【時事世論調査】女系・女性天皇に賛成7割★8

1名前:みなみ ★ID:
時事通信の4月の世論調査
2019年4月12日 15:06
https://www.excite.co.jp/news/article/Jiji_20190412X057/

 時事通信の4月の世論調査で、男系男子に限られている現在の皇位継承資格を女系・女性皇族にも広げるべきか尋ねたところ、「広げるべきだ」が69.8%だった。「広げるべきではない」は11.2%、「どちらとも言えない・分からない」は19.0%だった。

 政府は女系・女性天皇に慎重な姿勢を示しているが、回答者の約7割が女系・女性天皇を容認していることが明らかになった形だ。

 皇族数の減少対策となる女性宮家創設の賛否に関しても、「賛成」69.7%、「反対」10.3%、「どちらとも言えない・分からない」20.0%となった。
 現在の天皇陛下にどのような感情を抱いているかについては、「尊敬の念を抱いている」44.0%、「好感を抱いている」39.5%、「特に何の感情も抱いていない」15.5%などだった。

★1 2019/04/12(金) 21:51:49.42
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1555073509/
★7 https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1555117519/-100

6名前:名無しさん@1周年ID:
>>1

   > 政府は女系・女性天皇に慎重な姿勢を示している。

“Komuro’s maternal grandfather was Korean”(South China Morning Post)

『小室圭の母方祖父は韓国人でした』《サウスチャイナ・モーニング・ポスト(南華早報)紙》

.

“女系天皇”を認めると、今まで続いてきた皇統とは別の系列になり大変危険。

.

b2
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59名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

あまりY染色体にこだわるのもどうかとは思うが
ホールゲノムからすれば、Y染色体は超ミニサイズの配列に過ぎない

https://gizmodo.com/the-y-chromosome-is-tiny-how-did-it-get-that-way-1702729542
>Once upon a time, before mammals evolved, X and Y chromosomes behaved like every other chromosome in a cell.
>They looked exactly the same. They carried versions of the same genes. And they could interact with each other,
>swapping chunks of genetic material during the early stages of meiosis, the biological process that builds sperm or eggs.

Y染色体上の遺伝子数は78しかないとされており、配列の大半は使われることもない

ホールゲノムからすれば、娘の方が親と遺伝子を共有するのはあたり前であり、遠い親戚は(日本人という)同グループ内の他人と言って良い

75名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂

一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に
「和魂は王身(みついで)に服(したが)ひて寿命(みいのち)を守らむ。荒魂は先鋒(さき)として師船
(みいくさのふね)を導かむ」という神託があったとある[1]。また、神代には、大国主命のもとに「吾(あ)
は是汝(これいまし)が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある[1]。『古事記』では、
神宮皇后が、「墨江大神(すみのえのおおかみ)の荒御魂」を国守神(くにもりのかみ)として新羅に祀ったとある[1]。

だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動すること
があるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。一霊四魂説は、本田親徳とその後継者たちの神学的な解釈
から生み出されたとみることもできる。 なお本居宣長は、「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」
に、三輪山の神は大国主命の和魂だとあることなどを根拠に、魂には大きく荒魂と和魂の2種があり、和魂にはさら
に幸魂と奇魂の働きがあるとしており、四魂としてまとめてみるようなことはしていない

近世になって、一霊四魂は本田霊学系の後継者によって、古神道の霊魂観として重視され、本田親徳や大本教の
出口王仁三郎、また出口王に三郎の弟子らによって、構造や機能が詳述されていくこととなる。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

82名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/川面凡児
川面 凡児(かわつら ぼんじ、1862年4月29日(文久2年4月1日) – 1929年(昭和4年)2月23日)は、日本の宗教家、神道家。
禊の行法を体系化し、組織的に行なった[1]。現在の神社神道における禊作法は、戦前に川面が行っていたものに基づいている。

思想
川面の思想は、古神道の宇宙観、霊魂観と神人合一法を西洋論理を用いて解き明かそうと試みた点に特色がある。例えば、
荒身魂は肉体、和身魂は意識、直霊は最高意識ととらえ、人間は最高意識が受肉した存在であるから、すべての人間はその意味で
「現人神(あらひとがみ)」であると主張した。(天皇だけが現人神ではない、という主張は注目すべきである) また、
天御中主(あまのみなかぬし)を中心力、高御産霊(たかみむすひ)を遠心力、神御産霊(かむみむすひ)を求心力ととらえ、
この三者のはたらきによって原宇宙が生成されたと説いた。 川面は、古神道の神は、創造神ではなく、生成神であると考えている。
創造神は、創造がある以上終末が訪れることを前提とした限定的な神であるが、生成神には、終末と見える現象はあったとしても、
実際に終末はなく、永遠の生成発展があると考え、古事記の「天壌無窮」説を近代論理を用いて説明しようとした。 川面の主張
する日本民族の神は、一神にして多神、多神にして汎神であり、一神の躍動するはたらきの現れが、多神であり、汎神であるとし、
この構造をもった神を「全神」となづけ、自らの教えを一神教でも多神教でもなく、「全神教」と名付けた。この神のダイナミックな
構造は、およそ二百年後には、西洋にも理解されるようになり、西洋は、多神と祖霊も祀るようになるだろうと予測している。
ただし、神は、知性で論理的に把握しただけでは足りず、体感、体認、体験しなければならないと説き、そのために禊、鳥船、雄
叫び、おころび、祝詞などの一連の身体作法を体系的に行う必要があるとしている。(彼が提唱した禊は、その一連の身体作法の一
部にすぎない。) なお、天皇が宮中でおこなう祭祀と行法が、本来の魂しずめと魂ふりであり、川面の祭祀と行法は、それから派生
した傍流であると位置づけている。(『宇宙の大道を歩む』より抜粋)

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

84名前:名無しさん@1周年ID:
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https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤
平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5年8月24日(1776年10月6日) – 天保14年閏9月11日(1843年11月2日))
は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。

復古神道の成立
その霊の安定を神道に求めたのであり、それゆえ、神道は従来以上に宗教色を強めたのである[6]。ここで篤胤は、
天主教(キリスト教)的天地創造神話と『旧約聖書』的な歴史展開を強く意識しながら、天御中主神を創造主とする、
きわめて首尾一貫した、かつ儒教的・仏教的色彩を完全に排除した復古神道神学を樹立したのであった[3]。篤胤によれ
ば、天・地・泉の3つの世界の形成の事実、そしてそれについての神の功徳、それは「御国(みくに)」すなわち日本が
四海の中心であり、天皇は万国の君主であるということを、国学を奉ずる学徒の大倭心の鎮として打ち立てた柱、それ
が「霊の真柱」なのであった[2]。

出定笑語
平田は『出定後語』の理論を借用して『出定笑語』を書き、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前、
1820年代、1830年代、1840年代の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動、さらには廃仏毀釈の思想原理になった[16]。

民族宗教の体系化
復古神道においては、日本の「国産み」においてこそ天地創造がおこなわれる。日本は「よろずの国の本つ御柱(みはしら)た
る御国(みくに)にして、万の物、万の事の万の国にすぐれたるものといわれ、また掛(かけ)まくも畏(かしこ)き我が
天皇命(すめらみこと)は万の国の大君(おおきみ)にましますこと」が自明のこととして主張される[3]。

篤胤は、村落の氏神社への信仰や祖先崇拝といった、従来、人びとが日常レベルで慣れ親しんできた信仰に、記紀神話の再編に
もとづくスケールの大きい宇宙論を結びつけ、さらに幽冥界での死後安心の世界を提示した[10]。

幽冥論
また、現世は仮の世であり、死後の世界こそ本当の世界であるとした。これはキリスト教の影響である。篤胤は、キリスト教の
教典も、『古事記』や仏典などと同じように古の教えを伝える古伝のひとつとして見ていたのである。

「御国の御民」論と「みよさし」の論理
一方、現実には神孫たる天皇と将軍を頂点とする支配体制とをいかに整合していくかが求められるが、これについては、
「みよさし(委任)」の論理が用いられた[3][10]。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

86名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤

平田国学・復古神道が立論の根拠にしたのは古伝であったが、『古事記』などの古典に収載された古伝説に
は齟齬や矛盾、非合理がふくまれているため、篤胤は古伝説を主観的に再構成した自作の文章を注解すると
いう手法を用いて論を展開した[9]。また、古伝の空白箇所を埋めるために、天地開闢は万国共通であるはず
だという理由から諸外国の古伝説にも視野を広げた[9]。古伝説によって宇宙の生成という事実を解明し、幽冥界
の事実を明らかにしていくのが彼の関心であるかぎり、これは自然なことであったが、漢意の排除と
文献学的・考証学的手法の徹底を旨としてきた本居派からすれば、かれの手法は邪道であり、逸脱にほかな
らない[9][11]。しかし、篤胤はそもそも古代研究を自己目的にしていたのではなかった[3]。彼は、自身も含め
た近世後期を生きる当時の日本人にとって神のあるべき姿と魂の行方を模索したのであり、そこで必要な神学
を構築するためにこそ『古事記』『日本書紀』その他の古典および各社にのこる祝詞を利用したのである[3]。
『霊能真柱』は篤胤にとって分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居派の門人達は、この著作の幽冥観に
ついての論考が亡き宣長を冒涜するものとして憤慨し、篤胤を「山師」と非難したため、篤胤は伊勢松阪の鈴
屋とはしだいに疎遠になっていった。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

89名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂
一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

「一霊四魂」という概念は本田以前には一切文献にはなく、本田独自の霊魂観であるが、
これには西洋のスピリチュアリズムの影響が伺える。 また、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)
の弟子であった出口王仁三郎は、人間の霊魂だけではなく森羅万象がこの一霊四魂から成り立っていると説いている。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

113名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/本田親徳
その霊魂教義は30代半ばに体系化されたとされ神道における霊的側面を理論化し明らかにした。
その内容を大別すると、

神や霊を人に降ろす方法である「帰神法」。
帰神を実現するための精神統一の修行法である「鎮魂法」。
鎮魂で得た力の応用としての「禁厭」からなっていた。
神懸かりには三十六法があること明らかにしお告げであっても、それを鵜呑みにするのではなく、懸かった神霊の階級
や種類やを判別する「審神」(さにわ)を重視した。

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

556名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

559名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

562名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

Kincri@Kincri4
2月25日
元公卿や旧藩主を中心とする華族を復活して良いし、華族院を第二院にしても良い。そこには日本の歴史の中の「伝統」
の良い面が残っている。

お菓子なやつ@open_wagashi
2月16日
そういう風な旧華族の復活だけだと問題視される可能性がありますから、上記のような法の下の平等に反していませんよ、
という形で復活させれば法的には問題はないのではないかと。

ロックマン@famishushu
2月8日
「不敬罪」を復活させていただきたく願います。
枢密院や華族など皇族に重要な方々を今一度復活させていただきたく存じます。

大和守@日韓断交を!@nihonwomamorou
2月1日
皇室をお護りするためには、華族制度の復活なども検討に値すると思います

清新明朗な加賀内閣@hirataitaisho
2011年8月17日
西園寺(侯爵→公爵・清華家)が近衛(公爵・摂家)を上座に座らせてたって話が有るな。軍隊じゃ星の数よりメシの数かも知らんけど、華族じゃやっぱ爵位と江戸以前の家格。
旧大名・公家のなかには、伊藤・山縣のような功績華族・軍人華族を嫌う風があったともいう。

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

564名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

569名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

573名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

男系男子にこだわるのであれば、現皇族女子の「たね馬専用の平民婿」として結婚し平民として現皇族女子を支えるか、平民色がつく前の6歳程度で養子になるぐらいの論であればまだ理解はできる
成人してからの皇族復籍と宮家当主と称号、旧宮家の戦前復帰・戦前回帰に固執するのは、それが莫大な利益を生む鉱脈であり、法律を超えた特権となる事を見越しての事だろう

旧皇族男子の平民の中には現皇族女子と結婚したくないものが多い可能性もあるが、現皇族を追い出すことが宮家の成立に必須条件と考えているフシはある
皇族や華族への復帰という点だけが本音で、それ以外はどうでも良いなし崩し的な印象がある
そのためには現皇族を追い出すことも辞さないわけで、ある意味では革命家じみたところもある

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

576名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

渡来思想である仏教に挑んで敗者となり奴隷となった神の子孫物部氏や、世界を霊力で征服する予定だった「神の子神武天皇」の子孫である「現人神」が
天候関係なくサングラス着用で田舎者が好きそうなコーンパイプでタバコ中毒の肥満中年の一軍人に、取り巻きの高齢者重臣と一緒に命乞いをして身分維持・制度維持
のバーターとして憲法9条という信じがたい悪法を制定し国を売り渡すとは、反科学的で合理的な思考のできない頭の出来が悪い愛国火病には到底予想できず、戦後70年経過しても理解できないのだろう
まさに神話が作られた瞬間と言える

人間なら失敗するので敗北後に命乞いのため売国をした点は理解できるが、神の子孫がこの体たらくなら「自称神の子孫」「偽の神の子孫」だったと判断すべきなのか、
排泄物、目くそ・鼻くそや嘔吐物で出産し嬰児を殺害するイザナギ・イザナミの子孫であればこの程度で納得と思うかは信仰心にもよるだろう

ちなみにイザナギからアマテラス、間をはさんで神武天皇という系譜なので神武天皇は女系から正統性を得たと言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/現人神
なお陸軍中将であった石原莞爾は日蓮主義の見地から独特の終末論的な世界観を持っていたが、著書の
『戦争史大観』(1941年)には「人類が心から現人神の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。」
「更に端的に云えば、現人神たる天皇の御存在が世界統一の霊力である。しかも世界人類をしてこの信仰に達せしむる」としている。
本書は用紙統制・出版統制が行われている中で検閲を通過して出版されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第9条
本条の淵源
本条の淵源については、立法経緯が複雑であることもあって様々な議論がある[12]。憲法9条の発案におb「て、その背景bノあった、
主な動機は、「連合国が参加する極東委員会の中の、中華民国・オーストラリア・フィリピン・ソビエト社会主義共和国連邦などの
国家や、アメリカ国内世論[13][14]からの『天皇制の保持』に対する批判を逸らす為であった。」という見解で、日本人もアメリカ人
の学者も一致する傾向がある、とされる[15]。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

589名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

品性下劣で野卑であり品格欠如の俗悪神が登場するために学校では教えられない日本神話を知れば、排泄物の神達が生殖し、犯罪し放題の暴れん坊(自称)神の子孫がいる島国の土人習俗・因習のために数百万人が死んでいったことに無知だった連中は驚くだろう
過去の失敗の学習能力があるのであれば繰り返すわけはないが、日本には今だに中世儒教土人が住み着いているようで、こうした連中は成長がみられないなら精神レベルが同じ隣国に国外追放をするか、殺処分しか処理方法がないだろう

共産主義者が資産の平等と主張するなら脊髄反射で詐欺と批判するのは理解できるが、普通の学生やまともな学者が法の下の平等や自由主義国家の常識である人権を語るだけでもチョンとか共産主義者と
レッテル貼りをするような連中がいることで、まだ日本に儒教土人が多くいることが確認でき、その中に自称特権階級がいたことは意外な発見と言える

日本国憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

旧門閥貴族・旧皇族の平民の中に、いまだに身分や血筋、性別や出身で特権があると主張したり、人間を分類して差別するような連中が一部いるが、これの幼稚さに気づけない点で精神修養の余地は多いにあるだろう
向学心の無い血筋しか誇れるものがいない劣等感の持ち主だから改善はおそらく見込めず精神修養をしても無駄かもしれないが、それでも魂が生まれ変われる可能性はゼロではない
身分差別のない法の下の平等とは恩恵であり、これを罵ったり男女同権を制定したGHQに呪詛を吐くようでは、日本神話に出てくる生活廃棄物の自称神と大して変わらない古代の土人酋長の幻想と過去の栄華にいまだに生きているということだ

現行憲法の法の下の平等、身分・性別・その他差別の禁止、貴族の禁止をどうしても受け入れられないなら、朝鮮朱子学を奉じるお隣の国にいけば良いのだが、儒教土人の自称門閥一族の国外出奔を誰も止めはしないだろうし二度と返ってくる合理的必然は現行憲法の日本にはない
日本中から煙たがれも、どうしても日本に住みたいなら、未来は決して低能中世土人に優しくないことを理解すべきだろう

548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

982名前:名無しさん@1周年ID:
>>7 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6

男尊女卑・家父長制は古代文明に共通している
ユダヤ教や初期キリスト教では、平民の性差別については比較的緩やかだったが(男も女も神のイメージから作られたという創世神話のため、ただしキリスト教・パウロは創世記をファンタジーとしているため寓話的解釈)、
古代文明の標準モデルとなる古代ギリシャアテネは男性優位であり、そのギリシャから模倣したローマと一体化するためにローマの習俗に合わせた結果として、現代に引き継がれた面がある

バチカンの教皇(この教皇という翻訳もラテン語・ギリシャ語ではパパに過ぎないので明らかな誤訳であり教父がよりまともな意訳)は世襲制ではなく選挙制であるため、男であれば生まれに関係なく誰でもなれる
女が教皇になれないのは、宗教的というより(男尊女卑が標準だった)ローマ市民だったパウロに起因する(男女平等を掲げればここまで成長する宗教にはなっていない)ところが大
きいので他のキリスト教宗派では男しか司祭・牧師になれないという縛りは絶対ではない

また初期キリスト教では女性指導者が多いという逆転現象がおきており、神の下における男女平等を支持する派閥(主流派)と、男女差別(伝統的な男女の役割維持、主に福音派)を支持する派閥の2つが
罵倒しあう状況が長く続いてきた。バチカンはこの2つのうちでは宗教的伝統となる聖職者の生涯独身・妻帯禁止、男性司祭を支持するが、人権については主流派のスタンスであるため
政治的なスタンスが誤解されやすい傾向がある

古代ギリシャアテネでは女性はおおむね男尊女卑下にあり奴隷か女かというぐらい劣ったイメージがあったとされる
中でも巫女や宗教系の職業や王族・門閥貴族だけに確保される役職は例外だったが、それが平民の女性のステータスにまで波及することは皆無であり、中近東の古代において男女平等を目指した
文化はシュメール文明だけとされている

卑弥呼を代表とする日本の巫女も同じであろうと考えるが、古代では巫女は国王の子女や貴族・有力者の娘がなることが多かったため、国王や貴族が神の生まれ変わりとして
超能力を持っていたと信じられている古代では巫女の地位が高いのはあたりまえであり、巫女・女性聖職者のステータスが底辺にまで波及するのは近代になるまでは無かったと考えて良い

8名前:名無しさん@1周年ID:
>>1

明らかに一般の回答者が、

女系天皇と女性天皇の区別がつかないことを前提に、

「女系天皇の容認」への“世論誘導”を意図した、

皇統破壊のためのプロパガンダ調査。

.

14名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:19:58.31ID:P04Gd2K/0
>>1
>「広げるべきではない」は11.2%

2chはこの11%の人たちが書きまくってるってことだね

35名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:23:26.25ID:kzxxHJ3rO
>>1
女系と女性を一纏めにして
女系天皇容認という世論があたかも存在しているかのように報道する

悪質なプロパガンダ
政府はこれ規制したほうが良いよ

41名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:24:54.36ID:ZdwQeuOf0
>>35
実際一般的に女系でも女性でもどっちでもいいよってのが世論だろう
何が違うのかサッパリわからないしイギリスの女王みたいに世襲なんだから
なぜ愛子じゃダメなのかっていうのが普通の感想
48名前:名無しさん@1周年ID:
>>41
死ね、チョン!!
51名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:26:41.49ID:ZdwQeuOf0
>>48
死ねチョンじゃ一般世論は説得できないなぁ
58名前:名無しさん@1周年ID:
>>51
チョンの世論は一般世論じゃないのだ、チョン!!
70名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:29:10.52ID:ZdwQeuOf0
>>58
チョン連呼しかできないってことは反論できないということ
特に問題ないんだから愛子天皇でいいじゃん
83名前:名無しさん@1周年ID:
>>70
ダメだ、チョン!!

日本には日本の伝統があるんだよ!!

慰安婦みたいな天皇はありえないんだよ、チョン!!

62名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:27:46.11ID:SvDpHVdu0
>>41
天皇陛下は激務だからAI愛子さまロボットを製作して公務軽減すべき

新任外国大使の話し相手や内閣からどっさり送られてくる書類への署名捺印は愛子さまロボットに任せるべき

39名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
女性と女系をひとつにまとめて世論調査すんなよ馬鹿
分けて質問しろや
59名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

あまりY染色体にこだわるのもどうかとは思うが
ホールゲノムからすれば、Y染色体は超ミニサイズの配列に過ぎない

https://gizmodo.com/the-y-chromosome-is-tiny-how-did-it-get-that-way-1702729542
>Once upon a time, before mammals evolved, X and Y chromosomes behaved like every other chromosome in a cell.
>They looked exactly the same. They carried versions of the same genes. And they could interact with each other,
>swapping chunks of genetic material during the early stages of meiosis, the biological process that builds sperm or eggs.

Y染色体上の遺伝子数は78しかないとされており、配列の大半は使われることもない

ホールゲノムからすれば、娘の方が親と遺伝子を共有するのはあたり前であり、遠い親戚は(日本人という)同グループ内の他人と言って良い

75名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂

一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に
「和魂は王身(みついで)に服(したが)ひて寿命(みいのち)を守らむ。荒魂は先鋒(さき)として師船
(みいくさのふね)を導かむ」という神託があったとある[1]。また、神代には、大国主命のもとに「吾(あ)
は是汝(これいまし)が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある[1]。『古事記』では、
神宮皇后が、「墨江大神(すみのえのおおかみ)の荒御魂」を国守神(くにもりのかみ)として新羅に祀ったとある[1]。

だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動すること
があるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。一霊四魂説は、本田親徳とその後継者たちの神学的な解釈
から生み出されたとみることもできる。 なお本居宣長は、「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」
に、三輪山の神は大国主命の和魂だとあることなどを根拠に、魂には大きく荒魂と和魂の2種があり、和魂にはさら
に幸魂と奇魂の働きがあるとしており、四魂としてまとめてみるようなことはしていない

近世になって、一霊四魂は本田霊学系の後継者によって、古神道の霊魂観として重視され、本田親徳や大本教の
出口王仁三郎、また出口王に三郎の弟子らによって、構造や機能が詳述されていくこととなる。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

82名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/川面凡児
川面 凡児(かわつら ぼんじ、1862年4月29日(文久2年4月1日) – 1929年(昭和4年)2月23日)は、日本の宗教家、神道家。
禊の行法を体系化し、組織的に行なった[1]。現在の神社神道における禊作法は、戦前に川面が行っていたものに基づいている。

思想
川面の思想は、古神道の宇宙観、霊魂観と神人合一法を西洋論理を用いて解き明かそうと試みた点に特色がある。例えば、
荒身魂は肉体、和身魂は意識、直霊は最高意識ととらえ、人間は最高意識が受肉した存在であるから、すべての人間はその意味で
「現人神(あらひとがみ)」であると主張した。(天皇だけが現人神ではない、という主張は注目すべきである) また、
天御中主(あまのみなかぬし)を中心力、高御産霊(たかみむすひ)を遠心力、神御産霊(かむみむすひ)を求心力ととらえ、
この三者のはたらきによって原宇宙が生成されたと説いた。 川面は、古神道の神は、創造神ではなく、生成神であると考えている。
創造神は、創造がある以上終末が訪れることを前提とした限定的な神であるが、生成神には、終末と見える現象はあったとしても、
実際に終末はなく、永遠の生成発展があると考え、古事記の「天壌無窮」説を近代論理を用いて説明しようとした。 川面の主張
する日本民族の神は、一神にして多神、多神にして汎神であり、一神の躍動するはたらきの現れが、多神であり、汎神であるとし、
この構造をもった神を「全神」となづけ、自らの教えを一神教でも多神教でもなく、「全神教」と名付けた。この神のダイナミックな
構造は、およそ二百年後には、西洋にも理解されるようになり、西洋は、多神と祖霊も祀るようになるだろうと予測している。
ただし、神は、知性で論理的に把握しただけでは足りず、体感、体認、体験しなければならないと説き、そのために禊、鳥船、雄
叫び、おころび、祝詞などの一連の身体作法を体系的に行う必要があるとしている。(彼が提唱した禊は、その一連の身体作法の一
部にすぎない。) なお、天皇が宮中でおこなう祭祀と行法が、本来の魂しずめと魂ふりであり、川面の祭祀と行法は、それから派生
した傍流であると位置づけている。(『宇宙の大道を歩む』より抜粋)

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

84名前:名無しさん@1周年ID:
>>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤
平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5年8月24日(1776年10月6日) – 天保14年閏9月11日(1843年11月2日))
は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。

復古神道の成立
その霊の安定を神道に求めたのであり、それゆえ、神道は従来以上に宗教色を強めたのである[6]。ここで篤胤は、
天主教(キリスト教)的天地創造神話と『旧約聖書』的な歴史展開を強く意識しながら、天御中主神を創造主とする、
きわめて首尾一貫した、かつ儒教的・仏教的色彩を完全に排除した復古神道神学を樹立したのであった[3]。篤胤によれ
ば、天・地・泉の3つの世界の形成の事実、そしてそれについての神の功徳、それは「御国(みくに)」すなわち日本が
四海の中心であり、天皇は万国の君主であるということを、国学を奉ずる学徒の大倭心の鎮として打ち立てた柱、それ
が「霊の真柱」なのであった[2]。

出定笑語
平田は『出定後語』の理論を借用して『出定笑語』を書き、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前、
1820年代、1830年代、1840年代の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動、さらには廃仏毀釈の思想原理になった[16]。

民族宗教の体系化
復古神道においては、日本の「国産み」においてこそ天地創造がおこなわれる。日本は「よろずの国の本つ御柱(みはしら)た
る御国(みくに)にして、万の物、万の事の万の国にすぐれたるものといわれ、また掛(かけ)まくも畏(かしこ)き我が
天皇命(すめらみこと)は万の国の大君(おおきみ)にましますこと」が自明のこととして主張される[3]。

篤胤は、村落の氏神社への信仰や祖先崇拝といった、従来、人びとが日常レベルで慣れ親しんできた信仰に、記紀神話の再編に
もとづくスケールの大きい宇宙論を結びつけ、さらに幽冥界での死後安心の世界を提示した[10]。

幽冥論
また、現世は仮の世であり、死後の世界こそ本当の世界であるとした。これはキリスト教の影響である。篤胤は、キリスト教の
教典も、『古事記』や仏典などと同じように古の教えを伝える古伝のひとつとして見ていたのである。

「御国の御民」論と「みよさし」の論理
一方、現実には神孫たる天皇と将軍を頂点とする支配体制とをいかに整合していくかが求められるが、これについては、
「みよさし(委任)」の論理が用いられた[3][10]。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

86名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤

平田国学・復古神道が立論の根拠にしたのは古伝であったが、『古事記』などの古典に収載された古伝説に
は齟齬や矛盾、非合理がふくまれているため、篤胤は古伝説を主観的に再構成した自作の文章を注解すると
いう手法を用いて論を展開した[9]。また、古伝の空白箇所を埋めるために、天地開闢は万国共通であるはず
だという理由から諸外国の古伝説にも視野を広げた[9]。古伝説によって宇宙の生成という事実を解明し、幽冥界
の事実を明らかにしていくのが彼の関心であるかぎり、これは自然なことであったが、漢意の排除と
文献学的・考証学的手法の徹底を旨としてきた本居派からすれば、かれの手法は邪道であり、逸脱にほかな
らない[9][11]。しかし、篤胤はそもそも古代研究を自己目的にしていたのではなかった[3]。彼は、自身も含め
た近世後期を生きる当時の日本人にとって神のあるべき姿と魂の行方を模索したのであり、そこで必要な神学
を構築するためにこそ『古事記』『日本書紀』その他の古典および各社にのこる祝詞を利用したのである[3]。
『霊能真柱』は篤胤にとって分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居派の門人達は、この著作の幽冥観に
ついての論考が亡き宣長を冒涜するものとして憤慨し、篤胤を「山師」と非難したため、篤胤は伊勢松阪の鈴
屋とはしだいに疎遠になっていった。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

89名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂
一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

「一霊四魂」という概念は本田以前には一切文献にはなく、本田独自の霊魂観であるが、
これには西洋のスピリチュアリズムの影響が伺える。 また、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)
の弟子であった出口王仁三郎は、人間の霊魂だけではなく森羅万象がこの一霊四魂から成り立っていると説いている。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

113名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/本田親徳
その霊魂教義は30代半ばに体系化されたとされ神道における霊的側面を理論化し明らかにした。
その内容を大別すると、

神や霊を人に降ろす方法である「帰神法」。
帰神を実現するための精神統一の修行法である「鎮魂法」。
鎮魂で得た力の応用としての「禁厭」からなっていた。
神懸かりには三十六法があること明らかにしお告げであっても、それを鵜呑みにするのではなく、懸かった神霊の階級
や種類やを判別する「審神」(さにわ)を重視した。

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

160名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:38:30.48ID:9P/hNGL80
>>1
嘘つきアンケート
171名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:39:07.01ID:hi4KpDCv0
>>1  共産主義者のアカが工作やりだしたー

水俣病の系譜(コリアンプリンセスベイビー像)小和田<丶`Д´>アイゴー 天皇なんて要らん

外国勢力・ユダヤ国際金融が抗日テロ( `ハ´)臓器狩り<丶`∀´>移民と内乱で皇紀2679年日本をゴタゴタにする気満々だろう

  なーにが命令する平和 == 令和  ← 革命暴動内乱の予兆!

206名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:43:22.83ID:hi4KpDCv0
>>1  国内勢力の悪 == 日本共産党、部落、総連民団ザイニチ、琉球、アイヌ、日弁連、<丶`∀´>宗教統一ソウカ、やNPO・NGO、全学連、革マル、自治労

【国家分断独立を意識刷り込み工作】

 堀江氏がプロデュース HBC「北海道独立宣言」【大樹】 2019/4/10
  堀江貴文氏がプロデュースするテレビ番組「北海道独立宣言」が10日午前0時27分から、北海道放送(HBC)でスタートする。

  企画の第1弾と、大樹町を舞台に男女6人の若者が共同生活をしながら、100日間でレストラン開業を目指す。

226名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
当たり前の数字だな

女系かどうかはともかくも、女性天皇にかんしては何も問題が無い
愛子さん、まこさん、かこさんもいる。女性宮家も当然賛成となるだろう。

小泉政権はたしか女性宮家をすすめるかんじじゃなかったかな?
それに比べて安倍は本当にダメだな

271名前:名無しさん@1周年ID:
>>226
>愛子さん、まこさん、かこさんもいる。女性宮家も当然賛成となるだろう。

一生独身なら今のままだろ。
宮家をつくるんだったら見づ知らずの男が入ってくるだろ。これで皇統断絶。

231名前:名無しさん@1周年ID:
>>1 >>2 >>3

https://ja.wikipedia.org/wiki/藤原惟通
惟通が没した後も、彼の母(式部の継母にあたる)と妻子は帰京せずに常陸国にとどまった。これは常陸に惟通とその一族が
所有する荘園があったことを意味している。惟通が没した年の寛仁4年(1020年)閏12月26日、惟通の未亡人が平為幹に強姦
されるという事件が起こった。惟通の母の訴えにより、為幹は逮捕されて身柄を拘束されたが、翌年には赦免されている。

235名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:47:17.67ID:1KBZ6o8S0
>>1
調査対象は、どこでやったのかね?
267名前:名無しさん@1周年ID:
>>1

ID:2catR9x/0
しつこい

281名前:名無しさん@1周年ID:
>>267
在日チョンは頭の病気だからコピペ止まらないよw
295名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:01:01.12ID:kPAr+QSg0
>>1
どこの誰に聞いたのかねぇ
385名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
皮肉な事に祖父、父親が自殺してる小室家こそが女系一家
410名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:13:42.13ID:7/XK01/q0
>>1
本当に衆愚政治だよね
これダメだってまずいよさすがに
475名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:20:08.55ID:hi4KpDCv0
>>1 
孝明天皇の次の継承1位だった有栖川宮熾仁親王

の落胤(妾腹)の出口王仁三郎を、治安維持法の冤罪で弾圧した”北朝を騙る南朝・大室寅之助の天皇家”

523名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
日本人はここまでアホになったのか
天皇について少しは勉強しろや
563名前:名無しさん@1周年ID:
>>523
安部ちょん支持しているようなヤツをそんなにディスってやるなよw
525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

529名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:25:20.42ID:hi4KpDCv0
>>1 
【ch北海道】次期天皇陛下を取り巻く闇/拉致被害者家族会の悲痛な思いが良くわかる声明[H31/2/18]
youtube.com /watch?v=x6JJQChD6Mw

 アホ次期天皇と創価学会の癒着 == 世界水フォーラム 水商売利権

  <天照大御神や神武天皇に対する逆賊・悪>
ユダヤワンワールドNWO →→ ( `ハ´)<丶`∀´>本国 →→ 部落、ザイニチ →→ 女系工作の日本国解体 →→ ( `ハ´)日本自治区

545名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:27:30.00ID:4piIh3/l0
>>1
そもそも女系天皇と女性天皇を並べてる時点で恣意的なアンケートじゃないかな?
元url辿ってもアンケート内容が記載されてないからわからんけど。
そういう点でこれは世論調査の使い方として最低な記事だな
556名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

559名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

562名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

Kincri@Kincri4
2月25日
元公卿や旧藩主を中心とする華族を復活して良いし、華族院を第二院にしても良い。そこには日本の歴史の中の「伝統」
の良い面が残っている。

お菓子なやつ@open_wagashi
2月16日
そういう風な旧華族の復活だけだと問題視される可能性がありますから、上記のような法の下の平等に反していませんよ、
という形で復活させれば法的には問題はないのではないかと。

ロックマン@famishushu
2月8日
「不敬罪」を復活させていただきたく願います。
枢密院や華族など皇族に重要な方々を今一度復活させていただきたく存じます。

大和守@日韓断交を!@nihonwomamorou
2月1日
皇室をお護りするためには、華族制度の復活なども検討に値すると思います

清新明朗な加賀内閣@hirataitaisho
2011年8月17日
西園寺(侯爵→公爵・清華家)が近衛(公爵・摂家)を上座に座らせてたって話が有るな。軍隊じゃ星の数よりメシの数かも知らんけど、華族じゃやっぱ爵位と江戸以前の家格。
旧大名・公家のなかには、伊藤・山縣のような功績華族・軍人華族を嫌う風があったともいう。

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

564名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

569名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

573名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

男系男子にこだわるのであれば、現皇族女子の「たね馬専用の平民婿」として結婚し平民として現皇族女子を支えるか、平民色がつく前の6歳程度で養子になるぐらいの論であればまだ理解はできる
成人してからの皇族復籍と宮家当主と称号、旧宮家の戦前復帰・戦前回帰に固執するのは、それが莫大な利益を生む鉱脈であり、法律を超えた特権となる事を見越しての事だろう

旧皇族男子の平民の中には現皇族女子と結婚したくないものが多い可能性もあるが、現皇族を追い出すことが宮家の成立に必須条件と考えているフシはある
皇族や華族への復帰という点だけが本音で、それ以外はどうでも良いなし崩し的な印象がある
そのためには現皇族を追い出すことも辞さないわけで、ある意味では革命家じみたところもある

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

576名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

渡来思想である仏教に挑んで敗者となり奴隷となった神の子孫物部氏や、世界を霊力で征服する予定だった「神の子神武天皇」の子孫である「現人神」が
天候関係なくサングラス着用で田舎者が好きそうなコーンパイプでタバコ中毒の肥満中年の一軍人に、取り巻きの高齢者重臣と一緒に命乞いをして身分維持・制度維持
のバーターとして憲法9条という信じがたい悪法を制定し国を売り渡すとは、反科学的で合理的な思考のできない頭の出来が悪い愛国火病には到底予想できず、戦後70年経過しても理解できないのだろう
まさに神話が作られた瞬間と言える

人間なら失敗するので敗北後に命乞いのため売国をした点は理解できるが、神の子孫がこの体たらくなら「自称神の子孫」「偽の神の子孫」だったと判断すべきなのか、
排泄物、目くそ・鼻くそや嘔吐物で出産し嬰児を殺害するイザナギ・イザナミの子孫であればこの程度で納得と思うかは信仰心にもよるだろう

ちなみにイザナギからアマテラス、間をはさんで神武天皇という系譜なので神武天皇は女系から正統性を得たと言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/現人神
なお陸軍中将であった石原莞爾は日蓮主義の見地から独特の終末論的な世界観を持っていたが、著書の
『戦争史大観』(1941年)には「人類が心から現人神の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。」
「更に端的に云えば、現人神たる天皇の御存在が世界統一の霊力である。しかも世界人類をしてこの信仰に達せしむる」としている。
本書は用紙統制・出版統制が行われている中で検閲を通過して出版されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第9条
本条の淵源
本条の淵源については、立法経緯が複雑であることもあって様々な議論がある[12]。憲法9条の発案におb「て、その背景bノあった、
主な動機は、「連合国が参加する極東委員会の中の、中華民国・オーストラリア・フィリピン・ソビエト社会主義共和国連邦などの
国家や、アメリカ国内世論[13][14]からの『天皇制の保持』に対する批判を逸らす為であった。」という見解で、日本人もアメリカ人
の学者も一致する傾向がある、とされる[15]。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

589名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

品性下劣で野卑であり品格欠如の俗悪神が登場するために学校では教えられない日本神話を知れば、排泄物の神達が生殖し、犯罪し放題の暴れん坊(自称)神の子孫がいる島国の土人習俗・因習のために数百万人が死んでいったことに無知だった連中は驚くだろう
過去の失敗の学習能力があるのであれば繰り返すわけはないが、日本には今だに中世儒教土人が住み着いているようで、こうした連中は成長がみられないなら精神レベルが同じ隣国に国外追放をするか、殺処分しか処理方法がないだろう

共産主義者が資産の平等と主張するなら脊髄反射で詐欺と批判するのは理解できるが、普通の学生やまともな学者が法の下の平等や自由主義国家の常識である人権を語るだけでもチョンとか共産主義者と
レッテル貼りをするような連中がいることで、まだ日本に儒教土人が多くいることが確認でき、その中に自称特権階級がいたことは意外な発見と言える

日本国憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

旧門閥貴族・旧皇族の平民の中に、いまだに身分や血筋、性別や出身で特権があると主張したり、人間を分類して差別するような連中が一部いるが、これの幼稚さに気づけない点で精神修養の余地は多いにあるだろう
向学心の無い血筋しか誇れるものがいない劣等感の持ち主だから改善はおそらく見込めず精神修養をしても無駄かもしれないが、それでも魂が生まれ変われる可能性はゼロではない
身分差別のない法の下の平等とは恩恵であり、これを罵ったり男女同権を制定したGHQに呪詛を吐くようでは、日本神話に出てくる生活廃棄物の自称神と大して変わらない古代の土人酋長の幻想と過去の栄華にいまだに生きているということだ

現行憲法の法の下の平等、身分・性別・その他差別の禁止、貴族の禁止をどうしても受け入れられないなら、朝鮮朱子学を奉じるお隣の国にいけば良いのだが、儒教土人の自称門閥一族の国外出奔を誰も止めはしないだろうし二度と返ってくる合理的必然は現行憲法の日本にはない
日本中から煙たがれも、どうしても日本に住みたいなら、未来は決して低能中世土人に優しくないことを理解すべきだろう

548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

703名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
安倍のせいで完全にマスコミの調査結果をねつ造するシステムが出来上がったな。
女性天皇はともかく女系があり得んし、賛成が多いわけもない。
148名前:名無しさん@1周年ID:
>>700 >>701 >>702 >>703 >>704 >>705 >>706

なぜ水戸藩だけが戦前日本の集団中庸パニック症候群に酷似した状況に陥ったかだが、幕府に近い大藩というだけでなく名門中の名門、
門閥の血筋の藩主と藩士達が主導する正統学問の中心という自負と特権意識による藩内序列、血統序列のマウンティング抗争が勃発したからだろう
その根本原因は朝鮮朱子学が(儒教的祖霊信仰・始祖信仰の)神道と結び合わさったのが原因と推定できる

伊藤博文、山県有朋は名門どころか社会の底辺出身であり朱子学の身分差別からは這い上がるべきでない下民であったし、さらに賊軍・朝敵になった後は初期の(上級武士による)朱子学色は払拭され陽明学ないし西洋的リアリズムで
軍事クーデターによって国体も含めて政権をひっくり返すという意識が芽生えたわけであり、尊皇攘夷もあっさり捨て、政権奪取後の天皇親政運動も封殺した

薩摩も逆賊・朝敵である長州と同盟をする点において大義名分からかけ離れ、幕府を滅ぼすことに熱中し、王政復古より幕府の滅亡を優先し政治的協議でなくリスクの高い内戦を選んだ

福沢諭吉「我が国の人民は,数百年の間,天子あるを知らず、唯これを口碑に伝ふるのみ。維新の一挙以て政治の体裁は数百年の古に復したりと称すと雖も、王室と人民との間に至密の交情あるに非ず」

維新以前は天子の認知度は低かったが、廃藩置県があっさり通った段階で五箇条の御誓文は忘れ去られており、明治天皇と宮中、側近の天皇親政運動(五箇条の御誓文とは全く正反対の儒教原理主義)はその流れを象徴した
現実は伊藤博文と山県有朋は、世襲カリスマである明治天皇の意向をいつでもひっくり返す軍事力を持つだけでなく、国民と皇室が疎遠な事を理解して、大義名分論の天皇親政を退けた現実主義者だったと言える

伊藤や山県の死後、薩長では天皇や側近に薄気味悪さを感じさせる(怯えさせる)ような人材を輩出しておらず、教育勅語で元田永孚(熊本藩の上級武士出身)がしかけた時限爆弾に
よって国論の儒教化・朝鮮朱子学化の圧力が急速に強まっていくことになる。朝鮮朱子学の暴走の歯止めとなっていた明治の元勲が消えたことで、止め金が失われたわけだ

753名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
憲法改正手続きによる国民投票を提案しないで
女性/女系天皇を煽るのは皇室破壊テロだ!

