@1周年ID:
>>820
どっちにしても藤原のルーツ探りは天皇のルーツ探し並にやばいことは確か
825名前:名無しさん@1周年ID:
>>823
何がどうヤバいのかわからん。
俺は藤原系苗字の東北人なのだが、ルーツが明らかになるのは単純におもしろい。
822名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)12:56:57.31ID:CPEA7O2F0
>>815
藤原の子孫は多くないよ
朝廷からしたら荘園を増やして公の土地を泥棒してやったが、実際には現地の有力者が藤原に寄進して
藤原庇護下の管理人という名目でやっていくことになって実質的に現地有力者の保有物で変わらずだよ
一応、そういう主従関係で現地有力者が藤原姓を仮冒していっただけ
832名前:名無しさん@1周年ID:
>>815

縄文人の遺伝子の割合
https://pbs.twimg.com/media/D2_zYLhVAAM_2RO.jpg

833名前:名無しさん@1周年ID:
>>832
成人T型白血病と重なるな
999名前:名無しさん@1周年ID:
>>863
>>849
>>837
全然違う

半島から入って来た遺伝子は女がほとんど
女系母系のDNAだけが半島由来

>>832
>>833
半島女が少なかった地域と半島女が多い地域の違いだな

874名前:名無しさん@1周年ID:
>>832
中国、近畿ってほとんど渡来人なんだな
顔の作りが薄いと感じてたが渡来人のDNAが強いからか
999名前:名無しさん@1周年ID:
>>863
>>849
>>837
全然違う

半島から入って来た遺伝子は女がほとんど
女系母系のDNAだけが半島由来

>>832
>>833
半島女が少なかった地域と半島女が多い地域の違いだな

819名前:名無しさん@1周年ID:
>>812
ならしたら良い
宮内庁が管轄する墓以外はオッケーのはず
ちなみに一休さんは元皇族なのでNG

歴代徳川将軍なんて墓あばいて調べてるやん
縄文系って判明してるけどね

827名前:名無しさん@1周年ID:
>>819
でも発掘できていない現状はどういうことだという話だね
そもそも、宮内庁管轄する墓はNGだというのも、おかしな話
811名前:名無しさん@1周年ID:
>>773,>>738
宮崎の古墳は、九州の学者は発掘したがっているが、一部の地権者がこれに反対している
この地権者がどうゆう素性の者で、どういう思想の持ち主かは不明
817名前:名無しさん@1周年ID:
>>738,>>746
若手考古学者が思うように発掘させてもらえないとぼやくのはわかる。
日本人の殆どは、なぜ古墳をもっと積極的に発掘調査しないのかと思っている。

ただ、学会で力を持っているのは、畿内派で、九州派に妨害する力などない

841名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)13:17:45.87ID:TJQ0UrwR0
>>817
学問のためといっても、やっていいことかわるいことかは、
わきまえろ。
741名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)08:18:17.87ID:LkDZagYL0
天皇は移民あるいは侵略者
749名前:名無しさん@1周年ID:
>>741
と 刷り込まれているんだろ
可哀想に 
752名前:名無しさん@1周年ID:
>>749
741みたいなのが気違いチョンどもが信じたい思い込みたい
チョン独特の卑屈さと劣等感からの妄想と願望だな

実際に征服されてたのはチョンで
チョン女は古代から股開いてたから

758名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)08:39:31.59ID:gLyClWjg0
日本からモンゴルの方へ出て行ったとかないの?DNA
760名前:名無しさん@1周年ID:
>>758
明治維新以降
旧満州でも朝鮮でも
日本人男性が現地女性といっぱい子ども作ってるよ
農協ツアーで若い韓女なんか今の平成の終わりでもヤラれまくってるし
806名前:名無しさん@1周年ID:
>>758
あるよ。満州国を作ったとき。その時抑留された人たちをロシアの学者が研究している