確かに、皇室典範はひとつの法律に過ぎないが、「第一章 皇位継承」(男系男子が継承)は憲法上の国民の総意として確定しているから、
これを変更するには国民投票で新たな国民の総意を確認する必要がある。

「第二章 皇族は」第一章の下位規定であるから法律改正手続き(国民投票なし)で変更できる。

女性天皇、女系天皇は憲法事項。
旧宮家復帰は法律事項。

167名前:名無しさん@1周年ID:
>>750 >>751 >>752 >>753 >>754 >>755 >>756

北一輝の問題点は日蓮宗であったことでなく、辛亥革命に参加したエキスパートを名刺代わりにしていたのに肝心の革命技術において名前倒れだったことだ
また日蓮宗がクーデターで今後用いられる可能性はほぼゼロに近い。なぜなら神風・神洲伝説は終わったのであり、日本は極東の弱小国に戻り、
確固とした説のないチャラい教義の島国カルトで有力国との関係を維持・構築するのは不可能だからだ

二・二六事件の将校のうち少数が北一輝との師弟関係的なもので、北一輝の思想は参考程度だったと考えるほうが現実的だろう

青年将校は窮乏する社会との関わりから得た義憤やルサンチマンは持っていたとしても指針がなかった
北一輝は革命オタクとして明治維新の第三革命(失敗した西郷隆盛の第二革命のやり直し)を提供したわけだが、青年将校側に必要なのは大まかな枠組みではな
く失われた明治維新のノーハウであり、それを埋められるのは、辛亥革命に参加した北一輝しかいない

しかし北一輝はあくまで辛亥革命のサポーターであり、外国人である北一輝は当事者・責任者とは言えないし、本物の革命家である孫文は
米国式の信奉者であるため、北一輝とは相容れない。孫文を批判しているが、孫文ほどの能力が北一輝にあったかは疑わしい

北一輝の過剰評価・過剰な名声が合わさったことで、二・二六事件はおかしな方向にいった
小手先的に天皇親政を掲げるのは、朝鮮朱子学土人の心を安心させる一時的効果しかない。明治維新の例でいえば最悪の状況では朝廷に射撃・砲撃をしたり、
長州や薩摩は裏で天皇を毒殺しかねないほどの危険人物を揃えていた (実際に実行したかは知らないが最後まで長州討伐にこだわった孝明天皇のヒ素暗殺説もある)、
足利尊氏や鎌倉幕府は島流しにして差し替えるぐらいの緊迫感があるのに、 北一輝の天皇親政論には合理主義が徹底されているとは言えない

名前の通り「一揆(一輝)」であれば徳政令や米の配給・分配、フランス革命であればパンという明確なゴールがあるため、分かりやすかったが、
大風呂敷をたたんで限定的な直訴でもなく、いまいち悪目立ちばかりして、青年将校の足を引っ張っていた感も拭えない

二・二六事件は今後軍事クーデターがおきる際の失敗例として研究対象となることは間違いないが、北一輝と青年将校が明治維新の事例を踏襲していたのならば
真っ先にやるべきことは余計な政治テロは一切せずに皇居への進軍と、堀によって囲まれ脱出しにくい旧江戸城・皇居の包囲と皇室の身柄確保、さらに皇居を人質にとって他軍の介入排除および統制派の殺処分だ
そして身の危険を感じても天皇が新憲法に同意しない場合は孝明天皇コースとなる

804名前:名無しさん@1周年ID:
>>1
愛子さまが皇統男系男子と結婚して男子を産めばその子は徳仁天皇の皇長孫だから、
秋篠宮父子より継承順位が上になると解釈できる。

・・・・・・・・
(皇室典範)
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
第二条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。

一 皇長子
二 皇長孫
三 その他の皇長子の子孫
四 皇次子及びその子孫
五 その他の皇子孫
六 皇兄弟及びその子孫
七 皇伯叔父及びその子孫

・・・徳仁天皇即位後は・・・
秋篠宮と悠仁親王は、
第二条「 六」 皇兄弟及びその子孫

・・・・・・・・
皇長子・・・ [天皇の長男または長女] ・・・愛子さまは男系女子だから皇位継承資格はない。

皇長孫・・・ [天皇の長男または長女の子(男または女)] ・・・徳仁天皇の男孫は男系男子だから皇位継承資格がある。

(皇室典範)
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

174名前:名無しさん@1周年ID:
>>800 >>801 >>802 >>803 >>804 >>805 >>806

イザナギの逃走秘話には小便をして川を作り「小便大河」によってイザナミを阻もうとしたとされるものも含まれる
日本の神話・伝説やらを調べた連中は、新生児殺しや、小便や大便の子孫(金山彦?ミヅハノメ?)
と考えるのは嫌だったので、古来からそっと記憶を封印(禊?)していたと想像する

天皇家だけでなく、数千年間の血の攪拌によって日本人もイザナギ・イザナミの子孫と言えるため
日本人の先祖の中には直系ではないものの大便や小便、嘔吐物から生まれたものがいたと類推できる

ベルギーの小便小僧は爆弾の火消しをした英雄らしいが、大人が小便大河で妻の霊と配下のモンスター軍団から逃げ切ろうとしたという挿話が記憶から消去されたのは致し方ない部分もある

神道が先祖霊信仰であるのに仏教と習合し、さらに儒教、そして明治に朝鮮朱子学と取り入れていったのは、ある意味では教義が開放的であったとも言えるが、裏を返せば古代・中世の日本人は割り切っていた部分があったと考える

https://ja.wikipedia.org/wiki/イザナミ
火の神軻遇突智(迦具土神・カグツチ)を産んだために陰部に火傷を負って病に臥せのちに亡くなるが、その際にも尿や糞や吐瀉物から神々を生んだ。
そして、カグツチはイザナギに殺された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/イザナギ
アマテラスやスサノオ等多くの神の父神であり、神武天皇の7代先祖とされている。

902名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)14:12:36.51ID:H9mX48Hf0
>>1
女系やるぐらいなら廃止でいい
204名前:名無しさん@1周年ID:
>>901 >>902 >>903 >>904 >>905 >>906 >>900

タマノオ@c9171e_tama
2018年4月5日
日本神話は神が家で脱糞し神が殺した馬を女に見せつけて脅かし神がキレて引きこもり神が
ストリップショーでテン上げし神が神を拷問の末放逐するクソミソてんこ盛りてんやわんや
ハチャメチャストーリーやぞ、何が穢れやねん

tcg@katze666
2016年7月13日
とりあえず困ったら脱糞しとくのが日本神話

もつ(もちゅう)@mothu05
2016年5月7日
日本神話といえば天照大神の岩戸隠れだけど
ひきこもりの原因が、弟がママに会いたくて荒くれた上に脱糞したからで
さらにそれをストリップダンスでひきこもりをおびき寄せるというなかなか奇抜な展開

211名前:名無しさん@1周年ID:
>>902 >>903 >>904 >>905 >>906 >>900 >>901

タマノオ@c9171e_tama
2018年4月5日
日本神話は神が家で脱糞し神が殺した馬を女に見せつけて脅かし神がキレて引きこもり神が
ストリップショーでテン上げし神が神を拷問の末放逐するクソミソてんこ盛りてんやわんや
ハチャメチャストーリーやぞ、何が穢れやねん

tcg@katze666
2016年7月13日
とりあえず困ったら脱糞しとくのが日本神話

もつ(もちゅう)@mothu05
2016年5月7日
日本神話といえば天照大神の岩戸隠れだけど
ひきこもりの原因が、弟がママに会いたくて荒くれた上に脱糞したからで
さらにそれをストリップダンスでひきこもりをおびき寄せるというなかなか奇抜な展開

982名前:名無しさん@1周年ID:
>>7 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6

男尊女卑・家父長制は古代文明に共通している
ユダヤ教や初期キリスト教では、平民の性差別については比較的緩やかだったが(男も女も神のイメージから作られたという創世神話のため、ただしキリスト教・パウロは創世記をファンタジーとしているため寓話的解釈)、
古代文明の標準モデルとなる古代ギリシャアテネは男性優位であり、そのギリシャから模倣したローマと一体化するためにローマの習俗に合わせた結果として、現代に引き継がれた面がある

バチカンの教皇(この教皇という翻訳もラテン語・ギリシャ語ではパパに過ぎないので明らかな誤訳であり教父がよりまともな意訳)は世襲制ではなく選挙制であるため、男であれば生まれに関係なく誰でもなれる
女が教皇になれないのは、宗教的というより(男尊女卑が標準だった)ローマ市民だったパウロに起因する(男女平等を掲げればここまで成長する宗教にはなっていない)ところが大
きいので他のキリスト教宗派では男しか司祭・牧師になれないという縛りは絶対ではない

また初期キリスト教では女性指導者が多いという逆転現象がおきており、神の下における男女平等を支持する派閥(主流派)と、男女差別(伝統的な男女の役割維持、主に福音派)を支持する派閥の2つが
罵倒しあう状況が長く続いてきた。バチカンはこの2つのうちでは宗教的伝統となる聖職者の生涯独身・妻帯禁止、男性司祭を支持するが、人権については主流派のスタンスであるため
政治的なスタンスが誤解されやすい傾向がある

古代ギリシャアテネでは女性はおおむね男尊女卑下にあり奴隷か女かというぐらい劣ったイメージがあったとされる
中でも巫女や宗教系の職業や王族・門閥貴族だけに確保される役職は例外だったが、それが平民の女性のステータスにまで波及することは皆無であり、中近東の古代において男女平等を目指した
文化はシュメール文明だけとされている

卑弥呼を代表とする日本の巫女も同じであろうと考えるが、古代では巫女は国王の子女や貴族・有力者の娘がなることが多かったため、国王や貴族が神の生まれ変わりとして
超能力を持っていたと信じられている古代では巫女の地位が高いのはあたりまえであり、巫女・女性聖職者のステータスが底辺にまで波及するのは近代になるまでは無かったと考えて良い

2名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:17:09.07ID:39EM/EYU0
小室圭さんがひとこと↓
59名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

あまりY染色体にこだわるのもどうかとは思うが
ホールゲノムからすれば、Y染色体は超ミニサイズの配列に過ぎない

https://gizmodo.com/the-y-chromosome-is-tiny-how-did-it-get-that-way-1702729542
>Once upon a time, before mammals evolved, X and Y chromosomes behaved like every other chromosome in a cell.
>They looked exactly the same. They carried versions of the same genes. And they could interact with each other,
>swapping chunks of genetic material during the early stages of meiosis, the biological process that builds sperm or eggs.

Y染色体上の遺伝子数は78しかないとされており、配列の大半は使われることもない

ホールゲノムからすれば、娘の方が親と遺伝子を共有するのはあたり前であり、遠い親戚は(日本人という)同グループ内の他人と言って良い

66名前:名無しさん@1周年ID:
>>2
愛子たらし込んだ方が良かったかなぁ
103名前: 【ぎしあん】 ID:
>>66
紀子は見事に秋篠をたらし込んだからなw
75名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂

一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に
「和魂は王身(みついで)に服(したが)ひて寿命(みいのち)を守らむ。荒魂は先鋒(さき)として師船
(みいくさのふね)を導かむ」という神託があったとある[1]。また、神代には、大国主命のもとに「吾(あ)
は是汝(これいまし)が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある[1]。『古事記』では、
神宮皇后が、「墨江大神(すみのえのおおかみ)の荒御魂」を国守神(くにもりのかみ)として新羅に祀ったとある[1]。

だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動すること
があるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。一霊四魂説は、本田親徳とその後継者たちの神学的な解釈
から生み出されたとみることもできる。 なお本居宣長は、「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」
に、三輪山の神は大国主命の和魂だとあることなどを根拠に、魂には大きく荒魂と和魂の2種があり、和魂にはさら
に幸魂と奇魂の働きがあるとしており、四魂としてまとめてみるようなことはしていない

近世になって、一霊四魂は本田霊学系の後継者によって、古神道の霊魂観として重視され、本田親徳や大本教の
出口王仁三郎、また出口王に三郎の弟子らによって、構造や機能が詳述されていくこととなる。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

82名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/川面凡児
川面 凡児(かわつら ぼんじ、1862年4月29日(文久2年4月1日) – 1929年(昭和4年)2月23日)は、日本の宗教家、神道家。
禊の行法を体系化し、組織的に行なった[1]。現在の神社神道における禊作法は、戦前に川面が行っていたものに基づいている。

思想
川面の思想は、古神道の宇宙観、霊魂観と神人合一法を西洋論理を用いて解き明かそうと試みた点に特色がある。例えば、
荒身魂は肉体、和身魂は意識、直霊は最高意識ととらえ、人間は最高意識が受肉した存在であるから、すべての人間はその意味で
「現人神(あらひとがみ)」であると主張した。(天皇だけが現人神ではない、という主張は注目すべきである) また、
天御中主(あまのみなかぬし)を中心力、高御産霊(たかみむすひ)を遠心力、神御産霊(かむみむすひ)を求心力ととらえ、
この三者のはたらきによって原宇宙が生成されたと説いた。 川面は、古神道の神は、創造神ではなく、生成神であると考えている。
創造神は、創造がある以上終末が訪れることを前提とした限定的な神であるが、生成神には、終末と見える現象はあったとしても、
実際に終末はなく、永遠の生成発展があると考え、古事記の「天壌無窮」説を近代論理を用いて説明しようとした。 川面の主張
する日本民族の神は、一神にして多神、多神にして汎神であり、一神の躍動するはたらきの現れが、多神であり、汎神であるとし、
この構造をもった神を「全神」となづけ、自らの教えを一神教でも多神教でもなく、「全神教」と名付けた。この神のダイナミックな
構造は、およそ二百年後には、西洋にも理解されるようになり、西洋は、多神と祖霊も祀るようになるだろうと予測している。
ただし、神は、知性で論理的に把握しただけでは足りず、体感、体認、体験しなければならないと説き、そのために禊、鳥船、雄
叫び、おころび、祝詞などの一連の身体作法を体系的に行う必要があるとしている。(彼が提唱した禊は、その一連の身体作法の一
部にすぎない。) なお、天皇が宮中でおこなう祭祀と行法が、本来の魂しずめと魂ふりであり、川面の祭祀と行法は、それから派生
した傍流であると位置づけている。(『宇宙の大道を歩む』より抜粋)

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

84名前:名無しさん@1周年ID:
>>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤
平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5年8月24日(1776年10月6日) – 天保14年閏9月11日(1843年11月2日))
は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。

復古神道の成立
その霊の安定を神道に求めたのであり、それゆえ、神道は従来以上に宗教色を強めたのである[6]。ここで篤胤は、
天主教(キリスト教)的天地創造神話と『旧約聖書』的な歴史展開を強く意識しながら、天御中主神を創造主とする、
きわめて首尾一貫した、かつ儒教的・仏教的色彩を完全に排除した復古神道神学を樹立したのであった[3]。篤胤によれ
ば、天・地・泉の3つの世界の形成の事実、そしてそれについての神の功徳、それは「御国(みくに)」すなわち日本が
四海の中心であり、天皇は万国の君主であるということを、国学を奉ずる学徒の大倭心の鎮として打ち立てた柱、それ
が「霊の真柱」なのであった[2]。

出定笑語
平田は『出定後語』の理論を借用して『出定笑語』を書き、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前、
1820年代、1830年代、1840年代の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動、さらには廃仏毀釈の思想原理になった[16]。

民族宗教の体系化
復古神道においては、日本の「国産み」においてこそ天地創造がおこなわれる。日本は「よろずの国の本つ御柱(みはしら)た
る御国(みくに)にして、万の物、万の事の万の国にすぐれたるものといわれ、また掛(かけ)まくも畏(かしこ)き我が
天皇命(すめらみこと)は万の国の大君(おおきみ)にましますこと」が自明のこととして主張される[3]。

篤胤は、村落の氏神社への信仰や祖先崇拝といった、従来、人びとが日常レベルで慣れ親しんできた信仰に、記紀神話の再編に
もとづくスケールの大きい宇宙論を結びつけ、さらに幽冥界での死後安心の世界を提示した[10]。

幽冥論
また、現世は仮の世であり、死後の世界こそ本当の世界であるとした。これはキリスト教の影響である。篤胤は、キリスト教の
教典も、『古事記』や仏典などと同じように古の教えを伝える古伝のひとつとして見ていたのである。

「御国の御民」論と「みよさし」の論理
一方、現実には神孫たる天皇と将軍を頂点とする支配体制とをいかに整合していくかが求められるが、これについては、
「みよさし(委任)」の論理が用いられた[3][10]。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

86名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤

平田国学・復古神道が立論の根拠にしたのは古伝であったが、『古事記』などの古典に収載された古伝説に
は齟齬や矛盾、非合理がふくまれているため、篤胤は古伝説を主観的に再構成した自作の文章を注解すると
いう手法を用いて論を展開した[9]。また、古伝の空白箇所を埋めるために、天地開闢は万国共通であるはず
だという理由から諸外国の古伝説にも視野を広げた[9]。古伝説によって宇宙の生成という事実を解明し、幽冥界
の事実を明らかにしていくのが彼の関心であるかぎり、これは自然なことであったが、漢意の排除と
文献学的・考証学的手法の徹底を旨としてきた本居派からすれば、かれの手法は邪道であり、逸脱にほかな
らない[9][11]。しかし、篤胤はそもそも古代研究を自己目的にしていたのではなかった[3]。彼は、自身も含め
た近世後期を生きる当時の日本人にとって神のあるべき姿と魂の行方を模索したのであり、そこで必要な神学
を構築するためにこそ『古事記』『日本書紀』その他の古典および各社にのこる祝詞を利用したのである[3]。
『霊能真柱』は篤胤にとって分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居派の門人達は、この著作の幽冥観に
ついての論考が亡き宣長を冒涜するものとして憤慨し、篤胤を「山師」と非難したため、篤胤は伊勢松阪の鈴
屋とはしだいに疎遠になっていった。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

89名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂
一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

「一霊四魂」という概念は本田以前には一切文献にはなく、本田独自の霊魂観であるが、
これには西洋のスピリチュアリズムの影響が伺える。 また、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)
の弟子であった出口王仁三郎は、人間の霊魂だけではなく森羅万象がこの一霊四魂から成り立っていると説いている。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

113名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/本田親徳
その霊魂教義は30代半ばに体系化されたとされ神道における霊的側面を理論化し明らかにした。
その内容を大別すると、

神や霊を人に降ろす方法である「帰神法」。
帰神を実現するための精神統一の修行法である「鎮魂法」。
鎮魂で得た力の応用としての「禁厭」からなっていた。
神懸かりには三十六法があること明らかにしお告げであっても、それを鵜呑みにするのではなく、懸かった神霊の階級
や種類やを判別する「審神」(さにわ)を重視した。

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

231名前:名無しさん@1周年ID:
>>1 >>2 >>3

https://ja.wikipedia.org/wiki/藤原惟通
惟通が没した後も、彼の母(式部の継母にあたる)と妻子は帰京せずに常陸国にとどまった。これは常陸に惟通とその一族が
所有する荘園があったことを意味している。惟通が没した年の寛仁4年(1020年)閏12月26日、惟通の未亡人が平為幹に強姦
されるという事件が起こった。惟通の母の訴えにより、為幹は逮捕されて身柄を拘束されたが、翌年には赦免されている。

556名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

559名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

562名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

Kincri@Kincri4
2月25日
元公卿や旧藩主を中心とする華族を復活して良いし、華族院を第二院にしても良い。そこには日本の歴史の中の「伝統」
の良い面が残っている。

お菓子なやつ@open_wagashi
2月16日
そういう風な旧華族の復活だけだと問題視される可能性がありますから、上記のような法の下の平等に反していませんよ、
という形で復活させれば法的には問題はないのではないかと。

ロックマン@famishushu
2月8日
「不敬罪」を復活させていただきたく願います。
枢密院や華族など皇族に重要な方々を今一度復活させていただきたく存じます。

大和守@日韓断交を!@nihonwomamorou
2月1日
皇室をお護りするためには、華族制度の復活なども検討に値すると思います

清新明朗な加賀内閣@hirataitaisho
2011年8月17日
西園寺(侯爵→公爵・清華家)が近衛(公爵・摂家)を上座に座らせてたって話が有るな。軍隊じゃ星の数よりメシの数かも知らんけど、華族じゃやっぱ爵位と江戸以前の家格。
旧大名・公家のなかには、伊藤・山縣のような功績華族・軍人華族を嫌う風があったともいう。

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

564名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

569名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

573名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

男系男子にこだわるのであれば、現皇族女子の「たね馬専用の平民婿」として結婚し平民として現皇族女子を支えるか、平民色がつく前の6歳程度で養子になるぐらいの論であればまだ理解はできる
成人してからの皇族復籍と宮家当主と称号、旧宮家の戦前復帰・戦前回帰に固執するのは、それが莫大な利益を生む鉱脈であり、法律を超えた特権となる事を見越しての事だろう

旧皇族男子の平民の中には現皇族女子と結婚したくないものが多い可能性もあるが、現皇族を追い出すことが宮家の成立に必須条件と考えているフシはある
皇族や華族への復帰という点だけが本音で、それ以外はどうでも良いなし崩し的な印象がある
そのためには現皇族を追い出すことも辞さないわけで、ある意味では革命家じみたところもある

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

576名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

渡来思想である仏教に挑んで敗者となり奴隷となった神の子孫物部氏や、世界を霊力で征服する予定だった「神の子神武天皇」の子孫である「現人神」が
天候関係なくサングラス着用で田舎者が好きそうなコーンパイプでタバコ中毒の肥満中年の一軍人に、取り巻きの高齢者重臣と一緒に命乞いをして身分維持・制度維持
のバーターとして憲法9条という信じがたい悪法を制定し国を売り渡すとは、反科学的で合理的な思考のできない頭の出来が悪い愛国火病には到底予想できず、戦後70年経過しても理解できないのだろう
まさに神話が作られた瞬間と言える

人間なら失敗するので敗北後に命乞いのため売国をした点は理解できるが、神の子孫がこの体たらくなら「自称神の子孫」「偽の神の子孫」だったと判断すべきなのか、
排泄物、目くそ・鼻くそや嘔吐物で出産し嬰児を殺害するイザナギ・イザナミの子孫であればこの程度で納得と思うかは信仰心にもよるだろう

ちなみにイザナギからアマテラス、間をはさんで神武天皇という系譜なので神武天皇は女系から正統性を得たと言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/現人神
なお陸軍中将であった石原莞爾は日蓮主義の見地から独特の終末論的な世界観を持っていたが、著書の
『戦争史大観』(1941年)には「人類が心から現人神の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。」
「更に端的に云えば、現人神たる天皇の御存在が世界統一の霊力である。しかも世界人類をしてこの信仰に達せしむる」としている。
本書は用紙統制・出版統制が行われている中で検閲を通過して出版されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第9条
本条の淵源
本条の淵源については、立法経緯が複雑であることもあって様々な議論がある[12]。憲法9条の発案におb「て、その背景bノあった、
主な動機は、「連合国が参加する極東委員会の中の、中華民国・オーストラリア・フィリピン・ソビエト社会主義共和国連邦などの
国家や、アメリカ国内世論[13][14]からの『天皇制の保持』に対する批判を逸らす為であった。」という見解で、日本人もアメリカ人
の学者も一致する傾向がある、とされる[15]。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

589名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

品性下劣で野卑であり品格欠如の俗悪神が登場するために学校では教えられない日本神話を知れば、排泄物の神達が生殖し、犯罪し放題の暴れん坊(自称)神の子孫がいる島国の土人習俗・因習のために数百万人が死んでいったことに無知だった連中は驚くだろう
過去の失敗の学習能力があるのであれば繰り返すわけはないが、日本には今だに中世儒教土人が住み着いているようで、こうした連中は成長がみられないなら精神レベルが同じ隣国に国外追放をするか、殺処分しか処理方法がないだろう

共産主義者が資産の平等と主張するなら脊髄反射で詐欺と批判するのは理解できるが、普通の学生やまともな学者が法の下の平等や自由主義国家の常識である人権を語るだけでもチョンとか共産主義者と
レッテル貼りをするような連中がいることで、まだ日本に儒教土人が多くいることが確認でき、その中に自称特権階級がいたことは意外な発見と言える

日本国憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

旧門閥貴族・旧皇族の平民の中に、いまだに身分や血筋、性別や出身で特権があると主張したり、人間を分類して差別するような連中が一部いるが、これの幼稚さに気づけない点で精神修養の余地は多いにあるだろう
向学心の無い血筋しか誇れるものがいない劣等感の持ち主だから改善はおそらく見込めず精神修養をしても無駄かもしれないが、それでも魂が生まれ変われる可能性はゼロではない
身分差別のない法の下の平等とは恩恵であり、これを罵ったり男女同権を制定したGHQに呪詛を吐くようでは、日本神話に出てくる生活廃棄物の自称神と大して変わらない古代の土人酋長の幻想と過去の栄華にいまだに生きているということだ

現行憲法の法の下の平等、身分・性別・その他差別の禁止、貴族の禁止をどうしても受け入れられないなら、朝鮮朱子学を奉じるお隣の国にいけば良いのだが、儒教土人の自称門閥一族の国外出奔を誰も止めはしないだろうし二度と返ってくる合理的必然は現行憲法の日本にはない
日本中から煙たがれも、どうしても日本に住みたいなら、未来は決して低能中世土人に優しくないことを理解すべきだろう

548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

877名前:名無しさん@1周年ID:
>>2

小室K
「いずれ私が天皇になります」

362名前:名無しさん@1周年ID:
>>867 >>868 >>869 >>877 >>878 >>879 >>887

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

600名前:名無しさん@1周年ID:
>>858 >>859 >>867 >>868 >>869 >>877 >>857

https://ja.wikipedia.org/wiki/和諧社会
概説
和とは、「和睦」すなわち心を合わせて助け合うことを意味し、諧とは「協調」すなわち衝突がないことを意味する[1]。
様々な社会的矛盾への取組として、和諧社会の建設は、国家戦略の根幹として位置付けられている[1]。2005年胡錦濤は、
地方政府の幹部の討論会の講話において、社会主義和諧社会とは「民主、法治、公平、正義が実現されな誠心友愛にあふれ、
活力に満ち、秩序が安定し、人と自然が互いに調和されている社会である」と述べた[1][5]。

408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

982名前:名無しさん@1周年ID:
>>7 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6

男尊女卑・家父長制は古代文明に共通している
ユダヤ教や初期キリスト教では、平民の性差別については比較的緩やかだったが(男も女も神のイメージから作られたという創世神話のため、ただしキリスト教・パウロは創世記をファンタジーとしているため寓話的解釈)、
古代文明の標準モデルとなる古代ギリシャアテネは男性優位であり、そのギリシャから模倣したローマと一体化するためにローマの習俗に合わせた結果として、現代に引き継がれた面がある

バチカンの教皇(この教皇という翻訳もラテン語・ギリシャ語ではパパに過ぎないので明らかな誤訳であり教父がよりまともな意訳)は世襲制ではなく選挙制であるため、男であれば生まれに関係なく誰でもなれる
女が教皇になれないのは、宗教的というより(男尊女卑が標準だった)ローマ市民だったパウロに起因する(男女平等を掲げればここまで成長する宗教にはなっていない)ところが大
きいので他のキリスト教宗派では男しか司祭・牧師になれないという縛りは絶対ではない

また初期キリスト教では女性指導者が多いという逆転現象がおきており、神の下における男女平等を支持する派閥(主流派)と、男女差別(伝統的な男女の役割維持、主に福音派)を支持する派閥の2つが
罵倒しあう状況が長く続いてきた。バチカンはこの2つのうちでは宗教的伝統となる聖職者の生涯独身・妻帯禁止、男性司祭を支持するが、人権については主流派のスタンスであるため
政治的なスタンスが誤解されやすい傾向がある

古代ギリシャアテネでは女性はおおむね男尊女卑下にあり奴隷か女かというぐらい劣ったイメージがあったとされる
中でも巫女や宗教系の職業や王族・門閥貴族だけに確保される役職は例外だったが、それが平民の女性のステータスにまで波及することは皆無であり、中近東の古代において男女平等を目指した
文化はシュメール文明だけとされている

卑弥呼を代表とする日本の巫女も同じであろうと考えるが、古代では巫女は国王の子女や貴族・有力者の娘がなることが多かったため、国王や貴族が神の生まれ変わりとして
超能力を持っていたと信じられている古代では巫女の地位が高いのはあたりまえであり、巫女・女性聖職者のステータスが底辺にまで波及するのは近代になるまでは無かったと考えて良い

3名前:名無しさん@1周年ID:
1500年以上受け継がれた男系が途絶えても構わないか、
という世論調査も行うべし
59名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

あまりY染色体にこだわるのもどうかとは思うが
ホールゲノムからすれば、Y染色体は超ミニサイズの配列に過ぎない

https://gizmodo.com/the-y-chromosome-is-tiny-how-did-it-get-that-way-1702729542
>Once upon a time, before mammals evolved, X and Y chromosomes behaved like every other chromosome in a cell.
>They looked exactly the same. They carried versions of the same genes. And they could interact with each other,
>swapping chunks of genetic material during the early stages of meiosis, the biological process that builds sperm or eggs.

Y染色体上の遺伝子数は78しかないとされており、配列の大半は使われることもない

ホールゲノムからすれば、娘の方が親と遺伝子を共有するのはあたり前であり、遠い親戚は(日本人という)同グループ内の他人と言って良い

75名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂

一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に
「和魂は王身(みついで)に服(したが)ひて寿命(みいのち)を守らむ。荒魂は先鋒(さき)として師船
(みいくさのふね)を導かむ」という神託があったとある[1]。また、神代には、大国主命のもとに「吾(あ)
は是汝(これいまし)が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある[1]。『古事記』では、
神宮皇后が、「墨江大神(すみのえのおおかみ)の荒御魂」を国守神(くにもりのかみ)として新羅に祀ったとある[1]。

だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動すること
があるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。一霊四魂説は、本田親徳とその後継者たちの神学的な解釈
から生み出されたとみることもできる。 なお本居宣長は、「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」
に、三輪山の神は大国主命の和魂だとあることなどを根拠に、魂には大きく荒魂と和魂の2種があり、和魂にはさら
に幸魂と奇魂の働きがあるとしており、四魂としてまとめてみるようなことはしていない

近世になって、一霊四魂は本田霊学系の後継者によって、古神道の霊魂観として重視され、本田親徳や大本教の
出口王仁三郎、また出口王に三郎の弟子らによって、構造や機能が詳述されていくこととなる。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

82名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/川面凡児
川面 凡児(かわつら ぼんじ、1862年4月29日(文久2年4月1日) – 1929年(昭和4年)2月23日)は、日本の宗教家、神道家。
禊の行法を体系化し、組織的に行なった[1]。現在の神社神道における禊作法は、戦前に川面が行っていたものに基づいている。

思想
川面の思想は、古神道の宇宙観、霊魂観と神人合一法を西洋論理を用いて解き明かそうと試みた点に特色がある。例えば、
荒身魂は肉体、和身魂は意識、直霊は最高意識ととらえ、人間は最高意識が受肉した存在であるから、すべての人間はその意味で
「現人神(あらひとがみ)」であると主張した。(天皇だけが現人神ではない、という主張は注目すべきである) また、
天御中主(あまのみなかぬし)を中心力、高御産霊(たかみむすひ)を遠心力、神御産霊(かむみむすひ)を求心力ととらえ、
この三者のはたらきによって原宇宙が生成されたと説いた。 川面は、古神道の神は、創造神ではなく、生成神であると考えている。
創造神は、創造がある以上終末が訪れることを前提とした限定的な神であるが、生成神には、終末と見える現象はあったとしても、
実際に終末はなく、永遠の生成発展があると考え、古事記の「天壌無窮」説を近代論理を用いて説明しようとした。 川面の主張
する日本民族の神は、一神にして多神、多神にして汎神であり、一神の躍動するはたらきの現れが、多神であり、汎神であるとし、
この構造をもった神を「全神」となづけ、自らの教えを一神教でも多神教でもなく、「全神教」と名付けた。この神のダイナミックな
構造は、およそ二百年後には、西洋にも理解されるようになり、西洋は、多神と祖霊も祀るようになるだろうと予測している。
ただし、神は、知性で論理的に把握しただけでは足りず、体感、体認、体験しなければならないと説き、そのために禊、鳥船、雄
叫び、おころび、祝詞などの一連の身体作法を体系的に行う必要があるとしている。(彼が提唱した禊は、その一連の身体作法の一
部にすぎない。) なお、天皇が宮中でおこなう祭祀と行法が、本来の魂しずめと魂ふりであり、川面の祭祀と行法は、それから派生
した傍流であると位置づけている。(『宇宙の大道を歩む』より抜粋)

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

84名前:名無しさん@1周年ID:
>>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤
平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5年8月24日(1776年10月6日) – 天保14年閏9月11日(1843年11月2日))
は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。

復古神道の成立
その霊の安定を神道に求めたのであり、それゆえ、神道は従来以上に宗教色を強めたのである[6]。ここで篤胤は、
天主教(キリスト教)的天地創造神話と『旧約聖書』的な歴史展開を強く意識しながら、天御中主神を創造主とする、
きわめて首尾一貫した、かつ儒教的・仏教的色彩を完全に排除した復古神道神学を樹立したのであった[3]。篤胤によれ
ば、天・地・泉の3つの世界の形成の事実、そしてそれについての神の功徳、それは「御国(みくに)」すなわち日本が
四海の中心であり、天皇は万国の君主であるということを、国学を奉ずる学徒の大倭心の鎮として打ち立てた柱、それ
が「霊の真柱」なのであった[2]。

出定笑語
平田は『出定後語』の理論を借用して『出定笑語』を書き、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前、
1820年代、1830年代、1840年代の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動、さらには廃仏毀釈の思想原理になった[16]。

民族宗教の体系化
復古神道においては、日本の「国産み」においてこそ天地創造がおこなわれる。日本は「よろずの国の本つ御柱(みはしら)た
る御国(みくに)にして、万の物、万の事の万の国にすぐれたるものといわれ、また掛(かけ)まくも畏(かしこ)き我が
天皇命(すめらみこと)は万の国の大君(おおきみ)にましますこと」が自明のこととして主張される[3]。

篤胤は、村落の氏神社への信仰や祖先崇拝といった、従来、人びとが日常レベルで慣れ親しんできた信仰に、記紀神話の再編に
もとづくスケールの大きい宇宙論を結びつけ、さらに幽冥界での死後安心の世界を提示した[10]。

幽冥論
また、現世は仮の世であり、死後の世界こそ本当の世界であるとした。これはキリスト教の影響である。篤胤は、キリスト教の
教典も、『古事記』や仏典などと同じように古の教えを伝える古伝のひとつとして見ていたのである。

「御国の御民」論と「みよさし」の論理
一方、現実には神孫たる天皇と将軍を頂点とする支配体制とをいかに整合していくかが求められるが、これについては、
「みよさし(委任)」の論理が用いられた[3][10]。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

86名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤

平田国学・復古神道が立論の根拠にしたのは古伝であったが、『古事記』などの古典に収載された古伝説に
は齟齬や矛盾、非合理がふくまれているため、篤胤は古伝説を主観的に再構成した自作の文章を注解すると
いう手法を用いて論を展開した[9]。また、古伝の空白箇所を埋めるために、天地開闢は万国共通であるはず
だという理由から諸外国の古伝説にも視野を広げた[9]。古伝説によって宇宙の生成という事実を解明し、幽冥界
の事実を明らかにしていくのが彼の関心であるかぎり、これは自然なことであったが、漢意の排除と
文献学的・考証学的手法の徹底を旨としてきた本居派からすれば、かれの手法は邪道であり、逸脱にほかな
らない[9][11]。しかし、篤胤はそもそも古代研究を自己目的にしていたのではなかった[3]。彼は、自身も含め
た近世後期を生きる当時の日本人にとって神のあるべき姿と魂の行方を模索したのであり、そこで必要な神学
を構築するためにこそ『古事記』『日本書紀』その他の古典および各社にのこる祝詞を利用したのである[3]。
『霊能真柱』は篤胤にとって分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居派の門人達は、この著作の幽冥観に
ついての論考が亡き宣長を冒涜するものとして憤慨し、篤胤を「山師」と非難したため、篤胤は伊勢松阪の鈴
屋とはしだいに疎遠になっていった。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

89名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂
一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

「一霊四魂」という概念は本田以前には一切文献にはなく、本田独自の霊魂観であるが、
これには西洋のスピリチュアリズムの影響が伺える。 また、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)
の弟子であった出口王仁三郎は、人間の霊魂だけではなく森羅万象がこの一霊四魂から成り立っていると説いている。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

113名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/本田親徳
その霊魂教義は30代半ばに体系化されたとされ神道における霊的側面を理論化し明らかにした。
その内容を大別すると、

神や霊を人に降ろす方法である「帰神法」。
帰神を実現するための精神統一の修行法である「鎮魂法」。
鎮魂で得た力の応用としての「禁厭」からなっていた。
神懸かりには三十六法があること明らかにしお告げであっても、それを鵜呑みにするのではなく、懸かった神霊の階級
や種類やを判別する「審神」(さにわ)を重視した。

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

231名前:名無しさん@1周年ID:
>>1 >>2 >>3

https://ja.wikipedia.org/wiki/藤原惟通
惟通が没した後も、彼の母(式部の継母にあたる)と妻子は帰京せずに常陸国にとどまった。これは常陸に惟通とその一族が
所有する荘園があったことを意味している。惟通が没した年の寛仁4年(1020年)閏12月26日、惟通の未亡人が平為幹に強姦
されるという事件が起こった。惟通の母の訴えにより、為幹は逮捕されて身柄を拘束されたが、翌年には赦免されている。

556名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

559名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

562名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

Kincri@Kincri4
2月25日
元公卿や旧藩主を中心とする華族を復活して良いし、華族院を第二院にしても良い。そこには日本の歴史の中の「伝統」
の良い面が残っている。

お菓子なやつ@open_wagashi
2月16日
そういう風な旧華族の復活だけだと問題視される可能性がありますから、上記のような法の下の平等に反していませんよ、
という形で復活させれば法的には問題はないのではないかと。

ロックマン@famishushu
2月8日
「不敬罪」を復活させていただきたく願います。
枢密院や華族など皇族に重要な方々を今一度復活させていただきたく存じます。

大和守@日韓断交を!@nihonwomamorou
2月1日
皇室をお護りするためには、華族制度の復活なども検討に値すると思います

清新明朗な加賀内閣@hirataitaisho
2011年8月17日
西園寺(侯爵→公爵・清華家)が近衛(公爵・摂家)を上座に座らせてたって話が有るな。軍隊じゃ星の数よりメシの数かも知らんけど、華族じゃやっぱ爵位と江戸以前の家格。
旧大名・公家のなかには、伊藤・山縣のような功績華族・軍人華族を嫌う風があったともいう。

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

564名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

569名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

573名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

男系男子にこだわるのであれば、現皇族女子の「たね馬専用の平民婿」として結婚し平民として現皇族女子を支えるか、平民色がつく前の6歳程度で養子になるぐらいの論であればまだ理解はできる
成人してからの皇族復籍と宮家当主と称号、旧宮家の戦前復帰・戦前回帰に固執するのは、それが莫大な利益を生む鉱脈であり、法律を超えた特権となる事を見越しての事だろう

旧皇族男子の平民の中には現皇族女子と結婚したくないものが多い可能性もあるが、現皇族を追い出すことが宮家の成立に必須条件と考えているフシはある
皇族や華族への復帰という点だけが本音で、それ以外はどうでも良いなし崩し的な印象がある
そのためには現皇族を追い出すことも辞さないわけで、ある意味では革命家じみたところもある

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

576名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

渡来思想である仏教に挑んで敗者となり奴隷となった神の子孫物部氏や、世界を霊力で征服する予定だった「神の子神武天皇」の子孫である「現人神」が
天候関係なくサングラス着用で田舎者が好きそうなコーンパイプでタバコ中毒の肥満中年の一軍人に、取り巻きの高齢者重臣と一緒に命乞いをして身分維持・制度維持
のバーターとして憲法9条という信じがたい悪法を制定し国を売り渡すとは、反科学的で合理的な思考のできない頭の出来が悪い愛国火病には到底予想できず、戦後70年経過しても理解できないのだろう
まさに神話が作られた瞬間と言える

人間なら失敗するので敗北後に命乞いのため売国をした点は理解できるが、神の子孫がこの体たらくなら「自称神の子孫」「偽の神の子孫」だったと判断すべきなのか、
排泄物、目くそ・鼻くそや嘔吐物で出産し嬰児を殺害するイザナギ・イザナミの子孫であればこの程度で納得と思うかは信仰心にもよるだろう

ちなみにイザナギからアマテラス、間をはさんで神武天皇という系譜なので神武天皇は女系から正統性を得たと言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/現人神
なお陸軍中将であった石原莞爾は日蓮主義の見地から独特の終末論的な世界観を持っていたが、著書の
『戦争史大観』(1941年)には「人類が心から現人神の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。」
「更に端的に云えば、現人神たる天皇の御存在が世界統一の霊力である。しかも世界人類をしてこの信仰に達せしむる」としている。
本書は用紙統制・出版統制が行われている中で検閲を通過して出版されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第9条
本条の淵源
本条の淵源については、立法経緯が複雑であることもあって様々な議論がある[12]。憲法9条の発案におb「て、その背景bノあった、
主な動機は、「連合国が参加する極東委員会の中の、中華民国・オーストラリア・フィリピン・ソビエト社会主義共和国連邦などの
国家や、アメリカ国内世論[13][14]からの『天皇制の保持』に対する批判を逸らす為であった。」という見解で、日本人もアメリカ人
の学者も一致する傾向がある、とされる[15]。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

589名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

品性下劣で野卑であり品格欠如の俗悪神が登場するために学校では教えられない日本神話を知れば、排泄物の神達が生殖し、犯罪し放題の暴れん坊(自称)神の子孫がいる島国の土人習俗・因習のために数百万人が死んでいったことに無知だった連中は驚くだろう
過去の失敗の学習能力があるのであれば繰り返すわけはないが、日本には今だに中世儒教土人が住み着いているようで、こうした連中は成長がみられないなら精神レベルが同じ隣国に国外追放をするか、殺処分しか処理方法がないだろう

共産主義者が資産の平等と主張するなら脊髄反射で詐欺と批判するのは理解できるが、普通の学生やまともな学者が法の下の平等や自由主義国家の常識である人権を語るだけでもチョンとか共産主義者と
レッテル貼りをするような連中がいることで、まだ日本に儒教土人が多くいることが確認でき、その中に自称特権階級がいたことは意外な発見と言える

日本国憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

旧門閥貴族・旧皇族の平民の中に、いまだに身分や血筋、性別や出身で特権があると主張したり、人間を分類して差別するような連中が一部いるが、これの幼稚さに気づけない点で精神修養の余地は多いにあるだろう
向学心の無い血筋しか誇れるものがいない劣等感の持ち主だから改善はおそらく見込めず精神修養をしても無駄かもしれないが、それでも魂が生まれ変われる可能性はゼロではない
身分差別のない法の下の平等とは恩恵であり、これを罵ったり男女同権を制定したGHQに呪詛を吐くようでは、日本神話に出てくる生活廃棄物の自称神と大して変わらない古代の土人酋長の幻想と過去の栄華にいまだに生きているということだ

現行憲法の法の下の平等、身分・性別・その他差別の禁止、貴族の禁止をどうしても受け入れられないなら、朝鮮朱子学を奉じるお隣の国にいけば良いのだが、儒教土人の自称門閥一族の国外出奔を誰も止めはしないだろうし二度と返ってくる合理的必然は現行憲法の日本にはない
日本中から煙たがれも、どうしても日本に住みたいなら、未来は決して低能中世土人に優しくないことを理解すべきだろう

548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

982名前:名無しさん@1周年ID:
>>7 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6

男尊女卑・家父長制は古代文明に共通している
ユダヤ教や初期キリスト教では、平民の性差別については比較的緩やかだったが(男も女も神のイメージから作られたという創世神話のため、ただしキリスト教・パウロは創世記をファンタジーとしているため寓話的解釈)、
古代文明の標準モデルとなる古代ギリシャアテネは男性優位であり、そのギリシャから模倣したローマと一体化するためにローマの習俗に合わせた結果として、現代に引き継がれた面がある

バチカンの教皇(この教皇という翻訳もラテン語・ギリシャ語ではパパに過ぎないので明らかな誤訳であり教父がよりまともな意訳)は世襲制ではなく選挙制であるため、男であれば生まれに関係なく誰でもなれる
女が教皇になれないのは、宗教的というより(男尊女卑が標準だった)ローマ市民だったパウロに起因する(男女平等を掲げればここまで成長する宗教にはなっていない)ところが大
きいので他のキリスト教宗派では男しか司祭・牧師になれないという縛りは絶対ではない

また初期キリスト教では女性指導者が多いという逆転現象がおきており、神の下における男女平等を支持する派閥(主流派)と、男女差別(伝統的な男女の役割維持、主に福音派)を支持する派閥の2つが
罵倒しあう状況が長く続いてきた。バチカンはこの2つのうちでは宗教的伝統となる聖職者の生涯独身・妻帯禁止、男性司祭を支持するが、人権については主流派のスタンスであるため
政治的なスタンスが誤解されやすい傾向がある

古代ギリシャアテネでは女性はおおむね男尊女卑下にあり奴隷か女かというぐらい劣ったイメージがあったとされる
中でも巫女や宗教系の職業や王族・門閥貴族だけに確保される役職は例外だったが、それが平民の女性のステータスにまで波及することは皆無であり、中近東の古代において男女平等を目指した
文化はシュメール文明だけとされている

卑弥呼を代表とする日本の巫女も同じであろうと考えるが、古代では巫女は国王の子女や貴族・有力者の娘がなることが多かったため、国王や貴族が神の生まれ変わりとして
超能力を持っていたと信じられている古代では巫女の地位が高いのはあたりまえであり、巫女・女性聖職者のステータスが底辺にまで波及するのは近代になるまでは無かったと考えて良い

4名前:名無しさん@1周年ID:
現代に生きている猿の民意が正義なのか?絶対なのか?
伝統を変えるのならば、祖先の声も聞かねばな
59名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

あまりY染色体にこだわるのもどうかとは思うが
ホールゲノムからすれば、Y染色体は超ミニサイズの配列に過ぎない

https://gizmodo.com/the-y-chromosome-is-tiny-how-did-it-get-that-way-1702729542
>Once upon a time, before mammals evolved, X and Y chromosomes behaved like every other chromosome in a cell.
>They looked exactly the same. They carried versions of the same genes. And they could interact with each other,
>swapping chunks of genetic material during the early stages of meiosis, the biological process that builds sperm or eggs.