○レヴィン(旧ソ連の人類学者)
『シベリア抑留者1万人を調査した結果、近畿人は朝鮮人とほぼ同じだが、東西へ向かうに従い日本人となっていく』

○梅原猛(愛知県出身。初代国際日本文化研究センター所長)
『近畿人は日本人全体からかけ離れて朝鮮人に近い。東大の埴原和郎先生は近畿人は日本人じゃないと言う。』

○池田次郎(京都大学名誉教授・自然人類学)
『畿内人は韓国朝鮮人と同じグループに属し、日本人から最も離れている』

○岩本光雄(京都大学名誉教授・霊長学)
『畿内人と大陸人、とりわけ朝鮮人は人種的につながっている』

○埴原和郎(東京大学名誉教授・自然人類学)
『近畿人、特に畿内人は目立って朝鮮の集団に近く、日本人からは外れている。帰化人たちは、ほとんど全部が大阪京都奈良に根を下ろしたといってよい』

○欠田早苗(兵庫医科大学名誉教授・解剖学)
『大阪を中心とする近畿地方の人たちは、百済地方の人たちと匹敵するほど頭の形が丸い』

807名前:名無しさん@1周年ID:
>>806
天皇家が関西代表なら、朝鮮系なんだよな。
809名前:名無しさん@1周年ID:
>>807
だから天皇家は縄文系だって
816名前:名無しさん@1周年ID:
>>809
「縄文系って何?」って話から入らないといけないと思うが、とりあえず。

渡来(朝鮮経由の移民)が水田耕作共同体を営んだ大和に、
九州(のどこかは今のところ不明)からやってきた神武(水田耕作以前の血統をもつと仮定)が王座につき、
現在に至るまで縄文の血を保っている。

つまり一般人や豪族は渡来のなかで、天皇家のみが縄文だ。
こういうストーリーかな。

ちなみに、纏向に近い鍵唐子遺跡の弥生期の骨の形質は、いわゆる渡来系(大陸や半島の同時代の骨と一致)なのだよ。
骨の形からは、大和盆地の弥生人は渡来系。
纏向周辺から出る骨の常染色体分析はこれからだ。ミトコンドリアやY染色体ですら、組織的には行われていないと思う。

829名前:名無しさん@1周年ID:
>>809

(1)記紀を編纂し、国記・天皇記を焚書した渡来人の特徴として確定しているのは以下の事項

  ・寒冷地適応済みの民族だった (https://i.imgur.com/n602AIw.jpg )
  ・文字(漢字)を持たない民族だった
  ・中国語とは違う(今の朝鮮語と同じ)文法の言葉をしゃべる民族だった

824名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)12:59:38.28ID:TJQ0UrwR0
>>806
現在の近畿人は先祖代々近畿にいた人は少ないし、
今の半島人がどこから来たのかわからないから、
こういう統計に意味があるのか、きわめて疑問。
769名前:名無しさん@1周年ID:
日本の考古学の最大の間違いは、「水田稲作が大陸から朝鮮半島経由で日本に伝えられた」
と長い間教え込まれてきたことだよ。
常識的に考えて今から二千年も前の寒さに弱い稲が朝鮮半島のような寒冷地で盛んになる
わけがない。中国で稲作をしていた人間が日本と朝鮮半島のどちらを選ぶかと言えば
間違いなく日本の九州や瀬戸内海沿岸地方だよ。
朝鮮半島で稲作に適しているのは、南端のごく一部に限られる。
すでに最近の考古学では少なくとも水田稲作に関しては日本で先に栽培された品種が
朝鮮半島に伝えられたことがDNA分析でわかっている。ところが左翼の学者などが
このことを認めたがらないので教科書などにも記述されない。
本当に日本の歴史学者は異常な人間が多すぎる。
771名前:名無しさん@1周年ID:
>>769
稲作の伝来に関してはそういう分析をしたという人がいるだけの扱い。
実際、青島辺りから朝鮮半島南部をいったん経由して日本という定説を覆すのは難しい。