Y染色体上の遺伝子数は78しかないとされており、配列の大半は使われることもない

ホールゲノムからすれば、娘の方が親と遺伝子を共有するのはあたり前であり、遠い親戚は(日本人という)同グループ内の他人と言って良い

75名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂

一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に
「和魂は王身(みついで)に服(したが)ひて寿命(みいのち)を守らむ。荒魂は先鋒(さき)として師船
(みいくさのふね)を導かむ」という神託があったとある[1]。また、神代には、大国主命のもとに「吾(あ)
は是汝(これいまし)が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある[1]。『古事記』では、
神宮皇后が、「墨江大神(すみのえのおおかみ)の荒御魂」を国守神(くにもりのかみ)として新羅に祀ったとある[1]。

だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動すること
があるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。一霊四魂説は、本田親徳とその後継者たちの神学的な解釈
から生み出されたとみることもできる。 なお本居宣長は、「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」
に、三輪山の神は大国主命の和魂だとあることなどを根拠に、魂には大きく荒魂と和魂の2種があり、和魂にはさら
に幸魂と奇魂の働きがあるとしており、四魂としてまとめてみるようなことはしていない

近世になって、一霊四魂は本田霊学系の後継者によって、古神道の霊魂観として重視され、本田親徳や大本教の
出口王仁三郎、また出口王に三郎の弟子らによって、構造や機能が詳述されていくこととなる。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

82名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/川面凡児
川面 凡児(かわつら ぼんじ、1862年4月29日(文久2年4月1日) – 1929年(昭和4年)2月23日)は、日本の宗教家、神道家。
禊の行法を体系化し、組織的に行なった[1]。現在の神社神道における禊作法は、戦前に川面が行っていたものに基づいている。

思想
川面の思想は、古神道の宇宙観、霊魂観と神人合一法を西洋論理を用いて解き明かそうと試みた点に特色がある。例えば、
荒身魂は肉体、和身魂は意識、直霊は最高意識ととらえ、人間は最高意識が受肉した存在であるから、すべての人間はその意味で
「現人神(あらひとがみ)」であると主張した。(天皇だけが現人神ではない、という主張は注目すべきである) また、
天御中主(あまのみなかぬし)を中心力、高御産霊(たかみむすひ)を遠心力、神御産霊(かむみむすひ)を求心力ととらえ、
この三者のはたらきによって原宇宙が生成されたと説いた。 川面は、古神道の神は、創造神ではなく、生成神であると考えている。
創造神は、創造がある以上終末が訪れることを前提とした限定的な神であるが、生成神には、終末と見える現象はあったとしても、
実際に終末はなく、永遠の生成発展があると考え、古事記の「天壌無窮」説を近代論理を用いて説明しようとした。 川面の主張
する日本民族の神は、一神にして多神、多神にして汎神であり、一神の躍動するはたらきの現れが、多神であり、汎神であるとし、
この構造をもった神を「全神」となづけ、自らの教えを一神教でも多神教でもなく、「全神教」と名付けた。この神のダイナミックな
構造は、およそ二百年後には、西洋にも理解されるようになり、西洋は、多神と祖霊も祀るようになるだろうと予測している。
ただし、神は、知性で論理的に把握しただけでは足りず、体感、体認、体験しなければならないと説き、そのために禊、鳥船、雄
叫び、おころび、祝詞などの一連の身体作法を体系的に行う必要があるとしている。(彼が提唱した禊は、その一連の身体作法の一
部にすぎない。) なお、天皇が宮中でおこなう祭祀と行法が、本来の魂しずめと魂ふりであり、川面の祭祀と行法は、それから派生
した傍流であると位置づけている。(『宇宙の大道を歩む』より抜粋)

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>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

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>>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤
平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5年8月24日(1776年10月6日) – 天保14年閏9月11日(1843年11月2日))
は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。

復古神道の成立
その霊の安定を神道に求めたのであり、それゆえ、神道は従来以上に宗教色を強めたのである[6]。ここで篤胤は、
天主教(キリスト教)的天地創造神話と『旧約聖書』的な歴史展開を強く意識しながら、天御中主神を創造主とする、
きわめて首尾一貫した、かつ儒教的・仏教的色彩を完全に排除した復古神道神学を樹立したのであった[3]。篤胤によれ
ば、天・地・泉の3つの世界の形成の事実、そしてそれについての神の功徳、それは「御国(みくに)」すなわち日本が
四海の中心であり、天皇は万国の君主であるということを、国学を奉ずる学徒の大倭心の鎮として打ち立てた柱、それ
が「霊の真柱」なのであった[2]。

出定笑語
平田は『出定後語』の理論を借用して『出定笑語』を書き、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前、
1820年代、1830年代、1840年代の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動、さらには廃仏毀釈の思想原理になった[16]。

民族宗教の体系化
復古神道においては、日本の「国産み」においてこそ天地創造がおこなわれる。日本は「よろずの国の本つ御柱(みはしら)た
る御国(みくに)にして、万の物、万の事の万の国にすぐれたるものといわれ、また掛(かけ)まくも畏(かしこ)き我が
天皇命(すめらみこと)は万の国の大君(おおきみ)にましますこと」が自明のこととして主張される[3]。

篤胤は、村落の氏神社への信仰や祖先崇拝といった、従来、人びとが日常レベルで慣れ親しんできた信仰に、記紀神話の再編に
もとづくスケールの大きい宇宙論を結びつけ、さらに幽冥界での死後安心の世界を提示した[10]。

幽冥論
また、現世は仮の世であり、死後の世界こそ本当の世界であるとした。これはキリスト教の影響である。篤胤は、キリスト教の
教典も、『古事記』や仏典などと同じように古の教えを伝える古伝のひとつとして見ていたのである。

「御国の御民」論と「みよさし」の論理
一方、現実には神孫たる天皇と将軍を頂点とする支配体制とをいかに整合していくかが求められるが、これについては、
「みよさし(委任)」の論理が用いられた[3][10]。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

86名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤

平田国学・復古神道が立論の根拠にしたのは古伝であったが、『古事記』などの古典に収載された古伝説に
は齟齬や矛盾、非合理がふくまれているため、篤胤は古伝説を主観的に再構成した自作の文章を注解すると
いう手法を用いて論を展開した[9]。また、古伝の空白箇所を埋めるために、天地開闢は万国共通であるはず
だという理由から諸外国の古伝説にも視野を広げた[9]。古伝説によって宇宙の生成という事実を解明し、幽冥界
の事実を明らかにしていくのが彼の関心であるかぎり、これは自然なことであったが、漢意の排除と
文献学的・考証学的手法の徹底を旨としてきた本居派からすれば、かれの手法は邪道であり、逸脱にほかな
らない[9][11]。しかし、篤胤はそもそも古代研究を自己目的にしていたのではなかった[3]。彼は、自身も含め
た近世後期を生きる当時の日本人にとって神のあるべき姿と魂の行方を模索したのであり、そこで必要な神学
を構築するためにこそ『古事記』『日本書紀』その他の古典および各社にのこる祝詞を利用したのである[3]。
『霊能真柱』は篤胤にとって分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居派の門人達は、この著作の幽冥観に
ついての論考が亡き宣長を冒涜するものとして憤慨し、篤胤を「山師」と非難したため、篤胤は伊勢松阪の鈴
屋とはしだいに疎遠になっていった。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

89名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂
一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

「一霊四魂」という概念は本田以前には一切文献にはなく、本田独自の霊魂観であるが、
これには西洋のスピリチュアリズムの影響が伺える。 また、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)
の弟子であった出口王仁三郎は、人間の霊魂だけではなく森羅万象がこの一霊四魂から成り立っていると説いている。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

113名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/本田親徳
その霊魂教義は30代半ばに体系化されたとされ神道における霊的側面を理論化し明らかにした。
その内容を大別すると、

神や霊を人に降ろす方法である「帰神法」。
帰神を実現するための精神統一の修行法である「鎮魂法」。
鎮魂で得た力の応用としての「禁厭」からなっていた。
神懸かりには三十六法があること明らかにしお告げであっても、それを鵜呑みにするのではなく、懸かった神霊の階級
や種類やを判別する「審神」(さにわ)を重視した。

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

556名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

559名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

562名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

Kincri@Kincri4
2月25日
元公卿や旧藩主を中心とする華族を復活して良いし、華族院を第二院にしても良い。そこには日本の歴史の中の「伝統」
の良い面が残っている。

お菓子なやつ@open_wagashi
2月16日
そういう風な旧華族の復活だけだと問題視される可能性がありますから、上記のような法の下の平等に反していませんよ、
という形で復活させれば法的には問題はないのではないかと。

ロックマン@famishushu
2月8日
「不敬罪」を復活させていただきたく願います。
枢密院や華族など皇族に重要な方々を今一度復活させていただきたく存じます。

大和守@日韓断交を!@nihonwomamorou
2月1日
皇室をお護りするためには、華族制度の復活なども検討に値すると思います

清新明朗な加賀内閣@hirataitaisho
2011年8月17日
西園寺(侯爵→公爵・清華家)が近衛(公爵・摂家)を上座に座らせてたって話が有るな。軍隊じゃ星の数よりメシの数かも知らんけど、華族じゃやっぱ爵位と江戸以前の家格。
旧大名・公家のなかには、伊藤・山縣のような功績華族・軍人華族を嫌う風があったともいう。

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

564名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

569名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

573名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

男系男子にこだわるのであれば、現皇族女子の「たね馬専用の平民婿」として結婚し平民として現皇族女子を支えるか、平民色がつく前の6歳程度で養子になるぐらいの論であればまだ理解はできる
成人してからの皇族復籍と宮家当主と称号、旧宮家の戦前復帰・戦前回帰に固執するのは、それが莫大な利益を生む鉱脈であり、法律を超えた特権となる事を見越しての事だろう

旧皇族男子の平民の中には現皇族女子と結婚したくないものが多い可能性もあるが、現皇族を追い出すことが宮家の成立に必須条件と考えているフシはある
皇族や華族への復帰という点だけが本音で、それ以外はどうでも良いなし崩し的な印象がある
そのためには現皇族を追い出すことも辞さないわけで、ある意味では革命家じみたところもある

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

576名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

渡来思想である仏教に挑んで敗者となり奴隷となった神の子孫物部氏や、世界を霊力で征服する予定だった「神の子神武天皇」の子孫である「現人神」が
天候関係なくサングラス着用で田舎者が好きそうなコーンパイプでタバコ中毒の肥満中年の一軍人に、取り巻きの高齢者重臣と一緒に命乞いをして身分維持・制度維持
のバーターとして憲法9条という信じがたい悪法を制定し国を売り渡すとは、反科学的で合理的な思考のできない頭の出来が悪い愛国火病には到底予想できず、戦後70年経過しても理解できないのだろう
まさに神話が作られた瞬間と言える

人間なら失敗するので敗北後に命乞いのため売国をした点は理解できるが、神の子孫がこの体たらくなら「自称神の子孫」「偽の神の子孫」だったと判断すべきなのか、
排泄物、目くそ・鼻くそや嘔吐物で出産し嬰児を殺害するイザナギ・イザナミの子孫であればこの程度で納得と思うかは信仰心にもよるだろう

ちなみにイザナギからアマテラス、間をはさんで神武天皇という系譜なので神武天皇は女系から正統性を得たと言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/現人神
なお陸軍中将であった石原莞爾は日蓮主義の見地から独特の終末論的な世界観を持っていたが、著書の
『戦争史大観』(1941年)には「人類が心から現人神の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。」
「更に端的に云えば、現人神たる天皇の御存在が世界統一の霊力である。しかも世界人類をしてこの信仰に達せしむる」としている。
本書は用紙統制・出版統制が行われている中で検閲を通過して出版されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第9条
本条の淵源
本条の淵源については、立法経緯が複雑であることもあって様々な議論がある[12]。憲法9条の発案におb「て、その背景bノあった、
主な動機は、「連合国が参加する極東委員会の中の、中華民国・オーストラリア・フィリピン・ソビエト社会主義共和国連邦などの
国家や、アメリカ国内世論[13][14]からの『天皇制の保持』に対する批判を逸らす為であった。」という見解で、日本人もアメリカ人
の学者も一致する傾向がある、とされる[15]。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

589名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

品性下劣で野卑であり品格欠如の俗悪神が登場するために学校では教えられない日本神話を知れば、排泄物の神達が生殖し、犯罪し放題の暴れん坊(自称)神の子孫がいる島国の土人習俗・因習のために数百万人が死んでいったことに無知だった連中は驚くだろう
過去の失敗の学習能力があるのであれば繰り返すわけはないが、日本には今だに中世儒教土人が住み着いているようで、こうした連中は成長がみられないなら精神レベルが同じ隣国に国外追放をするか、殺処分しか処理方法がないだろう

共産主義者が資産の平等と主張するなら脊髄反射で詐欺と批判するのは理解できるが、普通の学生やまともな学者が法の下の平等や自由主義国家の常識である人権を語るだけでもチョンとか共産主義者と
レッテル貼りをするような連中がいることで、まだ日本に儒教土人が多くいることが確認でき、その中に自称特権階級がいたことは意外な発見と言える

日本国憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

旧門閥貴族・旧皇族の平民の中に、いまだに身分や血筋、性別や出身で特権があると主張したり、人間を分類して差別するような連中が一部いるが、これの幼稚さに気づけない点で精神修養の余地は多いにあるだろう
向学心の無い血筋しか誇れるものがいない劣等感の持ち主だから改善はおそらく見込めず精神修養をしても無駄かもしれないが、それでも魂が生まれ変われる可能性はゼロではない
身分差別のない法の下の平等とは恩恵であり、これを罵ったり男女同権を制定したGHQに呪詛を吐くようでは、日本神話に出てくる生活廃棄物の自称神と大して変わらない古代の土人酋長の幻想と過去の栄華にいまだに生きているということだ

現行憲法の法の下の平等、身分・性別・その他差別の禁止、貴族の禁止をどうしても受け入れられないなら、朝鮮朱子学を奉じるお隣の国にいけば良いのだが、儒教土人の自称門閥一族の国外出奔を誰も止めはしないだろうし二度と返ってくる合理的必然は現行憲法の日本にはない
日本中から煙たがれも、どうしても日本に住みたいなら、未来は決して低能中世土人に優しくないことを理解すべきだろう

548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

982名前:名無しさん@1周年ID:
>>7 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6

男尊女卑・家父長制は古代文明に共通している
ユダヤ教や初期キリスト教では、平民の性差別については比較的緩やかだったが(男も女も神のイメージから作られたという創世神話のため、ただしキリスト教・パウロは創世記をファンタジーとしているため寓話的解釈)、
古代文明の標準モデルとなる古代ギリシャアテネは男性優位であり、そのギリシャから模倣したローマと一体化するためにローマの習俗に合わせた結果として、現代に引き継がれた面がある

バチカンの教皇(この教皇という翻訳もラテン語・ギリシャ語ではパパに過ぎないので明らかな誤訳であり教父がよりまともな意訳)は世襲制ではなく選挙制であるため、男であれば生まれに関係なく誰でもなれる
女が教皇になれないのは、宗教的というより(男尊女卑が標準だった)ローマ市民だったパウロに起因する(男女平等を掲げればここまで成長する宗教にはなっていない)ところが大
きいので他のキリスト教宗派では男しか司祭・牧師になれないという縛りは絶対ではない

また初期キリスト教では女性指導者が多いという逆転現象がおきており、神の下における男女平等を支持する派閥(主流派)と、男女差別(伝統的な男女の役割維持、主に福音派)を支持する派閥の2つが
罵倒しあう状況が長く続いてきた。バチカンはこの2つのうちでは宗教的伝統となる聖職者の生涯独身・妻帯禁止、男性司祭を支持するが、人権については主流派のスタンスであるため
政治的なスタンスが誤解されやすい傾向がある

古代ギリシャアテネでは女性はおおむね男尊女卑下にあり奴隷か女かというぐらい劣ったイメージがあったとされる
中でも巫女や宗教系の職業や王族・門閥貴族だけに確保される役職は例外だったが、それが平民の女性のステータスにまで波及することは皆無であり、中近東の古代において男女平等を目指した
文化はシュメール文明だけとされている

卑弥呼を代表とする日本の巫女も同じであろうと考えるが、古代では巫女は国王の子女や貴族・有力者の娘がなることが多かったため、国王や貴族が神の生まれ変わりとして
超能力を持っていたと信じられている古代では巫女の地位が高いのはあたりまえであり、巫女・女性聖職者のステータスが底辺にまで波及するのは近代になるまでは無かったと考えて良い

5名前:名無しさん@1周年ID:
佳子さまなら納得
52名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:26:58.84ID:mlTFSHka0
やめろ!

>>5
お、おう!それならな
しかし旦那はイケメンでエリートしかゆるさん

59名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

あまりY染色体にこだわるのもどうかとは思うが
ホールゲノムからすれば、Y染色体は超ミニサイズの配列に過ぎない

https://gizmodo.com/the-y-chromosome-is-tiny-how-did-it-get-that-way-1702729542
>Once upon a time, before mammals evolved, X and Y chromosomes behaved like every other chromosome in a cell.
>They looked exactly the same. They carried versions of the same genes. And they could interact with each other,
>swapping chunks of genetic material during the early stages of meiosis, the biological process that builds sperm or eggs.

Y染色体上の遺伝子数は78しかないとされており、配列の大半は使われることもない

ホールゲノムからすれば、娘の方が親と遺伝子を共有するのはあたり前であり、遠い親戚は(日本人という)同グループ内の他人と言って良い

75名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂

一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に
「和魂は王身(みついで)に服(したが)ひて寿命(みいのち)を守らむ。荒魂は先鋒(さき)として師船
(みいくさのふね)を導かむ」という神託があったとある[1]。また、神代には、大国主命のもとに「吾(あ)
は是汝(これいまし)が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある[1]。『古事記』では、
神宮皇后が、「墨江大神(すみのえのおおかみ)の荒御魂」を国守神(くにもりのかみ)として新羅に祀ったとある[1]。

だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動すること
があるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。一霊四魂説は、本田親徳とその後継者たちの神学的な解釈
から生み出されたとみることもできる。 なお本居宣長は、「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」
に、三輪山の神は大国主命の和魂だとあることなどを根拠に、魂には大きく荒魂と和魂の2種があり、和魂にはさら
に幸魂と奇魂の働きがあるとしており、四魂としてまとめてみるようなことはしていない

近世になって、一霊四魂は本田霊学系の後継者によって、古神道の霊魂観として重視され、本田親徳や大本教の
出口王仁三郎、また出口王に三郎の弟子らによって、構造や機能が詳述されていくこととなる。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

82名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/川面凡児
川面 凡児(かわつら ぼんじ、1862年4月29日(文久2年4月1日) – 1929年(昭和4年)2月23日)は、日本の宗教家、神道家。
禊の行法を体系化し、組織的に行なった[1]。現在の神社神道における禊作法は、戦前に川面が行っていたものに基づいている。

思想
川面の思想は、古神道の宇宙観、霊魂観と神人合一法を西洋論理を用いて解き明かそうと試みた点に特色がある。例えば、
荒身魂は肉体、和身魂は意識、直霊は最高意識ととらえ、人間は最高意識が受肉した存在であるから、すべての人間はその意味で
「現人神(あらひとがみ)」であると主張した。(天皇だけが現人神ではない、という主張は注目すべきである) また、
天御中主(あまのみなかぬし)を中心力、高御産霊(たかみむすひ)を遠心力、神御産霊(かむみむすひ)を求心力ととらえ、
この三者のはたらきによって原宇宙が生成されたと説いた。 川面は、古神道の神は、創造神ではなく、生成神であると考えている。
創造神は、創造がある以上終末が訪れることを前提とした限定的な神であるが、生成神には、終末と見える現象はあったとしても、
実際に終末はなく、永遠の生成発展があると考え、古事記の「天壌無窮」説を近代論理を用いて説明しようとした。 川面の主張
する日本民族の神は、一神にして多神、多神にして汎神であり、一神の躍動するはたらきの現れが、多神であり、汎神であるとし、
この構造をもった神を「全神」となづけ、自らの教えを一神教でも多神教でもなく、「全神教」と名付けた。この神のダイナミックな
構造は、およそ二百年後には、西洋にも理解されるようになり、西洋は、多神と祖霊も祀るようになるだろうと予測している。
ただし、神は、知性で論理的に把握しただけでは足りず、体感、体認、体験しなければならないと説き、そのために禊、鳥船、雄
叫び、おころび、祝詞などの一連の身体作法を体系的に行う必要があるとしている。(彼が提唱した禊は、その一連の身体作法の一
部にすぎない。) なお、天皇が宮中でおこなう祭祀と行法が、本来の魂しずめと魂ふりであり、川面の祭祀と行法は、それから派生
した傍流であると位置づけている。(『宇宙の大道を歩む』より抜粋)

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

84名前:名無しさん@1周年ID:
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https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤
平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5年8月24日(1776年10月6日) – 天保14年閏9月11日(1843年11月2日))
は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。

復古神道の成立
その霊の安定を神道に求めたのであり、それゆえ、神道は従来以上に宗教色を強めたのである[6]。ここで篤胤は、
天主教(キリスト教)的天地創造神話と『旧約聖書』的な歴史展開を強く意識しながら、天御中主神を創造主とする、
きわめて首尾一貫した、かつ儒教的・仏教的色彩を完全に排除した復古神道神学を樹立したのであった[3]。篤胤によれ
ば、天・地・泉の3つの世界の形成の事実、そしてそれについての神の功徳、それは「御国(みくに)」すなわち日本が
四海の中心であり、天皇は万国の君主であるということを、国学を奉ずる学徒の大倭心の鎮として打ち立てた柱、それ
が「霊の真柱」なのであった[2]。

出定笑語
平田は『出定後語』の理論を借用して『出定笑語』を書き、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前、
1820年代、1830年代、1840年代の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動、さらには廃仏毀釈の思想原理になった[16]。

民族宗教の体系化
復古神道においては、日本の「国産み」においてこそ天地創造がおこなわれる。日本は「よろずの国の本つ御柱(みはしら)た
る御国(みくに)にして、万の物、万の事の万の国にすぐれたるものといわれ、また掛(かけ)まくも畏(かしこ)き我が
天皇命(すめらみこと)は万の国の大君(おおきみ)にましますこと」が自明のこととして主張される[3]。

篤胤は、村落の氏神社への信仰や祖先崇拝といった、従来、人びとが日常レベルで慣れ親しんできた信仰に、記紀神話の再編に
もとづくスケールの大きい宇宙論を結びつけ、さらに幽冥界での死後安心の世界を提示した[10]。

幽冥論
また、現世は仮の世であり、死後の世界こそ本当の世界であるとした。これはキリスト教の影響である。篤胤は、キリスト教の
教典も、『古事記』や仏典などと同じように古の教えを伝える古伝のひとつとして見ていたのである。

「御国の御民」論と「みよさし」の論理
一方、現実には神孫たる天皇と将軍を頂点とする支配体制とをいかに整合していくかが求められるが、これについては、
「みよさし(委任)」の論理が用いられた[3][10]。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

86名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤

平田国学・復古神道が立論の根拠にしたのは古伝であったが、『古事記』などの古典に収載された古伝説に
は齟齬や矛盾、非合理がふくまれているため、篤胤は古伝説を主観的に再構成した自作の文章を注解すると
いう手法を用いて論を展開した[9]。また、古伝の空白箇所を埋めるために、天地開闢は万国共通であるはず
だという理由から諸外国の古伝説にも視野を広げた[9]。古伝説によって宇宙の生成という事実を解明し、幽冥界
の事実を明らかにしていくのが彼の関心であるかぎり、これは自然なことであったが、漢意の排除と
文献学的・考証学的手法の徹底を旨としてきた本居派からすれば、かれの手法は邪道であり、逸脱にほかな
らない[9][11]。しかし、篤胤はそもそも古代研究を自己目的にしていたのではなかった[3]。彼は、自身も含め
た近世後期を生きる当時の日本人にとって神のあるべき姿と魂の行方を模索したのであり、そこで必要な神学
を構築するためにこそ『古事記』『日本書紀』その他の古典および各社にのこる祝詞を利用したのである[3]。
『霊能真柱』は篤胤にとって分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居派の門人達は、この著作の幽冥観に
ついての論考が亡き宣長を冒涜するものとして憤慨し、篤胤を「山師」と非難したため、篤胤は伊勢松阪の鈴
屋とはしだいに疎遠になっていった。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

89名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂
一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

「一霊四魂」という概念は本田以前には一切文献にはなく、本田独自の霊魂観であるが、
これには西洋のスピリチュアリズムの影響が伺える。 また、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)
の弟子であった出口王仁三郎は、人間の霊魂だけではなく森羅万象がこの一霊四魂から成り立っていると説いている。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

113名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/本田親徳
その霊魂教義は30代半ばに体系化されたとされ神道における霊的側面を理論化し明らかにした。
その内容を大別すると、

神や霊を人に降ろす方法である「帰神法」。
帰神を実現するための精神統一の修行法である「鎮魂法」。
鎮魂で得た力の応用としての「禁厭」からなっていた。
神懸かりには三十六法があること明らかにしお告げであっても、それを鵜呑みにするのではなく、懸かった神霊の階級
や種類やを判別する「審神」(さにわ)を重視した。

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

556名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

559名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

562名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

Kincri@Kincri4
2月25日
元公卿や旧藩主を中心とする華族を復活して良いし、華族院を第二院にしても良い。そこには日本の歴史の中の「伝統」
の良い面が残っている。

お菓子なやつ@open_wagashi
2月16日
そういう風な旧華族の復活だけだと問題視される可能性がありますから、上記のような法の下の平等に反していませんよ、
という形で復活させれば法的には問題はないのではないかと。

ロックマン@famishushu
2月8日
「不敬罪」を復活させていただきたく願います。
枢密院や華族など皇族に重要な方々を今一度復活させていただきたく存じます。

大和守@日韓断交を!@nihonwomamorou
2月1日
皇室をお護りするためには、華族制度の復活なども検討に値すると思います

清新明朗な加賀内閣@hirataitaisho
2011年8月17日
西園寺(侯爵→公爵・清華家)が近衛(公爵・摂家)を上座に座らせてたって話が有るな。軍隊じゃ星の数よりメシの数かも知らんけど、華族じゃやっぱ爵位と江戸以前の家格。
旧大名・公家のなかには、伊藤・山縣のような功績華族・軍人華族を嫌う風があったともいう。

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

564名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

569名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

573名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

男系男子にこだわるのであれば、現皇族女子の「たね馬専用の平民婿」として結婚し平民として現皇族女子を支えるか、平民色がつく前の6歳程度で養子になるぐらいの論であればまだ理解はできる
成人してからの皇族復籍と宮家当主と称号、旧宮家の戦前復帰・戦前回帰に固執するのは、それが莫大な利益を生む鉱脈であり、法律を超えた特権となる事を見越しての事だろう

旧皇族男子の平民の中には現皇族女子と結婚したくないものが多い可能性もあるが、現皇族を追い出すことが宮家の成立に必須条件と考えているフシはある
皇族や華族への復帰という点だけが本音で、それ以外はどうでも良いなし崩し的な印象がある
そのためには現皇族を追い出すことも辞さないわけで、ある意味では革命家じみたところもある

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

576名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

渡来思想である仏教に挑んで敗者となり奴隷となった神の子孫物部氏や、世界を霊力で征服する予定だった「神の子神武天皇」の子孫である「現人神」が
天候関係なくサングラス着用で田舎者が好きそうなコーンパイプでタバコ中毒の肥満中年の一軍人に、取り巻きの高齢者重臣と一緒に命乞いをして身分維持・制度維持
のバーターとして憲法9条という信じがたい悪法を制定し国を売り渡すとは、反科学的で合理的な思考のできない頭の出来が悪い愛国火病には到底予想できず、戦後70年経過しても理解できないのだろう
まさに神話が作られた瞬間と言える

人間なら失敗するので敗北後に命乞いのため売国をした点は理解できるが、神の子孫がこの体たらくなら「自称神の子孫」「偽の神の子孫」だったと判断すべきなのか、
排泄物、目くそ・鼻くそや嘔吐物で出産し嬰児を殺害するイザナギ・イザナミの子孫であればこの程度で納得と思うかは信仰心にもよるだろう

ちなみにイザナギからアマテラス、間をはさんで神武天皇という系譜なので神武天皇は女系から正統性を得たと言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/現人神
なお陸軍中将であった石原莞爾は日蓮主義の見地から独特の終末論的な世界観を持っていたが、著書の
『戦争史大観』(1941年)には「人類が心から現人神の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。」
「更に端的に云えば、現人神たる天皇の御存在が世界統一の霊力である。しかも世界人類をしてこの信仰に達せしむる」としている。
本書は用紙統制・出版統制が行われている中で検閲を通過して出版されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第9条
本条の淵源
本条の淵源については、立法経緯が複雑であることもあって様々な議論がある[12]。憲法9条の発案におb「て、その背景bノあった、
主な動機は、「連合国が参加する極東委員会の中の、中華民国・オーストラリア・フィリピン・ソビエト社会主義共和国連邦などの
国家や、アメリカ国内世論[13][14]からの『天皇制の保持』に対する批判を逸らす為であった。」という見解で、日本人もアメリカ人
の学者も一致する傾向がある、とされる[15]。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

589名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

品性下劣で野卑であり品格欠如の俗悪神が登場するために学校では教えられない日本神話を知れば、排泄物の神達が生殖し、犯罪し放題の暴れん坊(自称)神の子孫がいる島国の土人習俗・因習のために数百万人が死んでいったことに無知だった連中は驚くだろう
過去の失敗の学習能力があるのであれば繰り返すわけはないが、日本には今だに中世儒教土人が住み着いているようで、こうした連中は成長がみられないなら精神レベルが同じ隣国に国外追放をするか、殺処分しか処理方法がないだろう

共産主義者が資産の平等と主張するなら脊髄反射で詐欺と批判するのは理解できるが、普通の学生やまともな学者が法の下の平等や自由主義国家の常識である人権を語るだけでもチョンとか共産主義者と
レッテル貼りをするような連中がいることで、まだ日本に儒教土人が多くいることが確認でき、その中に自称特権階級がいたことは意外な発見と言える

日本国憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

旧門閥貴族・旧皇族の平民の中に、いまだに身分や血筋、性別や出身で特権があると主張したり、人間を分類して差別するような連中が一部いるが、これの幼稚さに気づけない点で精神修養の余地は多いにあるだろう
向学心の無い血筋しか誇れるものがいない劣等感の持ち主だから改善はおそらく見込めず精神修養をしても無駄かもしれないが、それでも魂が生まれ変われる可能性はゼロではない
身分差別のない法の下の平等とは恩恵であり、これを罵ったり男女同権を制定したGHQに呪詛を吐くようでは、日本神話に出てくる生活廃棄物の自称神と大して変わらない古代の土人酋長の幻想と過去の栄華にいまだに生きているということだ

現行憲法の法の下の平等、身分・性別・その他差別の禁止、貴族の禁止をどうしても受け入れられないなら、朝鮮朱子学を奉じるお隣の国にいけば良いのだが、儒教土人の自称門閥一族の国外出奔を誰も止めはしないだろうし二度と返ってくる合理的必然は現行憲法の日本にはない
日本中から煙たがれも、どうしても日本に住みたいなら、未来は決して低能中世土人に優しくないことを理解すべきだろう

548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

982名前:名無しさん@1周年ID:
>>7 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6

男尊女卑・家父長制は古代文明に共通している
ユダヤ教や初期キリスト教では、平民の性差別については比較的緩やかだったが(男も女も神のイメージから作られたという創世神話のため、ただしキリスト教・パウロは創世記をファンタジーとしているため寓話的解釈)、
古代文明の標準モデルとなる古代ギリシャアテネは男性優位であり、そのギリシャから模倣したローマと一体化するためにローマの習俗に合わせた結果として、現代に引き継がれた面がある

バチカンの教皇(この教皇という翻訳もラテン語・ギリシャ語ではパパに過ぎないので明らかな誤訳であり教父がよりまともな意訳)は世襲制ではなく選挙制であるため、男であれば生まれに関係なく誰でもなれる
女が教皇になれないのは、宗教的というより(男尊女卑が標準だった)ローマ市民だったパウロに起因する(男女平等を掲げればここまで成長する宗教にはなっていない)ところが大
きいので他のキリスト教宗派では男しか司祭・牧師になれないという縛りは絶対ではない

また初期キリスト教では女性指導者が多いという逆転現象がおきており、神の下における男女平等を支持する派閥(主流派)と、男女差別(伝統的な男女の役割維持、主に福音派)を支持する派閥の2つが
罵倒しあう状況が長く続いてきた。バチカンはこの2つのうちでは宗教的伝統となる聖職者の生涯独身・妻帯禁止、男性司祭を支持するが、人権については主流派のスタンスであるため
政治的なスタンスが誤解されやすい傾向がある

古代ギリシャアテネでは女性はおおむね男尊女卑下にあり奴隷か女かというぐらい劣ったイメージがあったとされる
中でも巫女や宗教系の職業や王族・門閥貴族だけに確保される役職は例外だったが、それが平民の女性のステータスにまで波及することは皆無であり、中近東の古代において男女平等を目指した
文化はシュメール文明だけとされている

卑弥呼を代表とする日本の巫女も同じであろうと考えるが、古代では巫女は国王の子女や貴族・有力者の娘がなることが多かったため、国王や貴族が神の生まれ変わりとして
超能力を持っていたと信じられている古代では巫女の地位が高いのはあたりまえであり、巫女・女性聖職者のステータスが底辺にまで波及するのは近代になるまでは無かったと考えて良い

7名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:19:03.26ID:GzqYy4aN0
そもそも天皇家の昔から続けたことにたいして民主主義適用するのはダメだよな
表と裏の天皇できて南北朝時代がまた始まるだけ
59名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

あまりY染色体にこだわるのもどうかとは思うが
ホールゲノムからすれば、Y染色体は超ミニサイズの配列に過ぎない

https://gizmodo.com/the-y-chromosome-is-tiny-how-did-it-get-that-way-1702729542
>Once upon a time, before mammals evolved, X and Y chromosomes behaved like every other chromosome in a cell.
>They looked exactly the same. They carried versions of the same genes. And they could interact with each other,
>swapping chunks of genetic material during the early stages of meiosis, the biological process that builds sperm or eggs.

Y染色体上の遺伝子数は78しかないとされており、配列の大半は使われることもない

ホールゲノムからすれば、娘の方が親と遺伝子を共有するのはあたり前であり、遠い親戚は(日本人という)同グループ内の他人と言って良い

75名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂

一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に
「和魂は王身(みついで)に服(したが)ひて寿命(みいのち)を守らむ。荒魂は先鋒(さき)として師船
(みいくさのふね)を導かむ」という神託があったとある[1]。また、神代には、大国主命のもとに「吾(あ)
は是汝(これいまし)が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある[1]。『古事記』では、
神宮皇后が、「墨江大神(すみのえのおおかみ)の荒御魂」を国守神(くにもりのかみ)として新羅に祀ったとある[1]。

だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動すること
があるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。一霊四魂説は、本田親徳とその後継者たちの神学的な解釈
から生み出されたとみることもできる。 なお本居宣長は、「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」
に、三輪山の神は大国主命の和魂だとあることなどを根拠に、魂には大きく荒魂と和魂の2種があり、和魂にはさら
に幸魂と奇魂の働きがあるとしており、四魂としてまとめてみるようなことはしていない

近世になって、一霊四魂は本田霊学系の後継者によって、古神道の霊魂観として重視され、本田親徳や大本教の
出口王仁三郎、また出口王に三郎の弟子らによって、構造や機能が詳述されていくこととなる。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

82名前:名無しさん@1周年ID:
>>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2

https://ja.wikipedia.org/wiki/川面凡児
川面 凡児(かわつら ぼんじ、1862年4月29日(文久2年4月1日) – 1929年(昭和4年)2月23日)は、日本の宗教家、神道家。
禊の行法を体系化し、組織的に行なった[1]。現在の神社神道における禊作法は、戦前に川面が行っていたものに基づいている。

思想
川面の思想は、古神道の宇宙観、霊魂観と神人合一法を西洋論理を用いて解き明かそうと試みた点に特色がある。例えば、
荒身魂は肉体、和身魂は意識、直霊は最高意識ととらえ、人間は最高意識が受肉した存在であるから、すべての人間はその意味で
「現人神(あらひとがみ)」であると主張した。(天皇だけが現人神ではない、という主張は注目すべきである) また、
天御中主(あまのみなかぬし)を中心力、高御産霊(たかみむすひ)を遠心力、神御産霊(かむみむすひ)を求心力ととらえ、
この三者のはたらきによって原宇宙が生成されたと説いた。 川面は、古神道の神は、創造神ではなく、生成神であると考えている。
創造神は、創造がある以上終末が訪れることを前提とした限定的な神であるが、生成神には、終末と見える現象はあったとしても、
実際に終末はなく、永遠の生成発展があると考え、古事記の「天壌無窮」説を近代論理を用いて説明しようとした。 川面の主張
する日本民族の神は、一神にして多神、多神にして汎神であり、一神の躍動するはたらきの現れが、多神であり、汎神であるとし、
この構造をもった神を「全神」となづけ、自らの教えを一神教でも多神教でもなく、「全神教」と名付けた。この神のダイナミックな
構造は、およそ二百年後には、西洋にも理解されるようになり、西洋は、多神と祖霊も祀るようになるだろうと予測している。
ただし、神は、知性で論理的に把握しただけでは足りず、体感、体認、体験しなければならないと説き、そのために禊、鳥船、雄
叫び、おころび、祝詞などの一連の身体作法を体系的に行う必要があるとしている。(彼が提唱した禊は、その一連の身体作法の一
部にすぎない。) なお、天皇が宮中でおこなう祭祀と行法が、本来の魂しずめと魂ふりであり、川面の祭祀と行法は、それから派生
した傍流であると位置づけている。(『宇宙の大道を歩む』より抜粋)

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

84名前:名無しさん@1周年ID:
>>4 >>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤
平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5年8月24日(1776年10月6日) – 天保14年閏9月11日(1843年11月2日))
は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。

復古神道の成立
その霊の安定を神道に求めたのであり、それゆえ、神道は従来以上に宗教色を強めたのである[6]。ここで篤胤は、
天主教(キリスト教)的天地創造神話と『旧約聖書』的な歴史展開を強く意識しながら、天御中主神を創造主とする、
きわめて首尾一貫した、かつ儒教的・仏教的色彩を完全に排除した復古神道神学を樹立したのであった[3]。篤胤によれ
ば、天・地・泉の3つの世界の形成の事実、そしてそれについての神の功徳、それは「御国(みくに)」すなわち日本が
四海の中心であり、天皇は万国の君主であるということを、国学を奉ずる学徒の大倭心の鎮として打ち立てた柱、それ
が「霊の真柱」なのであった[2]。

出定笑語
平田は『出定後語』の理論を借用して『出定笑語』を書き、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前、
1820年代、1830年代、1840年代の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動、さらには廃仏毀釈の思想原理になった[16]。

民族宗教の体系化
復古神道においては、日本の「国産み」においてこそ天地創造がおこなわれる。日本は「よろずの国の本つ御柱(みはしら)た
る御国(みくに)にして、万の物、万の事の万の国にすぐれたるものといわれ、また掛(かけ)まくも畏(かしこ)き我が
天皇命(すめらみこと)は万の国の大君(おおきみ)にましますこと」が自明のこととして主張される[3]。

篤胤は、村落の氏神社への信仰や祖先崇拝といった、従来、人びとが日常レベルで慣れ親しんできた信仰に、記紀神話の再編に
もとづくスケールの大きい宇宙論を結びつけ、さらに幽冥界での死後安心の世界を提示した[10]。

幽冥論
また、現世は仮の世であり、死後の世界こそ本当の世界であるとした。これはキリスト教の影響である。篤胤は、キリスト教の
教典も、『古事記』や仏典などと同じように古の教えを伝える古伝のひとつとして見ていたのである。

「御国の御民」論と「みよさし」の論理
一方、現実には神孫たる天皇と将軍を頂点とする支配体制とをいかに整合していくかが求められるが、これについては、
「みよさし(委任)」の論理が用いられた[3][10]。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

86名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https://ja.wikipedia.org/wiki/平田篤胤

平田国学・復古神道が立論の根拠にしたのは古伝であったが、『古事記』などの古典に収載された古伝説に
は齟齬や矛盾、非合理がふくまれているため、篤胤は古伝説を主観的に再構成した自作の文章を注解すると
いう手法を用いて論を展開した[9]。また、古伝の空白箇所を埋めるために、天地開闢は万国共通であるはず
だという理由から諸外国の古伝説にも視野を広げた[9]。古伝説によって宇宙の生成という事実を解明し、幽冥界
の事実を明らかにしていくのが彼の関心であるかぎり、これは自然なことであったが、漢意の排除と
文献学的・考証学的手法の徹底を旨としてきた本居派からすれば、かれの手法は邪道であり、逸脱にほかな
らない[9][11]。しかし、篤胤はそもそも古代研究を自己目的にしていたのではなかった[3]。彼は、自身も含め
た近世後期を生きる当時の日本人にとって神のあるべき姿と魂の行方を模索したのであり、そこで必要な神学
を構築するためにこそ『古事記』『日本書紀』その他の古典および各社にのこる祝詞を利用したのである[3]。
『霊能真柱』は篤胤にとって分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居派の門人達は、この著作の幽冥観に
ついての論考が亡き宣長を冒涜するものとして憤慨し、篤胤を「山師」と非難したため、篤胤は伊勢松阪の鈴
屋とはしだいに疎遠になっていった。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

89名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/一霊四魂
一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、
幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。

「一霊四魂」という概念は本田以前には一切文献にはなく、本田独自の霊魂観であるが、
これには西洋のスピリチュアリズムの影響が伺える。 また、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)
の弟子であった出口王仁三郎は、人間の霊魂だけではなく森羅万象がこの一霊四魂から成り立っていると説いている。

106名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75

https://ja.wikipedia.org/wiki/復古神道

平田篤胤は本居宣長の書に啓発され、古代史を明らかにし、皇道の正当性を天下に示すなど、
復古神道の形成に大きな役割を果たした。また、幽冥界・霊魂など、霊界に関わる研究で著名
な成果をあげ、法華宗や密教、キリスト教、道教などの他宗教を参照した「平田派国学」を大成さ
せた[8]。この平田派国学の流れから後に、本田親徳、川面凡児その他の、「古神道系」宗教家が多く誕生してくる。

その後、明治になると、明治政府に入った平田派国学者らは、神仏分離と神道国教化を推進した[9]。
また、同じ明治の本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、またその系譜に連なる出口王仁三郎らは、人間の
心は根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御
するという日本古来の「一霊四魂」説を体系化した。[10]

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

113名前:名無しさん@1周年ID:
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>1

https ://ja.wikipedia.org/wiki/本田親徳
その霊魂教義は30代半ばに体系化されたとされ神道における霊的側面を理論化し明らかにした。
その内容を大別すると、

神や霊を人に降ろす方法である「帰神法」。
帰神を実現するための精神統一の修行法である「鎮魂法」。
鎮魂で得た力の応用としての「禁厭」からなっていた。
神懸かりには三十六法があること明らかにしお告げであっても、それを鵜呑みにするのではなく、懸かった神霊の階級
や種類やを判別する「審神」(さにわ)を重視した。

118名前:名無しさん@1周年ID:
>>82 >>84 >>86 >>89 >>75 >>113

(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学はキリスト教やユダヤ教から一部借用し(内容を全く理解しないでパクリ)、
それに影響を受けた会沢正志斎の仲間の藤田東湖は神州不滅を唱え水戸藩は集団パニックを起こし内ゲバで殺し合って壊滅し
会沢正志斎の弟子の本田親徳の神道教義は英米スピリチャリズムのパクリまたは独創的創作であり(宗教とは別の)オカルトに分類できる

同じく平田派に影響を受け明治維新後に育った川面凡児は「全神教趣大日本世界教」を設立したが、(本居宣長の弟子からカルト扱いされた)平田神学・国学をベースにした
川面凡児が作文する以前の明治期には既に日本に上陸していたキリスト教ユニテリアン・理神論・ドイツ観念論・汎理神論、道教、ヒンドゥー教の儒教劣化版カルトと言える世界観を発表するようになる
明治維新後に育った川面凡児は(既に存在した)西洋カルト宗派をコピーしたか偶然に発明したかは定かではないが、カルト宗教の世界において時代の最先端を走り続けた

463名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:18:33.54ID:4piIh3/l0
>>7
あり得るな。
女系天皇が誕生した時点で、旧宮家の血統が正統な天皇を立ち上げるとか。
今回の世論調査結果でも国民の二割程度は支持するだろ。
さらに女系天皇が朝鮮血筋の王朝だったりしたらもっと支持率あがるから国が割れる。
556名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

559名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

562名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

Kincri@Kincri4
2月25日
元公卿や旧藩主を中心とする華族を復活して良いし、華族院を第二院にしても良い。そこには日本の歴史の中の「伝統」
の良い面が残っている。

お菓子なやつ@open_wagashi
2月16日
そういう風な旧華族の復活だけだと問題視される可能性がありますから、上記のような法の下の平等に反していませんよ、
という形で復活させれば法的には問題はないのではないかと。

ロックマン@famishushu
2月8日
「不敬罪」を復活させていただきたく願います。
枢密院や華族など皇族に重要な方々を今一度復活させていただきたく存じます。

大和守@日韓断交を!@nihonwomamorou
2月1日
皇室をお護りするためには、華族制度の復活なども検討に値すると思います

清新明朗な加賀内閣@hirataitaisho
2011年8月17日
西園寺(侯爵→公爵・清華家)が近衛(公爵・摂家)を上座に座らせてたって話が有るな。軍隊じゃ星の数よりメシの数かも知らんけど、華族じゃやっぱ爵位と江戸以前の家格。
旧大名・公家のなかには、伊藤・山縣のような功績華族・軍人華族を嫌う風があったともいう。

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

564名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

569名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

573名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

男系男子にこだわるのであれば、現皇族女子の「たね馬専用の平民婿」として結婚し平民として現皇族女子を支えるか、平民色がつく前の6歳程度で養子になるぐらいの論であればまだ理解はできる
成人してからの皇族復籍と宮家当主と称号、旧宮家の戦前復帰・戦前回帰に固執するのは、それが莫大な利益を生む鉱脈であり、法律を超えた特権となる事を見越しての事だろう

旧皇族男子の平民の中には現皇族女子と結婚したくないものが多い可能性もあるが、現皇族を追い出すことが宮家の成立に必須条件と考えているフシはある
皇族や華族への復帰という点だけが本音で、それ以外はどうでも良いなし崩し的な印象がある
そのためには現皇族を追い出すことも辞さないわけで、ある意味では革命家じみたところもある

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

576名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

渡来思想である仏教に挑んで敗者となり奴隷となった神の子孫物部氏や、世界を霊力で征服する予定だった「神の子神武天皇」の子孫である「現人神」が
天候関係なくサングラス着用で田舎者が好きそうなコーンパイプでタバコ中毒の肥満中年の一軍人に、取り巻きの高齢者重臣と一緒に命乞いをして身分維持・制度維持
のバーターとして憲法9条という信じがたい悪法を制定し国を売り渡すとは、反科学的で合理的な思考のできない頭の出来が悪い愛国火病には到底予想できず、戦後70年経過しても理解できないのだろう
まさに神話が作られた瞬間と言える

人間なら失敗するので敗北後に命乞いのため売国をした点は理解できるが、神の子孫がこの体たらくなら「自称神の子孫」「偽の神の子孫」だったと判断すべきなのか、
排泄物、目くそ・鼻くそや嘔吐物で出産し嬰児を殺害するイザナギ・イザナミの子孫であればこの程度で納得と思うかは信仰心にもよるだろう

ちなみにイザナギからアマテラス、間をはさんで神武天皇という系譜なので神武天皇は女系から正統性を得たと言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/現人神
なお陸軍中将であった石原莞爾は日蓮主義の見地から独特の終末論的な世界観を持っていたが、著書の
『戦争史大観』(1941年)には「人類が心から現人神の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。」
「更に端的に云えば、現人神たる天皇の御存在が世界統一の霊力である。しかも世界人類をしてこの信仰に達せしむる」としている。
本書は用紙統制・出版統制が行われている中で検閲を通過して出版されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第9条
本条の淵源
本条の淵源については、立法経緯が複雑であることもあって様々な議論がある[12]。憲法9条の発案におb「て、その背景bノあった、
主な動機は、「連合国が参加する極東委員会の中の、中華民国・オーストラリア・フィリピン・ソビエト社会主義共和国連邦などの
国家や、アメリカ国内世論[13][14]からの『天皇制の保持』に対する批判を逸らす為であった。」という見解で、日本人もアメリカ人
の学者も一致する傾向がある、とされる[15]。

530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

589名前:名無しさん@1周年ID:
>>5 >>6 >>7 >>1 >>2 >>3 >>4

品性下劣で野卑であり品格欠如の俗悪神が登場するために学校では教えられない日本神話を知れば、排泄物の神達が生殖し、犯罪し放題の暴れん坊(自称)神の子孫がいる島国の土人習俗・因習のために数百万人が死んでいったことに無知だった連中は驚くだろう
過去の失敗の学習能力があるのであれば繰り返すわけはないが、日本には今だに中世儒教土人が住み着いているようで、こうした連中は成長がみられないなら精神レベルが同じ隣国に国外追放をするか、殺処分しか処理方法がないだろう

共産主義者が資産の平等と主張するなら脊髄反射で詐欺と批判するのは理解できるが、普通の学生やまともな学者が法の下の平等や自由主義国家の常識である人権を語るだけでもチョンとか共産主義者と
レッテル貼りをするような連中がいることで、まだ日本に儒教土人が多くいることが確認でき、その中に自称特権階級がいたことは意外な発見と言える

日本国憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

旧門閥貴族・旧皇族の平民の中に、いまだに身分や血筋、性別や出身で特権があると主張したり、人間を分類して差別するような連中が一部いるが、これの幼稚さに気づけない点で精神修養の余地は多いにあるだろう
向学心の無い血筋しか誇れるものがいない劣等感の持ち主だから改善はおそらく見込めず精神修養をしても無駄かもしれないが、それでも魂が生まれ変われる可能性はゼロではない
身分差別のない法の下の平等とは恩恵であり、これを罵ったり男女同権を制定したGHQに呪詛を吐くようでは、日本神話に出てくる生活廃棄物の自称神と大して変わらない古代の土人酋長の幻想と過去の栄華にいまだに生きているということだ

現行憲法の法の下の平等、身分・性別・その他差別の禁止、貴族の禁止をどうしても受け入れられないなら、朝鮮朱子学を奉じるお隣の国にいけば良いのだが、儒教土人の自称門閥一族の国外出奔を誰も止めはしないだろうし二度と返ってくる合理的必然は現行憲法の日本にはない
日本中から煙たがれも、どうしても日本に住みたいなら、未来は決して低能中世土人に優しくないことを理解すべきだろう

548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

982名前:名無しさん@1周年ID:
>>7 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6

男尊女卑・家父長制は古代文明に共通している
ユダヤ教や初期キリスト教では、平民の性差別については比較的緩やかだったが(男も女も神のイメージから作られたという創世神話のため、ただしキリスト教・パウロは創世記をファンタジーとしているため寓話的解釈)、
古代文明の標準モデルとなる古代ギリシャアテネは男性優位であり、そのギリシャから模倣したローマと一体化するためにローマの習俗に合わせた結果として、現代に引き継がれた面がある

バチカンの教皇(この教皇という翻訳もラテン語・ギリシャ語ではパパに過ぎないので明らかな誤訳であり教父がよりまともな意訳)は世襲制ではなく選挙制であるため、男であれば生まれに関係なく誰でもなれる
女が教皇になれないのは、宗教的というより(男尊女卑が標準だった)ローマ市民だったパウロに起因する(男女平等を掲げればここまで成長する宗教にはなっていない)ところが大
きいので他のキリスト教宗派では男しか司祭・牧師になれないという縛りは絶対ではない

また初期キリスト教では女性指導者が多いという逆転現象がおきており、神の下における男女平等を支持する派閥(主流派)と、男女差別(伝統的な男女の役割維持、主に福音派)を支持する派閥の2つが
罵倒しあう状況が長く続いてきた。バチカンはこの2つのうちでは宗教的伝統となる聖職者の生涯独身・妻帯禁止、男性司祭を支持するが、人権については主流派のスタンスであるため
政治的なスタンスが誤解されやすい傾向がある

古代ギリシャアテネでは女性はおおむね男尊女卑下にあり奴隷か女かというぐらい劣ったイメージがあったとされる
中でも巫女や宗教系の職業や王族・門閥貴族だけに確保される役職は例外だったが、それが平民の女性のステータスにまで波及することは皆無であり、中近東の古代において男女平等を目指した
文化はシュメール文明だけとされている

卑弥呼を代表とする日本の巫女も同じであろうと考えるが、古代では巫女は国王の子女や貴族・有力者の娘がなることが多かったため、国王や貴族が神の生まれ変わりとして
超能力を持っていたと信じられている古代では巫女の地位が高いのはあたりまえであり、巫女・女性聖職者のステータスが底辺にまで波及するのは近代になるまでは無かったと考えて良い

9名前:名無しさん@1周年ID:
女系と女性を一緒にすな!
294名前:名無しさん@1周年ID:
>>9
これ。
別々にして議論しなきゃだめだよな。ちなみに俺の意見は女性なら賛成するけど女系は絶対ダメ
308名前:名無しさん@1周年ID:
>>294
女系はダメと言っている連中は皇室に滅べと言ってるのと同じであることを自覚する必要がある
359名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:08:04.60ID:g8t1rA+N0
>>308
男系が途絶えたのならそこで天皇制は終わり。

それも天の配材として受け入れるべき。

386名前:名無しさん@1周年ID:
>>359
別に天皇制は終わらんだろ。
天皇を国民選出にしてイチローが天皇でも構わんしな。
405名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:12:53.02ID:g8t1rA+N0
>>386
いや、終わらせるべきだ。
311名前:名無しさん@1周年ID:
>>9
本当これ。
男系の女性なら分かるけど、女系の女性となると意味合いが変わる。
11名前:名無しさん@1周年ID:
・長く続いてきたから
・天皇とはそういうもの
こういうくだらない理由で男系男子縛りを継続するのは反対
20名前:名無しさん@1周年ID:
>>11
死ね、チョン!!
44名前:名無しさん@1周年ID:
>>11
お前はなんも分かってないな!
876名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)14:09:11.29ID:zyXpzLpc0
>>11
これ
男系じゃないといけない納得出来る理由が無いんだよな
191名前:名無しさん@1周年ID:
>>870 >>871 >>872 >>873 >>874 >>875 >>876

猫路@_nekomiti
9月14日
イザナギが黄泉から逃げ帰る場面で、大量の小便でイザナミの手下押し流して千曳岩を置く時間を稼いでて
これだから日本神話はってなった

Goat, The First Mammal@Chi_k0m0ri_72 2015年8月8日
イザナギ「追ってくるwきめぇ」剣振り回す
イザナギ「とりあえずなんか投げとけ」ぶどうになる
イザナギ「小便したろ」川になる
イザナギ「来てほしくないから岩で塞ぐね」
イザナミ「酷くね?お前の国民1000人殺す」
イザナギ「じゃあ1500人生ませるわ」

やなぎ@hanahana182
2014年11月27日
日本書紀の異伝にヨモツシコメに追っかけられたイザナギが逃げるために小便をしたら川になって逃げきれ
たみたいのあってふーん神ってすごいという感想を持ちました

朝里@現代怪異事典&現代妖怪図鑑発売中@asazato4
2013年12月1日
イザナギの小便川化は日本書紀の黄泉国神話で見られるよ。古事記にはないよ。

朝里@現代怪異事典&現代妖怪図鑑発売中@asazato4
2013年12月1日
スサノオは糞撒き散らしてたけど、イザナギも小便で川作ってたところ見ると親子だなあって僕は思うよ。

897名前:名無しさん@1周年ID:
>>876
ユーチューブで顔だし動画アップロードして反天皇の仲間を集ってみなよ? 必ず見てやるから 再生回数も多いぞ?
367名前:名無しさん@1周年ID:
>>889 >>897 >>898 >>899 >>907 >>908 >>909

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

603名前:名無しさん@1周年ID:
>>879 >>887 >>888 >>889 >>897 >>898 >>878

朝鮮朱子学そのものである教育勅語

hosikita@hosikita
教育勅語の内容が朝鮮儒教の教えと一致している、というのは総督府の官僚も感じていたこと。
pic.twitter.com/F58BBJeQGk

https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

13名前:名無しさん@1周年ID:
圭「僕も賛成」
17名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:20:27.39ID:39EM/EYU0
>>13
小室圭が悠仁天皇の義兄となる
15名前:名無しさん@1周年ID:
天皇陛下に万歳できるかで敵か味方か区別できるから、結局戦うことなく戦が終わる。
日本人の宗教的寛容は明治以降の天皇家のおかげ。
16名前:名無しさん@1周年ID:
これ賛成してる馬鹿は女系天皇と女性天皇の違いが解っていないだろ
24名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:21:56.28ID:39EM/EYU0
>>16
女性天皇→愛子さまが天皇

女系天皇→眞子さまと小室圭の子供が天皇

668名前:名無しさん@1周年ID:
>>24
女性天皇→愛子さまが天皇

女系天皇→眞子さまと小室圭の子供が天皇

愛子天皇と小室圭が結婚した場合小室圭の子供が天皇になるの?

だったら女性天皇も女系天皇も反対だ

481名前:名無しさん@1周年ID:
>>649 >>657 >>658 >>659 >>667 >>668 >>669

神国思想というのを突き詰めると、神風は吹かず日本は神に見捨てられ、神が選んだ神の国家はアメリカだった程度の平凡な結論に到達する

https://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

日本における神国思想は、日本を神の国と捉え[3] 国土とそこにある全てのものは神々によってつくら
れ護られている、という思想である[4]。元々は、イザナギ・イザナミによる国土創成や天照大神をはじ
めとする神々の生誕などを骨子とする[3] 日本神話を源流とし[1]、農耕儀礼などに結びつく素朴な信仰に
根差す[4] 観念だったが[3]、国内の政治的な統一が進んで他国あるいは他民族への意識が芽生えると日本を
他国より優れた国であるとする主張の拠り所となって、常に排外的な主張を支える思想となった[4]。これ
が歴史の表へ姿を現わすのは、古くは中世の蒙古襲来の時代である。このような国家的な危機が民族意識
を目覚めさせたこと、更にはこの時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制
を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

近世以後
近世には儒教思想と結合して水戸学や崎門学の国粋主義思想を生み出し[3]、儒教の支配的イデオロギーに対
して伝統的な日本独自の価値を至上とし封建体制へのアンチテーゼを主張[5]した国学によって活性化する[3]。
幕末では神国思想に基いて皇室を政治権威の源泉として尊崇すべきと主張する尊王論となり[5]、尊王攘夷運動
に精神的な基盤を提供し[3] 倒幕運動のイデオロギー的な支えとなった[5]。なお水戸学や国学においては、
単に統治者の天皇だけでなく臣民自体も神々の後裔との考え方が示され、神国思想は民俗としての祖先崇拝
と結びつき、明治以後の敬神崇祖や忠孝一致という家制度国家を支える道徳思想として生き続けることとなる[3]。

政治的な独立と国民統合が強く意識されるようになった幕末の明治維新期には国学と神道がその思想的な
背景を成し、第二次世界大戦のファシズム体制下では天皇家を宗祖とする家族国家論や八紘一宇論がその
基礎となって[1]、大東亜共栄圏建設へ向けて国民精神統合の核として大きな役割を果たした[3]。このよう
に中世から近現代にかけて、対外的な関係の緊張が高まったり[4]危機を迎えたときに神国思想は強調され
てきたのである[1]。

107名前:名無しさん@1周年ID:
>>16
反対しているバカこそわかっていない
女性天皇のだけで皇位継承が問題なくなるなら女系天皇など議論にならない
18名前:名無しさん@1周年ID:
一方、5chはこの手のネタに大発狂
23名前:名無しさん@1周年ID:
どこの日本での話だよw
25名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:22:21.22ID:GzqYy4aN0
政治的に順位入れ替わるのは無しだと思う
根本的に天皇家と言う家の跡継ぎ問題なんだし
67名前:名無しさん@1周年ID:
>>25
時間をかけて皇室と国民が天皇継承のコンセンサス育むことが大事。愛子さまは最初から
その重責は担ってないでしょ。悠仁さまの継承に疑義をはさんじゃ熟成時間の浪費だわ。
26名前:名無しさん@1周年ID:
反対すると言うことは天皇制をなくすと言うことだから当然のこと
29名前:名無しさん@1周年ID:
今上天皇から天皇を遡れば女系
今上天皇から父方を遡れば男系
34名前: 【hoge】 ID:
>>29
何言ってんだ?w
46名前:名無しさん@1周年ID:
>>34
女性天皇から娘への継承がある

男系継承と言うためには天皇を遡ると困るので父方を遡る

68名前:名無しさん@1周年ID:
>>46
その娘は、同時に男系子孫でもあったのでは?
95名前:名無しさん@1周年ID:
>>68
男系女系の定義は誰が当主で決まるの
だから女性宮家を認めるとその子は女系になるから認められないと反対しているわけ

でも実際には女性当主が天皇になりその子も天皇になったわけだから女系継承なんだよ

213名前:名無しさん@1周年ID:
>>95

前の当主である夫が早世したから、妻が当主になっただけ
もし、その夫が男系男子でなくても、娘が天皇になれたかは疑問

127名前:名無しさん@1周年ID:
>>46
親が女性天皇だった女性天皇ってどの天皇ですか?
30名前:名無しさん@1周年ID:
愛子さましかおらんやろな
既に女帝の風格が漂ってらっしゃる

秋篠宮からはなんかやだ

31名前:名無しさん@1周年ID:
もう皇室なんか終わるんじゃないのかな。
皇太子さんの家だけがやばいのかと思ってたら、
一番やばいのは秋篠宮家だったという。
もう、あの姉妹のこと見るのも嫌。
32名前:名無しさん@1周年ID:
でも次の令和の時代は移民国家だよ
61名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:27:45.77ID:P04Gd2K/0
>>32
移民が増えれば天皇なんて気にしない割合が増えるってことだからな
地域の伝統行事とかにも参加するわけがないしどこまでもグローバルになる
時間の問題だ
77名前:名無しさん@1周年ID:
>>61
増えねーよ、バカw
何故か?

それぞれの職場でイジメられるからだ。

124名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:35:34.37ID:P04Gd2K/0
>>77
安倍さんが増やしてるんだから増えるよ
移民は自分たちだけのコミュニティを作って占拠していく。
1世はまだ同化しようとするが2世は日本語もしゃべらずに権利だけ言うようになる
彼らには天皇制なんて何の価値もないし神社に寄付することもない
33名前:名無しさん@1周年ID:
女系はもちろん、女性天皇もダメ。

皇統男子のみが天皇になれるのだ。

36名前:名無しさん@1周年ID:
本来は側室制度を廃止すると同時に女系を認めるべきだった
そうしなかったからとうとう事実上の世継ぎが一人にまで減ってしまった
56名前: 【下級国民】 ID:
>>36
マッカーサーが将来存続不可能を狙って、皇家を減らしたのが一因だろう。
あいつは陰険だぜw
今上の誕生日に戦犯処刑するしな。
100年先を見て、ジワジワと効く罠を仕掛けた。
94名前:名無しさん@1周年ID:
>>56
伏見宮一族の皇籍離脱はマッカーサーでなく戦前から決まっていたことだろ
男系にこだわるなら旧宮家など遠縁ともいえないような者たち
142名前:名無しさん@1周年ID:
>>36
>>56

偶然の産物
清子内親王の後に生まれた皇族は8人連続で女子
確率では256分の1

だが、大正天皇が4人の男子に恵まれたように、
コイントスを繰り返せば裏表の確率が2分の1に近づくように、
悠仁親王の世代からは男子が増えるはず

142名前:名無しさん@1周年ID:
>>36
>>56

偶然の産物
清子内親王の後に生まれた皇族は8人連続で女子
確率では256分の1

だが、大正天皇が4人の男子に恵まれたように、
コイントスを繰り返せば裏表の確率が2分の1に近づくように、
悠仁親王の世代からは男子が増えるはず

42名前:名無しさん@1周年ID:
女性はいいよ、でも女系は絶対にNGだろ。
なんで一緒くたにして通そうとすんの?
43名前:名無しさん@1周年ID:
愛子様も天皇にはなれないよ。

過去に女性天皇がいたからとか関係ない。

男だけ。

47名前:名無しさん@1周年ID:
伝統と血統を守る上で男系維持は支持するが 
男系の男子が居ても男系の女子が天皇になったほうが時代を反映してて良いと思うな
もはや男の時代は終わった
女を国家元首として崇拝する事が
社会での女性崇拝に繋がるから是非女を頂くべき
女にひれ伏すのも結構いいもんだぜ?
53名前:名無しさん@1周年ID:
>>47
時代を反映させる必要性はないんだよ、チョン!!
79名前:名無しさん@1周年ID:
>>47
言いたいことはわかるが、今の時点で女性天皇を認めれば、
将来的に女系天皇が即位する可能性が高い
49名前:名無しさん@1周年ID:
どこで聞いたらこうなるんだ。
女性天皇なんかなったら終わりだ。
57名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:27:09.65ID:ZdwQeuOf0
>>49
なぜ終わりなのかわからないな
イギリスは女王でも続いてるじゃん
64名前:名無しさん@1周年ID:
>>57
Y染色体が途切れる。
女性天皇の夫側のY染色体は皇族と関係ない。
73名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:29:24.87ID:ZdwQeuOf0
>>64
染色体とか言われても意味がわからないなぁ
85名前:名無しさん@1周年ID:
>>73
愛子が天皇でもいいよ
あれは「男系」だからな
100名前:名無しさん@1周年ID:
>>85
呼び捨てにするな、チョン!!
88名前: 【酔っちゃったぁ】 ID:
>>64
それは女系でしょ。
愛子様が天皇に成っても、その次は愛子様の子供が皇家に残ることは無い、それが男系女性天皇だ。
101名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:32:45.80ID:ZdwQeuOf0
>>88
愛子の子どもが天皇になれなきゃおかしいでしょって世論になるから無理だよ
352名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:07:36.57ID:S+Hn36B50
>>64
八木でさえY染色を声高に言わなくなってるのに
392名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:11:21.66ID:wmH0wajY0
>>352
Y染色体話はむりやり過ぎる理屈だよね
男系男子による万世一系という「物語」が重要、これですむ話
369名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:08:55.72ID:U2t7amco0
>>64
神武天皇やその神武天皇が引き継いだその前の人のY染色体もつ人は千万単位でいるよ。
54名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:27:00.27ID:6+O/pR0T0
馬鹿馬鹿しいこんな意見はともかく

天皇制は憲法違反であり、元号制定の方法は問題だらけだ
早急に是正するべき

136名前:名無しさん@1周年ID:
>>54
また共産馬鹿か
天皇制は共産党造語
どうせ法のもとの平等違反とか言うんだろ?
もう少しまともに意見述べろ
240名前:名無しさん@1周年ID:
>>136
あなたこそ憲法を学ぶべき
もっともそれは天皇制を批判している人達にも言えるんですがね

天皇制を批判している人達は仰るとおり「平等に反するから憲法違反だ」
つまり「憲法十四条違反だ」と言っている
だがそれならば、反対している人達は「憲法第一条違反」を犯している事を理解していない
彼らは「憲法十四条」だけは守り「憲法一条」は守らないダブスタを犯している

だがそれを踏まえても天皇制は憲法違反である
なぜなら日本国憲法第一条には

「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて」
「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
とある。

「主権の存する日本国民の多数の意思に基く」ではなく
「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」である。
なら天皇制に反対している人が居る時点で天皇制は
「日本国憲法第一条違反である」と断言できる。

また日本は何主義か? と言われた時に「天皇制主義」としか答えられないので
たとえ共産造語であっても問題ない

何故ならイギリスであろうとどこであろうと、王は国家元首であり君主であると
法律で決められている

ところが日本は象徴という意味不明の存在だ
つまり日本は絶対君主国でも無ければ立憲君主国でもない
だから天皇制と発言するのは当然だ

255名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:52:52.42ID:wmH0wajY0
>>240
帝国憲法では立憲君主制だったけど現憲法は立憲君主制ではなく、
あえていうならば象徴天皇制と言うしかないね
こんなのは世界でも日本がはじめてじゃないかな
立憲君主制から天皇の政治性をとことん抜いたのが象徴天皇制
前代未聞でたぶん後にもない制度だから、今上陛下は象徴天皇のありかたを模索して苦心したと思う
そして、慰霊や被災地訪問を象徴天皇のありかたと決め、自分なりに結論を出したと思う
新天皇はそれを継承するとともに自分で象徴天皇のありかたを考えるのではないか
55名前:名無しさん@1周年ID:
世論調査を報道で使う場合は、世論調査の方式、実施日、対象者数、回答者数などの
世論調査の詳細を併せて示すのが報道義務
世論調査の詳細を示さない場合は、フェイクニュースと思っておいたほうが良い
65名前:名無しさん@1周年ID:
シナチョンパヨクのアリの一穴に騙されるな!!

女系だろうと女性だろうと、女は天皇にしちゃダメ!!

したら日本が滅びる。

74名前:名無しさん@1周年ID:
じゃあ現時点で女系の候補として誰がおるだ?
おらんだろ
いもしないものをなんで議題にするのか
76名前:名無しさん@1周年ID:
歴代の男子天皇の大半が側室の生まれ
男子相続(女子皇族の排除)を続けながら側室を廃止すればどうなるかなんて小学生でもわかる話
側室を廃止してから100年近くで世継ぎが一人にまで減ったのは何の不思議もない
92名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:31:57.96ID:Ror6hb2G0
>>76
側室と言うより妾めかけと呼んだ方がここでは通じるに
108名前:名無しさん@1周年ID:
>>76
それよ
しかし、夫婦中の良い天皇皇后のイメージを植え付けられたから
今さら側室はない
じゃあ、裾野をどう広げるかだな
158名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:38:14.91ID:enB5KQZE0
>>108
悠仁様を18歳で結婚させて男子を10人くらい産ませてもらう
157名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:38:12.14ID:kzxxHJ3rO
>>76
側室は別に今でも否定はされてないだろ?
周りが出自がしっかりした女性をあてがえば良いだけ
200名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:42:07.98ID:wmH0wajY0
>>157
側室の子は皇位継承できない
それに側室は職名は権典侍で、生殖を仕事とする女性職員、住居も職員用の住宅
そんな職業がいまどき世間に許容されると思うのがヘン
もし側室が妊娠出産しなかったらどうするのか、途中でクビにするのか、
男児を無事に産んだらその後どうするのか、一生飼い殺しか退職をみとめるのか、
無理難題が山ほどある
78名前:名無しさん@1周年ID:
愛子様が即位すれば愛子様のお子さまが次の天皇になるのは当然なんだから
女性も女系も一緒に議論するのが当然だろ
91名前:名無しさん@1周年ID:
>>78
なんで当然なんだよ。過去に一度でもあったか?
146名前:名無しさん@1周年ID:
>>91
当主の子が当主になる
実に当たり前で実に自然だ
傍系の妙な連中など不要
179名前:名無しさん@1周年ID:
>>146
皇室典範読め。その辺の世継ぎとは訳が違うんだよ
239名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:48:15.51ID:kzxxHJ3rO
>>146
男子、が抜けとるぞw
93名前:名無しさん@1周年ID:
>>78
アリの一穴は許さないよ。
172名前:名無しさん@1周年ID:
>>78
皇室典範も知らないで議論すんな
194名前:名無しさん@1周年ID:
>>172
知ってる上で第一条は時代にそぐわないから不要と言っている
これが日本人の70%の意見だ
238名前:名無しさん@1周年ID:
>>194
女性天皇なら7割賛成は妥当だが、女系天皇と女性天皇を恣意的に一緒くたにしたアンケートになんの価値もない。

世間のミスリードを狙ってるんだろうが、こういう記事のせいでお前みたいなバカが生まれる。

80名前:名無しさん@1周年ID:
男系女系の話と男性女性の話ごっちゃにしたアンケートってなぁ
81名前:名無しさん@1周年ID:
特亜歓喜
87名前:名無しさん@1周年ID:
第二第三の小室が現る
96名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:32:07.39ID:enB5KQZE0
しかし、男系維持には熱狂的な意見が多いのに誰も側室容認には触れないんだな
112名前:名無しさん@1周年ID:
>>96
個人的には勝手に愛人をつくって養子にすればいいとおもうけどw
149名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:37:41.01ID:wmH0wajY0
>>112
典範には妃の子だけが継承順位を持ち、養子はダメと書かれている
典範に沿えば象徴天皇制近々終了予定
しかしわざわざ典範を改正しようという政治家はたぶんいないだろう
面倒だし左右両側から攻撃されるし政治家としての旨味も少ない
だからすんなり行けば悠仁天皇で終了、それでOK
140名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:36:59.48ID:enB5KQZE0
>>96
もう愛子様と悠仁様が結婚すれば良いと思う
これには雅子もニンマリ
153名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:37:54.29ID:N1lz1D8o0
>>140
なるほど

ウルトラC案だ

196名前:名無しさん@1周年ID:
>>96
男系を声高に叫んでいる者たちは必ず旧宮家(男系で言えば700年さかのぼらないと天皇に行きつかない)とやらを持ち出す
ようするに今の皇室を滅ぼしたくて仕方ない連中
97名前:名無しさん@1周年ID:
何をサラッと女性と女系混ぜとんねん
悪意あり過ぎだろ
109名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:33:35.40ID:RYYKmJmQ0
>>97
朝鮮系の血を皇室に入れたい勢力の企て
98名前:名無しさん@1周年ID:
女性天皇や女性首相をどんどん輩出して
日本は女性の輝ける国だと内外に知らしめるべぎわな

それでヘソ曲げる男を笑うのも俺の楽しみだしな\(^o^)/

104名前:名無しさん@1周年ID:
>>98
死ね、チョン!!
105名前:名無しさん@1周年ID:
ユージンは無理だわ
神々しさ皆無
110名前:名無しさん@1周年ID:
女性天皇自体は問題ないんじゃない
問題は後継ぎどうするかって話だけで
115名前:名無しさん@1周年ID:
愛子様と書けない奴は全てシナチョンパヨク確実(‘◇’)ゞ
116名前:名無しさん@1周年ID:
男系とかうるさい連中はおかしな皇族(モドキ)を持ち出して皇室をかき回したいだけだろ
アンケートでの「特に何の感情も抱いていない」の15%の連中だ
KKを兄さんとか呼ぶ新天皇なんて絶対に許さんからな
117名前:名無しさん@1周年ID:
なんかうそくせーな
露骨な世論誘導だろ
120名前:名無しさん@1周年ID:
今の時代、女が天皇になったら革命が起きてしまうよ。
144名前:名無しさん@1周年ID:
>>120
革命が起きるかは別にして間違いなく日本は分裂すると思う
少なくとも男系維持と女系容認で真っ二つに分かれる
125名前:名無しさん@1周年ID:
はっきり言うけど日本が昔から民主主義だったら恐らくこの国は現代には残っていなかったと思うよ
それ程大衆を正しい方向へ導くのは困難
164名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:38:38.51ID:P04Gd2K/0
>>125
それはどうかな? 極東のガラパゴスな島国だからね
日本列島民、日本語民としてほっといてもまとまり続けたと思うよ
移民さえ入れなければね
181名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:40:13.49ID:tF/K7T3G0
>>164
降嫁こうかを廃止して女性宮家作るのが先決
129名前:名無しさん@1周年ID:
なあ誰か女系の候補がいるなら挙げてくれん?
139名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:36:59.38ID:ANCYuNlm0
>>129
眞子さまと小室圭の息子が天皇
154名前:名無しさん@1周年ID:
>>139
そんなまだ存在もしないものを聞いてない
現時点で存在する女系候補を聞いている
168名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:38:59.82ID:tF/K7T3G0
>>154
居ないな
178名前:名無しさん@1周年ID:
>>168
だろ?女系の候補なんて現時点でいないわけだ
いないのになぜ議論するかがおかしいんだ
131名前:名無しさん@1周年ID:
ちなみに世論調査の詳細はこちら

<質問と回答>
継承資格を女性天皇にも広げるべき→69%賛成

継承資格を女系天皇にも広げるべき→0.8%賛成

<公表結果>
女系・女性天皇に賛成 69.8%

時事通信は早く死ねよ

132名前:名無しさん@1周年ID:
男子相続は伝統だから守るべきだなんて言っても
現に子供を望める男子皇族が一人にまで減っている
この期に及んで伝統を持ち出して女系を認めないと言うのは皇室に滅べと言っているようなもの
そもそも側室制度を廃止した時点で男系相続の伝統は終わった
133名前:名無しさん@1周年ID:
争いが起こるぞ
134名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:36:37.39ID:mNirQJHz0
愛子さまが男系男子とご結婚なされ愛子天皇の後、愛子さまの子が天皇なら何の問題もない
177名前:名無しさん@1周年ID:
>>134
そんな妙な結婚相手の条件など不要
愛子様のお子様は愛子様の子であることだけで既に皇位継承者としてふさわしい
197名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:41:50.81ID:LWvPWch50
>>134
いまの宮内庁では邪魔立てすると思われ。
眞子kKには無関心という応援をしてたんだろ?
138名前:名無しさん@1周年ID:
もう皇室制度自体終わりでいいんじゃないかね
イギリスの凋落っぷりを見てりゃわかるけど
君主制の国はどこも大凋落してる
逆に共和制の国はどこも強くなってる

君主制が時代にそぐわないんだよ

150名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:37:41.25ID:ZdwQeuOf0
>>138
天皇制は必要かという世論調査すれば無くてもいいって答えは結構あるだろうな
145名前:名無しさん@1周年ID:
https://www.youtube.com/watch?v=Xz4e5HsCMac&ab_channel=%E5%B2%A9%E7%94%B0%E7%9C%9F

【緊急拡散願う・水間政憲氏より】昭和天皇の長女・照宮成子内親王に、3名の男系男子のお子様と、
5名の男系男子のお孫様がいらっしゃ

【水間政憲氏より重大報告!】
女性宮家は全く必要ありません。
旧宮家の皇籍復帰で全てが解決!

昭和天皇の長女・照宮成子内親王は、東久邇宮家(旧宮家)に嫁がれ
、お子様に3人の男系男子(皇太子殿下の従姉妹)と、更に5人の男系男子の孫(悠仁さまの再従兄弟)が現存していらっしゃいます。
旧皇族の皇籍復帰にて皇統は守られます。

147名前:名無しさん@1周年ID:
排卵誘発剤
156名前:名無しさん@1周年ID:
女系はダメだが、女性天皇はいいんじゃないかな、って思う人は結構いるだろ
でも旦那になってくれる人がいるかどうか?
いないならいないで独身でもいいけどな
201名前:名無しさん@1周年ID:
>>156
小室圭二号三号が現れるだけだよ
161名前:名無しさん@1周年ID:
まぁ左翼の方々として、万世一系連綿と続く皇室の歴史をどうにかしてなし崩しにしたいんだろうね。

伊藤博文は、皇位継承における万世不変の原則として、以下の3項目を挙げた。

第一 皇祚を践むは皇胤に限る
第二 皇祚を践むは男系に限る
第三 皇祚は一系にして分裂すべからず

163名前:名無しさん@1周年ID:
女系天皇と女性天皇の違いを知らない人たちにアンケートした結果だろ。

女系天皇誕生した時点で、中共、左翼勢力、マスゴミが、今の天皇は正統性がない!というキャンペーンや論陣を張り日本を揺さぶりにかけ分断工作を行うのは必至。

166名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:38:44.74ID:YSWqGG2E0
孝明天皇の5世孫連れてきたほうが良い
607名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:34:56.48ID:HBNsN1DE0
>>166
孝明天皇に成人した男子は明治天皇のみだぞ!

光格天皇から大正天皇迄も 成人した男子は一人だけ
最低限これ位は知っておけよ。

473名前:名無しさん@1周年ID:
>>607 >>608 >>609 >>617 >>618 >>619 >>627

神風というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による創作神話が、皇統の維持に大きく寄与したのは間違いないだろう
神風オカルト神話によって民族主義が芽生え、それによって皇統神話が形成されたが、その神風神話・神州不滅神話はアメリカによって無残に殲滅される憂き目にあった

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

169名前:名無しさん@1周年ID:
共和国と皇国の連邦で
175名前: 【下級国民】 ID:
松陰ならば何と仰るだろうか。
182名前:名無しさん@1周年ID:
女系天皇なら意味はない。
皇室廃止で宮内庁抹消が妥当。
187名前:名無しさん@1周年ID:
女系天皇→ お前らの子供が天皇になる可能性が有る

これが一番分かりやすいだろ…

199名前:名無しさん@1周年ID:
>>187
つまり馬の骨天皇の爆誕である
212名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:44:20.18ID:ZdwQeuOf0
>>187
それの何が問題なのかわからない
イギリスでも同じだろう
218名前:名無しさん@1周年ID:
>>212
イギリスはアホだから
192名前:名無しさん@1周年ID:
女性、女系の前に皇室典範も知らない人たちのアンケート結果に
委ねるわけないよね
193名前:名無しさん@1周年ID:
東久邇を皇族に戻せば、男系が3~4人増える。これで、解決。
316名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:03:23.75ID:YeZrJlyQ0
>>193 同感

まずは皇族に復帰して頂く
女性なんたらはそのあとの議論。

336名前:名無しさん@1周年ID:
>>316
アホか
皇女の皇室離脱を防ぐのが先だ
一度離脱したものを戻すのは違和感あるわ
358名前:名無しさん@1周年ID:
>>336
復帰なんてまさに王朝交代だからな
簒奪そのものだわ
400名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:12:19.83ID:wmH0wajY0
>>358
姓を持っている人が姓をなくすわけだから、まさしく王朝交代だね
433名前:名無しさん@1周年ID:
>>400
女系天皇なんて認めれば、王朝交代は日常茶飯事になるんだから
何を過敏になってるのか全く理解できないw
487名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:21:28.00ID:wmH0wajY0
>>433
中国式の易姓革命思想でも西欧式の王朝交代でも姓が変わるのがポイント
しかし天皇家には姓がないので産まれながらの皇族が天皇になるかぎり王朝交代にはならないということ
個人的には女性天皇女系天皇、旧宮家皇籍編入、養子制度、すべて典範改正が必要で、
そんな面倒なことを手間暇かけてするより、悠仁親王で終わりにするべきと主張している
もう象徴天皇制自体が期限切れ
376名前:名無しさん@1周年ID:
>>336
まるで一般社会がゴミダメのように穢れてるとでも言いたげだな。
貴種漂流譚は洋の東西を問わず珍しくないし、今でも妃は穢れた民間から
入れてるんだから何も問題がない。
202名前:名無しさん@1周年ID:
大体退位される陛下も女系支持っぽいじゃんw
209名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:44:01.69ID:czphqhzD0
>>202
身内で決まればいいんだよ
221名前:名無しさん@1周年ID:
>>202
自分が平民と結婚してるしね
旧皇族で今の皇族より血統良い人居るんじゃないの
224名前:名無しさん@1周年ID:
>>202
男系支持者は今上陛下も皇太子殿下も尊敬してない連中だから
そういうところが理解できんのだろう
皇室の実際を見れば愛子様が次の当主にふさわしいのはあきらか
214名前:名無しさん@1周年ID:
そうしてもう一つの勢力は皇室に不可能な男系相続を伝統の名のもとに強要して
皇室自体の滅亡をたくらんでいる勢力
258名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:53:32.72ID:LWvPWch50
>>214
旧皇族から血筋の生まれたて男子を宮家に養子に出せば危機を免れるのとちゃうか?
279名前:名無しさん@1周年ID:
>>258
旧宮家とやらは男系で言えば今の皇室とは遠縁ともいえない者たち
こんなものたちを天皇や皇族にするなら別の王朝を作るようなもの
現に皇室2000年の歴史を見ても天皇の相続は近縁者に限られている
大問題になった継体天皇ですら天皇の5世孫
299名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:01:37.37ID:wmH0wajY0
>>279
しかも今存命の「旧宮家」の人々の中には、幼少時に宮家だったことのある人もほとんどいないでしょ
大多数は産まれた時から一般国民
そんな人を連れてきて皇籍編入は国民の賛意を得られないし、第一、憲法14条違反
328名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:04:44.99ID:czphqhzD0
>>214
明治維新から続く天皇権威の剥奪
負けるとわかってる戦争への決断
バブル崩壊からの国内改造
アングロサクソン国際貿易自由主者の犬自民の系譜は業が深いわ
216名前:名無しさん@1周年ID:
ちらほら元正天皇を挙げて
「女性天皇の娘だから女系だ」などというのが出てくるんだが

元正天皇の父親の草壁皇子は天武天皇の血をひく「男系男子」だったんだからな
元正天皇は「男系」である

631名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:38:07.23ID:HBNsN1DE0
>>216
それも、聖武天皇に継承させる為の即位。
123名前:名無しさん@1周年ID:
>>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636

明治維新の前哨戦において薩摩藩は勅令と軍を使い幕府老中の(殺害)脅迫・強要をして要求をのませたという(文久の変)
さらに小御所会議では優勢な論を展開した山内容堂に対して殺害をほのめかして黙らせた。この当時、勅令・勅書はヤクザ顔負けの強引で理不尽な要求を
押し通すための恐喝・脅迫に使用された小道具だったが、長州は平気で朝敵・賊軍となり戦争を継続し薩摩も裏で強力をしているため勅書など全く意にかいしないものが多くいたということだ

今なら勅書など発行しても銃弾・爆発物で消し飛ぶ、頑張って劣化楠正成を探そうとしても勅書程度に自らの人生を振り回され、生命の危険のリスクをとるのは相当な知恵遅れだけだろう
科学的軍事理論を学んだ連中に勅書などは到底通用する理屈ではなく、血統世襲理論で印象は最悪になるので効果はむしろマイナスとなる

山内容堂や老中の例でも分かる通り武家の名門・門閥一族は自らの命が危機に瀕すると見るや下級武士の脅迫に対してあっけなく屈する腰抜ばかりで、名門の誇りもあったものではない
薩摩藩と長州藩の強さは青白い顔の名門では思いつきさえしない、下級武士ならではの脅迫や暗殺、テロを平気でやってみせる決断力と実行力にあった
つまり薩長の物理的脅迫は現代でも十分に通じる表現方法だということだ

だが薩長の下級武士も道徳面では特権に安住して腐敗しきった公家よりはおそらくマシだった
そして没落する上級武士を横目に下級テロリスト武士が栄達し実権を握ることになる
武士どころか下民出身の伊藤博文と山県有朋が最高指導者に栄達する

https://ja.wikipedia.org/wiki/猪熊事件
公家衆乱行の発覚
左近衛権少将・花山院忠長は、ある時後陽成天皇の寵愛深い広橋局(武家伝奏・大納言広橋兼勝の娘)に懸想した。
そこで宮中深くまで出入りを許されていた歯科医の兼安備後(妹の命婦讃岐も宮中に仕えていた)に仲介を頼んで文通を始め、
それをきっかけとして二人で逢瀬を重ねていた。その話を漏れ聞いた猪熊は、俄然興味を持ち、かねてから懇意の飛鳥井雅賢
をはじめ、言葉巧みに他の公卿・女官をも誘い出し、様々な場所で乱交を重ねることとなった。
しかし、このように大人数の乱行が発覚しないわけはない。飛鳥井には恨みを含む女性がいた

432名前:名無しさん@1周年ID:
>>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636

福沢諭吉「我が国の人民は,数百年の間,天子あるを知らず、唯これを口碑に伝ふるのみ。維新の一挙以て政治の体裁は数百年の古に復したりと称すと雖も、王室と人民との間に至密の交情あるに非ず」

217名前:名無しさん@1周年ID:
佳子ちゃんにすれば間違いなく映える
日本は国内外から愛される国になる
やらない理由はない
219名前:名無しさん@1周年ID:
そんなの知るかよ
天皇家も革新派が保守派を制するのだろw
223名前:名無しさん@1周年ID:
男女同権と、天皇の承継をゴチャゴチャにした話。権利の平等性と
国家・国民の存続を象徴する天皇の地位の承継はまったく別の
話。国民間の権利の平等性と、国家と全国民の統合とは、全く異なる
概念。天皇の地位の承継に、男女平等の話を入れて、人々を混乱させ
さもそれがニュースかのように報道するメディア。ニュースを売るための
商魂たくましい記事。メディアは、人の錯覚や誤解を利用するだけでなく。
積極的に錯誤や錯乱を作り出す。だから、新聞を読むとアホになると言う
好例記事。賢くなるには新聞を読まないことだな。もし、新聞を読んで納得
するようなことがあれば、騙されいると考えた方が安全。
225名前:名無しさん@1周年ID:
祭司がネックだよな
あれは体力勝負なんだ
それが暑かろうが寒かろうが日に2回はある
月のうち一週間は体調悪い女性には厳しい
228名前:名無しさん@1周年ID:
もはやこの国を統治する上で朝廷は不要な存在。
科学が未発達な時代は、宗教的概念でその必要性が認められたが
今となっては何の威厳も求心力も無い朝廷など不要。
平成と共に朝廷は解体で良い。
233名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:46:51.93ID:/iNf79gp0
>>228
アベの方が不要
250名前:名無しさん@1周年ID:
>>233
なら安倍に代わって誰がいいの?
現実に則して回答してくれ。
259名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:54:02.40ID:/iNf79gp0
>>250
総理ごとき誰がやっても同じだ
275名前:名無しさん@1周年ID:
>>259
なら安倍でいいわな
277名前:名無しさん@1周年ID:
>>259
天皇さえいれば総理なんていなくても日本は問題ないのか
天皇すげー
234名前:名無しさん@1周年ID:
小室天皇まんせええええええええええええええええええええええええええええええ
237名前:名無しさん@1周年ID:
なんで女性と女系混ぜるかなあ
別物なのに
241名前:名無しさん@1周年ID:
女性天皇

何も問題は無い

以上

242名前:名無しさん@1周年ID:
伝統破壊工作のフェイクニュースに実態があると思うのか
243名前:名無しさん@1周年ID:
「女系」として女子が即位するとしたら、旧宮家の男子を王〔親王は無理〕に戻して婿にする
そういう方便を使うほかないだろう