まあ当時の朝鮮に住んでるのは今の朝鮮人じゃないだろうし、だからなんだって話だけどな。

799名前:名無しさん@1周年ID:
>>769
考古学的(水田跡発掘)でも品種的(DNA比較)にも、朝鮮半島まわりで伝播したと考えて矛盾はないよ。
気候のことならば、縄文晩期から現代まで、朝鮮半島だけでなくその北まで水田耕作が可能になったほど暖かい時期は何度かある。
事実として、山東半島・河北省では紀元前3000年から水田耕作跡がでるし、朝鮮半島の西岸からは紀元前7世紀の水田耕作跡が出ている。

ただし、日本の遺跡から出る稲の品種の広がりが、朝鮮半島の遺跡からのものより幅広いので、
朝鮮半島まわり以外の伝播ルート(江南から直接九州へ、あるいは台湾から島伝いに北上)もあったと考えられている。
さらに、寒冷地に適応した品種については、日本列島から朝鮮半島に伝播した逆ルートもあったと考えられる。

800名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)11:37:09.35ID:KlzJDUkt0
>>799
半島の稲のDNAは全て日本経由の南方由来で中国北部経由のDNA は無いけど?
801名前:名無しさん@1周年ID:
>>800
そうなの?
どこ論文か教えてほしい。
821名前:名無しさん@1周年ID:
>>769,>>800
稲作の伝来が、必ずしも人を伴ったものとは限らない。

稲作の伝来は、中国から、刈り取った稲穂とともに遭難して流れ着いた可能性はある。
中国人が何人か生きていたとしても、それは、文化や言語、人種に影響を与える、渡来人とは言えないレベルの人数だった。>>5,>>4

821名前:名無しさん@1周年ID:
>>769,>>800
稲作の伝来が、必ずしも人を伴ったものとは限らない。

稲作の伝来は、中国から、刈り取った稲穂とともに遭難して流れ着いた可能性はある。
中国人が何人か生きていたとしても、それは、文化や言語、人種に影響を与える、渡来人とは言えないレベルの人数だった。>>5,>>4

787名前:名無しさん@1周年ID:
伊都国に卑弥呼が住んでいた
伊都国の東の端の日向峠から神武は関西に東征に出かけた。
795名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)11:12:24.40ID:KlzJDUkt0
>>787
魏志倭人伝では女王国の東側は海
出直して来てね
831名前:名無しさん@1周年ID:
>>790
先祖だろ。
>>795
北部九州全域が卑弥呼の勢力圏
九州の東は海。
835名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)13:09:11.64ID:KlzJDUkt0
>>831
伊都国は帯方郡から1万2千里じゃないから邪馬台国ではないと何度も言わせんな
864名前:名無しさん@1周年ID:
>>835
7000+1000+400×2+1000+300×2+1000+500+100=12000
丁度12000里ですよ。
873名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)15:48:10.64ID:KlzJDUkt0
>>864
なぜ遠回りをしてるのか意味不明
895名前:名無しさん@1周年ID:
>>873
遠回り?何処のこと???
>>876
高句麗と倭は朝鮮半島の覇権争いのライバルだよ。
>>884
当時の大和朝廷って何だ?奈良の豪族を成敗して占領したんだろ。
>>886
朝鮮学者のゴリ押しで任那日本府は無かったことに。
789名前:名無しさん@1周年ID:
糸島市と福岡市の境に在る高祖山が天孫降臨の地である高千穂峰。
790名前:名無しさん@1周年ID:
>>789
伊都国に居った師升との関係はどうなるん?
なんか色々と矛盾有りすぎw
831名前:名無しさん@1周年ID:
>>790
先祖だろ。
>>795
北部九州全域が卑弥呼の勢力圏
九州の東は海。
835名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)13:09:11.64ID:KlzJDUkt0
>>831
伊都国は帯方郡から1万2千里じゃないから邪馬台国ではないと何度も言わせんな
864名前:名無しさん@1周年ID:
>>835
7000+1000+400×2+1000+300×2+1000+500+100=12000
丁度12000里ですよ。
873名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)15:48:10.64ID:KlzJDUkt0
>>864
なぜ遠回りをしてるのか意味不明
895名前:名無しさん@1周年ID:
>>873
遠回り?何処のこと???
>>876
高句麗と倭は朝鮮半島の覇権争いのライバルだよ。
>>884
当時の大和朝廷って何だ?奈良の豪族を成敗して占領したんだろ。
>>886
朝鮮学者のゴリ押しで任那日本府は無かったことに。
837名前:名無しさん@1周年ID:
白村江の戦いで負けた後、唐の官僚が2000人ばかりやってくるわけだが
どうやら焚書が行われ、神代文字の使用を禁止されたらしい
今と同じで植民地、属国状態に置かれたようだ
漢字の強制使用はこの時に行われたようだ
843名前:名無しさん@1周年ID:
>>837
かつてわが国は偉大な独自文化を誇っていたが、
・敗戦時に唐に隠蔽されて今に伝わらない
・敗戦時にGHQに隠蔽されて今に伝わらない
どうかと思う。
846名前:名無しさん@1周年ID:
>>843
アホ、隠蔽したのは新聞社自身だぞNHKもかもしれん。責任逃れの書類焼却!

とにかく日本の上級マスコミ、裁判所は糞の権化!

850名前:名無しさん@1周年ID:
>>846
かつてわが国は偉大な独自文化が咲き誇っていたが、
・白村江の敗戦時に藤原氏に焚書され、今に伝わらない
・大東亜戦争の敗戦時にNHKと裁判所に焚書され、今に伝わらない
朝鮮半島のネトウヨと同じ思考回路
999名前:名無しさん@1周年ID:
>>863
>>849
>>837
全然違う

半島から入って来た遺伝子は女がほとんど
女系母系のDNAだけが半島由来

>>832
>>833
半島女が少なかった地域と半島女が多い地域の違いだな

838名前:名無しさん@1周年ID:
やはり磐井の乱の磐井さんてのは旧邪馬台国の豪族なのかね
840名前:名無しさん@1周年ID:
>>838邪馬台国は大和
狗奴国が磐井だろうけど磐井自身は天孫降臨で関西から来た人らしい
849名前:名無しさん@1周年ID:
>>838
というより、半島の人間が九州に進出して、半島と九州にまたがる海洋国家の倭国を作った。

その後、半島での勢力が衰えた代わりに、近畿にも勢力を伸ばし(神武東征)、九州倭国が
白村江の戦いで勢力を弱めると、近畿の倭国が日本書紀をでっち上げ、大和朝廷を名乗った。

853名前:名無しさん@1周年ID:
>>849
http://www.museum.kyushu-u.ac.jp/publications/special_exhibitions/WAJIN/154.html
基本的には近畿人は渡来人出雲古浦、山口土井ヶ浜、鳥取青谷上寺地の朝鮮系の人の子孫だろう。
なんと墓制が四角に石を置くスタイルで全く同じらしい
http://www.iokikai.or.jp/doigahama.html
856名前:名無しさん@1周年ID:
>>853
青谷上寺地遺跡の男系がほぼ縄文だったことから考えると、半島から労働力として畿内に連れてきた弥生系が繁殖したということなのかもな
857名前:名無しさん@1周年ID:
>>856
千葉の博物館の先生の調査によると
青谷は男系が縄文、女系がほぼ渡来ということだが
半島から労働力が来たなら逆にならんか?
858名前:名無しさん@1周年ID:
>>856
あるいは青谷は支配層は縄文時代から変わらん形で男が支配してるが
女だけ半島系の女が増殖して半島から来た男はすべて関西とか関東の方に開拓に回したのかもしれん。
859名前:名無しさん@1周年ID:
>>858
青谷の骨は、殺傷痕がある40体ほどが折り重なって発見されたものではなかったか。
ミトコンドリアが取り出せたのは、何体か忘れたが、おおむね渡来系。
うちY染色体が取り出せた5体のうち4体が縄文系で、残りの1体が渡来系。