しかし、それもやれて一、二度のことで、平民の男子、たとえば金田君が婿となり、
少なくとも1500年は続いてきた天皇制が金田王朝にシフトして、次第に国民の信奉
を失っていくだろう

皇胤を保つための「四親王家」という存在は実に重要であった
進駐軍アメリカの目論見は長い時間をかけた天皇制の衰微と消滅であったと
言わざるを得ない

244名前:名無しさん@1周年ID:
現時点は悠仁さまに賭けるしかあるまい
悠仁さまがいらっしゃるのにいもしない女系の話なんか尚早なんである
248名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:50:28.44ID:/iNf79gp0
>>244
女系は大量にいるぞw
249名前:名無しさん@1周年ID:
>>248
だから誰がいるよ?
297名前:名無しさん@1周年ID:
>>248
ほんとに無知だなあ
でも、おまえみたいなのが国民の大半で
残りは無関心だろう
411名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:13:45.50ID:/iNf79gp0
>>297
女系の天皇が過去にいたかっていう話と勘違いしてる?
現状女系の皇族は多数いるっていうことを言っただけだよ。
422名前:名無しさん@1周年ID:
>>411
だから誰がいるんだって聞いてんだが?
一人でもいいから例を挙げろや
471名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:19:26.71ID:/iNf79gp0
>>422
言わんとすることはわかったが言葉遊びのレベルだな
246名前:名無しさん@1周年ID:
しかも女性宮家創立にしたってあと数年議論を遅らせたら手遅れになる
その意味でも男系至上主義(見方を変えれば天皇制廃止)の安倍政権が長期政権についたことは皇室にとって不幸だった
253名前:名無しさん@1周年ID:
>>246
次の天皇の次の天皇もいる

女性宮家は、安倍がいてもいなくても、いつでも出来る

愛子さん、まこさん、かこさんがいるし、今がいいけどね

264名前:名無しさん@1周年ID:
>>253
いつでもできるわけがない
今の女性皇族も結婚したら皇室から追放されて民間人になる
次の天皇の時代には女性皇族さえいない
247名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:50:18.24ID:rxoq0tAQ0
未だに秋篠宮家を信じてる人間いるなら、お馬鹿さんだろ。

佳子の旦那も、悠仁の嫁も、小室とそう変わらないと思うぜ。

そもそも、秋篠宮からして、自由に嫁を選んだから、今こうなってるわけであって。

まだ、愛子のほうが、選ばれた人間から選ぶ可能性は高い。

両親がそうだからな。

268名前:名無しさん@1周年ID:
>>247
皇太子だって無理矢理嫌がる雅子さまと結婚したじゃん
チッソの孫はやめとけって言った人も居たのに
251名前:名無しさん@1周年ID:
女系を認めると我が子を天皇にしたいと考える人も出てくると思うよ
252名前:名無しさん@1周年ID:
憲法第一条に書いてあるだろ
国民の総意じゃないと天皇になれないんだぞ?
7割じゃダメだろ
254名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:52:42.26ID:AIAh6ldO0
悠仁なんて親父が天皇にならない弟身分なんだから天皇とはもはや呼べんよ
262名前:名無しさん@1周年ID:
>>254
令和からは第一皇嗣は秋篠宮だが?
276名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:58:09.84ID:AIAh6ldO0
>>262
あんたバカ?皇太子と弟の年齢考慮すれば弟が天皇になれないのは明白だろ
280名前:名無しさん@1周年ID:
>>276
皇室典範の話を無視するんか?
なんだ?年齢の考慮て?
300名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:01:43.84ID:eU2nsyln0
>>276
126代徳仁なるひと天皇が長生きすれば
127代は悠仁天皇になる
270名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)12:57:20.05ID:wmH0wajY0
>>254
秋篠宮は皇嗣だし、新天皇の代になれば継承第一位でしょ、第二位が悠仁親王、第三位が常陸宮、それだけ
秋篠宮は皇位につかないだろうという意見があるけど、即位を自分の意思で辞退できるのかね、重病などならともかくだけど
生前退位は一代限りでようやく認められたけど、即位辞退は無理なんじゃないかな、天皇にそんなわがままはみとめられないだろう
306名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:02:15.73ID:AIAh6ldO0
>>270
人間の命なんかどこで終わるか読めないんだし
皇太子が活動できる時間なんて長生きできても83ぐらいが限界
そのとき弟は何歳だ?生きてるかもわかんないし即位しても数年で終わるがな
そんなの誰も天皇と思いやしないんだよ
256名前:名無しさん@1周年ID:
ちなみに世論調査の詳細はこちら

<質問と回答>
継承資格を女性天皇または女系天皇に広げるべき

→はい 69.8%、いいえ 30.2%

<公表結果>
女系・女性天皇に賛成 69.8%

時事通信は早く死ねよ

257名前:名無しさん@1周年ID:
憲法第1条は「天皇の地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と言っているのだが、
今まで一度も日本国民の総意が確認されたことは無いんだよな
269名前:名無しさん@1周年ID:
>>257
毎回確認されてるだろ
日本国憲法に於ける国民の総意とは
国会が選出する内閣総理大臣の忠念だよ
282名前:名無しさん@1周年ID:
>>269
ゴメン
意味わかんない
260名前:名無しさん@1周年ID:
今の日本人は皇太子と秋篠宮の家族の誰かが天皇になればいいと思ってる。
皇太子を差し置いて秋篠宮がなることはないといった順番はあるし、
男がいればわざわざ女にすることはないと思っているだろうが、頭から女はダメと考える人は少ない。
こういう考えの人にとって男系とか女系とか何の意味もない。
意味を知らないのではなくて、仮に理解しても、どうしてそんなことにこだわるのかと思うだけ。
309名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:02:29.75ID:P04Gd2K/0
>>260
現代庶民は天皇は神社のトップで老舗の家業を継いでるって思ってるよな
だから娘が跡を継いでもいいし娘婿を養子にとって継がせてもいいわけ
いまどき合法愛人を作らせるとか新たに貴族階級を作るとか頭にない
261名前:名無しさん@1周年ID:
養子ってw
天皇は戸籍に登録されているのか?wwww
265名前:名無しさん@1周年ID:
女性天皇はいいけど女系はダメだろ
なんで一緒にしようとするんやろ

しかし女性天皇になった時点で男系継続が危ないってことだろうし
悠仁さまは大変だわ

273名前:名無しさん@1周年ID:
幼稚園からまともに通えない愛子さんが女帝?
雅子入内を大歓迎した創価の願望でしょう

雅子入内を大歓迎して日の丸ではなく創価の旗を振る人達

417名前:名無しさん@1周年ID:
公費で養育係を3人もつけているのに、幼稚園から高校まで、遅刻、午後登校、早退、欠席の連続の愛子さん
発達障害で登校できないのは明らか

男系継承者の悠仁親王を差し置いて、障害を抱えている愛子さんをわざわざ女帝にしたがるのはなぜなのか?
雅子さんと創価の関連をみれば、理由は明らかでしょう>>273
つまり皇室を壊したい

796名前:名無しさん@1周年ID:
小室の件を利用して、まともに登校できない愛子さんを女帝にしたがる連中
雅子さんの背景をみれば、誰が仕掛けているか分かる>>273

ちなみに創価の機関紙聖教新聞は「日韓」と書かずに「韓日」と書く

310名前:名無しさん@1周年ID:
>>790 >>791 >>792 >>793 >>794 >>795 >>796

https://ja.wikipedia.org/wiki/尊王論

山鹿素行は、儒学のモデルであり、当時の憧れの対象であった中国明が滅び、
清に支配されて、もはや規範ではなくなったため、日本こそが儒学の正統だとして、
「日本こそ中国である」と論じた。また、儒教思想の日本への定着はすなわち、
中華思想(華夷思想)の日本への定着を意味し、近代の皇国史観などに影響を与え、
日本版中華思想ともいうべきものの下地となった。儒教では、湯武放伐を認めるかど
うかが難題とされてきたが、徳川幕府は朱子学について孟子的理解に立ち、湯武放伐、
易姓革命論を認めており、そうすると天皇を将軍が放伐してよいことになる

894名前:名無しさん@1周年ID:
>>796
愛子様は優秀な子選抜のイギリスサマースクール
楽しそうに全参加してたぞ馬子鹿子が行かれなかったやつ
最近はフランス語もお得意と報道されてたし
お父様とご一緒にチェロも嗜まれる皇族として申し分ない品の良さ

何より恵まれた環境にいるのにいじめや不登校に
ご家族で正面から戦ったっていうのが
なんか不器用だけど真っ直ぐで応援したくなる

秋篠一家は誤魔化しばっかで見てるだけで嫌になる

319名前:名無しさん@1周年ID:
>>890 >>891 >>892 >>893 >>894 >>895 >>906

>下がり藤の清和源氏@renjyar
>3月23日
>所謂女性宮家の婿となる旧宮家の男系男子は皇族である事が当たり前ですね。準皇族とか意味不明な身分を作る必要ありません。
>まぁ内親王及び女王殿下方が当主となる女性宮家は無理がありますね。

おそらく皇族や華族の復活という点だけが本音で、それ以外に重要な主張はないと見るべきだ

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

726名前:名無しさん@1周年ID:
>>890 >>891 >>892 >>893 >>894 >>895 >>896

聖徳太子の憲法17条も論語の学而や礼記のコピーとされている

https://ja.wikipedia.org/wiki/学而

有子曰:「禮之用,和爲貴;先王之道,斯爲美;小大由之。有所不行,知和而和,不以禮節之,亦不可行也。」
(有子曰く「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す、小大これに由るも行なわれざる所あり。
和を知りて和すれども礼を以てこれを節せざれば、亦行なわるべからず。」)

『中庸』は中華主義者がしばしば引用する
日本中華主義・日本型華夷思想

https://ja.wikipedia.org/wiki/中華思想

江戸期日本の中華思想

明が異民族王朝の清に支配されると、日本の朱子学者の一部、林羅山などは、日本の
天皇家は中華正統王朝である周王朝の分家である呉の太伯の子孫であるから、日本こ
そは中華であると主張し始めた。更に、明の遺臣の一部は清に仕えることを潔しとせ
ず抵抗もしくは亡命し、そのうちの一人である朱舜水は、夷狄によって治められてい
る現在の中国はもはや中国でなく、亡命先の日本こそが中華であると述べた。日本の
江戸時代の儒学者山鹿素行も著書『中朝事実』の中で同様の主張をした。また、国学
者本居宣長も日本外交史を扱った歴史書『馭戒慨言』おいて、世界の国々は日神の子
孫である天皇に朝貢してその暦を奉じるのが正しい姿であり中国皇帝は「戎王」に過
ぎないとして、中国中心の華夷秩序を反転させて日本中心の華夷秩序をあるべき姿と
して描いている[12]。これが後に水戸学や平田派国学へも思想的影響を与え、幕末の
尊王攘夷論に結びつくこととなる。

太平洋戦争中に天皇を現人神として崇め奉り、軍 部が敗色濃厚になるや神州(中華正統王朝)
不滅を唱えるに至ったのも、朱子学に基づく中華思想に影響されたものであるという[13]。

155名前:名無しさん@1周年ID:
>>720 >>721 >>722 >>723 >>724 >>725 >>726

生瀬騒動では400人程度を無差別に皆殺しにしたとの伝承が残る。つまりこの程度では公的記録に残らないというわけだが、これを「大日本史」・藩史に書けないところが
朱子学朝鮮坊侍達の限界と言える。不祥事を隠蔽したら、失敗を繰り返さないための分析と進歩もないわけで、これでは都合の良い情報だけを収集するいかさま考証と言われても反論できないだろう し
正史に対する信頼も完全に失われる

水戸藩はその他にも農民に対する秘密警察なみの監視をしており、徳川光国から想起される水戸藩のイメージからは乖離している

朝鮮朱子学による神道の改造によって作文された国学によって水戸藩は廃仏毀釈の先駆者となった。天狗党の乱以前から藩内は些細なことや家格の差で
内ゲバをしている。天狗党の由来は成り上がり者が生意気という意味らしいが、徳川斉昭を擁立した下士派となっている主なものは儒学者である藤田・会沢を除き血筋は上士以上の没落士族もいるため
藩内序列と血統序列による特権意識マウンティング合戦が起きていた可能性は多いにあるだろう

https://ja.wikipedia.org/wiki/水戸藩
1607年(1602年、1615年とも)の秋に、小生瀬村(現:大子町小生瀬)で、年貢を巡る農民と藩役人の行き違いにより、
藩が小生瀬村の住人を皆殺しにする事件が起こった(生瀬騒動)。藩の役人が年貢を取りに来て農民は納めたが、また
別の役人が年貢を取りに来たこと(年貢の二重取り)に対して怒った農民たちが、後から来た役人を偽物と判断してその一人
を殺害した。これに対し10月10日、蘆沢信重が藩兵を出兵させて生瀬村の農民を皆殺しにしたという。この事件に関しては、
藩の公式記録には一切触れられず、伝承と関連した地名が残るのみである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/結城朝道
かつて朝道によって失脚させられた斉昭や改革派の恨みは凄まじく、彼らがやがて復権を遂げると、嘉永6年(1853年)10月16日に
朝道は拘禁されることとなった。やがて朝道は水戸藩の支藩の筆頭・高松藩の藩主で、幕府内においては譜代大名の井伊直弼ら保守派
との関係が深い松平頼胤が宗家の家督を欲しているのを知り、慶篤を暗殺して頼胤を藩主に迎えようと画策した。しかし計画は露見し、
その3年後に死罪に処せられた。享年39。子・種徳も拘禁され、絶食のために獄死した。

923名前:名無しさん@1周年ID:
>>894
神輿は軽い方がいいんだよw愛子様は雅子様と一緒で、
才知に優れてるのがむしろ仇になるタイプだろ。
人権が剥奪され自由が制限される天皇という存在に耐えられるか
非常に疑問。
215名前:名無しさん@1周年ID:
>>922 >>923 >>924 >>925 >>926 >>920 >>921

268 : ネックハンギングツリー(関東地方)@無断転載は禁止:2016/05/01(日) 10:52:06.95 ID:l+xLeWqBO
ヤマトタケルを火責めにした悪い豪族は、逆に自分達の放った火で死にましたというのは後に加工された話で

その場を逃れたヤマトタケルの軍勢によって皆殺しになったのが正しい古事記の記述
…普通だな!

300 : ハイキック(茸)@無断転載は禁止:2016/05/01(日) 19:36:11.35 ID:Li5Le5zq0
ヤマトタケルは有名大社を始め、全国各地で祀られる立派な神様だよ
日本は時代で著名な者(為政者や非業の死を遂げた者等)は、
人物神として神社に祀られ神の1柱になるケースが多い

ヤマトタケルの時代は史実と神話の境界が曖昧な時代で、
ヤマトタケルは立派に神格化した、押しも押されぬ神と言える

929名前:名無しさん@1周年ID:
愛子さんの実態はこのスレを「不規則登校」で検索すれば一目瞭然
嘘ばかりの愛子女帝派↓

894 名前:名無しさん@1周年[] 投稿日:2019/04/13(土) 14:11:57.74 ID:gZ7g6aLY0 [2/2]
>>796
愛子様は優秀な子選抜のイギリスサマースクール
楽しそうに全参加してたぞ馬子鹿子が行かれなかったやつ
最近はフランス語もお得意と報道されてたし
お父様とご一緒にチェロも嗜まれる皇族として申し分ない品の良さ

何より恵まれた環境にいるのにいじめや不登校に
ご家族で正面から戦ったっていうのが
なんか不器用だけど真っ直ぐで応援したくなる

秋篠一家は誤魔化しばっかで見てるだけで嫌になる

374名前:名無しさん@1周年ID:
>>917 >>918 >>919 >>927 >>928 >>929 >>037

新 神風と悪党の世紀: 神国日本の舞台裏 (日本史史料研究会ブックス) 新書 – 2019/1/14
海津 一朗 (著)

異国襲来と天変地異で、神威高揚はなぜ起こったのか。
民衆から中世の風景を再現して動乱の政治史を描き、神の国の勃興する時代の空気を切り取った、名著の大幅増補改訂新版。

【それにしても、祈禱という現実的な効果のまったく期待できない政策がこれほどまでに重んじられ、大風が吹いたのも神の加護
のおかげだと考えられるようになったのは、なぜなのだろう。「我が朝は神国なり」と言って伊勢神宮への奉幣(宝物の献上)にこ
だわる朝廷、神領興行法という不可解な法令を出して武士たちの所領を奪い伊勢神宮に与えた幕府─このような神威しん いの高揚は
どうして起こったのか。】…第一章より

内容(「BOOK」データベースより)
異国襲来と天変地異で、神威高揚はなぜ起こったのか?民衆から中世の風景を再現して動乱の政治史を描き、神の国の勃興する時代の空気を切り取った、名著の大幅増補改訂新版。

597名前:名無しさん@1周年ID:
>>919 >>927 >>928 >>929 >>903 >>917 >>918
>1万年前に遡れば、神武天皇とエタ非人・部落民の祖先も同じ

よって遠い親戚である神武天皇の子孫に毎朝感謝するという思考回路か、もしくは遠い親戚だから神武天皇の子孫に毎朝拝礼すべきという理屈らしい
あるいは「先祖が同じで遠い親戚だから神武天皇の子孫」を神の子孫として崇拝するという理屈に落ち着く

548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

872名前:名無しさん@1周年ID:
政府も学習院も華族社会も愛子さんの自閉症は知っているから女帝はない
必死に女帝工作をしているのは創価=朝鮮>>273
191名前:名無しさん@1周年ID:
>>870 >>871 >>872 >>873 >>874 >>875 >>876

猫路@_nekomiti
9月14日
イザナギが黄泉から逃げ帰る場面で、大量の小便でイザナミの手下押し流して千曳岩を置く時間を稼いでて
これだから日本神話はってなった

Goat, The First Mammal@Chi_k0m0ri_72 2015年8月8日
イザナギ「追ってくるwきめぇ」剣振り回す
イザナギ「とりあえずなんか投げとけ」ぶどうになる
イザナギ「小便したろ」川になる
イザナギ「来てほしくないから岩で塞ぐね」
イザナミ「酷くね?お前の国民1000人殺す」
イザナギ「じゃあ1500人生ませるわ」

やなぎ@hanahana182
2014年11月27日
日本書紀の異伝にヨモツシコメに追っかけられたイザナギが逃げるために小便をしたら川になって逃げきれ
たみたいのあってふーん神ってすごいという感想を持ちました

朝里@現代怪異事典&現代妖怪図鑑発売中@asazato4
2013年12月1日
イザナギの小便川化は日本書紀の黄泉国神話で見られるよ。古事記にはないよ。

朝里@現代怪異事典&現代妖怪図鑑発売中@asazato4
2013年12月1日
スサノオは糞撒き散らしてたけど、イザナギも小便で川作ってたところ見ると親子だなあって僕は思うよ。

908名前:名無しさん@1周年ID:
>現実見れば秋篠宮が論外なんだから愛子様で決まりだというだけの話だ

これが創価の工作隊
愛子さんは幼稚園から高校まで不規則登校を続けている
自閉症で普通のことを理解できない障害児

男系男児の悠仁親王の存在があるのに、祭祀の意味さえ理解できない愛子さんを天皇に?
異様な発想だね
まあ創価=朝鮮の工作だと思えばすべて納得 >>273

367名前:名無しさん@1周年ID:
>>889 >>897 >>898 >>899 >>907 >>908 >>909

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

274名前:名無しさん@1周年ID:
小室氏!!!!!!!!!!
278名前:名無しさん@1周年ID:
無知だと質問の仕方で簡単に誘導されちゃうからね
284名前:名無しさん@1周年ID:
愛子さんは幼稚園時代から不登校だった

>■幼稚園時代も計一カ月休み
「遅刻や欠席については全く言及せず、『その後、毎日ご登校されています』としか言わない。
暗に遅刻や欠席を認めたわけですが、これではそれが何日のことなのかも分かりません。一方で、
『一部雑誌に誤解を生むような見出しの記事が掲載されたことは、私としては遺憾に思っている』、
『登校拒否という見出しは事実に反します』とも述べている。
『一部雑誌』が週刊文春を指していることはすぐに分かりましたが、遅刻をした理由を尋ねても、『詳細は控える』というばかりです。
この対応は、皇太子ご夫妻のご意向だと考えられますが、せめて愛子さまの最低限のご動静と、ご体調について発表すべきです。
それが国民と共に歩んできた平成皇室の流儀なのですから」(同前)
この顛末を知ったある皇室ジャーナリストは、かつての野村一成東宮大夫(当時)の“乱暴な対応”を思い出したという。
「その頃、すでに不登校だった愛子さまが、初等科三年生に進級し、雅子さまのお付き添いが常態化していました。
しかし野村大夫は『ご通学正常化には静かな環境が必要』だと、具体的な情報を出さなかった。
揚げ句に6月下旬の会見では『風邪で何日も休んでいるならば発表すべきではないか』と記者から問われ、
『いちいち一般のお子さんでも、いつからいつまでが風邪だと言うことはない』と言い放ったのです。
当たり前のことですが、一般の子供と愛子さまを同じに論じることはできません」
さかのぼってその年の3月、野村大夫は愛子さまの不登校の原因は、初等科にいる“乱暴なことをする児童たち”
の存在だと定例会見で発表したが、「あまりにも児童への配慮に欠けるのではという批判がありました。
しかし野村大夫は〈皆様に公の立場にある宮さまのご様子をお知らせしている〉と、発表の必要性を強調していた。
つまり東宮職は“公の立場”とプライバシーをその時々で使い分けている。否、使い分けざるを得ないのです。
それは一にも二にも皇太子ご夫妻のご意向に添うためだと考えられる」(同前)
実は、愛子さまは昔から欠席・遅刻がちだった。幼稚園の二年間では、計一カ月弱もお休みされている。(週刊文春2014年7月10日)

285名前:名無しさん@1周年ID:
皇室を滅ぼして朝鮮人が天皇になるニダ

賛成 70%
分からない 29%
反対 1%

国民は朝鮮人天皇を望んでいるニダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

こんなのばっか

これが侵略害獣クソ食いだよ

321名前:名無しさん@1周年ID:
>>285

「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じている」

    by明仁天皇

331名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:05:17.59ID:U2t7amco0
>>321
まぁそれについては百済の王族は扶余だから韓民族ではないね。
368名前:名無しさん@1周年ID:
>>331
そもそも天孫降臨と言うのは他所からやって来ましたと言う意味だし
一族の顔を見れば二ダー顔なんだけど
349名前:名無しさん@1周年ID:
>>321
宮内庁のニダ職員がこしらえた作文
天皇家はマジで頭が悪いから洗脳されている
今、半島に居る北方狩猟系民族の朝鮮人と皇室は1ミリの縁もないというのに
361名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:08:18.01ID:zNqAZw6E0
>>349
お前は皇室に敬意の念もないなら天皇制についてとやかくいうなよゴミ
388名前:名無しさん@1周年ID:
>>361
>ゴミ
自己紹介乙

天皇制についてこだわっているからこその文を
理解できないおまえのような浅薄な国民こそがゴミだ
消えろ

398名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:12:02.35ID:zNqAZw6E0
>>388
お前は皇室に敬意なんてなくて単に天皇制っていう箱にしか興味ないんだな
伝統オナニーは自分の中でとどめとけ
456名前:名無しさん@1周年ID:
>>398
おまえは雅子を尊敬しているのか?

天皇の頭に載せる冠がヤフオクに出されたが、さして問題視されず、
うやむやに終わったことには衝撃を受けた
今の皇室と国民は、そういう連中なんだよ

480名前:名無しさん@1周年ID:
>>456
次なる皇后陛下を尊敬しないとか不謹慎な奴だなw
お前は半島の人間だろ\(^o^)/
491名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:21:33.79ID:U2t7amco0
>>456
皇后陛下を尊敬するのは当たり前だろ
508名前:名無しさん@1周年ID:
>>491
尊敬出来るところがあればするけど
何にもないのに尊敬するのはただの馬鹿
496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

527名前:名無しさん@1周年ID:
>>508
尊敬出来るところはあるだろ
皇后陛下というだけで十分だろ
560名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:28:38.53ID:WUojYCAh0
>>508
雅子様のおかげで天皇家が存続してるわけだから、敬意をもって接するのが当然
525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

532名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:26:09.04ID:zNqAZw6E0
>>456
皇后陛下ってだけで尊敬するのが天皇制だ
それが嫌なら廃止論者になれ
482名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:20:57.43ID:S+Hn36B50
>>398
皇室に敬意を持っていない人とは、根本的なところで議論が成り立たないよ
男系か女系かという問題以前に、現代日本社会における象徴天皇の役割というものをまるで
考慮していないから。今上陛下がその役割についてずっと考え続けてこられたことに何ら価値を
見出していない連中だから
371名前:名無しさん@1周年ID:
>>349
早く日本から出て行け
552名前:名無しさん@1周年ID:
>>349
皇室利権で食ってる宮内庁の職員に
そんな作文をつくる理由がどこにもないんだが
518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

286名前:名無しさん@1周年ID:
女系オッケーにしたら中共に乗っ取られる
288名前:名無しさん@1周年ID:
愛子さん小学校時代の不規則登校-1

■小学校2年  有名ない乱暴男児騒動で不登校になったと報道された(2010年3月)

■小学校3年 (2010年7月)

>部分登校と欠席を繰り返されている愛子さま。実は2学期始業式の日に、愛子さまをさらに怯えさせる事件が起きていた。初めて明かされた不登校
の理由は――
 
「皇宮警察官や、所轄の四谷署の警察官たちも、困惑しているようでした。
 愛子さまがなかなかご到着されないので、何度も時計を確認している人もいましたね」(皇室担当記者)
 9月16日、2学期で5日目の欠席をされた愛子さま。
 この日は、3時限目をめどに登校される予定があったようで、その1時間ほど前から初等科の前には警護のための人員も集まっていたのだが、結
局、愛子さまはいらっしゃらなかった。
 愛子さまのご通学状況は、1学期よりも不安定になっている。
 ある学習院関係者は語る。
「9日、10日と愛子さまは欠席されました。宮内庁の発表によれば、夏風邪をひかれたからだそうです。
 しかし、土日を挟んで13日、14日と欠席され、15日は3時限と4時限目に出席されたものの、16日はまたお休みに……。
 愛子さまが初等科にいらっしゃるときは警備がしかれます。

(『女性自身』2010年10月5日号<独占真相!続くご欠席…雅子さま知人に東宮御所で打ち明けた「2学期の不安!」――愛子さま 始業式当日にあっ
た“トラウマ”体験「観光バスの人たちに見つめられ、怖くなったの…」)

289名前:名無しさん@1周年ID:
女性天皇は良いけど女系ダメって奴多いのにそれを一緒にしたアンケになんか意味あるのか?
305名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:02:10.46ID:U2t7amco0
>>289
女系は男性もいるし、女性は男系もいるから、間違ってはいない
357名前:名無しさん@1周年ID:
>>305
何が言いたいのか良く分からん
男系の女性天皇なら良いよって奴でも女系なら男性でもダメって奴が大半なのに女性・女系天皇の扱い混ぜたこのアンケートの取り方になんの意味があるのかって言ってるんだが
291名前:名無しさん@1周年ID:
反対
少なくとも悠仁様がいらっしゃる間はいらない
292名前:名無しさん@1周年ID:
「女系」と「女性天皇」を分けないところに時事通信のうさん臭さが分かる

「女系」と「女性天皇」を分けないところに時事通信のうさん臭さが分かる 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:1341adc37120578f18dba9451e6c8c3b)

293名前:名無しさん@1周年ID:
愛子さん小学校時代の不規則登校-2

■小学校3年(2011年)

>愛子さま“通学問題”
百貨店は早く登校は遅く
「愛子さまの通学問題が始まってから約1年ですが、
いまだに1限から登校されたことはありません。不文律のようです」(学習院初等科関係者)
ここ数ヶ月で一番早い登校は2月4日。10時に来て2限から出席。
翌5日の土曜日、愛子さまは皇太子夫妻と午前9時過ぎに開店前のデパートに到着。
通学は遅刻が普通になっているが、この日は開店に間に合った。
だが、週明けの7日と8日は“体調不良”で欠席。翌9日は雅子さまと一緒に登校。
帰りは後ろ向きでグイグイ歩くなど、元気そうだった。学習院初等科関係者は戸惑ったように
「なんで1限から登校しなかったり、突然休むのかいまだに分かりません」
朝が弱い“大人の事情”に合わせていたりして!?(テーミス2011年3月号)

>愛子さま不登校から1年!365日続いた「ご同伴」に―「雅子さまは、もう学習院に来ないで!」
2月25日、学級閉鎖が終わった1週間ぶりの授業も、愛子さまは2時間目ギリギリの時間に
車で登校。5時間目終了後、友達に笑顔でバイバイしながら徒歩で下校。傍らにはずっと雅子さま。
「いまだ1時間目から授業を受ける日はなく、車でご登校。給食も食堂でほかの生徒たちと
一緒ではなく、雅子さまと教室でお弁当などを召し上がることが多いようです」(宮内庁関係者)(週刊女性2011年3月15日号)

296名前:名無しさん@1周年ID:
愛子さん小学校時代の不規則登校-3

■小学校4年(2011年)

>「登校時間も今年に入ってからは2限目まで早まっています。しかも最近になって2回、1限目から出席できた日があったんですよ。」(学習院関係者)
「1回目は5月6日。ただし、この日は正規の授業ではなく、全学年による『1年生を迎える会』でみんなで歌ったりするだけでしたがね。」(同)
2回目は25日。この日は普通の授業日で、不登校になって以来1限目から授業に出席できたのは、実に340日ぶりという“快挙”だった。
「1限目は8時50分からですが、この日は学校到着が8時48分なので、授業そのものには数分の遅刻でした。
それでも、とにかく1限目から出席できたんですから、大きな前進です。」(同)
ちなみに、2限目から出席する際も、授業開始は9時45分なのに何故かいつも数分だけ遅れてくるのだとか。
「普通、授業中にガラガラと教室のドアが開いたら子供は注目するし、される方も嫌でしょう。
だから愛子さまもせめてあと5分早く来られればいいと思うんですがね。」(同)(週刊新潮2011年6月9日号)

>雅子さま愛子さま「連日警備大混乱」でもいい兆候!?
9月26日(月)皇太子さまと徒歩で。11時前に雅子さま合流。
9/27(火)お一人で登下校。行きは徒歩、帰りは車。
9/28(水)欠席
9/29(木)欠席
9/30(金)9時半に車でお一人。11時半に雅子さま合流。
10/3(月)欠席
10/4(火)9時過ぎに車でお一人。10時40分に雅子さま合流。
10/5(水)8時40分に車でお一人。12時半に雅子さま合流。
10/6(木)8時40分に車でお一人。11時半に雅子さま合流。
3日月曜日は警備車両が到着するも登校はドタキャン。
4日は8時前に警備車両が来て1時間目に間に合うかと思われたが9時過ぎに登校。
5日も管弦楽部の朝練があったようで7時過ぎに警備車両は配置についていたが愛子さまがお一人で来たのは8時40分。
ある警備関係者は「いつも時間が違うから」と苦笑したが、右往左往でかなり混乱しているようだ。
このような混乱ぶりは「お一人登下校」以降。
今までは登校されるときは決まった時間に警備が来て、欠席されるときは最初から警備の配置はなかった。(週刊女性2011年10月25号)

317名前:名無しさん@1周年ID:
>>296
少なくとも日本の象徴になるような人じゃないよ
303名前:名無しさん@1周年ID:
なんと中学に入っても不規則登校が続く愛子さん

愛子さん中学校時代の不規則登校-1

■中学1年(2014年7月)

>学習院女子中等科の始業は午前8時30分。そして予鈴が鳴るのが8時25分。この日(※6月30日)の愛子さまは
ギリギリながらも定刻通り(※8時20分)登校されたのだった。
(略)
『週刊文春』によれば、欠席した翌日の18、19日、そして23日はお昼を過ぎてからの登校だったという。
また、本誌の取材では、これらに加えて6月20日、そして27日にも午後からの登校が確認できた。
つまりお休みされた17日以降の10日間のうち半分は午後からの登校ということになる。
「登校」こそされているものの、やはり愛子さまの登校状況が“不規則”になっているのは間違いない。
こうなると思い返されるのが、初等科2年生時に起こった「いじめ」問題だ。「いじめ」によって、
おひとりで登校できなくなってしまった愛子さまのために、以後、1年9か月にわたって雅子さまが
同伴登校を続けられてのは記憶に新しい。(女性セブン2014年7月17日号愛子さま「不規則登校」で危惧される「学内孤立」の深刻化)

477名前:名無しさん@1周年ID:
幼稚園から高校に至るまで不規則登校を続ける愛子さんの実態

特に酷い中学高校

>>303 >>312

307名前:名無しさん@1周年ID:
安倍は、女性宮家に反対してるんじゃねえだろうな

女性天皇でもオッケー国民の多い意見だろう

312名前:名無しさん@1周年ID:
なんと中学に入っても不規則登校が続く愛子さん

愛子さん中学校時代の不規則登校-2

■中学1年 1学期の期末試験を欠席(2014年7月)

>皇太子ご一家に今、何が起こっているのか
学習院女子中等科に進学した愛子内親王(12)は、7月19日に終業式を終えると、中学生として初めての夏休みを迎える。
15日には、皇太子夫妻とともに昭和天皇と香淳皇后の眠る武蔵野陵墓地を参拝、愛子内親王が中等科に進学したことを墓前に報告した。
しかし、始まったばかりの中学校生活は、早くも前途多難だ。
「愛子さまは、6月中旬から遅刻や欠席が続いています。7月4日には期末試験があったのですが、
それも欠席してしまった。愛子さまは、中等科の新しいクラスに馴染めていないようなんです。
中等科は、初等科から内部進学した生徒と、一般入試で入った生徒が一クラス18人対30人の割合。
女子校なので、初等科時代、愛子さまと親しくしていた男子生徒とも、当然離ればなれになりました。
愛子さまにとっては、戸惑うことが多いのかもしれません。通常、学習院でば、宮様と仲の良い生徒を2~3人、
必ず同じクラスにする配慮をしていますが、愛子さまは繊細なところがありますからね」(学習院関係者)
遅刻したのか、愛子内親王が全力疾走で学校に駆け込む姿を。本誌も5月30日号で報じている。
7月13日、皇居の桃華楽堂で、天皇の傘寿を祝う民俗芸能鑑賞会が開かれたが、そのときの愛子内親王の様子も関係者を驚かせた。
「皇太子ご夫妻が出迎えた職員に丁寧に挨拶されているのに、愛子さまは挨拶はおろか
お辞儀をされることもなかった。どうしたことか、と思いましたよ」(同前)(FRIDAYフライデー 2014年8月1日号)

477名前:名無しさん@1周年ID:
幼稚園から高校に至るまで不規則登校を続ける愛子さんの実態

特に酷い中学高校

>>303 >>312

315名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:03:21.43ID:5mkiVk1/0
どんだけ、女性天皇はいいけど女系はダメと言ったところで
女の方を低く見ているという事実はかわらないだろ

別にいいけど

324名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:04:23.39ID:enB5KQZE0
>>315
高い低いじゃなくて伝統の問題
女人禁制の山や相撲の土俵など
394名前:名無しさん@1周年ID:
>>324
>>330
女を低く見下す女性蔑視伝統を頑なに継承していってるって
ことだな
413名前:名無しさん@1周年ID:
>>394
旧皇族復帰拒否する人は民間人を蔑視してるけどなw
436名前:名無しさん@1周年ID:
>>413
竹田恒泰天皇が誕生しそうだからだろw
440名前:名無しさん@1周年ID:
>>413
旧皇族より、現在の皇族を大切に思うだけ
愛子さま、眞子さま、佳子さまの子が天皇になるのも悪くない
474名前:名無しさん@1周年ID:
>>440
そういう直系優遇思想は男系男子優遇と大差ない差別思想だろ。
直系も傍系も両方が大事ではないのか。皇位の安定継承というなら
尚更。
490名前:名無しさん@1周年ID:
>>474
直系思想ではないだろ
だから愛子眞子佳子系統も残しておけってことなんだから
502名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:22:28.92ID:JY/wnyYL0
>>474
傍系なんて全く重要ではないだろwバカなのw
私はあなたの遠縁の親戚で~とか言って近づいてくる詐欺師を信用するようなもの
539名前:名無しさん@1周年ID:
>>502
それがお前ら直系原理主義者の浅はかなところ。
皇位継承の安定性は①直系傍系両立②直系③男系の
順に低くなる。直系(女系を含む)継承は最善策ではないのだよ。
414名前:名無しさん@1周年ID:
>>394
女は男より低いのは事実だ。
女は男のあばら骨からつくられたからだ。
423名前:名無しさん@1周年ID:
>>414
クリスチャンには関係ない話だから
437名前:名無しさん@1周年ID:
>>423
関係あるよ。

女性が天皇になれば、カトリック教会の教皇にも
女性がなるべきという話に持ってこられるからね。

従って女は天皇になれないのだ。

468名前:名無しさん@1周年ID:
>>437
イギリスの女王がいるのにか
ロンドンオリンピックで女王陛下が来場して
観客がゴッドセイブザクイーン歌うの良かったわ
感動した
女性天皇も悪くないと思った
415名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:13:57.70ID:enB5KQZE0
>>394
まあ、そういう穿った考えを持つ人こそが女性蔑視ってことだね
420名前:名無しさん@1周年ID:
>>394
二千年近く女性も含めて日本人が男系承継の伝統を守ってきた事実があるわけだが?
女性で女系天皇を擁立させようとした女性は一人もいない
ご先祖様に申し訳ないと思わないのか?
426名前:名無しさん@1周年ID:
>>394
女が見下されているという考え方そのものが卑屈なんやで
330名前:名無しさん@1周年ID:
>>315
そういう問題じゃなくて伝統の問題だから
394名前:名無しさん@1周年ID:
>>324
>>330
女を低く見下す女性蔑視伝統を頑なに継承していってるって
ことだな
413名前:名無しさん@1周年ID:
>>394
旧皇族復帰拒否する人は民間人を蔑視してるけどなw
436名前:名無しさん@1周年ID:
>>413
竹田恒泰天皇が誕生しそうだからだろw
440名前:名無しさん@1周年ID:
>>413
旧皇族より、現在の皇族を大切に思うだけ
愛子さま、眞子さま、佳子さまの子が天皇になるのも悪くない
474名前:名無しさん@1周年ID:
>>440
そういう直系優遇思想は男系男子優遇と大差ない差別思想だろ。
直系も傍系も両方が大事ではないのか。皇位の安定継承というなら
尚更。
490名前:名無しさん@1周年ID:
>>474
直系思想ではないだろ
だから愛子眞子佳子系統も残しておけってことなんだから
502名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:22:28.92ID:JY/wnyYL0
>>474
傍系なんて全く重要ではないだろwバカなのw
私はあなたの遠縁の親戚で~とか言って近づいてくる詐欺師を信用するようなもの
539名前:名無しさん@1周年ID:
>>502
それがお前ら直系原理主義者の浅はかなところ。
皇位継承の安定性は①直系傍系両立②直系③男系の
順に低くなる。直系(女系を含む)継承は最善策ではないのだよ。
414名前:名無しさん@1周年ID:
>>394
女は男より低いのは事実だ。
女は男のあばら骨からつくられたからだ。
423名前:名無しさん@1周年ID:
>>414
クリスチャンには関係ない話だから
437名前:名無しさん@1周年ID:
>>423
関係あるよ。

女性が天皇になれば、カトリック教会の教皇にも
女性がなるべきという話に持ってこられるからね。

従って女は天皇になれないのだ。

468名前:名無しさん@1周年ID:
>>437
イギリスの女王がいるのにか
ロンドンオリンピックで女王陛下が来場して
観客がゴッドセイブザクイーン歌うの良かったわ
感動した
女性天皇も悪くないと思った
415名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:13:57.70ID:enB5KQZE0
>>394
まあ、そういう穿った考えを持つ人こそが女性蔑視ってことだね
420名前:名無しさん@1周年ID:
>>394
二千年近く女性も含めて日本人が男系承継の伝統を守ってきた事実があるわけだが?
女性で女系天皇を擁立させようとした女性は一人もいない
ご先祖様に申し訳ないと思わないのか?
426名前:名無しさん@1周年ID:
>>394
女が見下されているという考え方そのものが卑屈なんやで
318名前:名無しさん@1周年ID:
なんと中学に入っても不規則登校が続く愛子さん

愛子さん中学校時代の不規則登校-3

■ 中学1年 2学期中間試験期末試験を欠席(2014年11月12月)

>爽やかな秋晴れの空が広がった10月27日。この朝も、愛子さまが定刻通りに通学されることはなかった…。
「この日、愛子さまが登校されたのは午後1時頃です。大幅に遅刻されているのに、急ぐそぶりもなく、足取りも重く、夏服にマスク姿でのご登校でした」(皇室記者)
一学期後半から始まった愛子さまの“不規則登校”。二学期の始業式こそ、定刻前に元気に登校されたものの、その後は再び逆戻りされていた。
「9月末には一日の授業が終わる直前の午後2時過ぎに登校されたこともありました。
10月15日には二学期の中間テストが行われましたが、愛子さまは中間テストを欠席されています。一学期の期末テストも休まれているだけに、続けてのテスト欠席となりました」(学習院関係者)
10月24日にも欠席されており、遅刻もさることながら、このところは欠席も目立つようになってきている。

そんななか、『週刊文春』(10月30日号)は、愛子さまがおひとりだけの“特別授業”を受けている、またそのことを耳にされた美智子さまが胸を痛められ、心配されていると報じた。(女性セブン 2014年11月13日号)

>"不規則登校"が続く愛子さま。二学期の期末試験では8教科分を欠席した。
しかし、その一方でお忍びで遊園地・東京ドームシティアトラクションズへ行かれ、宮内庁関係者も首を傾げていたという。(女性セブン2015年1月8・15日号)
https://www.news-postseven.com/archives/20141227_294907.html

485名前:名無しさん@1周年ID:
幼稚園から高校に至るまで不規則登校を続ける愛子さんの実態

特に酷い中学高校

>>318 >>326

320名前:名無しさん@1周年ID:
フリーターから逆玉で天皇家に!!!