つまり、殺傷され打ち捨てられた人々の平均像は、母系が渡来で父系が縄文だった。
これらの人々が、支配層だったか、奴隷であったか、生贄であったか、不明。

862名前:名無しさん@1周年ID:
>>859
殺されたということは青谷は繁栄はしたがそれほどの力は無かったということだろう。
青谷は独自交易しててそれが原因でより巨大な権力から攻撃にあったのかもしれん。
階級については有力豪族の可能性はあるが支配層というレベルではないだろう。
奴隷とか生贄というより軍人だった可能性はあるだろう。
865名前:名無しさん@1周年ID:
>>862
う~ん。
老若男女の骨が折り重なっているので、軍人集団は苦しいかな。
当時は女も子どもも軍事力だった可能性も捨てきれないけれども。
外から青谷に攻め込んだ軍人集団が返り討ちにされた説は、いまのところ違うかなあ。

生贄ならば、儀式っぽさがどこかに出ると思うから、生贄も違う可能性が高いと思う。

となると、なんだろうな。
共同体同士の戦争の跡か、共同体内での分裂と悲劇か。

いずれにせよ、形の特徴から渡来人だと思われていた骨のY染色体を調べたら、父系が縄文だったという、
そういうビックリなんだよね。これからY遺伝子も常染色体も分析が進むだろうから、いろいろわかるだろう。

863名前:名無しさん@1周年ID:
>>849
倭人が朝鮮半島南岸にまで進出し鉄器を手に入れ半島と九州にまたがる海洋国家の倭国を作った。
その後、半島での勢力が衰え、近畿に殖民した神武がの大和を名乗り勢力を拡大
その子孫が白村江の戦いで勢力を弱めた倭国を乗っ取ったんだ。
999名前:名無しさん@1周年ID:
>>863
>>849
>>837
全然違う

半島から入って来た遺伝子は女がほとんど
女系母系のDNAだけが半島由来

>>832
>>833
半島女が少なかった地域と半島女が多い地域の違いだな

999名前:名無しさん@1周年ID:
>>863
>>849
>>837
全然違う

半島から入って来た遺伝子は女がほとんど
女系母系のDNAだけが半島由来

>>832
>>833
半島女が少なかった地域と半島女が多い地域の違いだな

905名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)19:46:54.17ID:CPEA7O2F0
考古学がある現代では神武東征が史実だとはどんなバカでも思えないよな
北九州から西進するにしても何代も経て相当な年月をかけていってる
だから生きたと推定される年齢もおかしなことになるのだろう
906名前:名無しさん@1周年ID:
>>905
新唐書によれば、皇室は神武天皇の代までは筑紫城に住んでいたことになってる

新唐書日本伝
 其俗多女少男、有文字、尚浮屠法。其官十有二等。其王姓阿毎氏、自言初主號天御中主、至彦瀲、凡三十二世、
 皆以「尊」為號、居筑紫城。

(訳)そこの俗は女が多く男が少なく、文字があり、仏教の教えを尊ぶ。その官には十二等級がある。王姓は阿毎氏、自ら言うには、
   初めの主は天御中主と号し、彦瀲に至り、およそ三十二世、皆が「尊」を号として、筑紫城に居住する。

909名前:名無しさん@1周年ID:
>>906
邪馬台国の畿内説はここでも否定されてる訳か
916名前:通りすがりの一言主ID:
>>909
まあ、たいした証拠も出てないしな。
907名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)19:51:49.18ID:wKVXEBC10
>>905
ただの婿入りだよ
親族同士の
911名前:名無しさん@1周年ID:
>>907
背のりして家のっとって証拠隠滅ニダ

にしかおもえないんだが

927名前:名無しさん@1周年ID:
高天原は長野だな
975名前:名無しさん@1周年ID:
>>927
俺もそう思う
995名前:名無しさん@1周年ID:
>>959
>>974
>>975
国内的には中国王朝のお墨付きをもらったことを誇示しつつ、後世や国外向けには朝貢はなかったことにしたい >>132,>>36
936名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)22:41:57.66ID:U6XpypAl0
イザナギが禊ぎをした筑紫の日向は福岡だと思うけど、同じ場所に天孫が降臨するのはおかしい
ニニギは南九州に降臨したのは正しく
後にその地を、何かしらの狙いがあって大和政権は日向と名付けたんだと思う
937名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)22:47:08.69ID:TJQ0UrwR0
>>936
そうだな。天孫が降臨した地を日向と名付けたんだよ。
943名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)23:30:58.57ID:AzAwwro70
>>936
あわぎはらは、出雲から逃げてきた時はなしだから高天原の話じゃないよ。
939名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)22:58:49.24ID:vgOsbXFQ0
大体天孫降臨が宮崎っていうのは地理的物理的にもあり得ないんだよねw
古代日本で一番栄えてたのは内陸に近い福岡(博多)なのは歴史的に証明されてるのに
942名前:名無しさん@1周年ID:
>>939
ヒント 邪馬台国
977名前:名無しさん@1周年ID:
>>942
邪馬台国の卑弥呼が居た場所も伊都国だから
神武もこの辺りから関西に東征へ出かけたんだ。
>>944
高千穂の峰は日向峠近くの高祖山だとされてる。
>>970
二萬戸の奴国は東夷では最大の都市国家だな
博多の地下を発掘調査すると弥生時代から現在まで奇跡が連続してる。
980名前:名無しさん@1周年ID:
>>977
博多は菊池藤原と少弐武藤が戦ってた頃迄は海だよ。
984名前:名無しさん@1周年ID:
>>972
太宰府の長官は右大臣クラスが就任するくら重要な役職で僻地ではない
「青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
あをによし ねいらのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり 万3-238」
この詩も大宰小弐小野老朝臣が天平元年(729年)大宰府に着任した時、饗宴で詠んだもので
太宰府の繁栄を讃えて詠んだとの説もある。
「あおによし」という枕詞は平城京建設(710年)以前に使用された例があり、「奈良の都」とは無関係にそれ以前に成立し
後で奈良に結び付いたと考えられ、この詩が詠まれた時点では未だ奈良のことを指していなかった。
>>974
婚姻ではなく明らかに武力侵攻だな。
>>980
無知なことを言わないように
入り江が深く入り込んでただけで全てが海ではない
住吉神社の前まで海だった。
986名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
基本的に南区大橋の方に塩原までは海、中央区天神とかは関西人の黒田が埋立して作った。
991名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
太宰府の官吏は九州人が一番忌み嫌う
関西人大分人だらけなのはなんで?
997名前:名無しさん@1周年ID:
>>991
それより壬申の乱に大分の地名が付いた人が多いのが謎
懸犬養連大伴、大分君恵尺、大分君稚臣、大野君果安、佐伯連大目
981名前:名無しさん@1周年ID:
>>977>>1
博多は実は縄文遺跡の宝庫らしいが上層部弥生期に沢山出るからその下層は掘らないで埋めるらしい。文化財保護法の深度規定があって掘る必要が無いとの事。地下60センチ以下は掘らなくて良い。
944名前:名無しさん@1周年2019/04/01(月)23:33:29.07ID:AzAwwro70
アマテラスは、筑紫からどこかの場所不明の高天原に赴任したんだよ。
977名前:名無しさん@1周年ID:
>>942
邪馬台国の卑弥呼が居た場所も伊都国だから
神武もこの辺りから関西に東征へ出かけたんだ。
>>944
高千穂の峰は日向峠近くの高祖山だとされてる。
>>970
二萬戸の奴国は東夷では最大の都市国家だな
博多の地下を発掘調査すると弥生時代から現在まで奇跡が連続してる。
980名前:名無しさん@1周年ID:
>>977
博多は菊池藤原と少弐武藤が戦ってた頃迄は海だよ。
984名前:名無しさん@1周年ID:
>>972