夢広がりまくりんぐwwww

322名前:名無しさん@1周年ID:
これ女系と女性の違いを分かっていない人が大半だろ。
右だろうが左だろうが、女性天皇に反対する人はかなり少ないと思うんだよ。
でも女系天皇となると話は別だ。あかん。
なのに、女性と女系を同じように扱って賛成しているようにしか思えない。
346名前:名無しさん@1周年ID:
>>322
大半の人がわかってなくても敬愛されているなら、
女系じゃなくてもかまわないってことだよ。
407名前:名無しさん@1周年ID:
>>346
話の流れからは「男系じゃなくてもかまわないってことだよ」の書き間違いかな?
656名前:名無しさん@1周年ID:
>>407
そうでした。
128名前:名無しさん@1周年ID:
>>650 >>651 >>652 >>653 >>654 >>655 >>656

伊藤博文・山県有朋が明治天皇の親政の希望を断った。プロイセン・ドイツ流の国家主義はカルテル経済のハリボテであったので
両名に対する批判はもっともであるが、伊藤博文が傀儡として天皇を利用しなかったならば国体が廃止されていた可能性は否定できない

明治維新が天皇親政に向かおうとした場合は、薩長や雄藩の軍人による武力行使によって国体(天皇を中心とする国家体制)が消滅していた可能性もゼロではない

https://ja.wikipedia.org/wiki/孝明天皇
その後、幕府・一会桑・薩摩藩・長州藩等の諸藩・公家・志士達の権力を巡る争奪戦に巻き込まれていくと、孝明天皇自身
の権威は低下していくことになった。

1865年(慶応元年)、攘夷運動の最大の要因は孝明天皇の意志にあると見た諸外国は、艦隊を大坂湾に入れて条約の勅許を
天皇に要求したため、天皇も事態の深刻さを悟って条約の勅許を出すこととした。だが、この年には実際には宮中のみに留
まったものの西洋医学の禁止を命じるなど、保守的な姿勢は崩さなかった[注 2]。

このような状況の中で、次第に公武合体の維持を望む天皇の考えに批判的な人々からは、天皇に対する批判が噴出するよう
になる。第二次長州征伐の勅命が下されると、大久保利通は西郷隆盛に宛てた書簡で「非義勅命ハ勅命ニ有ラス候」と公言[5]し、
岩倉具視は「国内諸派の対立の根幹は天皇にある」と暗に示唆して、「孝明天皇が天下に対して謝罪することで信頼回復を果た
し、政治の刷新を行って朝廷の求心力を回復せよ」と記している[6]。こうした中で1866年10月8日(慶応2年8月30日)には、
天皇の方針に反対して追放された公家の復帰を求める廷臣二十二卿列参事件が発生し、その後薩摩藩の要請を受けた内大臣・近衛忠房
が天皇が下した22卿に対する処分の是非を正そうとしたことから、天皇が近衛に対して元服以来の官位昇進の宣下をしたのは
誰か、奏慶(御礼の参内)は何処で行ったのかと糾弾する書簡を突きつけている[7]。

444名前:名無しさん@1周年ID:
>>650 >>651 >>652 >>653 >>654 >>655 >>656
>忠君愛国はある意味世界標準な概念

これは言うまでもなく誤解だ

儒教・朱子学の君主、神権主義の君主、古代王権神授(absolutismや絶対王政の前)の君主では似ているようで異なる
日本では江戸時代に朝鮮朱子学をベースにした国学が流行し儒教・朱子学と原始宗教(実際は相当前から儒教化)の神権主義が習合した
(水戸学によって神授仏から廃仏毀釈で神儒に移行、江戸時代から廃仏毀釈は行われる)

欧州の古代王権神授説であれば、王は神の使用人、世話人であり、国民に対して奉仕し、臣下に対して客観的な真実に基づく説明責任を負う
君主が責任を負えないのであれば裏で殺処分をすることもある

他国で戦争に命をはる場合のスローガンも日本とは異なる
親兄弟、姉妹、子供・孫、親戚、友人、コミュニティー、資産、自由を守るために、命をかけて戦おうというのが一般的なスローガンだ

つまり他国の奴隷には決してならない、そのためには死を厭わないという理屈だ
ただこれは主君や貴族の奴隷にもならないという意味も背後にあり、国民は自由であるべきということだ

(誰が国民かというのは古代では色々とかわってくるが、アリストテレスはエリート・富裕層以外に投票権を与えるのは無政府状態と断じており、
今日の民主制に進化したのは人類文明の進歩の成果といって良い)

373名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:09:11.95ID:wmH0wajY0
>>322
女性天皇に賛成だが女系天皇はダメという人は少ないだろう
かりに女性天皇をみとめて愛子天皇が即位、愛子天皇に男児誕生
しかし女系だからダメで、次代天皇は従弟の悠仁天皇
これを認める人は少ないと思うよ
女性天皇OKの人は、女性天皇の子どもが天皇になるのもOKが大多数でしょ

個人的には女性天皇も典範改正が必要だし、そんな面倒なことはしないで、サクッと象徴天皇制終了にするべしと思うが

378名前:名無しさん@1周年ID:
>>373
だから女系のみならず女性天皇にも絶対に反対しとかないとダメなんだよな
446名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:17:17.78ID:S+Hn36B50
>>373
え?象徴天皇制廃止を望んでいるの?
326名前:名無しさん@1周年ID:
なんと中学に入っても不規則登校が続く愛子さん

愛子さん中学校時代の不規則登校-4

■中学3年 中間テスト欠席(2016年12月)

> 東京・目白の学習院大学正門前に、1基の信号機がある。11月11日の午後3時半、1人の警察官が信号機の前に立った。根元にある配電盤のような箱の鍵を開けて操作する。
信号が「青」で固定された直後、2台の警備車両に挟まれ、愛子さまを乗せた白いワンボックスカーが正門の前を通過し、帰路についた──。
 その日の午後、愛子さまが通われる学習院女子中等科の生徒たちは、大学で課外授業を受けた。続々と構内へと入っていく生徒たちの中に、愛子さまのお姿はない。
間もなく始まろうかという午後1時半過ぎになって、愛子さまを乗せた車が到着した。

「9月26日から長期欠席していましたが、11月8日に久しぶりに登校されました。
ご体調は万全ではないようで、“6時限目だけ”といった変則登校。その日も午前中の授業はお休みになり、課外授業だけのご出席でした」(皇室記者)
(中略)
 15日も、愛子さまはお昼の時間を避け、午後の授業のみ受けられた。(女性セブン2016年12月1日号)
https://www.news-postseven.com/archives/20161117_467318.html

>「愛子さまは久しぶりに登校されてからも、午後からの登校が続いていましたが、徐々に学校での滞在時間が増えてきましたね」
 皇太子ご夫妻の長女・愛子さまの近況についてそう話すのは宮内庁関係者。
 現在、学習院女子中等科3年の愛子さまは9月26日から長期欠席となり、運動会や中間テストなども休まれる異例の事態に。
「宮内庁の発表では、欠席の原因は勉強などのお疲れからくる『ふらつき』と『胃腸の不調』による体調不良ということでした。
 病院での検査も異常なしで、病名や症状名の公表もありませんでした」(宮内庁担当記者)(週刊女性2016年12月13日号)
https://www.jprime.jp/articles/print/8656

485名前:名無しさん@1周年ID:
幼稚園から高校に至るまで不規則登校を続ける愛子さんの実態

特に酷い中学高校

>>318 >>326

327名前:名無しさん@1周年ID:
男系とかいうどうでもいいドグマにこだわって
傍系を取り入れるなんてとんでもない話で本末転倒だわ
直系こそが天皇にふさわしい
332名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:05:19.26ID:g8t1rA+N0
女性天皇と女系天皇は分けて考えなければいけない。

腐れマスゴミとクパヨクはここをわざと混同している。

344名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:06:27.63ID:U2t7amco0
>>332
本文見てたら分けてると思う。
409名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:13:35.18ID:g8t1rA+N0
>>344
本文を見ても分けているとは思えんが。
333名前:名無しさん@1周年ID:
高校入学後も不規則登校を続ける愛子さん

愛子さん高校時代の不規則登校-1

■高校1年 (2017年)

>「GWが明けた8日(2017年5月)から、日曜日をはさんで8日連続で学校を欠席されたことになります。
11日には筑波山(茨城県)への遠足も予定されていましたが、これも欠席。
4月8日の入学式直後にも3日ほどお休みになっており、合計でかなりの日数を欠席されていることになります」(皇室記者)(女性セブン2017年6月1日号)
https://www.news-postseven.com/archives/20170520_556725.html

>「お元気そうな様子が見受けられる半面、高校入学後も授業を欠席することが多く、1学期のあいだ中、『まだら登校』のような状態が続いています」(学習院関係者)
 本誌・女性セブンが確認する限り、愛子さまは高校入学後のガイダンスが行われた4月11日と12日を欠席。通常授業初日だった13日まで3日連続で欠席された。17日から19日も同様に3日連続でお休み。24日の欠席は、「翌日の球技大会に向けて大事をとった」という。
 5月8日から12日には、天候不順による風邪を理由に5日連続でお休み。さらに翌週の15日もお休み。
6月に入ってからも、第4週は出席できたのが22日の1日だけ。期末テスト直前の6月29日と30日には、「テスト勉強のお疲れ」を理由に学校を休まれた。
だが、これはあくまで本誌が確認できている範囲で、さらに欠席が多い可能性もある。(女性セブン2017年7月27日号)
https://www.news-postseven.com/archives/20170713_588712.html/2

507名前:名無しさん@1周年ID:
幼稚園から高校に至るまで不規則登校を続ける愛子さんの実態

特に酷い中学高校

>>333 >>342

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

334名前:名無しさん@1周年ID:
本来、民意とかどうでもいい。
バカマスコミがうるせーだけ。
338名前:名無しさん@1周年ID:
歴史に無知なものほど旧皇族を持ち出す
旧皇族など男系で言えば天皇になる資格などまったくない
339名前:名無しさん@1周年ID:
議論が堂々巡りして皆さん退屈してるだろうから、ここは思考実験やってみよう。
仮に悠仁が皇位につく前に女性天皇および女系天皇を認めると、愛子が皇位につく可能性が出てくる。
で愛子も結婚して子供を作るのだろうが、この際夫はどうでもいい。夫の親族はどうなるかが
興味ある。夫の両親は一般人のままで年取ったら介護施設にでも入れられるのだろうか。
夫の兄弟姉妹はどうなるのだろうか。小室家のように決して裕福とは言えない人も愛子と
結婚する可能性があるので、気になるところだ。
340名前:名無しさん@1周年ID:
日本人の多くはいわゆる「保守派」の連中と共鳴して安倍政権を支持してるわけではないってことがわかったな
保守派の連中は男系固執論者ばかりだから
342名前:名無しさん@1周年ID:
高校入学後も不規則登校を続ける愛子さん

愛子さん高校時代の不規則登校-2

■高校2年 2学期(2018年)

>「でも、大事なことが省かれています。愛子さまは、運動会のあと、長く学校を休まれていたのです」
 と明かすのは、宮内庁の担当記者。

「10月2日の運動会翌日から11日まで、9日も出られていません。休祝日を除けば7日です。症状を訊かれた東宮大夫は、“運動会でのお疲れや、天
候不順で体調を崩され、喉の痛みや咳、頭痛もあったので、大事をとって休まれていた”と説明していました」
 東宮大夫が会見ではっきり語っているというのに、
「誕生日の文書には一切、記述がないのです。ほかの出来事がやけに詳しかったのは、欠席に触れられたくなかったのだと思います。文書配布時、
この点を東宮大夫に訊いても、“10月に一時期、休まれて以降は、元気に通学されている”と言うだけ。初等科時代の“不登校騒動”のようなことが起
きていたのではと勘繰りたくなります」(週刊新潮 2018年12月13日号)
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/12120558/?all=1&page=2

■高校2年 3学期(2019年)

>さらに、最近の愛子さまの状況にも“異変”があるという。この4月からはいよいよ学習院女子高等科3年生になる。
ところが、今年に入って再び学校を休んだり、遅刻したりすることが増えている。
(『THEMIS』(2019.4号)「雅子さま、愛子さま「引き籠り」の大不安」)

507名前:名無しさん@1周年ID:
幼稚園から高校に至るまで不規則登校を続ける愛子さんの実態

特に酷い中学高校

>>333 >>342

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

347名前:名無しさん@1周年ID:
KKとKK母が皇族になるなんて
絶対に反対や!
351名前:名無しさん@1周年ID:
愛子天皇に悠仁を結構させれば良いだけの話やん
365名前:名無しさん@1周年ID:
>>351
ああその手があるな
381名前:名無しさん@1周年ID:
>>351
血の濃さだけを見てるとそういう結論になるのかもしれんが
いとこの結婚にはそれなりに抵抗もあるし
なにより悠仁が頭悪すぎて愛子様に釣り合わない
355名前:名無しさん@1周年ID:
別に名目上に過ぎない天皇なんだから女系でも関係ないと思うがな。
出生で敬ったりする事自体が憲法違反だからな。

王政復古を目途として一途に社稷を奉る忠義心のある奴は
それはそれとして俺は認めるがな。

372名前:名無しさん@1周年ID:
>>355
伝統あってこその天皇
男系承継2000年の伝統がなくなった天皇にはなんの権威もない
税金の無駄
406名前:名無しさん@1周年ID:
>>372
権威など既に失墜している。
それは今始まった事でなく、ポツダム宣言無条件受諾の瞬間に決まったのだよ。
418名前:名無しさん@1周年ID:
>>372
2000年も伝統があるわけない
卑弥呼でさえ3世紀の人物なんだから
大和王権は4世紀からだろ
それに最初の天皇は天武(在位673~686年)だ
天武も生存中は天皇号を名乗らなかったという説もあるね
死後に贈られたと
360名前:名無しさん@1周年ID:
愛子天皇に悠仁を結婚させれば良いだけの話やん
363名前:名無しさん@1周年ID:
■シナ人、チョン人、そしてパヨクに告ぐ

これ以上、日本の天皇について語るな。
日本の伝統についてお前たちのような化外の土地の土人が口を挟むな。

これ以上口を挟めば、お前らに災厄が降り注ぐことになる。
崇徳上皇様は既にお前たちを許さないとお怒りになられているぞ。

いいか、これ以上日本の神聖不可侵なものに触れるな。
これはお前たち土人への隣人の最後の忠告だ。

364名前:名無しさん@1周年ID:
KKが上皇になる日が来るのか・・・楽しみだなあ
366名前:名無しさん@1周年ID:
この話は女系派が男系派を説得して国民の総意にしないと成立しない話しですよw

男系派というのは、もし女系がなるなら今の天皇制を終息させた方がいい。
そうなった場合に国費を投入して守る必然性などなにもない全く賛成しないというグループ。

もちろん、今の天皇制を終息させて密かに男系男子を成立させてつないでいく気満々なんですが。

393名前:名無しさん@1周年ID:
>>366
男系派はイデオロギーの塊の活動家が中心だから無理だよ
反天連に天皇を崇めなさい、中核派に右翼になりなさいと言ってるのと一緒
401名前:名無しさん@1周年ID:
>>393
つまり法改正は無理だと言うことです。
412名前:名無しさん@1周年ID:
>>401
あらゆる問題に賛成反対があるので全員一致ということはありえない
バカ
424名前:名無しさん@1周年ID:
>>412
憲法上は統合の象徴。国民の総意という憲法規定なので多数決で決める話ではない。

おまえらが反対派を説得するか。反対派に頼み込む姿勢がないといけませんよw

441名前:名無しさん@1周年ID:
>>424
反対派を日本から叩き出せばいいじゃん
457名前:名無しさん@1周年ID:
>>441
何の力もない無力なお前が言ってもなぁ
517名前:名無しさん@1周年ID:
>>457
お前らいつも言ってるだろ?
「嫌なら日本から出て行け」って
女系反対派が日本から出ていけば済む話

だいたいな、日本にも天皇制反対派がいる時点で
統合の象徴がー国民の総意がーなんて小理屈が破綻してることに気づいてないのがお笑い

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

519名前:名無しさん@1周年ID:
>>517
だから。憲法改正発議しなさいねw

バカはお前。

646名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:40:11.17ID:Wz7q9PrL0
>>366
>この話は女系派が男系派を説得して国民の総意にしないと成立しない話しですよw

皇室典範は一般法なので、女性天皇女系天皇改正は過半数でOKだよ
新憲法、新皇室典範策定の当事者である国務大臣金森徳次郎が委員会で直接答えている
賛否が拮抗した状態でも法改正できるように、三分の二の賛成が必要な憲法ではなく一般法の皇室典範に
男系規定を入れた

(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai5/5siryou3.pdf)
>②昭和21年7月8日 衆議院帝国憲法改正案委員会 金森徳次郎国務大臣
> 《「皇男子孫ト云フモノヲ(注:憲法第2条の)草案デハ特ニ省イタト云フ理由ガ何カゴザイマスカ」との問に対して》
>此ノ憲法ノ他ノ条文ニモアリマスルヤウニ、男女ノ性カラ来ル諸般ノ変化ハ、根本的ナ支障ガナイ限リハ其ノ差別ヲ
>置カナイト云フコトガ、物ノ本体ト思フ訳デアリマス、ソコデ皇位ノ継承ニ付キマシテモ、皇位ト云フコトノ根本ノ性質
>ト組合セテ、如何ニ此ノ問題ヲ扱フカト云フコトハ、新シイ問題トシテ之ヲ研究シナケレバナラヌト思ツテ居リマス、
>サウ云フ研究ヲモ含ミツツ、此ノ第二条ニハ其ノ制限ガ除カレテ居リマスルガ故ニ、憲法ノ建前トシテハ、皇男子、
>即チ男女ノ区別ニ付キマシテノ問題ハ、法律問題トシテ自由ニ考ヘテ宜イト云フ立場ニ置カレル訳デアリマス、
>実際ドウナルカト云フコトハ是カラノ問題デアリマス、其ノ意味ニ於テ文字ノナイコトハ理由ガアル訳デアリマス

>③昭和21年9月10日 貴族院帝国憲法改正案特別委員会 金森徳次郎国務大臣
> 《「……世襲ノモノデアルト云フコトハ一体ドンナモノデセウ、ドウ云フ意味ナンデセウカ、所謂今日ノ現行憲法
>(注:大日本帝国憲法)ニ於ケル万世一系ト云フノト違フノデアリマセウカ……」との問に対して》 本質的ニハ現行ノ
>憲法ト異ナル所ハナイト考ヘテ居リマス、唯現行憲法ハ万世一系ト云フガ如キ多少比喩的ナ文言ヲ使ツテ居リ
>マシテ、現実的ナルコト言葉デハアリマセヌ、ソレヲ現実世界ノ素朴ナル言葉ニ表ハスト言フコトガ主眼トナツテ
>居リマス

>④昭和21年9月10日 貴族院帝国憲法改正案特別委員会 金森徳次郎国務大臣
> 男系ノ男子ト云フコトハ第二条ニハ限定シテアリマセヌ、其ノ趣旨ハ根本ニ於テ異ナルモノアリトハ考ヘマセヌ
>ケレドモ、併シ時代々々ノ研究ニ応ジテ或ハ部分的ニ異ナリ得ル場面ガアツテモ宜イト申シマスカ、サウ云フ余地
>ガアリ得ルト云フ訳デ斯様ナ言葉ニナツテ居リマス

>⑥昭和21年12月11日 衆議院皇室典範案委員会 金森徳次郎国務大臣
> 《「今後この問題を検討した結果、男系に限る必要がないということがはつきりした場合に、それから改正しても
>いいというようなお考えがおありでございますか」との問に対し》もとより十分なる研究をいたしまして、正しい結論が
>出ますれば、それに従うべきことは言うまでもないと考えております

制定の意図
○女子、女系の皇位継承資格については、新しい問題として研究しなければならない
○憲法に「皇男子孫」という言葉を入れなかったのは、皇室典範(一般法)の改正で双系継承に変更できるようにする
ため
○研究が進んで男系に限る必要がないという事になれば、そのように典範を改正すべき

126名前:名無しさん@1周年ID:
>>640 >>641 >>642 >>643 >>644 >>645 >>646

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
江戸時代
江戸時代末期、藤田東湖は「神州誰君臨、万古仰天皇」と述べ、「支那」は革命を主体とする国家で王朝交代があるので「正気観念」にも変動があるが、
日本は万世一系の皇室を頂いて永遠に変わらないので「正気観念」にも変動が無く、そこに日本民族の特徴があるとした[1]。藤田東湖は「正気」とは
一般的には道義、特殊的には忠義であるし、更に「正気」の粋を集めた「神国日本」のその皇風が世界に広がり、皇室の御聖徳は太陽にも等しい、とした[1]。
藤田東湖の「正気歌」は吉田松陰や、明治の広瀬武夫にも影響を与えた[1]。平田篤胤の思想と、この水戸学の勤皇思想が混ざり、幕末に「神州不滅」の思想
が巻き起こった[2]。

明治以降
大日本帝国憲法では、日本は万世一系の天皇が統治し、天皇は神聖と明記された。

昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

438名前:名無しさん@1周年ID:
>>640 >>641 >>642 >>643 >>644 >>645 >>646

我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ「教育勅語」(孝ではなく、忠が先に暗唱される、また東洋的な忠という概念は民主主義と相性が悪い)

忠孝一致は、朱子学者浅見絅斎の考えたものだが、中国的には今まで存在しなかった新しい発明かというと、そうではないらしい
中国では忠と孝は同時に実現できないとされる

であれば忠が孝を上回る状況は、二者択一の決断となる
つまり独裁者である皇帝への忠誠が最重要と認識されるとき、忠孝一致は至極当然にあるということだ
忠孝一致とは、忠(主君)が孝(家族愛)を常に上回る状況であり、よって孝(家族愛)は軽視されるか解体・蹂躙される

この片方が優先されるという状況は、大半の儒学者からすると、両雄並び立たずの悩ましい問題であり
忠と孝の2つの徳目に分けた定義としたのは、それを一致させることの弊害が認識されているということだ

孝とは文明が生まれた段階にある徳目であるので、一種の最古の伝統であるといっても良い
仮に忠が優先とするならば、忠(主君への忠誠)が孝(家族愛)を破壊することを許容する

北朝鮮では金王朝の長である金日成の男系子孫は主体思想によって国の父となり、また精神的・物理的にも朝鮮人民と一体という思想を持つ
これは忠孝一致(主君と臣民の一体と付随する絶対的忠誠)であり、金日成の男系子孫は主君であり人民の親なのである

https://en.wikipedia.org/wiki/Juche
The Festival’s effectiveness in transforming its participants into loyal disciples of Juche seems to originate
from the collectivist principle of "one for all and all for one" and the ensuing emotional bond and loyalty to the leader.[94]

The Festival’s ritualistic components of collectivism serve to reinforce a "certain structure of sociality
and affect", establishing Kim Il Sung as the "Father" in both the body and psyche of the performers.[94]

君臣一体、忠孝一致は北朝鮮の体制において現在進行系で実践されており、それが全体主義と同質なのは明らかだ
戦前の皇室と異なる点としては、金日成の男系子孫は国王・天皇という肩書ではないこと、実質的な国家権力を保持していることだ

370名前:名無しさん@1周年ID:
賛成7割って弄った数字を発表してもこのご時世誰も信じんわ
375名前:名無しさん@1周年ID:
もはや象徴としての存在でしか無い天皇なんだから男系に拘ってるのは日本会議と馬鹿なネトウヨだけだろ
390名前:名無しさん@1周年ID:
>>375
千年を超える伝統によって権威付けられた男系承継がなくなると象徴としての価値もなくなるということがわからないバカ
391名前:名無しさん@1周年ID:
>>375
統合の象徴だから多数決では決められない話ですよ。
おまえらが発現する度に女系は遠のくということw
377名前:名無しさん@1周年ID:
ネトウヨ盛り上がりすぎじゃんw
379名前:名無しさん@1周年ID:
それは天皇ではない
380名前:名無しさん@1周年ID:
憲法第1条は「天皇の地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と言っているのだが、
今まで一度も日本国民の総意が確認されたことは無い。
憲法改正は、国民の過半数の賛成でできる。
それに対して天皇の地位は国民の100%の賛成を求められているのだから厳しいのである。
387名前:名無しさん@1周年ID:
悠仁になるよりは愛子様になってほしい
それだけ
395名前:名無しさん@1周年ID:
愛子を天皇にする→Y染色途絶えて天皇終了

旧皇族を利用する→別の王朝になって天皇終了

397名前:名無しさん@1周年ID:
東隆明氏
399名前:名無しさん@1周年ID:
基本的に天皇制維持は国民の総意なんだろ
それでいいじゃんこんな話しなくても
男系が途絶えた時点で議論すればいい
402名前:名無しさん@1周年ID:
流石に男系終わったら日本終了だろ
俺は平成のうちに自殺するから関係ないけど
403名前:名無しさん@1周年ID:
「女系」と「女性天皇」を分けないところに時事通信のうさん臭さが分かる

「女系」と「女性天皇」を分けないところに時事通信のうさん臭さが分かる 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:1341adc37120578f18dba9451e6c8c3b)

404名前:名無しさん@1周年ID:
カトリック教会で女性の教皇が誕生しないのと同じで、日本の天皇も女性はダメ。

女は男のあばら骨から造られたからだ。

416名前:名無しさん@1周年ID:
女系になるなら天皇制廃止でいい
そういう選択肢も入れとけ
419名前:名無しさん@1周年ID:
女性天皇は、在ったとしても 1代までだよ
女系は絶対にナイ

やったら、日本の男性陣らが全滅するよ

425名前:名無しさん@1周年ID:
男系が
国民統合の象徴に不可欠?
アホらしい
434名前:名無しさん@1周年ID:
>>425
はい女系天皇遠のいたw
452名前:名無しさん@1周年ID:
>>425
男系は千年以上日本人によって支えられてきた伝統だからな
日本人の統合の象徴だよ
535名前:名無しさん@1周年ID:
>>425
それが伝統だから
古今東西の日本人を結びつけつ唯一の伝統
553名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:27:51.23ID:P04Gd2K/0
>>535
いや日本は日本列島に生まれて日本語しゃべるだけで強固に結びついてるよ
だから移民法はだめなんだよ
518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

428名前:名無しさん@1周年ID:
理解せずに解凍しているとしか思えない
430名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:15:26.40ID:qpin0b3B0
女系女性天皇って何がそんなに悪いの?
442名前:名無しさん@1周年ID:
>>430
おまえの子供が天皇になるなんて
絶対に許されへんことなんやで
431名前:名無しさん@1周年ID:
オバマが最初に訪日した時、(失念したが)あの頃は自民だかミンスだかで総理がコロコロ変わっただろ?
オバマに対応してくれたのが陛下で良かったと思ったわ
435名前:名無しさん@1周年ID:
子供部屋の引きこもりニートが小室小室喚くとかなんかのギャグか?
447名前:名無しさん@1周年ID:
>>435
争いは同レベル同士でしか発生しないらしいからw
439名前:名無しさん@1周年ID:
愛子さんの障害を隠蔽して健常児のように見せる工作をする皇室
今時障害児隠蔽、なんと恥知らずな
443名前:名無しさん@1周年ID:
女性宮家、、、、
小室を税金で養うのか、トホホ~
445名前:名無しさん@1周年ID:
小室王朝開闢!
450名前:名無しさん@1周年ID:
伝統と悪習は違う

悪習を削ってきて、今にたどり着いた

推古天皇いたのに、何を今更

461名前:名無しさん@1周年ID:
>>450
教科書を信じすぎww
467名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:19:11.49ID:enB5KQZE0
>>450
推古天皇は女性天皇だが、女系天皇ではないので
497名前:名無しさん@1周年ID:
>>467
まずは、始まりがないとね
493名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:21:40.92ID:xSBH4jHj0
>>450

道鏡という人物もいた

514名前:名無しさん@1周年ID:
>>493
男系男子でもそういうのは起こりうる。中国には妲己のような
傾国の美女というのもいた。
451名前:名無しさん@1周年ID:
このアンケートは卑怯w
農民の苦労を知りたいとかいって、部下が整地からセッティングまで全部やった田んぼに
ふらっときれいな格好して来て、種もみ貰ってぱらぱら1平方メートル撒くだけの
いいもん食い過ぎで赤ら顔した爺の何を尊敬しろというのか
と俺は思ってるけど

少なくとも電話番号知られてる奴に聞かれたら「尊敬してる」って答えるわなw

453名前:名無しさん@1周年ID:
王朝交代?
すでに何度も交代してるよ
継体天皇のときも
光格天皇のときも
男系でつながってるという
保証などなにもない
454名前:名無しさん@1周年ID:
天皇陛下とローマ教皇

この二つが世界の権威なのだ。

従って女性はダメ。

459名前:名無しさん@1周年ID:
愛子内親王がまず天皇になる
その後悠仁親王に譲位して更に二人が結婚したら
その子供は女系になんの?
460名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:18:23.01ID:xSBH4jHj0
女系にするなら、天皇制は廃止すべき。
504名前:名無しさん@1周年ID:
>>460
廃止して誰が統治すんの?
首相は国会元首ではない
新たに総統を頂がなければならないが?
543名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:27:01.02ID:wmH0wajY0
>>504
天皇には統治権はないし、日本は立憲君主国ではないから国家元首でもない
外交儀礼上は天皇が形式的に国家元首の役割をしているから勘違いされているだけ

そろそろ天皇制終了後のことも国民の議論にのぼるべきだと思う

566名前:名無しさん@1周年ID:
>>543
なら俺が総統として君臨していいんだな?
525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

567名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:29:44.51ID:xSBH4jHj0
>>504

大統領制でも総統制でもすればいい。

464名前:名無しさん@1周年ID:
女系天皇を出すってことは、2000年以上続いた皇室の伝統が途絶えることを意味するけど
分かってんのかね?結果、ありがたみも荘厳さも威厳も消え失せて
もう、皇室なんてイラネーわってなり消えてゆくわけだわなw
465名前:名無しさん@1周年ID:
「女系の皇族」などとほざくバカがおる
皇族ってのはなぁ
外部から嫁いだ女以外は全員男系なんだよ
469名前:名無しさん@1周年ID:
側室はダメ
女性天皇はダメ
それなら天皇制は
自然消滅するしかないね
489名前:名無しさん@1周年ID:
>>469
天皇も含めて日本として重婚認めるべきだよな?
同性婚容認するよりははるかに健全だよね
513名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:23:25.49ID:4piIh3/l0
>>469
別の王朝に代わるくらいなら、それでもいいと思ってる。
そんなん意味ないでしょ
470名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:19:26.06ID:xo6NnziG0
大臣の失言程度でヒステリックに騒ぎまくるサヨクメディアなら、
小室氏の家族のゴタゴタなんて格好の餌食になるはずなのにほとんど批判記事が出て来ないし、
むしろこうやってアンケートで女系天皇女性宮家を推進するかのような記事書くしな

推進派がどういう勢力なのかおよそ見当がつく

889名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)14:10:55.64ID:LWvPWch50
>>470
>女系天皇女性宮家を推進する記事書く
>推進派がどういう勢力なのかおよそ見当がつく
367名前:名無しさん@1周年ID:
>>889 >>897 >>898 >>899 >>907 >>908 >>909

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

603名前:名無しさん@1周年ID:
>>879 >>887 >>888 >>889 >>897 >>898 >>878

朝鮮朱子学そのものである教育勅語

hosikita@hosikita
教育勅語の内容が朝鮮儒教の教えと一致している、というのは総督府の官僚も感じていたこと。
pic.twitter.com/F58BBJeQGk

https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

472名前:名無しさん@1周年ID:
令和天皇誕生

なるべく早く秋篠宮に王位を譲る

崩御

息子が天皇

昭和生まれは5つの時代を経験する
476名前:名無しさん@1周年ID:
久人が女子大学附属中学でトランスジェンダーになったらどうするんや。
478名前:名無しさん@1周年ID:
天皇陛下は皇統男子のみで良いよ。

女が天皇になったら日本は滅亡する。

492名前:名無しさん@1周年ID:
>>478
あんな奴らが居ろうが居るまいが日本に何の関係もないよ
俺らは普通に生きていける
483名前:名無しさん@1周年ID:
小室?
なんの関係がある?
506名前:名無しさん@1周年ID:
>>483
小室の息子が天皇になる可能性が出てくるんだよ
小室が天皇の父親になる
小室朝の誕生だよ
そんなことになったら日本が真っ二つに分裂して内線だよ
484名前:名無しさん@1周年ID:
やばいぞ、女系天皇は。
しな王朝、朝鮮王朝がおっぱじまるぞ
494名前:名無しさん@1周年ID:
憲法1条は「天皇の地位は国民の総意に基ずく」とする。
国民の総意が確認されたことなんか一度もない。
そして、共産党などのように明らかに天皇に反対の人がいる。
総意とは国民全員が賛成ということだ。
明らかに反対の人がいるということは、
天皇の地位が国民の総意に基づいているかどうか極めて疑わしいということになる。
512名前:名無しさん@1周年ID:
>>494
憲法改正を発議したらいいんじゃないのw
536名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:26:31.74ID:enB5KQZE0
>>494
その条文の専門的な解釈は知らないけど、成立時点の総意とか、逆に反対意見こそが総意に反するので違憲とか(それはないと思うけど)、色々考えられるんじゃないの
584名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:32:15.09ID:wmH0wajY0
>>536
憲法起草の時に国民の総意をなんらかの方法で確かめたという史料はないと思うけどな
むしろ、「マッカーサー様万歳」という一般日本人からのファンレターがGHQ宛にたくさん来たり
「天皇は滅びろ」みたいな騒ぎもあったという

GHQとしては本音では天皇制を廃止したいが、それをやるとソ連がすぐに日本を共産化するだろうと見込み、
冷戦時代だけでも残しておくことにした
さらに本当は昭和天皇を退位させたいが、皇太子がまだ幼少で、摂政をつとめるべき昭和天皇の弟宮たちは軍国主義思想で不適当
しかたなく昭和天皇をそのままおくことに決定

そのために「国民の総意」という文言がはいったのだと推測している
冷戦時代もとっくに終わり、もう存続意義はあまりないね

537名前:名無しさん@1周年ID:
>>580 >>581 >>582 >>583 >>584 >>585 >>586

神風・神州不滅は歴史によって誤りと実証されている
アメリカに余裕で叩き潰され、神風は吹かず無残に敗戦したことで神風伝説は崩壊し、神国思想の正当性・妥当性は失われた

神風は天皇から得体の知れない超常性やオーラ・霊力を感じる源泉だったので、神風が吹かなかった敗戦の時点で明治期の朝鮮朱子学とオカルト平田神学の融合の役割は終わったと言える
神風オーラを皇室からビンビンに受信できる特異体質の自称保守を除く国民にとって皇室の存在意義とは立憲君主的な象徴に移行したと考えるべきだ

495名前:名無しさん@1周年ID:
これが通ればKKが天皇の父となって実権を握る未来も見えてくるってこと
499名前:名無しさん@1周年ID:
皇族内の内訳を述べておく
男系男子…3人
男系女子…6人
女系男子…そんなものいない
女系女子…そんなものいない
515名前:名無しさん@1周年ID:
>>499
自己レス 次期天皇の皇太子は除く
500名前:名無しさん@1周年ID:
京都やタイに隠し子いる
アホは皇室から追い出せ
501名前:名無しさん@1周年ID:
女系と女性天皇は全く違うやんけ
何一緒にして聞いてんねん!
503名前:名無しさん@1周年ID:
日本書紀では初代天皇の神武天皇は神の化身としてるわけだから
天皇=神の化身として、きちんと教育してかないかんと思うよ
日本は神国であり、天皇がいるから日本人として生きていけるとな
505名前:名無しさん@1周年ID:
女系と女性を混ぜて聞くのか
509名前:名無しさん@1周年ID:
中国の国家主席に女がなれないのと同じで、天皇は女ではダメなんだよ。

わかるだろ、シナ人でもw

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

510名前:名無しさん@1周年ID:
感情としては、次期の天皇の長女であり、頭の良さそうな風格ある愛子になってほしい
次男ナマズ秋篠宮の3番目の頭悪そうな子供よりも
521名前:名無しさん@1周年ID:
>>510
愛子さまいいよね
叩く奴は自分がアホなのだろうw
511名前:名無しさん@1周年ID:
皇室に経緯を持ってなくたって
議論は必要なんだよ
憲法で規定された
国民統合の象徴の問題なのだから
立憲主義が
わかってないね
516名前:名無しさん@1周年ID:
同族交配を否定した時点で純血とかどうでもいいだろ
移民国になりいずれ肌の色の違う皇族もでてくるよ
524名前:名無しさん@1周年ID:
日本は神国ではないし
天皇は神の化身ではないよ
いつの時代の
オツムで止まってるのかね
526名前:名無しさん@1周年ID:
女系天皇、賛成!

天皇制の終了が近づくからw

528名前:名無しさん@1周年ID:
憲法改正反対といってるやつは基本的に皇室を認めているということ。
これ以外の解釈はない。
534名前:名無しさん@1周年ID:
世界中でエンペラーって言えるのは日本の天皇家だけ、だからイギリス王室や世界中が嫉妬して潰したくてしょうがないんだよ
587名前:名無しさん@1周年ID:
>>534
別にエンペラーとか言いたくないけど
王様にぺこぺこする国の国民ってむしろ恥ずかしくない?
548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

612名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:35:14.30ID:WUojYCAh0
>>587
オランダとかスウェーデンとかデンマークとかノルウェーとかベルギーとかイギリス、
オーストラリア、カナダとかニュージーランドとかの国民が恥ずかしがってるようには見えない
119名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

明治天皇は儒教的専制君主となるよう積極的に動いていた時期があった(大久保の暗殺後に政治空白が生まれ宮中での天皇親政運動が強まる)
明治天皇とその側近である侍補グループの天皇親政運動は五箇条の御誓文や維新革命後の政治体制に反する存在となった為に伊藤博文が介入した。最終的に軍の支持を受けた伊藤
の封殺案に抵抗する術はなく、侍補は廃された。宮中グループはその後も教学聖旨によって儒教君主化を企んだが伊藤博文はこれも頓挫させた

「〔明治13年〕11月3日(東京)天皇誕生日。この国の人民がその君主に寄せる関心の程度が低い有様をみることは情けない。
警察の力で,家々に国旗を立てさせねばならないのだ。自発的にやるものは、ごく少数だろう」(エルヴィン・フォン・ベルツの日記より)

憲法の制定後は明治天皇の権力はさらに制限され、親政の希望は失われたが、伊藤博文は傀儡となった天皇の権威を最大限利用すべく動き
最終的には西欧におけるキリスト教の役割となることを期待し、操り人形の前提で天皇崇拝を強化した
明治天皇の信任が厚かった宮中グループも、朝鮮朱子学による天皇儒教権威の強化、儒教的・絶対的な天皇中心主義が教育勅語に組み入れられたことで満足(侍補達の権威アップ)し、その後はおとなしくなった

https ://ja.wikipedia.org/wiki/明治天皇
若い頃(とりわけ明治10年代)には、侍補で親政論者である漢学者・元田永孚や佐々木高行の影響を強く受けて、西洋の文物に対しては懐疑的であり、また自身が政局の主導権を掌握しようと積極的であった時期がある。

教育に関しては儒学を基本にすべしとする元田の最大の理解者でもあり、教育行政のトップに田中不二麿や森有礼のような西洋的な教育論者が任命されたことには不快感を抱いていた。特に明治17年(1884年)4月下旬に森が文部省
の顧問として御用掛に任命されることを知ると、「病気」を口実に伊藤(宮内卿兼務)ら政府高官との面会を一切拒絶し、6月25日まで2か月近くも公務を放棄して引籠もって承認を遅らせている。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/機務六条
宮中側は明治天皇が儒教に基づいた東洋的な専制君主として「天皇親政」を行うべきであると主張し、明治天皇への帝王教育もその路線で行ってきた。これは将来的には天皇を西洋的な立憲君主として近代国家の中枢に据えようとす
る太政官の方針と矛盾したものであった。このため、岩倉や伊藤らは侍補を廃止して親政路線を停止しようと図ったが、明治天皇自身が元田永孚・佐々木高行ら侍補に心を寄せて彼らを私的なブレーンとして遇し、彼らが期待する君主像を実現させようと試みた。

1879年(明治12年)3月10日、明治天皇が「勤倹の聖旨」を公布して政府の財政路線を批判し、続いて元田に「教学聖旨」を執筆させて教育政策を批判した。伊藤らは天皇と宮中側の関係を改めさせようとしたが、急速に立憲制が確立することで
公家出身の門地に依存してきた自分の地位が危うくなることを危惧した三条や岩倉は、元田や佐々木らの宮中側勢力を完全に抑えることには消極的で、大隈財政末期の外債発行問題などでは宮中側と連携して太政官側を動かそうとする動きも見せたのである。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤博文
お雇い外国人であったドイツ人医師のエルヴィン・フォン・ベルツは『ベルツの日記』の中で、伊藤が会議の席上、半ば有栖川宮威仁親王の方を向き、「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。
生まれるが早いか、到るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをして見せたことを紹介している。

421名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

十七条憲法より
一曰、以和爲貴、無忤爲宗。
一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。

十七条の憲法第三条から (蘇我氏全盛期に憲法制定後、聖徳太子の子息は蘇我氏に虐殺された事になっているが真偽は不明、その後、蘇我氏本家は滅亡、古人大兄皇子は殺害され歴史家がクーデターとする乙巳の変は成功する)

是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。

君言えば臣承り、上行なえば下靡く。ゆえに詔を承けては必ず慎め。謹まずんばおのずから敗れん。
下位者は上位者からの詔・命令を承れば必ずつつしむ
下位者は上位者に対して和の心を以て接する

https://ja.wikipedia.org/wiki/学而
有子曰:「禮之用,和爲貴;先王之道,斯爲美;小大由之。有所不行,知和而和,不以禮節之,亦不可行也。」
(有子曰く「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す、小大これに由るも行なわれざる所あり。
和を知りて和すれども礼を以てこれを節せざれば、亦行なわるべからず。」)

629名前:名無しさん@1周年ID:
>>612
王様に頭押さえられたがる気持ちが単純に分からない
ドMなの?
479名前:名無しさん@1周年ID:
>>628 >>629 >>637 >>638 >>639 >>647 >>648

平安後期に皇室の威光・権威が衰えた後に、儒教宗祖崇拝が喧伝され、そこに神風・神州不滅が神武天皇の血統に正当性を与えることになる
すなわち皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となったわけだ

640名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:39:08.57ID:czphqhzD0
>>629
佳子様に土下座しながら頭を踏まれるあると思います!
126名前:名無しさん@1周年ID:
>>640 >>641 >>642 >>643 >>644 >>645 >>646

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
江戸時代
江戸時代末期、藤田東湖は「神州誰君臨、万古仰天皇」と述べ、「支那」は革命を主体とする国家で王朝交代があるので「正気観念」にも変動があるが、
日本は万世一系の皇室を頂いて永遠に変わらないので「正気観念」にも変動が無く、そこに日本民族の特徴があるとした[1]。藤田東湖は「正気」とは
一般的には道義、特殊的には忠義であるし、更に「正気」の粋を集めた「神国日本」のその皇風が世界に広がり、皇室の御聖徳は太陽にも等しい、とした[1]。
藤田東湖の「正気歌」は吉田松陰や、明治の広瀬武夫にも影響を与えた[1]。平田篤胤の思想と、この水戸学の勤皇思想が混ざり、幕末に「神州不滅」の思想
が巻き起こった[2]。

明治以降
大日本帝国憲法では、日本は万世一系の天皇が統治し、天皇は神聖と明記された。

昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

438名前:名無しさん@1周年ID:
>>640 >>641 >>642 >>643 >>644 >>645 >>646

我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ「教育勅語」(孝ではなく、忠が先に暗唱される、また東洋的な忠という概念は民主主義と相性が悪い)

忠孝一致は、朱子学者浅見絅斎の考えたものだが、中国的には今まで存在しなかった新しい発明かというと、そうではないらしい
中国では忠と孝は同時に実現できないとされる

であれば忠が孝を上回る状況は、二者択一の決断となる
つまり独裁者である皇帝への忠誠が最重要と認識されるとき、忠孝一致は至極当然にあるということだ
忠孝一致とは、忠(主君)が孝(家族愛)を常に上回る状況であり、よって孝(家族愛)は軽視されるか解体・蹂躙される

この片方が優先されるという状況は、大半の儒学者からすると、両雄並び立たずの悩ましい問題であり
忠と孝の2つの徳目に分けた定義としたのは、それを一致させることの弊害が認識されているということだ

孝とは文明が生まれた段階にある徳目であるので、一種の最古の伝統であるといっても良い
仮に忠が優先とするならば、忠(主君への忠誠)が孝(家族愛)を破壊することを許容する

北朝鮮では金王朝の長である金日成の男系子孫は主体思想によって国の父となり、また精神的・物理的にも朝鮮人民と一体という思想を持つ
これは忠孝一致(主君と臣民の一体と付随する絶対的忠誠)であり、金日成の男系子孫は主君であり人民の親なのである

https://en.wikipedia.org/wiki/Juche
The Festival’s effectiveness in transforming its participants into loyal disciples of Juche seems to originate
from the collectivist principle of "one for all and all for one" and the ensuing emotional bond and loyalty to the leader.[94]

The Festival’s ritualistic components of collectivism serve to reinforce a "certain structure of sociality
and affect", establishing Kim Il Sung as the "Father" in both the body and psyche of the performers.[94]

君臣一体、忠孝一致は北朝鮮の体制において現在進行系で実践されており、それが全体主義と同質なのは明らかだ
戦前の皇室と異なる点としては、金日成の男系子孫は国王・天皇という肩書ではないこと、実質的な国家権力を保持していることだ

654名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:41:32.26ID:WUojYCAh0
>>629
そこらへんのおっさんの大統領に権威と権力を集中させてうれしい君の気持がさらにわからない。
ウルトラドMじゃないの?

立憲君主制なら権威と権力をわけられ、権力者に権威を渡すことなく、国民の象徴とする王(天皇)に権威を置くことができる。
事実上、スウェーデンやデンマークの民主主義は最も評価が高い

128名前:名無しさん@1周年ID:
>>650 >>651 >>652 >>653 >>654 >>655 >>656

伊藤博文・山県有朋が明治天皇の親政の希望を断った。プロイセン・ドイツ流の国家主義はカルテル経済のハリボテであったので
両名に対する批判はもっともであるが、伊藤博文が傀儡として天皇を利用しなかったならば国体が廃止されていた可能性は否定できない

明治維新が天皇親政に向かおうとした場合は、薩長や雄藩の軍人による武力行使によって国体(天皇を中心とする国家体制)が消滅していた可能性もゼロではない

https://ja.wikipedia.org/wiki/孝明天皇
その後、幕府・一会桑・薩摩藩・長州藩等の諸藩・公家・志士達の権力を巡る争奪戦に巻き込まれていくと、孝明天皇自身
の権威は低下していくことになった。

1865年(慶応元年)、攘夷運動の最大の要因は孝明天皇の意志にあると見た諸外国は、艦隊を大坂湾に入れて条約の勅許を
天皇に要求したため、天皇も事態の深刻さを悟って条約の勅許を出すこととした。だが、この年には実際には宮中のみに留
まったものの西洋医学の禁止を命じるなど、保守的な姿勢は崩さなかった[注 2]。

このような状況の中で、次第に公武合体の維持を望む天皇の考えに批判的な人々からは、天皇に対する批判が噴出するよう
になる。第二次長州征伐の勅命が下されると、大久保利通は西郷隆盛に宛てた書簡で「非義勅命ハ勅命ニ有ラス候」と公言[5]し、
岩倉具視は「国内諸派の対立の根幹は天皇にある」と暗に示唆して、「孝明天皇が天下に対して謝罪することで信頼回復を果た
し、政治の刷新を行って朝廷の求心力を回復せよ」と記している[6]。こうした中で1866年10月8日(慶応2年8月30日)には、
天皇の方針に反対して追放された公家の復帰を求める廷臣二十二卿列参事件が発生し、その後薩摩藩の要請を受けた内大臣・近衛忠房
が天皇が下した22卿に対する処分の是非を正そうとしたことから、天皇が近衛に対して元服以来の官位昇進の宣下をしたのは
誰か、奏慶(御礼の参内)は何処で行ったのかと糾弾する書簡を突きつけている[7]。

444名前:名無しさん@1周年ID:
>>650 >>651 >>652 >>653 >>654 >>655 >>656
>忠君愛国はある意味世界標準な概念

これは言うまでもなく誤解だ

儒教・朱子学の君主、神権主義の君主、古代王権神授(absolutismや絶対王政の前)の君主では似ているようで異なる
日本では江戸時代に朝鮮朱子学をベースにした国学が流行し儒教・朱子学と原始宗教(実際は相当前から儒教化)の神権主義が習合した
(水戸学によって神授仏から廃仏毀釈で神儒に移行、江戸時代から廃仏毀釈は行われる)

欧州の古代王権神授説であれば、王は神の使用人、世話人であり、国民に対して奉仕し、臣下に対して客観的な真実に基づく説明責任を負う
君主が責任を負えないのであれば裏で殺処分をすることもある

他国で戦争に命をはる場合のスローガンも日本とは異なる
親兄弟、姉妹、子供・孫、親戚、友人、コミュニティー、資産、自由を守るために、命をかけて戦おうというのが一般的なスローガンだ

つまり他国の奴隷には決してならない、そのためには死を厭わないという理屈だ
ただこれは主君や貴族の奴隷にもならないという意味も背後にあり、国民は自由であるべきということだ

(誰が国民かというのは古代では色々とかわってくるが、アリストテレスはエリート・富裕層以外に投票権を与えるのは無政府状態と断じており、
今日の民主制に進化したのは人類文明の進歩の成果といって良い)

682名前:名無しさん@1周年ID:
>>654
選挙で一番支持された奴が政治するのが一番いいだろ
なんか訳の分からんけど親が偉かったから子供も自動的に偉いとか
そういうのは非合理的で気持ち悪い
137名前:名無しさん@1周年ID:
>>680 >>681 >>682 >>683 >>684 >>685 >>686

(明治維新の序章となった尊王攘夷の)水戸朝鮮朱子学が巻き起こした狂騒は宮家や公家、門閥一族・宗族にとっては最初で最後の復権チャンスだった
葵の御紋の権威は維新戦争での敗戦で失われたが、菊の御紋や血筋で全ての欲望が満たすことができる時代は無様で悲惨な敗戦と共に終わった

門閥貴族の特権意識で戦後資本主義を生きるのは大変な困難だったろうが、それでも縁故資本主義の日本では何のバックもいない貧乏人に比べれば遥かに生きやすかったことだろう
しかしその門閥のアドバンテージも日本の豊かさの源泉であった技術競争力の低下によって経済が崩壊する見込みのある現在では無効となる見込みであり、従来の利権を守ろうとすればするほど
あらがいようのない運命・対流によって深い沼に引きずり込まれ徐々に落ちて、もがき苦しんで死ぬことになる

https://ja.wikipedia.org/wiki/水戸黄門
この講談話の始まりについては、一橋慶喜を将軍職に就けるため、父である水戸斉昭が裏で動いて、水戸徳川家は「天下の副将軍」であるという話を世間に広めようとしたのだという説がある。
しかしながら光圀が正すのは局所々における役人の不正であり、時には身分制度の掟で結ばれない恋人同士に粋なはからいを示すことなどはあるが、身分制度の矛盾を根本的に正す社会改革にまで踏み込んだ対応を試みようとすることはない。

印籠で平伏するような人間は今の時代いないし、存在しない権威を振り回して暴れたり、洗脳やビジネスツールとして低能を信じさせるための詐欺に使う内質は幼児退行であり、現実逃避に過ぎない
悔しいなら門閥・貴族の一族が本気を見せて日本の経済や競争力を回復させれば良いだけだが、そんな実力がないのは本人達が重々承知しているだろう

なぜ安定して繁栄してきた日本が不運に見舞われ、失敗し続け、衰退中かということだが、それは国民を家畜にしてきたからだ。自由と正義を自ら放棄するような国民は自ら考えることをやめて家畜化され、
上位者である無能で下劣な品性しかない門閥や宮家の残りかすである愛国自慰廃棄物を模倣する。二言目に忠君や国体を連呼するような無能依存体質が下の重層的身分階層に下方伝播・伝染するという至極当然な道理に過ぎない
つまり底辺まで腐りきった儒教的衰退と言える

皮肉なのはアメリカは真剣に日本人が自由を持ち人間としての尊厳を取り戻せるよう願っていたことであり、それが実現すれば門閥一族は一定の権威を保つことも可能だったかもしれないことだ
しかし所詮は飼いならされた家畜しか望まない儒教政府では限界があり、自らの無能という印籠紐によって首がしまって窒息寸前という実に同情が不可能な醜態をさらしているのが現在の状況だ

国難時の力の源泉は皇室や国体の失われた権威ではなく、優れた武器と金となる。それを誰よりも持っているのは言うまでもなくアメリカであり、日本がアカく染まって中国の属国となり日本の血の中国人化が進む前に
アメリカは介入するだろう

458名前:名無しさん@1周年ID:
>>680 >>681 >>682 >>683 >>684 >>685 >>686

キリスト教圏の王室は崇拝対象ではないし、ローマ教皇(教父代表ぐらいが正しい翻訳)も崇拝対象ではない(キリスト教圏では偶像崇拝は禁止されているが、タイ王室は神の生まれ変わりとされるため日本に似ている)

天皇はモンゴルという圧倒的な戦力を打ち負かした神風伝説が長く神話として語り継がれてきたことが、崇拝に繋がったと言える

天皇に霊力があるという説はそれ以降、吉田兼倶(室町時代)の仏教(釈迦)・儒教(孔子)のトンデモ日本起源論・パクリ・ウリナラファンタジーによって強化され
神話化されていったが、それ以前は仏教を重んじる君主としての役割が強かった(仏教に反対した神別氏族物部は奴隷にされる)

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田神道
このように神道を日本の宗教の根本と言いながらも、それまでの儒教、仏教、道教、陰陽道(おんみょうどう)などを習合におけ
る矛盾を巧妙に解釈・混用した、きわめて作為的な宗教であったが、一方でその融合性に富むところから近世に広く長期に渡って浸透し続けた[1]。

763名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:57:28.98ID:WUojYCAh0
>>682
政治は今でも選挙で選ばれたものがしてるが何か?
170名前:名無しさん@1周年ID:
>>760 >>761 >>762 >>763 >>764 >>765 >>766

強気だった山内容堂や老中も身の危険を感じるや服従したため、孝明天皇コースの確率はほぼゼロと見て良い
ようは薩長のように覚悟を見せれるかがクーデターの鍵と言える

長州や薩摩ならこれぐらいは平気でやるだろう
つまり薩長・足利尊氏ほどリアリズムに徹しきれない時点で敗北は確定していたということだ

長州や過去の幕府の例でいえば朝敵・賊軍になった方がクーデター側が一致団結しやすいのだから、皇居に対しての攻撃を躊躇すべき合理的理由が見つからない
皇居の電気・電話を遮断し、水道さえも止めて外部から隔絶させれば、天皇が偶然に砲撃で死んでも外からは分からない
近衛兵や侍従が狂って天皇を殺したことにして、傀儡にできる若年の新天皇を即位させてもクーデターは成功する

明治維新の教訓を全く踏襲しなかったのが、二・二六事件だと言って良い

788名前:名無しさん@1周年ID:
>>682
じゃあ世襲政治の禁止からだね
343名前:名無しさん@1周年ID:
>>777 >>778 >>779 >>787 >>788 >>789 >>797

男系男子にこだわるのであれば、現皇族女子の「たね馬専用の平民婿」として結婚し平民として現皇族女子を支えるか、平民色がつく前の6歳程度で養子になるぐらいの論であればまだ理解はできる
成人してからの皇族復籍と宮家当主と称号、旧宮家の戦前復帰・戦前回帰に固執するのは、それが莫大な利益を生む鉱脈であり、法律を超えた特権となる事を見越しての事だろう

旧皇族男子の平民の中には現皇族女子と結婚したくないものが多い可能性もあるが、現皇族を追い出すことが宮家の成立に必須条件と考えているフシはある
皇族や華族への復帰という点だけが本音で、それ以外はどうでも良いなし崩し的な印象がある
そのためには現皇族を追い出すことも辞さないわけで、ある意味では革命家じみたところもある

旧華族や旧皇族からすれば、天皇が愛した藤原惺窩の朝鮮朱子学によって企業の競争力がなくなり日本の経済が破綻し貧民が町に溢れ出ても、
貴族の特権を維持できる方が(貧民に落ちた平民と比べ相対的に)豊かな暮らしができるので無問題ということだ

皇室の悠久@dankeidanshi
「生前退位」を可能にする目的は「現皇室典範の改悪」。旧宮家の皇籍復帰など(明治皇室典範に戻す)以外に、一切の改悪は許されません。
女性宮家創設は、そもそも宮家に成り得ず、旧宮家からの養子入りも論外です。現典範を改悪しようする動きは「皇室破壊」の為の「悪しき前例作り」が目的です。

皇室の悠久@dankeidanshi
「女性宮家創設」「旧皇族の養子入り」「内親王の尊称保持」「生前退位」これら全てが「皇統断絶」に繋がります。決して騙されてはいけません。
これらは、2670年以上の歴史を誇る、我が国の皇統譜を破壊しようとする極左達の「天皇廃止」運動の策略です。

松平徳内@ichigu_ichigu
3月23日
「旧皇族から養子を迎える」と明記されてゐますね。「婿入り」といふ意味での「養子」は皇統に一例もありません。
また、まだ皇族でない「旧皇族」を青で書くのはミスリーディングです。
「女性宮家」当主は、皇族でない旧皇族との間にお子様をお生みになつてはなりません。お子様が女系になるからです

皇室の悠久@dankeidanshi
3月19日
旧皇族の方々は、旧典範でも現典範でも正統な皇族である。慣例に習い、そのまま復帰して頂くべきである。
それをわざわざ「養子入り」すると、旧皇族の方が正統な「皇族」ではない事になる。女性宮家創設も論外だが、旧皇族の方々の養子入りも、
「永久皇族の制」を破壊してしまう論外の策だ。

皇室の悠久@dankeidanshi
2月18日
旧・公家華族と旧・大名華族を復活させ「皇室の藩屏」とする事は皇室の存続にとって重要である。
仮に200家が応じたとして、それ相当の邸宅その他を供するために各家に20億円を下附しても、4000億円に過ぎない。
公営社会保障費を削れば簡単に捻出できる。

Nappa@Nappa63
2018年8月7日
宮家を増やすことを嫌がる人はいますよね。折衷案として、竹田さんが言っておられましたが旧宮家の独身男性20ー30歳代を今の宮家の養子に迎えると。

869名前:名無しさん@1周年ID:
>>788
それは選挙があるから落としたきゃ落とせる制度になってる
天皇制はアホでも馬鹿でもクズでも偉いとされるから気持ち悪い
362名前:名無しさん@1周年ID:
>>867 >>868 >>869 >>877 >>878 >>879 >>887

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

600名前:名無しさん@1周年ID:
>>858 >>859 >>867 >>868 >>869 >>877 >>857

https://ja.wikipedia.org/wiki/和諧社会
概説
和とは、「和睦」すなわち心を合わせて助け合うことを意味し、諧とは「協調」すなわち衝突がないことを意味する[1]。
様々な社会的矛盾への取組として、和諧社会の建設は、国家戦略の根幹として位置付けられている[1]。2005年胡錦濤は、
地方政府の幹部の討論会の講話において、社会主義和諧社会とは「民主、法治、公平、正義が実現されな誠心友愛にあふれ、
活力に満ち、秩序が安定し、人と自然が互いに調和されている社会である」と述べた[1][5]。

408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

538名前:名無しさん@1周年ID:
秋篠のふにゃふにゃした息子と愛子さんと比べたら
愛子さんの方がいいね。それより天皇制やめろよな、
生まれながらに身分が決まっているとかおかしいだろ。
541名前:名無しさん@1周年ID:
まぁいいんじゃねえか
今流行の女性活躍中ってやつ
時代は変わる
565名前:名無しさん@1周年ID:
>>541
流行りで千年以上の伝統ぶち壊すとか頭悪いんじゃねーの?おまえ
おまえのような頭悪いのが一族から出てしまって男系天皇を守ってきたおまえのご先祖様かわいそうだな
525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

585名前:名無しさん@1周年ID:
>>565
お前が頭悪いのはわかったから落ち着けw
537名前:名無しさん@1周年ID:
>>580 >>581 >>582 >>583 >>584 >>585 >>586

神風・神州不滅は歴史によって誤りと実証されている
アメリカに余裕で叩き潰され、神風は吹かず無残に敗戦したことで神風伝説は崩壊し、神国思想の正当性・妥当性は失われた

神風は天皇から得体の知れない超常性やオーラ・霊力を感じる源泉だったので、神風が吹かなかった敗戦の時点で明治期の朝鮮朱子学とオカルト平田神学の融合の役割は終わったと言える
神風オーラを皇室からビンビンに受信できる特異体質の自称保守を除く国民にとって皇室の存在意義とは立憲君主的な象徴に移行したと考えるべきだ

601名前:名無しさん@1周年ID:
>>565
お前が生まれたことが一族の恥曝しw
408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

1000名前:名無しさん@1周年ID:
>>565
お前が、地球上で1番の雑魚で地球上で1番の人生の敗北者だということを理解しろ!
542名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:26:56.29ID:gSwJc0zk0
女系と女性を同じ選択肢にするなよ
恣意的すぎる
583名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:32:07.63ID:eU2nsyln0
>>542
?がどうなるか分からないから女性宮家創設がまた議論になる
537名前:名無しさん@1周年ID:
>>580 >>581 >>582 >>583 >>584 >>585 >>586

神風・神州不滅は歴史によって誤りと実証されている
アメリカに余裕で叩き潰され、神風は吹かず無残に敗戦したことで神風伝説は崩壊し、神国思想の正当性・妥当性は失われた

神風は天皇から得体の知れない超常性やオーラ・霊力を感じる源泉だったので、神風が吹かなかった敗戦の時点で明治期の朝鮮朱子学とオカルト平田神学の融合の役割は終わったと言える
神風オーラを皇室からビンビンに受信できる特異体質の自称保守を除く国民にとって皇室の存在意義とは立憲君主的な象徴に移行したと考えるべきだ

546名前:名無しさん@1周年ID:
小室小室てそりゃお前の部屋だろw
547名前:名無しさん@1周年ID:
日本占領軍に無理やり皇籍離脱させられた
旧皇族を復帰させれば解決
549名前:名無しさん@1周年ID:
ターケダなんと
明治天皇の女系子孫を
自慢してる奴か?
何百年前の天皇とは
男系でつながるらしいがね
ほんとに不倫がなければの話だが
550名前:名無しさん@1周年ID:
>>127
元明天皇から元正天皇

天皇であった息子が早死にしたため即位、
次代はその娘が即位
兄の子がまだ小さかったため

このあたりの時代は女性天皇が多いがほぼピンチヒッター
全て自身が皇族(男系保持者)であり
夫や子供が天皇や皇太子である未亡人
元正天皇や孝謙天皇のように独身皇族女性の場合は生涯独身を強いられる

以前は男系女性天皇もアリかなと思っていたが
小室で怖い思いをしたのでやっぱなしの方向がいい
昔みたいに男系皇族と結婚して男児をもうけている女性皇族のみ女性天皇になれるでいいと思う
たとえば悠仁さまと結婚して男児を設けた愛子さまとかね

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

551名前:名無しさん@1周年ID:
だいたいが歴史をしらないネトウヨに教えといてやると
天皇なんてしょせんはAC500くらいにブイブイ言わせてた豪族の内の一人
その子孫でしかない
そんなもん有り難がってどうすんの?
518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

554名前:名無しさん@1周年ID:
だいたいにおいて、
秋篠宮を皇嗣にしたということは、女性、女系天皇を消したっていうことですよ。

つまり、今回の退位にはその意図が十分ある。

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

574名前:名無しさん@1周年ID:
>>554
とりあえず皇太子→(秋篠宮)→悠仁→?の流れは決まってるな。
問題は?が出てこないときどうするかだな。令和が30年続くとすると
そのころには悠仁は42歳。妃も同年代とすれば、即位後に子供を作るには
時間的余裕はない。
530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

555名前:名無しさん@1周年ID:
https://m.youtube.com/watch?v=J8aJPnTUKAo

犬のお巡りさんがいるのだから猫の天ちゃんがいても不思議じゃない

518名前:名無しさん@1周年ID:
>>550 >>551 >>552 >>553 >>554 >>555 >>556
>お前ら竹田恒泰には素直に従うんだな

イケダハヤトの信者や、マルチ・ネズミ講の加担者に近いものは感じる
さらに現皇族を追い出して現皇族が有する権利(人権含む)を奪う革命じみた言説もみられる

全体主義革命を狙うわけだから、ある意味では革命家なんだろう

496名前:名無しさん@1周年ID:
>>698 >>699 >>507 >>508 >>509 >>517 >>518

神風は吹かず、伝説は立ち消えとなった。しかも無条件降伏、長期占領に追い込まれ、崇拝の源泉であった天皇霊力神話は完全に崩壊した

普通なら王政はそこで廃止されるが、平和憲法という売国憲法によって延命した(ドイツやイタリアにはそんなものはないし、ドイツ・イタリアは核の共有パッケージさえ付与された)

神風という霊力を主張できなくなり、縋る先は遺伝子や朝鮮朱子学の家族観(主体思想、君臣一体、忠孝一致)ということになるが、Y染色体で選べば(数百万人はいると想定される神武天皇のY染色体を持つ)平民でも皇位を主張できる根拠となり
むしろ遠くない未来において危険性を高めていると言えないでもない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

558名前:名無しさん@1周年ID:
男系とか言いますが
とっくにどこかのタイミングで託卵されてると思うわ
571名前:名無しさん@1周年ID:
>>558
どこのタイミング?
530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

561名前:名無しさん@1周年ID:
どこかで、今の天皇に近い宮内庁の人の文読んだら
今の天皇も遠巻きに女性天皇を願ってるような感じだったような
このままいったら皇室が途切れるの危惧してるんだよね、天皇も
525名前:名無しさん@1周年ID:
>>560 >>561 >>566 >>562 >>563 >>564 >>565

竹田恒泰氏が女系天皇誕生に異論「皇室は途絶えていい」 – ライブドア …
news.livedoor.com › 国内 › 社会
Jan 16, 2017 – 竹田恒泰氏が15日放送の番組で、女系天皇について否定的な見解を示した。皇室存続のために容認するとの意見に
「途絶えていいと思いますよ」と反論。「女系天皇なるものが出現したら、私は天皇として認めない」とも語った.

570名前:名無しさん@1周年ID:
>>561
だったらこのタイミングで退位なんてしない。
すでに、今回の退位は次の次を決めたことを意味する。
530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

620名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:36:39.90ID:6n/wQDms0
>>561
現実問題ととらえると、女性天皇に問題があると思う人は少ないだろう。
問題は女系天皇で、事実上民間人の家系が天皇家を乗っ取ることになる。
その家系を遡るから、いつの間に天皇家の親族がうじゃうじゃ誕生する、犯罪者やホームレスなども天皇家とかw
121名前:名無しさん@1周年ID:
>>620 >>621 >>622 >>623 >>624 >>625 >>626

伊藤博文は百姓、山県有朋は奉公人の出身と記憶しているが、明治維新の長州閥に限定すれば大規模な身分変動があったことになる
足利尊氏のように賊軍・朝敵になってから政権を奪取したりする例はあるが、百姓・奉公人の血筋からの出世では豊臣秀吉以来と言えるだろう

王政復古・明治維新後には公家や宮家が権勢を振るう可能性があったが、権力を得たのは伊藤博文と山県有朋を筆頭にテロリスト兼反乱軍(元賊軍)・一揆軍部隊長のような指折りの危険人物
ぞろいであったため明治天皇や側近・皇族・公家を差し置いて実権を握ったのは長州・薩摩の勢力となった。伊藤博文と山県有朋は天皇親政運動を封殺して天皇から実権を剥奪したが
元田永孚や公家からの圧力を受け教育勅語において妥協をしている

伊藤や山県の死後、薩長では天皇や側近に薄気味悪さを感じさせる(怯えさせる)ような人材を輩出しておらず、教育勅語で元田永孚(熊本藩の上級武士出身)がしかけた時限爆弾に
よって国論の儒教化・朝鮮朱子学化の圧力が急速に強まっていくことになる。朝鮮朱子学の暴走の歯止めとなっていた明治の元勲が消えたことで、止め金が失われたわけだ

儒教・朱子学は短期的に社会を安定させる効果と、長期的に停滞をおこし社会を過激な動乱に導く滅びの笛であり、定期的に動乱の渦に国が呑まれていくことになる

https://ja.wikipedia.org/wiki/元田永孚
朱子学的な大義名分論を日本の現実社会に徹底化して、修身と治国の一体化を図ると共に皇室への崇敬を一種の「国教」として確立することを
目指した元田の「政教一致」路線は、教育勅語を通じた天皇制国家の確立によって実現されていく。

427名前:名無しさん@1周年ID:
>>620 >>621 >>622 >>623 >>624 >>625 >>626
>一曰、以和爲貴、無忤爲宗。

前だけを引用し、後は無視する連中が多い
「和を以(も)って貴(とうと)しとなし」からの「忤(さからう)うこと無きを宗(むね)とせよ」が本来の意味となる

572名前:名無しさん@1周年ID:
元明でも元正でも
その時代に男系天皇の男性子孫はいるよ
その時代でも
そんな男系子孫の男性より
女性天皇を選んだわけだ
530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

582名前:名無しさん@1周年ID:
>>572
天智の血筋であることが非常に重要視されたからね。
それで混乱し皇統がとだえかけたから。天智天皇の男系の子孫とすることで混乱が終息した。

現在のルールはこのときに定まった。

537名前:名無しさん@1周年ID:
>>580 >>581 >>582 >>583 >>584 >>585 >>586

神風・神州不滅は歴史によって誤りと実証されている
アメリカに余裕で叩き潰され、神風は吹かず無残に敗戦したことで神風伝説は崩壊し、神国思想の正当性・妥当性は失われた

神風は天皇から得体の知れない超常性やオーラ・霊力を感じる源泉だったので、神風が吹かなかった敗戦の時点で明治期の朝鮮朱子学とオカルト平田神学の融合の役割は終わったと言える
神風オーラを皇室からビンビンに受信できる特異体質の自称保守を除く国民にとって皇室の存在意義とは立憲君主的な象徴に移行したと考えるべきだ

575名前:名無しさん@1周年ID:
ほぼ、愛子さまになりかけたところに、寸前に悠仁さま誕生の知らせが。。。国はもう女性に向かっていたのだよ。紀子さまが必死だったのかね
530名前:名無しさん@1周年ID:
>>570 >>571 >>572 >>573 >>574 >>575 >>576

竹田恒泰としては、(天上人である皇族から)下賤な平民に落ちた革命家竹田が同じく下賤な平民達に対して無双する夢をみているんだろう

634名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:38:29.11ID:wmH0wajY0
>>575
女性天皇女系天皇の審議を国会でやっているさなかに、
秋篠宮妃懐妊の知らせを側近が小泉首相にささやき、
首相の仰天顔が国会中継で映し出された
とりあえず子どもが産まれるまでは審議中断で現在にいたる

ただあの時点でも、小泉首相は典範改正に乗り気だったが、反対派も相当いたとおぼえている
もし紀子妃の懐妊がなかったとしてもすんなり決まったかどうかはわからない

123名前:名無しさん@1周年ID:
>>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636

明治維新の前哨戦において薩摩藩は勅令と軍を使い幕府老中の(殺害)脅迫・強要をして要求をのませたという(文久の変)
さらに小御所会議では優勢な論を展開した山内容堂に対して殺害をほのめかして黙らせた。この当時、勅令・勅書はヤクザ顔負けの強引で理不尽な要求を
押し通すための恐喝・脅迫に使用された小道具だったが、長州は平気で朝敵・賊軍となり戦争を継続し薩摩も裏で強力をしているため勅書など全く意にかいしないものが多くいたということだ

今なら勅書など発行しても銃弾・爆発物で消し飛ぶ、頑張って劣化楠正成を探そうとしても勅書程度に自らの人生を振り回され、生命の危険のリスクをとるのは相当な知恵遅れだけだろう
科学的軍事理論を学んだ連中に勅書などは到底通用する理屈ではなく、血統世襲理論で印象は最悪になるので効果はむしろマイナスとなる

山内容堂や老中の例でも分かる通り武家の名門・門閥一族は自らの命が危機に瀕すると見るや下級武士の脅迫に対してあっけなく屈する腰抜ばかりで、名門の誇りもあったものではない
薩摩藩と長州藩の強さは青白い顔の名門では思いつきさえしない、下級武士ならではの脅迫や暗殺、テロを平気でやってみせる決断力と実行力にあった
つまり薩長の物理的脅迫は現代でも十分に通じる表現方法だということだ

だが薩長の下級武士も道徳面では特権に安住して腐敗しきった公家よりはおそらくマシだった
そして没落する上級武士を横目に下級テロリスト武士が栄達し実権を握ることになる
武士どころか下民出身の伊藤博文と山県有朋が最高指導者に栄達する

https://ja.wikipedia.org/wiki/猪熊事件
公家衆乱行の発覚
左近衛権少将・花山院忠長は、ある時後陽成天皇の寵愛深い広橋局(武家伝奏・大納言広橋兼勝の娘)に懸想した。
そこで宮中深くまで出入りを許されていた歯科医の兼安備後(妹の命婦讃岐も宮中に仕えていた)に仲介を頼んで文通を始め、
それをきっかけとして二人で逢瀬を重ねていた。その話を漏れ聞いた猪熊は、俄然興味を持ち、かねてから懇意の飛鳥井雅賢
をはじめ、言葉巧みに他の公卿・女官をも誘い出し、様々な場所で乱交を重ねることとなった。
しかし、このように大人数の乱行が発覚しないわけはない。飛鳥井には恨みを含む女性がいた

432名前:名無しさん@1周年ID:
>>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636

福沢諭吉「我が国の人民は,数百年の間,天子あるを知らず、唯これを口碑に伝ふるのみ。維新の一挙以て政治の体裁は数百年の古に復したりと称すと雖も、王室と人民との間に至密の交情あるに非ず」

657名前:名無しさん@1周年ID:
>>634
多分、決まったよ。あーあ
481名前:名無しさん@1周年ID:
>>649 >>657 >>658 >>659 >>667 >>668 >>669

神国思想というのを突き詰めると、神風は吹かず日本は神に見捨てられ、神が選んだ神の国家はアメリカだった程度の平凡な結論に到達する

https://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

日本における神国思想は、日本を神の国と捉え[3] 国土とそこにある全てのものは神々によってつくら
れ護られている、という思想である[4]。元々は、イザナギ・イザナミによる国土創成や天照大神をはじ
めとする神々の生誕などを骨子とする[3] 日本神話を源流とし[1]、農耕儀礼などに結びつく素朴な信仰に
根差す[4] 観念だったが[3]、国内の政治的な統一が進んで他国あるいは他民族への意識が芽生えると日本を
他国より優れた国であるとする主張の拠り所となって、常に排外的な主張を支える思想となった[4]。これ
が歴史の表へ姿を現わすのは、古くは中世の蒙古襲来の時代である。このような国家的な危機が民族意識
を目覚めさせたこと、更にはこの時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制
を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

近世以後
近世には儒教思想と結合して水戸学や崎門学の国粋主義思想を生み出し[3]、儒教の支配的イデオロギーに対
して伝統的な日本独自の価値を至上とし封建体制へのアンチテーゼを主張[5]した国学によって活性化する[3]。
幕末では神国思想に基いて皇室を政治権威の源泉として尊崇すべきと主張する尊王論となり[5]、尊王攘夷運動
に精神的な基盤を提供し[3] 倒幕運動のイデオロギー的な支えとなった[5]。なお水戸学や国学においては、
単に統治者の天皇だけでなく臣民自体も神々の後裔との考え方が示され、神国思想は民俗としての祖先崇拝
と結びつき、明治以後の敬神崇祖や忠孝一致という家制度国家を支える道徳思想として生き続けることとなる[3]。

政治的な独立と国民統合が強く意識されるようになった幕末の明治維新期には国学と神道がその思想的な
背景を成し、第二次世界大戦のファシズム体制下では天皇家を宗祖とする家族国家論や八紘一宇論がその
基礎となって[1]、大東亜共栄圏建設へ向けて国民精神統合の核として大きな役割を果たした[3]。このよう
に中世から近現代にかけて、対外的な関係の緊張が高まったり[4]危機を迎えたときに神国思想は強調され
てきたのである[1]。

577名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:31:16.67ID:W93b7wk10
この議論は不毛
男系だろうが女系だろうが
結婚相手がどれだけまともかにつきる
今のままでも母親が風俗嬢だったとかバレ多場合を想像してみろ
548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

588名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:32:34.06ID:enB5KQZE0
>>577
皇后が元風俗嬢でもあまり気にしない人が多いだろうな
548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

590名前:名無しさん@1周年ID:
>>577
問題ない
家柄悪い妃の子供が天皇になった例なんかいくらでもある
男系承継の伝統さえ守られれば風俗嬢でもオッケー
544名前:名無しさん@1周年ID:
>>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による各種創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

605名前:名無しさん@1周年ID:
>>590
バカだなあ
風俗嬢は
408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

618名前:名無しさん@1周年ID:
>>590
一応盛ってる小室でも大騒ぎなのに
風俗なんか無理に決まってるだろ
プロ彼女キコさんだってネット発達した今ならアウトだったかもしれん
473名前:名無しさん@1周年ID:
>>607 >>608 >>609 >>617 >>618 >>619 >>627

神風というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による創作神話が、皇統の維持に大きく寄与したのは間違いないだろう
神風オカルト神話によって民族主義が芽生え、それによって皇統神話が形成されたが、その神風神話・神州不滅神話はアメリカによって無残に殲滅される憂き目にあった

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

622名前:名無しさん@1周年ID:
>>618
女系よりまし
121名前:名無しさん@1周年ID:
>>620 >>621 >>622 >>623 >>624 >>625 >>626

伊藤博文は百姓、山県有朋は奉公人の出身と記憶しているが、明治維新の長州閥に限定すれば大規模な身分変動があったことになる
足利尊氏のように賊軍・朝敵になってから政権を奪取したりする例はあるが、百姓・奉公人の血筋からの出世では豊臣秀吉以来と言えるだろう

王政復古・明治維新後には公家や宮家が権勢を振るう可能性があったが、権力を得たのは伊藤博文と山県有朋を筆頭にテロリスト兼反乱軍(元賊軍)・一揆軍部隊長のような指折りの危険人物
ぞろいであったため明治天皇や側近・皇族・公家を差し置いて実権を握ったのは長州・薩摩の勢力となった。伊藤博文と山県有朋は天皇親政運動を封殺して天皇から実権を剥奪したが
元田永孚や公家からの圧力を受け教育勅語において妥協をしている

伊藤や山県の死後、薩長では天皇や側近に薄気味悪さを感じさせる(怯えさせる)ような人材を輩出しておらず、教育勅語で元田永孚(熊本藩の上級武士出身)がしかけた時限爆弾に
よって国論の儒教化・朝鮮朱子学化の圧力が急速に強まっていくことになる。朝鮮朱子学の暴走の歯止めとなっていた明治の元勲が消えたことで、止め金が失われたわけだ

儒教・朱子学は短期的に社会を安定させる効果と、長期的に停滞をおこし社会を過激な動乱に導く滅びの笛であり、定期的に動乱の渦に国が呑まれていくことになる

https://ja.wikipedia.org/wiki/元田永孚
朱子学的な大義名分論を日本の現実社会に徹底化して、修身と治国の一体化を図ると共に皇室への崇敬を一種の「国教」として確立することを
目指した元田の「政教一致」路線は、教育勅語を通じた天皇制国家の確立によって実現されていく。

427名前:名無しさん@1周年ID:
>>620 >>621 >>622 >>623 >>624 >>625 >>626
>一曰、以和爲貴、無忤爲宗。

前だけを引用し、後は無視する連中が多い
「和を以(も)って貴(とうと)しとなし」からの「忤(さからう)うこと無きを宗(むね)とせよ」が本来の意味となる

578名前:名無しさん@1周年ID:
日本民主主義共和国でいいじゃん
548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

593名前:名無しさん@1周年ID:
>>578
人民が抜けてるぞ
日本民主主義人民共和国な
個人的には民主主義である必要は全く無いと思うがな
544名前:名無しさん@1周年ID:
>>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による各種創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

579名前:名無しさん@1周年ID:
なんべんも言ってるが
女系の話なんかより
悠仁さまにうんと精のつくものを召し上がっていただき
ポコポコ子供を産めるような色っぽい女をあてがうほうが大事なんだよ
そのほうがはるかに現実的ではないか
548名前:名無しさん@1周年ID:
>>577 >>578 >>579 >>587 >>588 >>589 >>597

天皇崇拝の根拠は神風伝説から類推される天皇の超能力や天皇の霊力が実際に存在すると思わせることだが、これは一言で言えば戦争に勝つだけで実証できる
皇室の権威は日清戦争の快勝、日露戦争におけるボロボロの苦戦からの勝利(クライマックス)によって、鰻登りであり絶頂にあったはずだ

神風伝説は(物理的に)存在し現人神の霊力に人類がひれ伏す時が来るという思想には確かに根拠があるように見えたはずだ
したがって御真影を見るだけでビンビンのオーラを日本人は感じてしまったわけだ
そのオーラの源泉は元寇時のオカルト祈祷師の恩賞目当ての如何わしい恐喝・恫喝によって生まれた神風伝説ということになる

圧倒的な実力差による完敗からの無条件降伏によって神風・神州不滅は粉砕された
天皇の(神風)霊力・オーラの消滅によって中世儒教土人による偶像崇拝を権威の源泉とするのではなく、現代的立憲君主としての象徴の模索が始まったということだろう

しかし無残な敗戦後(敗戦を認めていない?もしくは朝鮮朱子学ならではの道徳的勝利?)も一部の狂人は神風神話を史実と受け止めており、天皇からオーラ(得体の知れない霊力)をビンビンに受信している印象がある

599名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:33:58.60ID:enB5KQZE0
>>579
それが正解
個人的にはお可哀想だが、学校に行かずに24時間警護してほしい
議論が紛糾すると内外で暗殺の危険がある
613名前:名無しさん@1周年ID:
>>579
それが一番。何なら皇太子のうちに2、3回離婚なされて計10人ぐらいお子様を持たれてもいいかも。
119名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

明治天皇は儒教的専制君主となるよう積極的に動いていた時期があった(大久保の暗殺後に政治空白が生まれ宮中での天皇親政運動が強まる)
明治天皇とその側近である侍補グループの天皇親政運動は五箇条の御誓文や維新革命後の政治体制に反する存在となった為に伊藤博文が介入した。最終的に軍の支持を受けた伊藤
の封殺案に抵抗する術はなく、侍補は廃された。宮中グループはその後も教学聖旨によって儒教君主化を企んだが伊藤博文はこれも頓挫させた

「〔明治13年〕11月3日(東京)天皇誕生日。この国の人民がその君主に寄せる関心の程度が低い有様をみることは情けない。
警察の力で,家々に国旗を立てさせねばならないのだ。自発的にやるものは、ごく少数だろう」(エルヴィン・フォン・ベルツの日記より)

憲法の制定後は明治天皇の権力はさらに制限され、親政の希望は失われたが、伊藤博文は傀儡となった天皇の権威を最大限利用すべく動き
最終的には西欧におけるキリスト教の役割となることを期待し、操り人形の前提で天皇崇拝を強化した
明治天皇の信任が厚かった宮中グループも、朝鮮朱子学による天皇儒教権威の強化、儒教的・絶対的な天皇中心主義が教育勅語に組み入れられたことで満足(侍補達の権威アップ)し、その後はおとなしくなった

https ://ja.wikipedia.org/wiki/明治天皇
若い頃(とりわけ明治10年代)には、侍補で親政論者である漢学者・元田永孚や佐々木高行の影響を強く受けて、西洋の文物に対しては懐疑的であり、また自身が政局の主導権を掌握しようと積極的であった時期がある。

教育に関しては儒学を基本にすべしとする元田の最大の理解者でもあり、教育行政のトップに田中不二麿や森有礼のような西洋的な教育論者が任命されたことには不快感を抱いていた。特に明治17年(1884年)4月下旬に森が文部省
の顧問として御用掛に任命されることを知ると、「病気」を口実に伊藤(宮内卿兼務)ら政府高官との面会を一切拒絶し、6月25日まで2か月近くも公務を放棄して引籠もって承認を遅らせている。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/機務六条
宮中側は明治天皇が儒教に基づいた東洋的な専制君主として「天皇親政」を行うべきであると主張し、明治天皇への帝王教育もその路線で行ってきた。これは将来的には天皇を西洋的な立憲君主として近代国家の中枢に据えようとす
る太政官の方針と矛盾したものであった。このため、岩倉や伊藤らは侍補を廃止して親政路線を停止しようと図ったが、明治天皇自身が元田永孚・佐々木高行ら侍補に心を寄せて彼らを私的なブレーンとして遇し、彼らが期待する君主像を実現させようと試みた。

1879年(明治12年)3月10日、明治天皇が「勤倹の聖旨」を公布して政府の財政路線を批判し、続いて元田に「教学聖旨」を執筆させて教育政策を批判した。伊藤らは天皇と宮中側の関係を改めさせようとしたが、急速に立憲制が確立することで
公家出身の門地に依存してきた自分の地位が危うくなることを危惧した三条や岩倉は、元田や佐々木らの宮中側勢力を完全に抑えることには消極的で、大隈財政末期の外債発行問題などでは宮中側と連携して太政官側を動かそうとする動きも見せたのである。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤博文
お雇い外国人であったドイツ人医師のエルヴィン・フォン・ベルツは『ベルツの日記』の中で、伊藤が会議の席上、半ば有栖川宮威仁親王の方を向き、「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。
生まれるが早いか、到るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをして見せたことを紹介している。

421名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

十七条憲法より
一曰、以和爲貴、無忤爲宗。
一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。

十七条の憲法第三条から (蘇我氏全盛期に憲法制定後、聖徳太子の子息は蘇我氏に虐殺された事になっているが真偽は不明、その後、蘇我氏本家は滅亡、古人大兄皇子は殺害され歴史家がクーデターとする乙巳の変は成功する)

是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。

君言えば臣承り、上行なえば下靡く。ゆえに詔を承けては必ず慎め。謹まずんばおのずから敗れん。
下位者は上位者からの詔・命令を承れば必ずつつしむ
下位者は上位者に対して和の心を以て接する

https://ja.wikipedia.org/wiki/学而
有子曰:「禮之用,和爲貴;先王之道,斯爲美;小大由之。有所不行,知和而和,不以禮節之,亦不可行也。」
(有子曰く「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す、小大これに由るも行なわれざる所あり。
和を知りて和すれども礼を以てこれを節せざれば、亦行なわるべからず。」)

624名前:名無しさん@1周年ID:
>>613
悠仁親王に
男子が10人くらい産まれたら5chが祭りになるで
121名前:名無しさん@1周年ID:
>>620 >>621 >>622 >>623 >>624 >>625 >>626

伊藤博文は百姓、山県有朋は奉公人の出身と記憶しているが、明治維新の長州閥に限定すれば大規模な身分変動があったことになる
足利尊氏のように賊軍・朝敵になってから政権を奪取したりする例はあるが、百姓・奉公人の血筋からの出世では豊臣秀吉以来と言えるだろう

王政復古・明治維新後には公家や宮家が権勢を振るう可能性があったが、権力を得たのは伊藤博文と山県有朋を筆頭にテロリスト兼反乱軍(元賊軍)・一揆軍部隊長のような指折りの危険人物
ぞろいであったため明治天皇や側近・皇族・公家を差し置いて実権を握ったのは長州・薩摩の勢力となった。伊藤博文と山県有朋は天皇親政運動を封殺して天皇から実権を剥奪したが
元田永孚や公家からの圧力を受け教育勅語において妥協をしている

伊藤や山県の死後、薩長では天皇や側近に薄気味悪さを感じさせる(怯えさせる)ような人材を輩出しておらず、教育勅語で元田永孚(熊本藩の上級武士出身)がしかけた時限爆弾に
よって国論の儒教化・朝鮮朱子学化の圧力が急速に強まっていくことになる。朝鮮朱子学の暴走の歯止めとなっていた明治の元勲が消えたことで、止め金が失われたわけだ

儒教・朱子学は短期的に社会を安定させる効果と、長期的に停滞をおこし社会を過激な動乱に導く滅びの笛であり、定期的に動乱の渦に国が呑まれていくことになる

https://ja.wikipedia.org/wiki/元田永孚
朱子学的な大義名分論を日本の現実社会に徹底化して、修身と治国の一体化を図ると共に皇室への崇敬を一種の「国教」として確立することを
目指した元田の「政教一致」路線は、教育勅語を通じた天皇制国家の確立によって実現されていく。

427名前:名無しさん@1周年ID:
>>620 >>621 >>622 >>623 >>624 >>625 >>626
>一曰、以和爲貴、無忤爲宗。

前だけを引用し、後は無視する連中が多い
「和を以(も)って貴(とうと)しとなし」からの「忤(さからう)うこと無きを宗(むね)とせよ」が本来の意味となる

580名前:名無しさん@1周年ID:
女系って意味わからん
そんなに重視することなのか
537名前:名無しさん@1周年ID:
>>580 >>581 >>582 >>583 >>584 >>585 >>586

神風・神州不滅は歴史によって誤りと実証されている
アメリカに余裕で叩き潰され、神風は吹かず無残に敗戦したことで神風伝説は崩壊し、神国思想の正当性・妥当性は失われた

神風は天皇から得体の知れない超常性やオーラ・霊力を感じる源泉だったので、神風が吹かなかった敗戦の時点で明治期の朝鮮朱子学とオカルト平田神学の融合の役割は終わったと言える
神風オーラを皇室からビンビンに受信できる特異体質の自称保守を除く国民にとって皇室の存在意義とは立憲君主的な象徴に移行したと考えるべきだ

581名前:名無しさん@1周年ID:
千年以上の伝統をぶち壊して
中国古典でなく日本古典から
元号を決めたの
誰でしたっけ?
537名前:名無しさん@1周年ID:
>>580 >>581 >>582 >>583 >>584 >>585 >>586

神風・神州不滅は歴史によって誤りと実証されている
アメリカに余裕で叩き潰され、神風は吹かず無残に敗戦したことで神風伝説は崩壊し、神国思想の正当性・妥当性は失われた

神風は天皇から得体の知れない超常性やオーラ・霊力を感じる源泉だったので、神風が吹かなかった敗戦の時点で明治期の朝鮮朱子学とオカルト平田神学の融合の役割は終わったと言える
神風オーラを皇室からビンビンに受信できる特異体質の自称保守を除く国民にとって皇室の存在意義とは立憲君主的な象徴に移行したと考えるべきだ

614名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:35:36.24ID:enB5KQZE0
>>581
頼むから一緒にしないで
119名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

明治天皇は儒教的専制君主となるよう積極的に動いていた時期があった(大久保の暗殺後に政治空白が生まれ宮中での天皇親政運動が強まる)
明治天皇とその側近である侍補グループの天皇親政運動は五箇条の御誓文や維新革命後の政治体制に反する存在となった為に伊藤博文が介入した。最終的に軍の支持を受けた伊藤
の封殺案に抵抗する術はなく、侍補は廃された。宮中グループはその後も教学聖旨によって儒教君主化を企んだが伊藤博文はこれも頓挫させた

「〔明治13年〕11月3日(東京)天皇誕生日。この国の人民がその君主に寄せる関心の程度が低い有様をみることは情けない。
警察の力で,家々に国旗を立てさせねばならないのだ。自発的にやるものは、ごく少数だろう」(エルヴィン・フォン・ベルツの日記より)