太宰府の長官は右大臣クラスが就任するくら重要な役職で僻地ではない
「青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
あをによし ねいらのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり 万3-238」
この詩も大宰小弐小野老朝臣が天平元年(729年)大宰府に着任した時、饗宴で詠んだもので
太宰府の繁栄を讃えて詠んだとの説もある。
「あおによし」という枕詞は平城京建設(710年)以前に使用された例があり、「奈良の都」とは無関係にそれ以前に成立し
後で奈良に結び付いたと考えられ、この詩が詠まれた時点では未だ奈良のことを指していなかった。
>>974
婚姻ではなく明らかに武力侵攻だな。
>>980
無知なことを言わないように
入り江が深く入り込んでただけで全てが海ではない
住吉神社の前まで海だった。
986名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
基本的に南区大橋の方に塩原までは海、中央区天神とかは関西人の黒田が埋立して作った。
991名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
太宰府の官吏は九州人が一番忌み嫌う
関西人大分人だらけなのはなんで?
997名前:名無しさん@1周年ID:
>>991
それより壬申の乱に大分の地名が付いた人が多いのが謎
懸犬養連大伴、大分君恵尺、大分君稚臣、大野君果安、佐伯連大目
981名前:名無しさん@1周年ID:
>>977>>1
博多は実は縄文遺跡の宝庫らしいが上層部弥生期に沢山出るからその下層は掘らないで埋めるらしい。文化財保護法の深度規定があって掘る必要が無いとの事。地下60センチ以下は掘らなくて良い。
959名前:名無しさん@1周年ID:
普通は偉大な業績をあげた人が王になるけど、神武は何もやってないからな。
余所からやって来て田舎の王になっただけだ。
だから「何やった人?」と聞かれても説明に困る。
そこでデッチアゲたのが天孫族の神話。あまり深く考えても意味なんかないよw
960名前:名無しさん@1周年2019/04/02(火)00:19:06.79ID:qXuw0rWU0
>>959
神武ほんとうはたぶん崇神は大和に婿入りするという実績があるんだよ
974名前:名無しさん@1周年ID:
>>959
神武は九州の勢力が吉備や畿内と婚姻で結びついたことの象徴じゃないのかね
984名前:名無しさん@1周年ID:
>>972
太宰府の長官は右大臣クラスが就任するくら重要な役職で僻地ではない
「青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
あをによし ねいらのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり 万3-238」
この詩も大宰小弐小野老朝臣が天平元年(729年)大宰府に着任した時、饗宴で詠んだもので
太宰府の繁栄を讃えて詠んだとの説もある。
「あおによし」という枕詞は平城京建設(710年)以前に使用された例があり、「奈良の都」とは無関係にそれ以前に成立し
後で奈良に結び付いたと考えられ、この詩が詠まれた時点では未だ奈良のことを指していなかった。
>>974
婚姻ではなく明らかに武力侵攻だな。
>>980
無知なことを言わないように
入り江が深く入り込んでただけで全てが海ではない
住吉神社の前まで海だった。
986名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
基本的に南区大橋の方に塩原までは海、中央区天神とかは関西人の黒田が埋立して作った。
991名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
太宰府の官吏は九州人が一番忌み嫌う
関西人大分人だらけなのはなんで?
997名前:名無しさん@1周年ID:
>>991
それより壬申の乱に大分の地名が付いた人が多いのが謎
懸犬養連大伴、大分君恵尺、大分君稚臣、大野君果安、佐伯連大目
995名前:名無しさん@1周年ID:
>>959
>>974
>>975
国内的には中国王朝のお墨付きをもらったことを誇示しつつ、後世や国外向けには朝貢はなかったことにしたい >>132,>>36
995名前:名無しさん@1周年ID:
>>959
>>974
>>975
国内的には中国王朝のお墨付きをもらったことを誇示しつつ、後世や国外向けには朝貢はなかったことにしたい >>132,>>36
964名前:名無しさん@1周年ID:
弥生は縄文の派生
渡来と混合したんだろう
967名前:名無しさん@1周年ID:
>>964
お前アホだろ?
969名前:名無しさん@1周年2019/04/02(火)08:23:33.18ID:GUzpXwfA0
>>967