憲法の制定後は明治天皇の権力はさらに制限され、親政の希望は失われたが、伊藤博文は傀儡となった天皇の権威を最大限利用すべく動き
最終的には西欧におけるキリスト教の役割となることを期待し、操り人形の前提で天皇崇拝を強化した
明治天皇の信任が厚かった宮中グループも、朝鮮朱子学による天皇儒教権威の強化、儒教的・絶対的な天皇中心主義が教育勅語に組み入れられたことで満足(侍補達の権威アップ)し、その後はおとなしくなった

https ://ja.wikipedia.org/wiki/明治天皇
若い頃(とりわけ明治10年代)には、侍補で親政論者である漢学者・元田永孚や佐々木高行の影響を強く受けて、西洋の文物に対しては懐疑的であり、また自身が政局の主導権を掌握しようと積極的であった時期がある。

教育に関しては儒学を基本にすべしとする元田の最大の理解者でもあり、教育行政のトップに田中不二麿や森有礼のような西洋的な教育論者が任命されたことには不快感を抱いていた。特に明治17年(1884年)4月下旬に森が文部省
の顧問として御用掛に任命されることを知ると、「病気」を口実に伊藤(宮内卿兼務)ら政府高官との面会を一切拒絶し、6月25日まで2か月近くも公務を放棄して引籠もって承認を遅らせている。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/機務六条
宮中側は明治天皇が儒教に基づいた東洋的な専制君主として「天皇親政」を行うべきであると主張し、明治天皇への帝王教育もその路線で行ってきた。これは将来的には天皇を西洋的な立憲君主として近代国家の中枢に据えようとす
る太政官の方針と矛盾したものであった。このため、岩倉や伊藤らは侍補を廃止して親政路線を停止しようと図ったが、明治天皇自身が元田永孚・佐々木高行ら侍補に心を寄せて彼らを私的なブレーンとして遇し、彼らが期待する君主像を実現させようと試みた。

1879年(明治12年)3月10日、明治天皇が「勤倹の聖旨」を公布して政府の財政路線を批判し、続いて元田に「教学聖旨」を執筆させて教育政策を批判した。伊藤らは天皇と宮中側の関係を改めさせようとしたが、急速に立憲制が確立することで
公家出身の門地に依存してきた自分の地位が危うくなることを危惧した三条や岩倉は、元田や佐々木らの宮中側勢力を完全に抑えることには消極的で、大隈財政末期の外債発行問題などでは宮中側と連携して太政官側を動かそうとする動きも見せたのである。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤博文
お雇い外国人であったドイツ人医師のエルヴィン・フォン・ベルツは『ベルツの日記』の中で、伊藤が会議の席上、半ば有栖川宮威仁親王の方を向き、「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。
生まれるが早いか、到るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをして見せたことを紹介している。

421名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

十七条憲法より
一曰、以和爲貴、無忤爲宗。
一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。

十七条の憲法第三条から (蘇我氏全盛期に憲法制定後、聖徳太子の子息は蘇我氏に虐殺された事になっているが真偽は不明、その後、蘇我氏本家は滅亡、古人大兄皇子は殺害され歴史家がクーデターとする乙巳の変は成功する)

是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。

君言えば臣承り、上行なえば下靡く。ゆえに詔を承けては必ず慎め。謹まずんばおのずから敗れん。
下位者は上位者からの詔・命令を承れば必ずつつしむ
下位者は上位者に対して和の心を以て接する

https://ja.wikipedia.org/wiki/学而
有子曰:「禮之用,和爲貴;先王之道,斯爲美;小大由之。有所不行,知和而和,不以禮節之,亦不可行也。」
(有子曰く「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す、小大これに由るも行なわれざる所あり。
和を知りて和すれども礼を以てこれを節せざれば、亦行なわるべからず。」)

619名前:名無しさん@1周年ID:
>>581
それは都合が悪いからスルーするぞ
473名前:名無しさん@1周年ID:
>>607 >>608 >>609 >>617 >>618 >>619 >>627

神風というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による創作神話が、皇統の維持に大きく寄与したのは間違いないだろう
神風オカルト神話によって民族主義が芽生え、それによって皇統神話が形成されたが、その神風神話・神州不滅神話はアメリカによって無残に殲滅される憂き目にあった

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

586名前:名無しさん@1周年ID:
皇統の継承は世論アンケートではなく皇室会議が決めることだから一喜一憂する必要なし
537名前:名無しさん@1周年ID:
>>580 >>581 >>582 >>583 >>584 >>585 >>586

神風・神州不滅は歴史によって誤りと実証されている
アメリカに余裕で叩き潰され、神風は吹かず無残に敗戦したことで神風伝説は崩壊し、神国思想の正当性・妥当性は失われた

神風は天皇から得体の知れない超常性やオーラ・霊力を感じる源泉だったので、神風が吹かなかった敗戦の時点で明治期の朝鮮朱子学とオカルト平田神学の融合の役割は終わったと言える
神風オーラを皇室からビンビンに受信できる特異体質の自称保守を除く国民にとって皇室の存在意義とは立憲君主的な象徴に移行したと考えるべきだ

591名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:32:48.29ID:DD7G9czh0
弓削道鏡のハニトラにかかった称徳天皇の事例をもっと知ってもらわないと
あと、女系継承をやったせいで隣国から領土を狙われたマリア・テレジアも
544名前:名無しさん@1周年ID:
>>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による各種創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

592名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:32:52.63ID:eSPX8Gn20
王朝っていうやつの話はそれだけで聞く価値なし
むりやり欧州の概念もってきて交代するからうんたらと言うんだから
日本皇室はは他に類を見ないものだとホルホルしてるくせに
借り物の概念持ち出して批判するんじゃないよ
544名前:名無しさん@1周年ID:
>>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による各種創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

594名前:名無しさん@1周年ID:
皇后や雅子は美人だし、選ばれし個人として尊敬する点は多いけど
天皇・皇太子のようにただ生まれだけで崇拝できるわけないだろが。
544名前:名無しさん@1周年ID:
>>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による各種創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

595名前:名無しさん@1周年ID:
まず男系の血が途絶えていないかDNA鑑定して検査する必要があるよね?
嫁貰うなら托卵してる可能性もあるんだし
544名前:名無しさん@1周年ID:
>>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による各種創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

596名前:名無しさん@1周年ID:
そもそもDNAは半々なのになぜ男系にこだわるんだろう?
それなら母親が側室(お妾さん)でもいいとかね
この時代に極めて非科学的だと思う
544名前:名無しさん@1周年ID:
>>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596

神国思想というのは、終焉しつつあった公家や皇族の逆転サヨナラホームランのようなものだった
運良く元寇による侵略がおき、神風・神州不滅の伝説が生まれたことで皇室には霊力があるとの神話が作られ
その得体の知れない霊力が天皇の権威に正当性を与え、皇室・皇統崇拝の実体・核心は神風伝説となった

その副産物として神風・神州不滅というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による各種創作神話が生まれ、儒教(李氏朝鮮の朱子学)によって強化される
後に豊臣秀吉と徳川家による朝鮮朱子学と神道の合体が戦前までの天皇の在り方を決定したと言える

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が国論を支配した

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
(神風吹かず)敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https ://ja.wikipedia.org/wiki/神国思想
神国思想(しんこくしそう)とは、自国を神の国(神国)とする思想で[1]、選民思想の一種である[2]。

この時代が武家と公家の権力交代期にあり、天皇を頂点とする古代貴族体制を保つためのイデオロギーとして強調されたことによるものだった[3]。

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
鎌倉期の神風観
文永の役において元軍は神風で壊滅し日本側が勝利したという言説が流布した背景として、当時の日本国内では元寇を日本
の神と異賊の争いと見る観念が共有されており、神社や寺による折伏・祈祷や歌詠みは日本の神の力を強める(天人相関思想)
と信心されていた。そのため、元軍を撃退できた要因は折伏・祈祷による神力・神風であると神社等は宣伝し、幕府に対して恩賞を求めた。

幕府は、こういった各社による軍忠状に対して神領興行令と呼ばれる徳政令を各社に対して3度も発布し、恩賞に当てた[221]。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/元寇
また、戦時中や現代の教科書においても文永の役において元軍は神風で壊滅したとい
う言説が依然として改められなかった背景としては、戦時中は「神国思想の原点」ゆえ
に批判が憚られたことによるという見解がある[223]。

604名前:名無しさん@1周年ID:
>>596
だいたい天皇制なんてものが非科学的、非合理的だからな
そういう時代の名残みたいなもんだし
しかもほぼ形骸化してる
408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

602名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:34:07.29ID:0hq4JMwE0
女性と女系をわざと混同させているな
408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

606名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:34:55.94ID:HqebYQyx0
女性と女系じゃ意味が全く違うことぐらい広めろ
女系を認める事は小室の子供を天皇にするってことだぞ
408名前:名無しさん@1周年ID:
>>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606

信じがたいが、これが明治天皇の玄孫の姿だ

竹田恒泰「隣の女子高生にドキドキしちゃいました。。。」 [455679766]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1534385593/

io302@io302
竹田恒泰
『危ない事したらバカ、パンと(叩く)やってが教育方針の家は犯罪者になってしまう』
『児童相談所の予算とか人員の問題じゃない。恫喝されて恐怖心でこども返すのがおかしい』

叩いてもこどもは成長しない。虐待対応の現場、同行してみたら?竹田さん

io302@io302
竹田恒泰
『祖父が汚い字で書いたら殴られた。それからは汚い字で書いていない。暴力ではない』

まんまマウンティング。いつまで日本はこれを『しつけ』と称し、讃えるのだろうか?

io302@io302
竹田恒泰
『恐怖体験じゃなきゃダメなんですよ』
岡田紗佳
『恐怖体験って、ただのトラウマですよ。しつけでも何でもないですよ』
竹田恒泰
『他人の家の価値観をとやかく言うな!』

最後は大声で恫喝。まさに『恐怖体験』が世代間連鎖している。大声で叱るのは説得に逆効果

samskrtadharma@samskrtadharma
返信先: @io302さん
最初は竹田恒泰の話だった…(笑)。
みんな多分、名家のヒステリックさと、一般家庭の躾とその違いを知らないんだと思います…。
ウチの近所に三田九鬼家に仕えた家柄の末裔がいますが、そこのお母さんがとんでもないヒステリックだったそうです…。
躾と虐待の線引きが曖昧な社会ですね、名家は…。

608名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:34:56.85ID:okIIP6zD0
女性天皇は良いけど女系天皇は反対。
女系になるなら共和制に移行したのがまし。
473名前:名無しさん@1周年ID:
>>607 >>608 >>609 >>617 >>618 >>619 >>627

神風というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による創作神話が、皇統の維持に大きく寄与したのは間違いないだろう
神風オカルト神話によって民族主義が芽生え、それによって皇統神話が形成されたが、その神風神話・神州不滅神話はアメリカによって無残に殲滅される憂き目にあった

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

609名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:34:56.97ID:P04Gd2K/0
>595
あんまりY遺伝子Y遺伝子って言うと「じゃあ遺伝子確認しろ」って話が
出てしまうから保守間でも「あまりY遺伝子って言うな」ってなってるんだろ?
473名前:名無しさん@1周年ID:
>>607 >>608 >>609 >>617 >>618 >>619 >>627

神風というオカルト祈祷師の迷信による恐喝・迷惑行為による創作神話が、皇統の維持に大きく寄与したのは間違いないだろう
神風オカルト神話によって民族主義が芽生え、それによって皇統神話が形成されたが、その神風神話・神州不滅神話はアメリカによって無残に殲滅される憂き目にあった

世界大百科事典内の神風の言及
【神国思想】より
平安時代には対外意識が鮮明になることは少なかったが,後期になって朝廷の権威が衰えはじめると,
皇統の一系と神々の加護を説く神道思想が整えられるようになった。鎌倉時代の半ばに元の軍勢が来襲
したとき,異敵調伏の祈禱の中で神国思想が強調され,敵国の船団を壊滅させた風は神風と呼ばれた。

636名前:名無しさん@1周年ID:
>>609
そもそも男系のY遺伝子自体先祖を辿る上であまり精度が良くないみたいだね
女系のミトコンドリアの方が優秀だと調査で出てるし
女が産むのだから女の子供というのは確実な訳だし
もうごちゃごちゃになって全然関係ない人が天皇家に混ざってそう
123名前:名無しさん@1周年ID:
>>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636

明治維新の前哨戦において薩摩藩は勅令と軍を使い幕府老中の(殺害)脅迫・強要をして要求をのませたという(文久の変)
さらに小御所会議では優勢な論を展開した山内容堂に対して殺害をほのめかして黙らせた。この当時、勅令・勅書はヤクザ顔負けの強引で理不尽な要求を
押し通すための恐喝・脅迫に使用された小道具だったが、長州は平気で朝敵・賊軍となり戦争を継続し薩摩も裏で強力をしているため勅書など全く意にかいしないものが多くいたということだ

今なら勅書など発行しても銃弾・爆発物で消し飛ぶ、頑張って劣化楠正成を探そうとしても勅書程度に自らの人生を振り回され、生命の危険のリスクをとるのは相当な知恵遅れだけだろう
科学的軍事理論を学んだ連中に勅書などは到底通用する理屈ではなく、血統世襲理論で印象は最悪になるので効果はむしろマイナスとなる

山内容堂や老中の例でも分かる通り武家の名門・門閥一族は自らの命が危機に瀕すると見るや下級武士の脅迫に対してあっけなく屈する腰抜ばかりで、名門の誇りもあったものではない
薩摩藩と長州藩の強さは青白い顔の名門では思いつきさえしない、下級武士ならではの脅迫や暗殺、テロを平気でやってみせる決断力と実行力にあった
つまり薩長の物理的脅迫は現代でも十分に通じる表現方法だということだ

だが薩長の下級武士も道徳面では特権に安住して腐敗しきった公家よりはおそらくマシだった
そして没落する上級武士を横目に下級テロリスト武士が栄達し実権を握ることになる
武士どころか下民出身の伊藤博文と山県有朋が最高指導者に栄達する

https://ja.wikipedia.org/wiki/猪熊事件
公家衆乱行の発覚
左近衛権少将・花山院忠長は、ある時後陽成天皇の寵愛深い広橋局(武家伝奏・大納言広橋兼勝の娘)に懸想した。
そこで宮中深くまで出入りを許されていた歯科医の兼安備後(妹の命婦讃岐も宮中に仕えていた)に仲介を頼んで文通を始め、
それをきっかけとして二人で逢瀬を重ねていた。その話を漏れ聞いた猪熊は、俄然興味を持ち、かねてから懇意の飛鳥井雅賢
をはじめ、言葉巧みに他の公卿・女官をも誘い出し、様々な場所で乱交を重ねることとなった。
しかし、このように大人数の乱行が発覚しないわけはない。飛鳥井には恨みを含む女性がいた

432名前:名無しさん@1周年ID:
>>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636

福沢諭吉「我が国の人民は,数百年の間,天子あるを知らず、唯これを口碑に伝ふるのみ。維新の一挙以て政治の体裁は数百年の古に復したりと称すと雖も、王室と人民との間に至密の交情あるに非ず」

663名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:43:30.34ID:wmH0wajY0
>>636
Y染色体にのっている遺伝情報自体が非常に少なくて、
個体を男性にする情報くらいしかない
X染色体にはひじょうに豊富な情報がのっている
Y染色体はしだいに滅びの道をたどり、遠い将来には人類からY染色体は消えるのではという科学者もいる

Y染色体話は、父親のX染色体は娘に、Y染色体は息子に行くので、
Y染色体こそが男系男子の論理的根拠だというのだが、
そんなの昔の人が知るはずはない、むりやりの理屈すぎる

130名前:名無しさん@1周年ID:
>>660 >>661 >>662 >>663 >>664 >>665 >>666

国学・神道の融合による朱子学化を推進した結果として尊王攘夷運動という時限爆弾が荒れ狂い自滅することになった水戸藩は、
弱小国の分際で世界最強国アメリカに無謀な戦争をしかけた戦前日本に重なる

http s://ja.wikipedia.org/wiki/諸生党
戊辰戦争以後
慶応4年1月(1868年2月)、戊辰戦争が始まると、諸生党に対する追討命令が朝廷から出された。これにより水戸藩に戻った本圀寺党を
はじめとする天狗党の残党と諸生党の間で再度抗争が起こり、今度は賊軍となった諸生党はたちまち勢力を失い、市川らは水戸を脱して
会津へ向かった。武田金次郎ら天狗党が藩内での権力を掌握すると、諸生党やその家族に対して激しい報復が行われ、各地で多くの
諸生党士民が処刑されたり投獄されたりした。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/松山戦争
背景
元治元年12月(1865年1月)に関東を劫掠していた水戸藩天狗党の乱が鎮圧された後、水戸藩の藩政は市川弘美ら
中心とする諸生党が掌握し、水戸に居た天狗党の関係者は諸生党によって次々と処刑された。

ところが翌年将軍徳川家茂が死去すると、翌年には天狗党本隊のうち武田金次郎ら遠島に処される予定であった者共
が赦免され、さらに孝明天皇崩御の後、天狗党と共謀関係にあった長州藩が鳥羽・伏見の戦いで勝利すると、天狗党・本圀寺党
の訴えにより諸生党が一転して朝敵に指定された。

経過
天狗党は翌7日から9日にかけて八日市場近隣の村々に押入って金品を強奪し、各村の名主・組頭を縛り上げて拉致し
身代金550両を奪取した上、銚子など周辺の町を次々と襲撃して略奪を繰り返した後、水戸へと戻っていった。飯高寺
の『向城庵記憶帳』は、この時の有様を「辰年十月中旬、水戸藩士天狗共国元にて戦争の上~八日市・佐原・銚子・東金
などの町家へ乱荒し必死難渋の沙汰」と記している。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/武田金次郎
1864年の天狗党の乱には、祖父や父と共に参加する。のちに乱が鎮圧されて祖父など376人が死罪に処せられたが、若年を理由に遠島処分となる。
1866年、金次郎ら110名は小浜藩に預けられ、佐柿(福井県美浜町)の屋敷に収容されて謹慎したものの、准藩士格として厚遇される。1868年、
王政復古によって朝廷から罪を許され、水戸への帰藩を命ぜられた。

帰藩した金次郎らは、朝廷の威光により藩の実権を掌握。通称「さいみ党」と呼ばれた金次郎らは、仇敵であった諸生党残党に復讐をすべく、
白昼堂々に襲撃・暗殺し、藩内を極度の混乱状態に陥れた。

香川が栃木県の塩原温泉を訪れたとき、物乞い同然のみすぼらしい小屋で暮らす、体の不自由な金次郎と出会った。驚き哀れに思い、香川が金銭を渡すと、
金次郎は喜び、ひれ伏したという。このあと、金次郎は水戸に戻され、3か月後に亡くなった。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/武田耕雲斎
家系
武田耕雲斎の家系は清和源氏のひとつ、河内源氏の傍系である跡部氏の一族であるという。

449名前:名無しさん@1周年ID:
>>660 >>661 >>662 >>663 >>664 >>665 >>666

忠君と愛国は別個の思想であり、同じではない。また忠君の最大の根拠であった神風・神州不滅伝説が崩壊したことで、忠君によって
国が滅びる事例を、膨大な死者を生み出した社会実験によって身を持って証明した

>君臣一体、忠孝一致

君臣一体は林羅山の流れを組む浅見絅斎の朝鮮朱子学に由来するものだが
おそらく戦後になってさえもそれが日本人や朝鮮人特有の精神不安障害だと認識できなかったのは
自称有識者が「united」を「一体」として強引な翻訳をしたからだろう

確かに(国王が女王がいる体制下では)王室と国民が一致団結(unite)して自由を守るというのは当たり前だ
しかし「一体」という言葉は明らかに「一致団結」とは異なる意味を持たせられる

英語では「united under one banner」とか「united under one king」は一つの旗のもとに団結や、一人の王のもとに団結という意味がある

これは朱子学者浅見絅斎の君臣(民)一体に似ているようで全く違うニュアンスがある。英語圏ではあくまでも独立した個人が集まるチームの団結をとなえる修辞を
こえた意味はもたないが、北朝鮮や戦前日本、李氏朝鮮のような儒教圏では民は君主の子供として一体となる(忠孝一致、君臣一体)

同質性不安症、集団中庸パニックといった朝鮮人や戦前日本人国家主義者に共通した欧州と全く関係のない用語として
定義された君主と臣民の一体、君臣一体・忠孝一致(朝鮮朱子学の林羅山の流れをくむ浅見絅斎の君臣一体)という標語の結果は、北朝鮮の金王朝を見れば明らかだ

660名前:名無しさん@1周年ID:
>>609
一度全ゲノム解析を行い誰と誰の子供なのか確認した方が良い。
130名前:名無しさん@1周年ID:
>>660 >>661 >>662 >>663 >>664 >>665 >>666

国学・神道の融合による朱子学化を推進した結果として尊王攘夷運動という時限爆弾が荒れ狂い自滅することになった水戸藩は、
弱小国の分際で世界最強国アメリカに無謀な戦争をしかけた戦前日本に重なる

http s://ja.wikipedia.org/wiki/諸生党
戊辰戦争以後
慶応4年1月(1868年2月)、戊辰戦争が始まると、諸生党に対する追討命令が朝廷から出された。これにより水戸藩に戻った本圀寺党を
はじめとする天狗党の残党と諸生党の間で再度抗争が起こり、今度は賊軍となった諸生党はたちまち勢力を失い、市川らは水戸を脱して
会津へ向かった。武田金次郎ら天狗党が藩内での権力を掌握すると、諸生党やその家族に対して激しい報復が行われ、各地で多くの
諸生党士民が処刑されたり投獄されたりした。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/松山戦争
背景
元治元年12月(1865年1月)に関東を劫掠していた水戸藩天狗党の乱が鎮圧された後、水戸藩の藩政は市川弘美ら
中心とする諸生党が掌握し、水戸に居た天狗党の関係者は諸生党によって次々と処刑された。

ところが翌年将軍徳川家茂が死去すると、翌年には天狗党本隊のうち武田金次郎ら遠島に処される予定であった者共
が赦免され、さらに孝明天皇崩御の後、天狗党と共謀関係にあった長州藩が鳥羽・伏見の戦いで勝利すると、天狗党・本圀寺党
の訴えにより諸生党が一転して朝敵に指定された。

経過
天狗党は翌7日から9日にかけて八日市場近隣の村々に押入って金品を強奪し、各村の名主・組頭を縛り上げて拉致し
身代金550両を奪取した上、銚子など周辺の町を次々と襲撃して略奪を繰り返した後、水戸へと戻っていった。飯高寺
の『向城庵記憶帳』は、この時の有様を「辰年十月中旬、水戸藩士天狗共国元にて戦争の上~八日市・佐原・銚子・東金
などの町家へ乱荒し必死難渋の沙汰」と記している。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/武田金次郎
1864年の天狗党の乱には、祖父や父と共に参加する。のちに乱が鎮圧されて祖父など376人が死罪に処せられたが、若年を理由に遠島処分となる。
1866年、金次郎ら110名は小浜藩に預けられ、佐柿(福井県美浜町)の屋敷に収容されて謹慎したものの、准藩士格として厚遇される。1868年、
王政復古によって朝廷から罪を許され、水戸への帰藩を命ぜられた。

帰藩した金次郎らは、朝廷の威光により藩の実権を掌握。通称「さいみ党」と呼ばれた金次郎らは、仇敵であった諸生党残党に復讐をすべく、
白昼堂々に襲撃・暗殺し、藩内を極度の混乱状態に陥れた。

香川が栃木県の塩原温泉を訪れたとき、物乞い同然のみすぼらしい小屋で暮らす、体の不自由な金次郎と出会った。驚き哀れに思い、香川が金銭を渡すと、
金次郎は喜び、ひれ伏したという。このあと、金次郎は水戸に戻され、3か月後に亡くなった。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/武田耕雲斎
家系
武田耕雲斎の家系は清和源氏のひとつ、河内源氏の傍系である跡部氏の一族であるという。

449名前:名無しさん@1周年ID:
>>660 >>661 >>662 >>663 >>664 >>665 >>666

忠君と愛国は別個の思想であり、同じではない。また忠君の最大の根拠であった神風・神州不滅伝説が崩壊したことで、忠君によって
国が滅びる事例を、膨大な死者を生み出した社会実験によって身を持って証明した

>君臣一体、忠孝一致

君臣一体は林羅山の流れを組む浅見絅斎の朝鮮朱子学に由来するものだが
おそらく戦後になってさえもそれが日本人や朝鮮人特有の精神不安障害だと認識できなかったのは
自称有識者が「united」を「一体」として強引な翻訳をしたからだろう

確かに(国王が女王がいる体制下では)王室と国民が一致団結(unite)して自由を守るというのは当たり前だ
しかし「一体」という言葉は明らかに「一致団結」とは異なる意味を持たせられる

英語では「united under one banner」とか「united under one king」は一つの旗のもとに団結や、一人の王のもとに団結という意味がある

これは朱子学者浅見絅斎の君臣(民)一体に似ているようで全く違うニュアンスがある。英語圏ではあくまでも独立した個人が集まるチームの団結をとなえる修辞を
こえた意味はもたないが、北朝鮮や戦前日本、李氏朝鮮のような儒教圏では民は君主の子供として一体となる(忠孝一致、君臣一体)

同質性不安症、集団中庸パニックといった朝鮮人や戦前日本人国家主義者に共通した欧州と全く関係のない用語として
定義された君主と臣民の一体、君臣一体・忠孝一致(朝鮮朱子学の林羅山の流れをくむ浅見絅斎の君臣一体)という標語の結果は、北朝鮮の金王朝を見れば明らかだ

610名前:名無しさん@1周年2019/04/13(土)13:34:58.73ID:vs+gx/EW0
賛成って素人に聞いていいことなのかよ!
119名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

明治天皇は儒教的専制君主となるよう積極的に動いていた時期があった(大久保の暗殺後に政治空白が生まれ宮中での天皇親政運動が強まる)
明治天皇とその側近である侍補グループの天皇親政運動は五箇条の御誓文や維新革命後の政治体制に反する存在となった為に伊藤博文が介入した。最終的に軍の支持を受けた伊藤
の封殺案に抵抗する術はなく、侍補は廃された。宮中グループはその後も教学聖旨によって儒教君主化を企んだが伊藤博文はこれも頓挫させた

「〔明治13年〕11月3日(東京)天皇誕生日。この国の人民がその君主に寄せる関心の程度が低い有様をみることは情けない。
警察の力で,家々に国旗を立てさせねばならないのだ。自発的にやるものは、ごく少数だろう」(エルヴィン・フォン・ベルツの日記より)

憲法の制定後は明治天皇の権力はさらに制限され、親政の希望は失われたが、伊藤博文は傀儡となった天皇の権威を最大限利用すべく動き
最終的には西欧におけるキリスト教の役割となることを期待し、操り人形の前提で天皇崇拝を強化した
明治天皇の信任が厚かった宮中グループも、朝鮮朱子学による天皇儒教権威の強化、儒教的・絶対的な天皇中心主義が教育勅語に組み入れられたことで満足(侍補達の権威アップ)し、その後はおとなしくなった

https ://ja.wikipedia.org/wiki/明治天皇
若い頃(とりわけ明治10年代)には、侍補で親政論者である漢学者・元田永孚や佐々木高行の影響を強く受けて、西洋の文物に対しては懐疑的であり、また自身が政局の主導権を掌握しようと積極的であった時期がある。

教育に関しては儒学を基本にすべしとする元田の最大の理解者でもあり、教育行政のトップに田中不二麿や森有礼のような西洋的な教育論者が任命されたことには不快感を抱いていた。特に明治17年(1884年)4月下旬に森が文部省
の顧問として御用掛に任命されることを知ると、「病気」を口実に伊藤(宮内卿兼務)ら政府高官との面会を一切拒絶し、6月25日まで2か月近くも公務を放棄して引籠もって承認を遅らせている。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/機務六条
宮中側は明治天皇が儒教に基づいた東洋的な専制君主として「天皇親政」を行うべきであると主張し、明治天皇への帝王教育もその路線で行ってきた。これは将来的には天皇を西洋的な立憲君主として近代国家の中枢に据えようとす
る太政官の方針と矛盾したものであった。このため、岩倉や伊藤らは侍補を廃止して親政路線を停止しようと図ったが、明治天皇自身が元田永孚・佐々木高行ら侍補に心を寄せて彼らを私的なブレーンとして遇し、彼らが期待する君主像を実現させようと試みた。

1879年(明治12年)3月10日、明治天皇が「勤倹の聖旨」を公布して政府の財政路線を批判し、続いて元田に「教学聖旨」を執筆させて教育政策を批判した。伊藤らは天皇と宮中側の関係を改めさせようとしたが、急速に立憲制が確立することで
公家出身の門地に依存してきた自分の地位が危うくなることを危惧した三条や岩倉は、元田や佐々木らの宮中側勢力を完全に抑えることには消極的で、大隈財政末期の外債発行問題などでは宮中側と連携して太政官側を動かそうとする動きも見せたのである。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤博文
お雇い外国人であったドイツ人医師のエルヴィン・フォン・ベルツは『ベルツの日記』の中で、伊藤が会議の席上、半ば有栖川宮威仁親王の方を向き、「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。
生まれるが早いか、到るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをして見せたことを紹介している。

421名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

十七条憲法より
一曰、以和爲貴、無忤爲宗。
一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。

十七条の憲法第三条から (蘇我氏全盛期に憲法制定後、聖徳太子の子息は蘇我氏に虐殺された事になっているが真偽は不明、その後、蘇我氏本家は滅亡、古人大兄皇子は殺害され歴史家がクーデターとする乙巳の変は成功する)

是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。

君言えば臣承り、上行なえば下靡く。ゆえに詔を承けては必ず慎め。謹まずんばおのずから敗れん。
下位者は上位者からの詔・命令を承れば必ずつつしむ
下位者は上位者に対して和の心を以て接する

https://ja.wikipedia.org/wiki/学而
有子曰:「禮之用,和爲貴;先王之道,斯爲美;小大由之。有所不行,知和而和,不以禮節之,亦不可行也。」
(有子曰く「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す、小大これに由るも行なわれざる所あり。
和を知りて和すれども礼を以てこれを節せざれば、亦行なわるべからず。」)

611名前:名無しさん@1周年ID:
なにせ、天皇陛下万歳とか言ってるようなやつが一番天皇陛下のお言葉を聞いてないんだから
119名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

明治天皇は儒教的専制君主となるよう積極的に動いていた時期があった(大久保の暗殺後に政治空白が生まれ宮中での天皇親政運動が強まる)
明治天皇とその側近である侍補グループの天皇親政運動は五箇条の御誓文や維新革命後の政治体制に反する存在となった為に伊藤博文が介入した。最終的に軍の支持を受けた伊藤
の封殺案に抵抗する術はなく、侍補は廃された。宮中グループはその後も教学聖旨によって儒教君主化を企んだが伊藤博文はこれも頓挫させた

「〔明治13年〕11月3日(東京)天皇誕生日。この国の人民がその君主に寄せる関心の程度が低い有様をみることは情けない。
警察の力で,家々に国旗を立てさせねばならないのだ。自発的にやるものは、ごく少数だろう」(エルヴィン・フォン・ベルツの日記より)

憲法の制定後は明治天皇の権力はさらに制限され、親政の希望は失われたが、伊藤博文は傀儡となった天皇の権威を最大限利用すべく動き
最終的には西欧におけるキリスト教の役割となることを期待し、操り人形の前提で天皇崇拝を強化した
明治天皇の信任が厚かった宮中グループも、朝鮮朱子学による天皇儒教権威の強化、儒教的・絶対的な天皇中心主義が教育勅語に組み入れられたことで満足(侍補達の権威アップ)し、その後はおとなしくなった

https ://ja.wikipedia.org/wiki/明治天皇
若い頃(とりわけ明治10年代)には、侍補で親政論者である漢学者・元田永孚や佐々木高行の影響を強く受けて、西洋の文物に対しては懐疑的であり、また自身が政局の主導権を掌握しようと積極的であった時期がある。

教育に関しては儒学を基本にすべしとする元田の最大の理解者でもあり、教育行政のトップに田中不二麿や森有礼のような西洋的な教育論者が任命されたことには不快感を抱いていた。特に明治17年(1884年)4月下旬に森が文部省
の顧問として御用掛に任命されることを知ると、「病気」を口実に伊藤(宮内卿兼務)ら政府高官との面会を一切拒絶し、6月25日まで2か月近くも公務を放棄して引籠もって承認を遅らせている。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/機務六条
宮中側は明治天皇が儒教に基づいた東洋的な専制君主として「天皇親政」を行うべきであると主張し、明治天皇への帝王教育もその路線で行ってきた。これは将来的には天皇を西洋的な立憲君主として近代国家の中枢に据えようとす
る太政官の方針と矛盾したものであった。このため、岩倉や伊藤らは侍補を廃止して親政路線を停止しようと図ったが、明治天皇自身が元田永孚・佐々木高行ら侍補に心を寄せて彼らを私的なブレーンとして遇し、彼らが期待する君主像を実現させようと試みた。

1879年(明治12年)3月10日、明治天皇が「勤倹の聖旨」を公布して政府の財政路線を批判し、続いて元田に「教学聖旨」を執筆させて教育政策を批判した。伊藤らは天皇と宮中側の関係を改めさせようとしたが、急速に立憲制が確立することで
公家出身の門地に依存してきた自分の地位が危うくなることを危惧した三条や岩倉は、元田や佐々木らの宮中側勢力を完全に抑えることには消極的で、大隈財政末期の外債発行問題などでは宮中側と連携して太政官側を動かそうとする動きも見せたのである。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤博文
お雇い外国人であったドイツ人医師のエルヴィン・フォン・ベルツは『ベルツの日記』の中で、伊藤が会議の席上、半ば有栖川宮威仁親王の方を向き、「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。
生まれるが早いか、到るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをして見せたことを紹介している。

421名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

十七条憲法より
一曰、以和爲貴、無忤爲宗。
一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。

十七条の憲法第三条から (蘇我氏全盛期に憲法制定後、聖徳太子の子息は蘇我氏に虐殺された事になっているが真偽は不明、その後、蘇我氏本家は滅亡、古人大兄皇子は殺害され歴史家がクーデターとする乙巳の変は成功する)

是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。

君言えば臣承り、上行なえば下靡く。ゆえに詔を承けては必ず慎め。謹まずんばおのずから敗れん。
下位者は上位者からの詔・命令を承れば必ずつつしむ
下位者は上位者に対して和の心を以て接する

https://ja.wikipedia.org/wiki/学而
有子曰:「禮之用,和爲貴;先王之道,斯爲美;小大由之。有所不行,知和而和,不以禮節之,亦不可行也。」
(有子曰く「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す、小大これに由るも行なわれざる所あり。
和を知りて和すれども礼を以てこれを節せざれば、亦行なわるべからず。」)

642名前:名無しさん@1周年ID:
>>611
天皇陛下万歳ってのもおかしな話。正しくは日本国万歳だろ。
126名前:名無しさん@1周年ID:
>>640 >>641 >>642 >>643 >>644 >>645 >>646

天皇親政運動を明治天皇の意向を受けて主導した元田永孚による朝鮮朱子学から生まれた国学を用いた天皇儒教権威の強化によって、
戦前は神風神話・神明に加護された神州不滅思想のような神話が生まれた

結果として無様な敗戦をきっする前までは天皇になにか超人的な力(超能力や霊力)があると期待していた宗教的風潮があったと見られるが、戦後に神国神話は
敗戦という現実によって粉砕されごく一部の狂人しか信じるものはいない

https://ja.wikipedia.org/wiki/神州不滅
江戸時代
江戸時代末期、藤田東湖は「神州誰君臨、万古仰天皇」と述べ、「支那」は革命を主体とする国家で王朝交代があるので「正気観念」にも変動があるが、
日本は万世一系の皇室を頂いて永遠に変わらないので「正気観念」にも変動が無く、そこに日本民族の特徴があるとした[1]。藤田東湖は「正気」とは
一般的には道義、特殊的には忠義であるし、更に「正気」の粋を集めた「神国日本」のその皇風が世界に広がり、皇室の御聖徳は太陽にも等しい、とした[1]。
藤田東湖の「正気歌」は吉田松陰や、明治の広瀬武夫にも影響を与えた[1]。平田篤胤の思想と、この水戸学の勤皇思想が混ざり、幕末に「神州不滅」の思想
が巻き起こった[2]。

明治以降
大日本帝国憲法では、日本は万世一系の天皇が統治し、天皇は神聖と明記された。

昭和および太平洋戦争終結時迄は、軍部によって「神国日本」「神州不滅」など、民族主義、精神主義、宗教などの傾向を持つスローガンが広く使用された。
また「神州不滅」の理由として、日本は神国であるから国家の危機の場合には元寇と同様に神風が吹く、とも説明され、神風特別攻撃隊も組織された。

438名前:名無しさん@1周年ID:
>>640 >>641 >>642 >>643 >>644 >>645 >>646

我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ「教育勅語」(孝ではなく、忠が先に暗唱される、また東洋的な忠という概念は民主主義と相性が悪い)

忠孝一致は、朱子学者浅見絅斎の考えたものだが、中国的には今まで存在しなかった新しい発明かというと、そうではないらしい
中国では忠と孝は同時に実現できないとされる

であれば忠が孝を上回る状況は、二者択一の決断となる
つまり独裁者である皇帝への忠誠が最重要と認識されるとき、忠孝一致は至極当然にあるということだ
忠孝一致とは、忠(主君)が孝(家族愛)を常に上回る状況であり、よって孝(家族愛)は軽視されるか解体・蹂躙される

この片方が優先されるという状況は、大半の儒学者からすると、両雄並び立たずの悩ましい問題であり
忠と孝の2つの徳目に分けた定義としたのは、それを一致させることの弊害が認識されているということだ

孝とは文明が生まれた段階にある徳目であるので、一種の最古の伝統であるといっても良い
仮に忠が優先とするならば、忠(主君への忠誠)が孝(家族愛)を破壊することを許容する

北朝鮮では金王朝の長である金日成の男系子孫は主体思想によって国の父となり、また精神的・物理的にも朝鮮人民と一体という思想を持つ
これは忠孝一致(主君と臣民の一体と付随する絶対的忠誠)であり、金日成の男系子孫は主君であり人民の親なのである

https://en.wikipedia.org/wiki/Juche
The Festival’s effectiveness in transforming its participants into loyal disciples of Juche seems to originate
from the collectivist principle of "one for all and all for one" and the ensuing emotional bond and loyalty to the leader.[94]

The Festival’s ritualistic components of collectivism serve to reinforce a "certain structure of sociality
and affect", establishing Kim Il Sung as the "Father" in both the body and psyche of the performers.[94]

君臣一体、忠孝一致は北朝鮮の体制において現在進行系で実践されており、それが全体主義と同質なのは明らかだ
戦前の皇室と異なる点としては、金日成の男系子孫は国王・天皇という肩書ではないこと、実質的な国家権力を保持していることだ

741名前:名無しさん@1周年ID:
>>642
日本国万歳はつまり天皇陛下万歳なのでは
162名前:名無しさん@1周年ID:
>>740 >>741 >>742 >>743 >>744 >>745 >>746
>北一輝は、日蓮主義者だったんでしょ。

北一輝は戦前の日蓮主義とは距離があるし、石原莞爾ほど低能ではない
印象としては日蓮宗というよりは日本版(劣化)マニ教の信者に見える

北一輝の著作を見ると(社会・共産主義を否定した上での)社会進化論、超人進歩史観に関する論考と、日本人の古代中世儒教土人社会と西洋の人権の対立をどう解消するかの論考が大半を占めるため、
仏・大宇宙・個人融合観、天理教蔑視といった点が日蓮宗要素となるぐらいで、石原莞爾のような霊感商法的なところはない
北のアメリカ(それと南京政府)と組んで、英国の植民地を解放するプランは、石原莞爾のような上位者の意向に合わせるだけの欧州出羽守には発想さえ難しい

そもそも北一輝は天皇機関説側の人間であり、天皇本仏論を信じているとは考え難い。ニ・二六事件の天皇親政はどう考えても明治天皇が乗り出したような親政とは真逆で
天皇に新憲法を入れさせた後は、天皇から権力・余剰財産を剥奪する道筋にしか見えない。これは青年将校にも大なり小なり共通した思想であった可能性はある

初期の北一輝の社会主義というのは、法の下の平等や、誰にでも国民の権利があるから社会主義というトンデモな定義なので、北の思想では明治維新初期も社会主義になる
だから純正社会主義は、どう考えても社会主義ではない。西郷隆盛は北一輝的には社会主義者となってしまう

証明なしで言葉の定義上から自己理論を導出していくのが北一輝に見られる特徴であり、北一輝の趣味である革命研究、それと西郷隆盛の第二革命は掘り下げるが
定量的な政治経済理論には関心があるとは言えず、ある意味日本人らしい儒教土人的理論軽視、エビデンス軽視は北一輝にも見られる

https://ja.wikipedia.org/wiki/磯部浅一
磯部、北らによると、日本は明治維新革命以来「天皇の独裁国家ではなく」「重臣の独裁国家でもなく」「天皇を中心とした近代的民主国」であったのだが、
「今の日本は重臣と財閥の独裁国家」としている。そしてその大義を理解しなかった昭和天皇を獄中から「御叱り申して」いた[5]。
磯部・村中・北・西田は、銃殺時に「天皇陛下万歳」は唱えなかった[6]。

615名前:名無しさん@1周年ID:
女系は別に構わないが
そういう前提の教育を受けていない既にいる女系は反対だわ
119名前:名無しさん@1周年ID:
>>610 >>611 >>612 >>613 >>614 >>615 >>616

明治天皇は儒教的専制君主となるよう積極的に動いていた時期があった(大久保の暗殺後に政治空白が生まれ宮中での天皇親政運動が強まる)
明治天皇とその側近である侍補グループの天皇親政運動は五箇条の御誓文や維新革命後の政治体制に反する存在となった為に伊藤博文が介入した。最終的に軍の支持を受けた伊藤
の封殺案に抵抗する術はなく、侍補は廃された。宮中グループはその後も教学聖旨によって儒教君主化を企んだが伊藤博文はこれも頓挫させた

「〔明治13年〕11月3日(東京)天皇誕生日。この国の人民がその君主に寄せる関心の程度が低い有様をみることは情けない。
警察の力で,家々に国旗を立てさせねばならないのだ。自発的にやるものは、ごく少数だろう」(エルヴィン・フォン・ベルツの日記より)

憲法の制定後は明治天皇の権力はさらに制限され、親政の希望は失われたが、伊藤博文は傀儡となった天皇の権威を最大限利用すべく動き
最終的には西欧におけるキリスト教の役割となることを期待し、操り人形の前提で天皇崇拝を強化した
明治天皇の信任が厚かった宮中グループも、朝鮮朱子学による天皇儒教権威の強化、儒教的・絶対的な天皇中心主義が教育勅語に組み入れられたことで満足(侍補達の権威アップ)し、その後はおとなしくなった

https ://ja.wikipedia.org/wiki/明治天皇
若い頃(とりわけ明治10年代)には、侍補で親政論者である漢学者・元田永孚や佐々木高行の影響を強く受けて、西洋の文物に対しては懐疑的であり、また自身が政局の主導権を掌握しようと積極的であった時期がある。

教育に関しては儒学を基本にすべしとする元田の最大の理解者でもあり、教育行政のトップに田中不二麿や森有礼のような西洋的な教育論者が任命されたことには不快感を抱いていた。特に明治17年(1884年)4月下旬に森が文部省
の顧問として御用掛に任命されることを知ると、「病気」を口実に伊藤(宮内卿兼務)ら政府高官との面会を一切拒絶し、6月25日まで2か月近くも公務を放棄して引籠もって承認を遅らせている。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/機務六条
宮中側は明治天皇が儒教に基づいた東洋的な専制君主として「天皇親政」を行うべきであると主張し、明治天皇への帝王教育もその路線で行ってきた。これは将来的には天皇を西洋的な立憲君主として近代国家の中枢に据えようとす
る太政官の方針と矛盾したものであった。このため、岩倉や伊藤らは侍補を廃止して親政路線を停止しようと図ったが、明治天皇自身が元田永孚・佐々木高行ら侍補に心を寄せて彼らを私的なブレーンとして遇し、彼らが期待する君主像を実現させようと試みた。

1879年(明治12年)3月10日、明治天皇が「勤倹の聖旨」を公布して政府の財政路線を批判し、続いて元田に「教学聖旨」を執筆させて教育政策を批判した。伊藤らは天皇と宮中側の関係を改めさせようとしたが、急速に立憲制が確立することで
公家出身の門地に依存してきた自分の地位が危うくなることを危惧した三条や岩倉は、元田や佐々木らの宮中側勢力を完全に抑えることには消極的で、大隈財政末期の外債発行問題などでは宮中側と連携して太政官側を動かそうとする動きも見せたのである。

https ://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤博文
お雇い外国人であったドイツ人医師のエルヴィン・フォン・ベルツは『ベルツの日記』の中で、伊藤が会議の席上、半ば有栖川宮威仁親王の方を向き、「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。
生まれるが早いか、到るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをして見せたことを紹介している。

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十七条憲法より
一曰、以和爲貴、無