君、反論できないからって、人格攻撃するのは良くないよ。
970名前:名無しさん@1周年ID:
紀元前から存在した国内で最大規模の都市は
北九州にしか存在しない。
いち早く半島へ勢力を伸ばしたのも北九州縄文人勢力
三国史記にもあるように度々侵略しては半島大陸土人を拉致してきている。
それら拉致奴隷は縄文人と混血し山陰から近畿内陸へと勢力を拡張していった。
977名前:名無しさん@1周年ID:
>>942
邪馬台国の卑弥呼が居た場所も伊都国だから
神武もこの辺りから関西に東征へ出かけたんだ。
>>944
高千穂の峰は日向峠近くの高祖山だとされてる。
>>970
二萬戸の奴国は東夷では最大の都市国家だな
博多の地下を発掘調査すると弥生時代から現在まで奇跡が連続してる。
980名前:名無しさん@1周年ID:
>>977
博多は菊池藤原と少弐武藤が戦ってた頃迄は海だよ。
984名前:名無しさん@1周年ID:
>>972
太宰府の長官は右大臣クラスが就任するくら重要な役職で僻地ではない
「青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
あをによし ねいらのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり 万3-238」
この詩も大宰小弐小野老朝臣が天平元年(729年)大宰府に着任した時、饗宴で詠んだもので
太宰府の繁栄を讃えて詠んだとの説もある。
「あおによし」という枕詞は平城京建設(710年)以前に使用された例があり、「奈良の都」とは無関係にそれ以前に成立し
後で奈良に結び付いたと考えられ、この詩が詠まれた時点では未だ奈良のことを指していなかった。
>>974
婚姻ではなく明らかに武力侵攻だな。
>>980
無知なことを言わないように
入り江が深く入り込んでただけで全てが海ではない
住吉神社の前まで海だった。
986名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
基本的に南区大橋の方に塩原までは海、中央区天神とかは関西人の黒田が埋立して作った。
991名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
太宰府の官吏は九州人が一番忌み嫌う
関西人大分人だらけなのはなんで?
997名前:名無しさん@1周年ID:
>>991
それより壬申の乱に大分の地名が付いた人が多いのが謎
懸犬養連大伴、大分君恵尺、大分君稚臣、大野君果安、佐伯連大目
981名前:名無しさん@1周年ID:
>>977>>1
博多は実は縄文遺跡の宝庫らしいが上層部弥生期に沢山出るからその下層は掘らないで埋めるらしい。文化財保護法の深度規定があって掘る必要が無いとの事。地下60センチ以下は掘らなくて良い。
978名前:名無しさん@1周年ID:
>>970
成る程!鳥取の青谷の女系が渡来系のみだったのはそれで説明できるかもな!半島の薄顔が日本人は好みだったから拉致してきたのかも?!
972名前:名無しさん@1周年ID:
奈良時代には北部九州って貿易や国防の要所ではあるけど僻地扱いなんだよな
吉備真備が伊都のあたりに城を造ったけど、あれも政争で飛ばされてたとかなんとか
984名前:名無しさん@1周年ID:
>>972
太宰府の長官は右大臣クラスが就任するくら重要な役職で僻地ではない
「青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
あをによし ねいらのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり 万3-238」
この詩も大宰小弐小野老朝臣が天平元年(729年)大宰府に着任した時、饗宴で詠んだもので
太宰府の繁栄を讃えて詠んだとの説もある。
「あおによし」という枕詞は平城京建設(710年)以前に使用された例があり、「奈良の都」とは無関係にそれ以前に成立し
後で奈良に結び付いたと考えられ、この詩が詠まれた時点では未だ奈良のことを指していなかった。
>>974
婚姻ではなく明らかに武力侵攻だな。
>>980
無知なことを言わないように
入り江が深く入り込んでただけで全てが海ではない
住吉神社の前まで海だった。
986名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
基本的に南区大橋の方に塩原までは海、中央区天神とかは関西人の黒田が埋立して作った。
991名前:名無しさん@1周年ID:
>>984
太宰府の官吏は九州人が一番忌み嫌う
関西人大分人だらけなのはなんで?
997名前:名無しさん@1周年ID:
>>991
それより壬申の乱に大分の地名が付いた人が多いのが謎
懸犬養連大伴、大分君恵尺、大分君稚臣、大野君果安、佐伯連大目

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